二十 新生ローゼルメルデセス七騎士団
《断罪者》のオーラン魔法学院襲撃から三ヶ月。ミリス神聖皇国、大聖堂で、金の杯を手にした老人、ミリス教皇チクスールドが教皇の椅子に座りながら、部下から報告を受けていた。
「《断罪者》が壊滅したようです」
チクスールドに報告するのは、チクスールド直々の暗部組織《制裁者》の一人。テヌフーン。
テヌフーンの報告にチクスールドは杯を持つ手に力を入れる。
「聖女は?」
「取り逃がした模様.......現在調査中です」
「ちっ」と舌打ちをして苦そうに表情を歪めたチクスールドは、
「聖女が生きて居ては私の立場が.......」
「分かっております.......次は我々五人の《制裁者》が直々に.......」
教皇と制裁者が新たなる刺客を放とうとしたその時。
その場にもう一人の断罪者がかつかつと足を立てて入ってきた。
《制裁者》の中でもテヌフーンと同じく帝級に至る剣士、センクションだった。
「その必要は無い! 聖女の居場所が判明した」
「なんだと!? 何処だ?」
センクションの言葉に逸る教皇チクスールド。
だが、センクションが次に言った台詞に息を飲むことになるのだった。
「軍事王国ローゼルメルデセス。しかも、奴ら.......」
■■■■■■■■
ローゼルメルデセス城で、カイルがローゼルメルデセス女王アンジェリーナに助けを求め、アンジェリーナがそれを引き受けて一日。
アンジェリーナは、カイルやカイルと共に来ていたユウナをもう一度、召集したのだった。
カイルがアンジェリーナ.......アンナが玉座に座る様が似合っているなと思いながら、首を傾げて聞いてみる。
「なんで、俺まで玉座なの?」
「カイルは次期、ローゼルメルデセス王だからな、当然だ。ハハハハハーーっ!」
「.......」
朝っぱらからテンション高めに高笑いするアンナにカイルは、ジトッとした視線を向けていると、アンナが顔を朱に染めて本音を言う。
「.......カイルに隣に居てほしいのだ.......良いだろ? 少しぐらい.......久しぶりなのだぞ? ほれ金髪ならいくらでも触らせてやるから、黙ってそこにいろ」
「まあ、そういうことなら構わないけど.......」
カイルは、そういわれるとどうしても従ってしまう。
何故ならアンナの金髪は上質そのものだから、そんじょそこら金髪とはわけが違う!
輝く金の色合いは本物の金属を溶かした様で、艶やかさ質感。何より。
クンクン。
甘い香! コレをカイルに無償で提供するというアンナの申し出を断れるカイルでは無いのだ!!
「金髪フェチだな!」
「アンナの金髪だから良いんだよ」
「ふぁっん! .......そういうことを言うな.......恥ずかしいだろ!!」
ギチリ。
カイルがアンナの髪を愛おしそうに触るのをユウナは奥歯をかみ砕いて見ていた。
.......カイルが金髪に引かれるのは仕方ない.......カイルはそういう人種。
そう思い込むことで何とか、アンナを暗殺することを思い止まるユウナは言った。
「で? なんで私たちは呼ばれたのかしら? 早く本題を言いなさい! そして、カイルはクンクンするのを辞めなさい!」
そんなユウナの反応を面白そうに、顎をあげて笑うアンナは眉をピクリと動かして黙考する。
(ほーう。その調子じゃ、まだカイルに告白すらしてないようだな)
ユウナの気持ちで、からかって遊ぶのが楽しいアンナはニヤリと笑って、横のカイルをちらっと見てから、
(あんまり、からかってカイルに怒られたくないからな.......辞めておこう)
ちょっと大人になったアンナだった。
そんなアンナは、アンナと対照的に、純銀を溶かした白銀の髪と、ユウナやアンナよりも更に一段階上の異次元の美しさを醸し出すシルフィーに視線を向けながら本題に入ることにした。
「昨日の続きだ。アレから色々考えたんだがな。シルフィー殿は本物の《聖女》で、現教皇チクスールドの権利争いに巻き込まれて居ると言う解釈で言いのだな?」
カイルに昨日説明された事を、一国の女王として、何よりカイルの婚約者(勝手に)として、アンナは真剣に一晩頭を悩ませていた。
「.......はい。《女神の移し身》を持つ私の存在が公になれば、今の教皇様の権力体系は崩れ去るでしょう」
シルフィーが悲しそうに答えるが、アンナはそりゃそーだと首を縦に振る。
だって、シルフィーこそがミリス教徒達が真に敬うべき存在の移し身なのだからと。
だから、アンナは決断した。
「よし。ならば結論から言うぞ。我がローゼルメルデセス王国は、現ミリス教皇チクスールドに、シルフィー殿を正式に《聖女》として、公表する」
「おい! アンナそんな事したら!」
アンナのその結論にカイルが口を挟むと、アンナはカイルの唇を指で抑える。
「まあ、まず認めんだろう」
アンナのその発言にカイルは肩をすくめる。
しかし、アンナは意味の無い事を言うために、わざわざ人を集めたわけではない。
「おそらく、聖女の身を巡って戦争になる」
「.......!!」
息を飲むカイルとシルフィーを無視してアンナは続ける。
「だから、聞いておきたかったのだ、シルフィー殿の覚悟を」
「.......覚悟ですか?」
カイルには何も言わせないようにアンナは口を塞ぎつづける。
しかし、アンナの視線は鋭くシルフィーを射止めていた。
「シルフィー殿をこのまま匿い続けることは可能だ。暗殺者など、いくらでも跳ね返してやる」
それが、ローゼルメルデセスには出来るとアンナは確信している。
それ程までにローゼルの軍事力は高い。
剣士や魔道師の王級以上がゴロゴロと居る。
王国騎士団長は限りなく、帝級に近いつわものも揃っている。
大陸最強の名は伊達ではない。
「しかしだ。シルフィー殿はこのまま命を不当に狙われつづける人生で良いのか? カイルもだ! そんな程度の現状でお前はシルフィー殿を救った事になると思っているのか?」
「.......っ!」
その通りだった。
今のシルフィーは、異端者として指名手配されて居る。
最悪、死ぬまでその汚名は消えないだろう。
しかも、シルフィーのその汚名は完全に権力争いの余波でしかない。つまり、不当だ。
そんなものを、許していて、良いのかとカイルにアンナは問う。
「場当たり的に解決しただけでは、シルフィー殿の問題を真に解決したことにはならない。そうは思わないのか? どうなんだ?」
「.......だけど。それで戦争.......」
カイルの頭に浮かぶのは、カイルの我が儘と我欲の為に何人もの人が死者となる光景だ。
戦争が起きれば万単位で人が死ぬ。
しかも、その理由がカイルがたった一人の人を救いたかった、なんてものだ。
「カイル。私はカイルに言ったぞ。何時でも私を頼ってくれと。私はーーっ!」
「みなまで言うなよ、アンナ」
七人の騎士団長含めて数十人が控えるその場所で、全ての視線がカイルに集まった。
カイルはその視線を全て受け入れてアンナを見つめる。
そして、何万人もの命を背負うと知って言う。
「アンナ。力を貸してくれ。俺はシルフィーを救いたい」
「っふ.......ははは。任せておけ」
カイルに迷いは何一つ無かったのだった。
カイルの結論を聞いて、今度はシルフィーに視線が集まっていく。
「.......生まれながらに異端のこの身の為に、私の《背徳の騎士》様が私を担ぎ上げ、茨の血道を行くと言うのなら、.......ふふ。不肖ながら私はその道を喜んで付き従う所存です.......」
その視線を全て押し返し、シルフィーは愛おしそうにカイルに向けて微笑んだ。
最初から、カイルはシルフィーの為に誰を何人犠牲にしても良いという覚悟を持っていた。
そして、シルフィーもまた、クラークから、命を救われたあの時点でカイルと共にどんな背徳の道でも歩むと決めていたのだった。
騎士と聖女の道が今、一つに重なった。
それを満足そうに確認したアンナは、バサッと立ち上がり宣言する。
「我が騎士達よ! 開戦の準備を始めよ! 敵はミリス神聖国教皇チクスールドだ!!」
「「「「は!」」」」
その流れを見ていたユウナの瞳が鋭くなっていくのだった。
そんな、ユウナの隣を一人の騎士が通りすぎて、アンナの足元にひざまずいた。
「恐れながらアンジェリーナ女王殿下!」
「なんだ? ライトニング」
ライトニングと、呼ばれた騎士はまだ若く、歳は十五。
行方不明の第二騎士団長ゴルドンに変わり、騎士団長の座に着いた男だ。
「私達騎士は、アンジェリーナ姫殿下に忠誠を誓っております。アンジェリーナ様の命とあればこそ、命を懸けましょう! しかし! 今の命令はアンジェリーナ様の為ではなく、そこの凡人の為に死ねと我々騎士に命令した様なものです!」
カイルを凡人と言ったタイミングで、アンナが眉をしかめて、ユウナが殺気を飛ばす。
しかし、ライトニングは気にしない。
騎士として命を懸けると言うのなら、敬愛するアンジェリーナ姫殿下の為に懸けたい。ライトニングは本気でそう思って居るからこそ、アンナに進言する。
そして、それはライトニングだけの言葉ではない。
この戦争に関わる騎士達の殆どの言葉だった。
「止さないか! ライトニング! カイル殿が我が国の英雄で有ることを知ら無いわけではないだろう!」
それを、カイルとかつて共に戦った。第四騎士団団長グリーヌが止めようとするが。
「グリーヌ! 今や、私は騎士団長! 言いたいことは言わせてもらう! イグニード反乱の時に私が王国にいれば、何も問題など無かった! 私がアンジェリーナ様の騎士として!!」
「ほーう」
「.......っ!」
ライトニングの言葉を、アンナが顎をあげながら一言、詰まらなそうに喉を鳴らすだけで止めた。
そして、カイルの腕に見せ付けるように絡み付いた。
バン!
それを見て、ユウナが爆ぜた。
我慢の限界を越えてしまった。
アンナに一撃噛ますために剣の塚を握る。
そして、抜こうとしたその時。ライトニングがユウナの事を押さえ付けていた。
早業。カイルには見ることすら出来なかった。
「くぅっ.......!?」
「無礼な! アンジェリーナ様に剣を向けるとは! 今すぐに処刑する」
そういってライトニングがユウナの首、目掛けて剣を叩き下ろした。
カイルが鉄刀丸に手をかけて、ユウナを守ろうとしたその時!
「そこまでだ」
先の内乱で死亡した、第三騎士団団長ブラックに変わり、団長の座に着いた、シッコクが黒いマントをたなびかせて、ライトニングの剣を剣で止めた。
「何をする! アンジェリーナ様に剣を向けたのだぞ?」
「.......辞めておけ。そのアンジェリーナ様がお怒りだ」
「.......っ!」
ライトニングがアンジェリーナに視線を向けると、確かにアンジェリーナは怒っていた。
そして、
「剣を降ろせ、ライトニング! ユウナ殿は私の友人だぞ!」
「は!」
ライトニングが素直にアンジェリーナの指示に従って剣を降ろしたところで、カイルがアンジェリーナの腕を振りほどいてユウナの元に駆けて体を抱き上げる。
「ユウナ! 怪我は無い?」
「.......」
「ユウナ?」
カイルに優しく抱き上げられていたユウナは、悔しくて泣きそうなのを必死に堪えていた。
(また.......負けたわ。カイルの前で! 見えなかった.......私はアイツには勝てないって思ってしまったわ)
ユウナは本気でアンジェリーナを攻撃したわけではなかった。
精々、峰打ちで気絶させてから、顔に落書きしてやろうかと思った程度だ。
けれど、ライトニングに簡単にあしらわれた事だけはユウナのプライドを傷つけていた。
無事で良かったと、カイルに優しくされれば普段は嬉しいが.......今だけは、酷く苛立った。
(こんなんじゃ! またカイルの足を引っ張るだけよ!)
ライボルト、クラーク、ライトニングとユウナの負けは続いている。
ギチリと奥歯を噛む悔しさは意地だけで涙を堪えた。
だから、アンナがカイルの腕に再び絡み付いても怒りを覚えることも無かった。
「女王である私の、未来の婚約者である、カイルに忠誠を誓えないと言うのか? ライトニング」
因みに、さっきもアンナはこの台詞を言おうとしてカイルに絡み付いていた。
カイルはそんなアンナを邪魔そうに剥がそうとしている。
「アンジェリーナ様にはもっと相応しい男が居ると思います! 亡きゴルドン団長も」
「私の前で! 兄様を語るな! 貴様になにが分かる!?」
「.......申し訳ございません。しかし、その男では余りにアンジェリーナ様にはーー」
ライトニングはアンジェリーナの触れてはいけない琴線に一瞬触れたがそれでも、アンジェリーナの為に進言する。
そんな、ライトニングにアンジェリーナは喉を鳴らした。
「ほーう。貴様は確か、私に惚れていたな?」
「.......っ!! いえ.......そのような.......事.......は」
ライトニングがグラグラと足をばたつかせて落ち着きをなくした。
それに、確信を得たりとアンジェリーナはニヤリと笑った。
「よいよい。私は美少女! だからな。貴様のような男が私に惚れるのは自然の摂理だ」
「.......」
実際、十五歳のライトニングが騎士団長になるまで剣を振りつづけたのは、アンジェリーナとお近付きになるためだった。
騎士団長ならイグニードがそうしたように、身分の差を越えてアンジェリーナとも婚約できる。
そういう魂胆が実はかなりあった。
ライトニングはだからこそ余計に、カイルの存在を許せないのだが.......
カイルはと、言うと。
「アンナお前。モテモテなのは良いけれど、それで厄介ごとを増やすなよ!」
「まあ、そういうなカイルよ。王族の女は代々騎士団長の男と小作りをして、強い子を生むのがローゼルの伝統なのだ」
「うえっ好きな人と結婚しろよ」
「うぶうぶしいな」
そんな感じで、自分がどれだけ回りから羨ましがられる人に言い寄られて居るのか気付いてさえいなかった。
で。アンナはニヤニヤ顔のままライトニング含め騎士達に公言した。
「カイルが私の婿となることに反対の騎士達は、カイルと戦い勝てば良い、その者を私の婿としよう」
「.......っ!」
「それで貴様らが負けたならば、私の婚約者が貴様ら騎士達より強男と、我が国の英雄と正式に認めろ! カイルに剣を捧げるのだ! 捧げられんというならば、この国をされ!」
アンナの台詞に静まり変える騎士達の中で、最初にローゼが動いた。
カイルとアンナの足元にひざまづいて剣を抜くと、それを両手で持ち、
「私は既に剣を捧げています。.......カイルさん。受け取ってください」
「え? 何この展開。何? 俺にどうしろと?」
「ほーう。ローゼは戦わなくても良いのか?」
「はい。私は女王陛下に捧げる忠誠より高くカイルさんに忠誠を誓います。そう既に決めていますので」
そういってローゼがニコッとカイルに微笑んだ。
それを見て、アンナは。
「まあ良い。些か問題だが、カイルに捧げているのなら私より高くなるのも仕方ない。カイル。剣を受け取れ」
「だから、何の儀式?」
「この戦争、お前の為に人が死ぬ。お前の下に騎士が着く。私と今すぐ結婚しないのならば、騎士達の忠誠は自ら勝ち取る他に術は無い」
「.......」
「忠誠の誓いを立てた騎士は強い! この戦争で、お前が背負う命の重みを少しは知っておけ」
そういわれて、カイルはローゼの剣を受け取った。
それが、ローゼの命より重い誓いだと分かったから、その剣はとても重かった。
「ありがたき幸せです。この命使い潰してくださいませ。カイル.......様」
そうローゼに言われて。カイルは、
「いや、本当に俺に忠誠を誓うなら、死ぬな。何があっても生き残れ。そうしたら必ず俺が守りきる」
「はい!」
ローゼはひざまづいたまま、嬉しそうに返事をした。
更に、ローゼに続く形で、グリーヌとシルバが剣をカイルに迷い無く捧げた。
これで三人の騎士団長が忠誠を捧げた。
更にもう一人、ライトニングとは別の若い男、第七騎士団長ウーロンが前に出てカイルの足元にひざまずいた。
「実はぼく、イグニード団長とカイル様の戦いを拝見しています。その時に、カイル様とアンジェリーナ女王陛下の愛の絆はしかとこの目に焼き付けております。どうかこのウーロンの剣も受け取ってください」
愛の絆と言われて、アンナが舞い上がり、カイルがこそばゆさを感じていたが、イグニード戦を見られていたなら仕方が無いと諦めるしか無かった。
「ありがとう。ウーロン」
「は! 女王陛下と末永くお幸せになってください」
「.......」
ウーロンにそういわれて、カイルは思い出す。
.......そういえばこの国そういうノリの人多かったよな。
と。
そして、カイルは隣に偉そうに仁王立ちしているアンナに。
「お前さ。美人なのに意外とモテないよな.......折角、ライトニングが貰ってくれるって言ってんだから貰ってもらえば?」
「フハハハハハーーっ! 私はカイルに貰って欲しいんだ! お前.......負けたら許さんからな」
ジロリ。
こうして、カイルは再び王国騎士団団長と決闘することになったのだった。
■■■■
ローゼルメルデセス王国、模擬戦場、控室。
カイルはそこで溜息を付いていた。
「なあ.......アンナ。俺さ。勝てる気がしないんだけど」
「勝てなかったら、私はライトニングと結婚することになってしまう。頼む! 何としても勝ってくれ!」
結局。カイルは忠誠を誓って貰うために、騎士達と決闘する事になった。
ルールは、殺人意外なんでもありの一対一。
ジーニアスとの決闘と違って、審判がいないのでどちらかが降参するまでやり合う事になる。
「俺としては、アンナが誰と結婚しようがどうでも良いんだが.......っていうか、やっぱりさ。ライトニングに貰ってもらえって、マジで」
「五月蝿い! 煩い! 私はカイルが良いのだ! カイルじゃないと嫌なのだ!!」
因みに、控室に居るのは、カイルに忠誠を誓った騎士四人、ローゼ、グリーヌ、シルバ、ウーロン。
そして、
「カイル様!! クンクン.......あああ! 良い匂いですぅーー.......」
カイルが決闘すると聞いて駆けつけてきた、ローゼルメルデセス第二王女ミリナリナ、通称ミリナの七人。
カイルはカイルの匂いをクンクン嗅ぎながら、ぎゅぅ~っと抱き着いて来るミリナの頭を優しく撫でる。
「ああ! 嗚呼! 至極! 至高!! カイル様.......もっと沢山.......してください」
「良いよ。ミリナの好きなだけしてあげる」
「激甘だな!」
ユウナとシルフィーは模擬戦場の観戦者席に居る。
マリン? 誰それ? おいしいの? .......おいしいんだよなぁ.......アイツの料理は.......
仕方ない。マリンの事も一応説明しておこう。
マリンは、《断罪者》との闘いで気張りすぎてまだ回復していないので、オーラン魔法学院の医療ベットの上だったりする。
カイルはミリナの事を撫でつづけながら、正直に言っておく。
「俺.......鉄刀丸を全力では使用しないからね。こんな私闘でミリナの事を救うリミットを削りたくない」
「はぁああん.......素敵です。カイル様ぁ.......。..............では、剣はお預かりしても良いですか?」
カイルの声とカイルに撫でられていると言う事実に、トロンと蕩けそうになる、ミリナだったが、忌むべき剣を見て理性を戻して、カイルから剣を預かろうと画策する。
カイルの剣。
鉄刀丸は、伝説の望叶剣と言われる剣で、願えば大抵の事は叶えてしまえる剣だ。
今のカイルが本気で鉄刀丸を振るえば、剣王のクラークに圧勝したように、ローゼルメルデセスの騎士団長達にも勝てなくは無い。
しかし、望叶剣は持ち主の願いを叶える力を与える代わりに、寿命を吸い取ると言うデメリットがある。
そして、カイルは、自分の寿命がそこまで多くないことを察していた.......
おそらく、自分はミリナの呪いを解くリミット二年間が限界だろう。
命の無駄遣いは出来ない。
カイルは腰から鉄刀丸を取り外し、ミリナに渡した。
「良いよ。今回は使う気無いから.......アンナも良いよね?」
「もちろんだ。というか、そんなくず鉄、捨ててしまえ」
「.......まあ。それは無い」
俺には力が必要なんだ。とカイルは陰のある表情をして。
たとえそれが、どんな力であろうと、鉄刀丸が無ければ死んでいた事だって少なく無いのだから。
使えば使うほど、死に近づく力を使わなければ死んでしまう。
そんな、カイルの状況をアンナは「けっ!」と吐き捨て、
「だから、私と結婚して、剣を捨てろと言っているのだ」
「捨てないし、結婚はしないよ! ただでさえ時間が無いんだからな」
「そうです! 姉様! カイル様と結婚して子を作るのは私です!! .......ですよね?」
ミリナがカイルを不安に彩られた表情で見つめる。
カイルは正直こういう風にされるのに、かなり弱い。
「.......ああ。じゃあミリナとの約束が終わったら剣を置こうかな」
「っ! 本当ですか?」
「ああ。.......何回か死にかけてって言うか」
一回、死んで。
という言葉をカイルは飲み込む。
「とに角だよ。ミリナとの約束が終わって、ユウナとレンジとのケジメを付けたら.......俺は剣を置くよ」
その時には.......きっとカイルは生きては居ないかも知れないし.......。
自分の死が近いと言う、感覚にカイルは既に何かの悟りに達していた。
「何よりさ。俺は、ユウナ達が幸せになれるのならそれで良いんだよ」
誰より大切な、二人の家族の顔を瞳の裏に思い浮かべて、レンジとユウナが抱き合っていたのを思い出して、二人が幸せになるだろうという未来に確信を持って、その未来に短命のカイルの存在は邪魔だろうと予感して、カイルはそう.......言っていた。
「はわぁ.......っ! カイル様と結婚出来る.......あああ! 生まれてきて良かったと.......今、思いました」
そんなカイルの気持ちを知らないミリナは無邪気にカイルに抱き着いていた。
「で.......鉄刀丸を使わずに、騎士団長達と互角に渡り合う方法は?」
「「「「.......」」」」
.......そっと、誰しもがカイルから視線を外した。
「どうすんだよぉぉおおおおおおおおおーーっ!」
ただ、アンナだけはカイルを強い眼差しで見つめてニヤリと笑うのだった。
そして、
「《テン・オーラ》.......これで、互角以上に戦えるはずだ。ライトニングの奴なんかのしてしまえ!」
「アンナの付与魔法? 良いのそれ?」
アンナがあっさり使うもんだから、カイルは知らないが、アンナは支援系統の魔法に限ってしまえば、大陸最強クラスの付与術士だったりする。
その実力は帝級にも届くだろう.......ただし、支援系統の魔法呑みなので、アンナ自体の戦闘力は皆無なのだが。
だが、支援系統の魔法は効果に個人差がある。
そんな中で、アンナがカイルを強化すると、通常より多い強化効果が得られる。
それはかつて、最強の剣士《炎王》イグニードと互角に渡り合うほどのものだ。
つまるところ、
「私がカイルと組めば最強だ。相性抜群だな」
「魔法の、だよね?」
「フハハ。別の相性も試してみるか?」
にまにまとアンナは笑うのだった。
そんな、アンナにカイルもニヤニヤと悪そうに笑い返したのだった。
■■■■■
《魔法の加護よ、消え去れ!!》
で、決闘開始早々。
カイルは、決闘相手の第三騎士団団長シッコクに、解呪魔法で、アンナのかけた、身体能力を十倍以上に引き上げる《テン・オーラ》を解呪されてしまっていた。
「うっ嘘ーん!! アンナ! もう一回!」
「それは出来ん! 決闘前ならともかく、決闘中は流石に反則になる。ええい! カイル。実力で勝つんだ!」
「無茶苦茶言うな!」
ブン!
シッコクの刃をカイルは辛うじて交わす。
剣士同士が戦うとき一太刀目でお互いの実力が知れる。
で、カイルが感じとったシッコクとカイルの実力を戦闘力で、数値化するならば。
カイル戦闘力 →千
シッコク戦闘力→一万
位の差だった。
シッコクが本気を出して居ない無いので、カイルは辛うじて負けないように戦うことは出来ていた。
そんな闘いの中、シッコクの黒剣がカイルに鋭く迫る。
「くっ! 《鉄の剣よ!》」
カイルは思い一撃に備えて、錬成剣を錬成し、二本の剣で受け止めた。
ガギン!
金属のぶつかる音が鈍く響き渡る。
カイルの手に伝わるビリビリとした衝撃でシッコクが最強軍事国家ローゼルメルデセスの騎士団長だと言うことを改めて再確認する。
一瞬でも力を抜けば、負ける。
負ければアンナは結婚してしまう!
そんなのは何か、つまらない!
カイルはそんな気持ちで必死につばぜり合う。
「吾輩は.......アンジェリーナ女王陛下と結婚したいわけではないし、女王陛下が御執心の貴殿に恨み言が有るわけではない」
ボソリと、シッコクは小さく呟く。
カイルは必死につばぜり合って居るので、シッコクの言葉を聞くだけで、理解は追いつかない。
それを知っていてなを、シッコクは続ける。
「吾輩はブラック団長がイグニードに負けた事を信じられないのだ!」
「く.......っ!」
「しかも、イグニードはブラック団長に勝っておいて、貴殿に負けたと言うではないか! 信じられん! 信じられんのだ!」
「.......っ!!」
ミシミシとカイルの腕骨がしなる。
押し込むシッコクは、
「だから、貴殿が! ブラック団長より強い。イグニードに勝ったというのなら! 吾輩の事を倒して見せてくれ! 《闇の精霊よ! 漆黒の終焉を我が剣に宿せ!》」
詠唱し、剣に魔法の力を宿した。
すると、漆黒の剣に靄のような黒い霧が発生した。
と、同時にカイルの錬成剣をシッコクの剣がすり抜けてカイルへと迫る。
「くっ! そぉおおおおおおがぁあああああーーっ!」
カイルは反射と本能だけで剣を手放して、シッコクから距離をとった。
そして、あれはヤバい。そう真剣に理解した。
「吾輩はブラック団長の固有創作魔法を剣に宿す。吾輩の《漆黒剣》の塵となるのだ!」
ゾクリ。
明確な殺意をカイルは感じた。
シッコクは殺す気で剣を振るっている。
「カイル様! シッコクさんの《漆黒剣》は、魔法・物理問わず全てを闇に吸い込みます!」
そんなシッコクの殺意を感じ取ったのは、カイルだけでは無かった。
カイルに一番の忠誠を捧げているローゼがシッコクの能力を説明する。
ローゼの説明にシッコクは、イビツに笑ってカイルに《漆黒剣》を向ける。
「団長はもっと凄かった。剣ではく、空間丸ごと闇に落とせていた。そして、誰より忠義に熱かった! ブラック団長こそが最強の剣士だったんだ!」
「.......」
「ブラック団長こそがいずれ姫殿下と結婚し王となる男だった。それを! それなのに! イグニードに負けた!? ありえない! ありえないんだ! だから吾輩が証明して見せる! ブラック団長の魔法で吾輩がイグニードを殺した。貴殿を殺すことで、ブラック団長の無念を今晴らそう!」
「.......」
シッコクは、第三騎士団副団長だった男だった。そして、誰よりもブラックの事を尊敬していた。
ブラックの死後、第三騎士団団長へと昇格したが、イグニード反乱の際に、ブラックと変わる形で成り上がったカイルの事を許せなかった。
そこにいるのは、敬愛する女王陛下の隣に本来立つべき男は、カイルでは無い。
私怨を燃やし、憎悪を膨れ上がらせていたシッコクに、カイルを殺せるチャンスが来たことは神の啓示にも思えていた。
そんなイグニードの私怨を受けてカイルは.......
「.......死人の為に何かをした所で意味は無い!」
「何だと!?」
バッサリとシッコクの行動を無意味だと切り捨てた。
そして、
「イグニードが誰を殺したかなんて知らないし、興味ない! あの闘いで死んだ人間は腐るほど居る! アンナやミリナだって死んでいたかもしれない!」
カイルの言葉に、共に戦った騎士達は思いを馳せる。
アンナは変わらず強い視線で、カイルの姿を見つめるが、ミリナはアンナの袖をそっと握った。
イグニードの内乱は、騎士や王族含め、誰しもの心に傷を残している。
カイルを救国の英雄だと祭り上げる一方で、ローゼルメルデセスの次期女王に取り入った不埒ものと罵る輩も沢山居る。
そして、そんな騎士達が、カイルと騎士団長達の戦いを見るために、一万人近く収容出来る観客席を埋め尽くすほど駆けつけて来ている。
そんな中で、カイルは右手を掲げて、言い放つ。
「過去ではなく今と未来を見ろ! 騎士ならば憎しみではなく、護るべき人のために剣を取れ! そして、今を自分の為に全力で生きろ」
「ふざけるなぁああああああーーっ!」
怒りの沸点が爆発したシッコクは超スピードでカイルへと迫る。
その剣は物理・魔法を問わずに全てを吸い込んでしまう。
ある意味で最強の剣だ。
そんなシッコクにカイルは今度は引かずに手を伸ばしていた。
「お前のそのちっぽけな絶望.......俺が今からぶっ壊す!」
言い切り、殺人の剣を前に詠唱を始める。
《焔の精霊よ、炎弾をもって、彼のものを焼き尽くせ!》
ボワん。
カイルの手の平から、シッコクに向かって猛スピードで炎弾が飛んでいく。
その焔をシッコクは剣で切り裂いた。
ボワん。
「ぐっあお!?」
魔法・物理に問わず全てを吸収する、剣技《漆黒剣》
しかし、カイルの放った魔法は、強力過ぎて禁忌にされた魔法《焔》
ありとあらゆる全ての、ものを燃やす炎だ。
それはたとえ、全てを吸い込む闇だろうと、燃料として燃えつづける。
炎は燃え広がり、シッコクの身体を焼きはじめる。
火災の様にみるみると燃える焔に誰しもが戦慄を覚えていた。
身体中を焔で焼かれるシッコクは尚更だった。
「俺は殺されるわけには、行かないんだよ。お前の中で最強だった、その魔法も俺程度でも攻略出来るんだよ。炎の使い手だった、イグニードにとっては、俺より楽に攻略しただろうな」
苦しむシッコクに冷たい視線を送りながらカイルは続ける。
「お前の絶望だった。最強は俺がぶち壊した。後はお前が選べよ。それを乗り越えて、今を生きるか、そのまま焔に焼かれて死ぬか」
「.......」
「もう一度、最後に言おう。今を自分の為に全力で生きろシッコク。お前が真に護りたい者のために命を使え!」
「.......っ」
シッコクは静かに涙を流しそれを焔で焼いてから、
「降参する.......貴殿に.......剣を捧げよう」
「それで良いんだよ」
そういってカイルは拡がり続ける焔の炎を消火したのだった。




