十三 ユウナの誓い
世界には最強最悪の龍が三体居る。それを『終末の三龍』と人は呼ぶ。その内の一体がカイルの村を襲った死の龍『黒龍』
そしてカイルと殆ど時を同じくして、五歳のユウナの故郷にも『終末の三龍』の内の一体、破壊の龍『赤龍』が出現していた。
黒龍と同じく『週末の三龍』達の特徴は行きなり出現しそして暴れ回りどこぞへと消えていく、いくら捜しても龍が残すのは一つ、消えない悲しみだけ。
ユウナの故郷は赤龍の破壊のブレスによって一瞬で日常が砕け散った。
一撃目の攻撃でユウナの故郷の八割は死に絶えた。
生き残ったユウナ達も身体中傷だらけで絶望と恐怖に支配されていた。
「ユウナ......ちゃん......助けて」
ユウナに救いを求めたのはユウナの親友のボロボロの少女キララだった。キララは先の一撃で瓦礫に足を取られてしまって居た。
何時も仲良くしていた少女に助けを求められたユウナは駆け寄りすぐに瓦礫を退かす。
傷を見れば安静にさえすればすぐに直る傷だった。ユウナはホッと一息着いて少女の傷を押さえて止血し治療した。
そのままユウナはキララと共に逃げた。
森に身を隠し赤龍が去るのをただひたすらに待ちつづけた。
だが、赤龍は運悪くユウナとキララが居る場所にブレスをはいた。
当たりこそはしなかったがその一撃でユウナの足に折れた木が重なって一人では抜け出せなくなった。
赤龍がユウナ達に気づき、のしのしと歩いて来る中。ユウナはキララに言った。
「キララ。私足が......助けて手を貸して」
親友に手を伸ばして助けを求めた。さっきとは真逆の構図に対しキララは
「嫌......嫌!! 来ないで!! イヤァー!」
逃げ出した。ユウナを見捨てて。
ユウナは逃げていく親友に何度も何度も叫んだがその声は届かなかった。
「どうして......どうしてよ」
ユウナの瞳からは涙が零れていた。
親友に見捨てられた絶望と背後から迫る赤龍の重圧にユウナは泣きながら意識を失った。
ただ一つ、親友において行かれた絶望だけを胸に残して。
友情という言葉の無意味さを知って。
次にユウナが目を開けたときそこは知らない孤児院だった。
孤児院の母親的存在であるマーサから聞くにはユウナは赤龍が去った後、倒れていた所を発見救助されたらしい。
命が助かったというのにユウナの心は完全に閉じてしまって居た。
キララが逃げ出した事に恨みは無い。けれど、助けてもらえなかったあの時のキララの顔を何度も思い出した。何度も、何度も、思い出してうなされた。
もう二度と友達を作らないと心に決めてたユウナは孤児院の隅でひっそりとしていた。
そんなユウナに孤児院の子供達は何度も話しかけてきた......そのうち孤児院のリーダー格の男の子がユウナに接触してきた。
ユウナは関わるつもりは無かったがリーダー格の男の子はユウナの前で盛大に笑った。
「なんで笑うのよ! 私が何したっていうのよ!?」
流石に笑われる筋合いは無かったのでユウナはリーダー格の男の子を睨んで怒鳴った。
「いや~ごめん。ちょっと前にそこで君と同じように泣いていた奴を思い出してな」
少年は本当に申し訳なさそうに謝るのでユウナはそれ以上は怒らなかった。
そのかわり、
「俺はレンジ。君は?」
「ほっといて!」
そういって遠ざけた。それがユウナと後に家族とまで慕う間柄になるレンジとの初めての会話だった。
レンジはユウナの拒絶を堂々と無視してユウナに手を指し述べた。
「ここには君と同じ様な境遇の子供がたくさん居るんだ。その中でも俺達は年長だ。だからそこでそうやって落ち込んでいられると他の子達も真似する。だから」
「うるさい! うるさい! 私と同じ!? 何処にそんな子が居るのよ! ここは誰もが笑ってる。あんなことがあったら人は笑えないわよ!」
ユウナが思い出すのは赤龍が生み出した知り合いの死体が散乱する絶望的状況。
そしてユウナを見捨てて逃げ出したキララの顔。
あんなことがあったのにどうして笑える。
ここに居る人達と同じな訳が有るはず無い。キララに裏切られた私の気持ちがわかる人なんて誰もいない!
ユウナは心の中でそう叫んでレンジを睨みつけた。が。
「そう思うのなら、先ずは君と同じそこで泣いていた人にあってみるといいよ」
「分かったわ! 私と同じだとそこまで言うのなら会わせてみなさい。そいつのふぬけた顔をぶん殴ってあげるわよ!」
ユウナはいらついていた。キラキラ笑う。孤児院の子供達に、ユウナと変わらないという子供達に!
だからその怒りを、誰かにぶつけたかった。
赤龍の絶望、友達において行かれた絶望、知らない孤児院で過ごす憂鬱。ユウナの感情が沸点を越えて見たこともない、ユウナと同じ場所で泣いていたという人に、何処か共感しそして裏切られた気がしていた。
ユウナがレンジに連れて行かれた場所は孤児院の裏に流れる小川だった、そこで木刀をひたすら振りつづける少年をユウナは目にした。
そして足と息を止めた。
ブンっ! ブンっ! ブンっ!
一降り一降りに少年の魂が込められているかのような気迫。そして明らかに異質な少年の目。
吸い込まれそうになるほど綺麗でそして暗い......そんな目だった。
ユウナと同じ絶望を知っている目。
気迫に押されてユウナは一歩足を引いた。その時小石を一つ引っ掛けてコロンと音がなった。
その音に少年が気づいてユウナとレンジに振り返った。
「っあ! レンジ! 訓練サボって何してんだよ」
その時には既に少年の目から暗いモノは消えていた。
明るくハキハキした声でレンジに詰め寄る。
「悪いカイル。この前来た子だよ。孤児院に馴染めてなかったから連れてきた」
レンジがユウナを紹介しユウナは......
ブギン!
カイルをぶん殴った。
「っ!! 痛ー!! ってなんで俺殴られたの!?」
「貴方が嫌いだからよ!! なんでヘラヘラしてるのよ!」
カイルには関係ない所でユウナに沸いて来るのはやはり怒りだった。
同じだと一瞬思ったカイルが笑うのを見て怒りがフツフツと湧いてきた。
「は? いきなり来て殴って嫌いって、悪いけど俺の方が絶対にお前の事嫌いだからね!」
「私の方が嫌いよ!!」
これがカイル。レンジ。ユウナが初めて三人揃った時だった。
そんな最悪のファーストコンタクトはしばらく引きずり、ユウナとカイルは距離をおいていた。
顔を会わせれば喧嘩する。カイルとユウナを仲が良いと評する、レンジやマーサ。何より歳が近い三人は何かと一緒にされる事が多かった。
そんな風になってから半年あまりの雪の日。
ユウナはカイルと喧嘩して......一方的にボコボコにして一人。まきを拾っていた。
カイルとユウナではユウナの方が圧倒的に強いので何時も一方的になる。
それを最近のユウナは少し反省していた。カイルはなんだかんだで何時もユウナに殴られている。それでも一度としてユウナを避けたりはしなかった。
それがまたユウナのプライドを傷つけてしまうのだが......
半年も一緒に過ごしていればカイルの性格も分かって来る。
「弱虫! 腰抜け! 泣き虫! 馬鹿! デリカシーゼロ! 金髪にしか興味ない馬鹿!」
とまあ。溜まった怒りを誰もいない森に吐き出していた。
狼に吠えられ怖がり泣いて、レンジに何時も縋り付く姿。もう六歳だと言うのに一緒にお風呂に入ろうと誘って来る馬鹿!
そして何よりユウナをいらつかせるのは、カイルは金髪の女性を見ると過剰に反応するのだ。最近は森で変な金髪少女と密会して居る!
「一体、あの金髪は誰なのよ! あの馬鹿! ......馬鹿は......私......」
散々騒いで落ち着いて冷静になったユウナは小さくそうつぶやいていた。
「本当は......仲良くしたいだけなのに......折角私と同じなのに」
ユウナの本音が漏れていた。
赤龍に襲われて親友に裏切られたユウナはユウナと同じ目をしているカイルはユウナにはできない笑みを浮かべて毎日楽しそうにしているカイルに興味があるだけだった。
思い出して反省しながら歩いていたからかユウナが気付いた時には森の中で
「ここ......何処かしら?」
迷子になっていた。
そもそも既に森で無かった、山のような場所。そこはピオレ村から数キロ離れた『岩山』と言われる場所でそこには凶悪な魔物が住み着いている。それはコボルト。犬の様な皮膚と人間の様に二本の足で立つ彼らのランクはD
そんなことは全く知らないユウナは運悪くコボルトの領域に足を踏み入れていた。
だからそんなユウナの前にコボルトが現れるのも必然だった。
「ギャー!!」
「魔物!?」
ユウナはリザードマンの出現に慌てることなく鉄の剣を引き抜いた。
この時既にユウナは森を探索する事が可能な程強く、魔物との戦闘もそれなりに経験して居た為だ。
片手の剣を両手で構えてコボルトとの距離を計る。
相手の体格が人間と同じならば普段模擬戦でカイルやレンジとの戦いの経験を活かせる。
そう判断し立ち向かった。
コボルトの爪を、半歩で交わし接近する。そして喉元に剣先を突き立てた。
カン!
その攻撃をコボルトは容易にかわしユウナの剣を弾いた。そしてユウナの身体を両の腕で掴む。
「くっ! この! はなして! 離しなさいよ! この! 変態!」
「ギャー!!」
足をばたつかせて、暴れてもコボルトはユウナを離さなかった。
それどころか牙を出してユウナの喉元に噛み付こうとしていた。
死ぬ。
その瞬間ユウナは叫んだ。
「誰か! 助けてー!!」
その声は誰にも届くはずは無かった。
ユウナは一人森から山へ迷い込み、そこは危険立入禁止エリアだったからピオレ村の住人も他の村人間もコボルトの領域には入らないそれが鉄の鉄則だった。
だが。
「ユウナ!!」
その声は確かに届いていた。ユウナが戻らないことを心配したピオレ村の人間は村総出でユウナの事を探し回っていた。
そしてそれはカイルも同じだった。
違うのはユウナが『岩山』の方に消えて行ったことを知っていたという点だ。
カイルはユウナにまさに今噛み付こうとし居るコボルトに剣を突き刺してユウナの事を救い出した。
「ユウナ! やっぱりいた! 近くにレンジも来ているから早く合流しないと......」
カイルはそれを村の大人に伝えたが大人達は山に行っていたらユウナを見捨てるしか無いと森に絞って探索していた。
それを知ったレンジとカイルは二人だけで危険を犯してユウナを捜しに来ていた。
そこでユウナの叫びを聞いたカイルがユウナの元に現れて間一髪救い出した。
すぐにその場を離れれようとするカイルに手を引かれてユウナはただ疑問だった。
走り、隠れながら進むカイルの背を見ながらユウナはその疑問をしまい込む。
カイル達をおってコボルトが襲いかかってくるがカイルはその都度、一振りで撃退していく。
それでもコボルトは素早くカイルの傷は増えていく。
「くそ! レンジは何処に居るんだよ! 手分けしたのは失敗だった。レンジならこんな奴らに......」
悪態を突きながらもカイルはしっかりとユウナの手を握り、山道を駆け降りていく。
それでも着実にカイルの傷は増え出血もかなりものとなっていた。
「カイル .....その」
岩陰に身を隠して様子を伺うカイルの足元に溜まる血溜まりの量にユウナは驚愕する。
そもそも、カイルはユウナより弱く弱虫で腰抜けで泣き虫で馬鹿でデリカシーゼロだった。
それなのに今のカイルは......
「安心してユウナ。もうすぐだから。山さえ出ちゃえばあいつらは追ってこない。住家を荒らされて怒ってるだけだから」
カイルはユウナに微笑んで、強い瞳で前を見ている。
カイルが再び駆け出すより先に、
「ギャー!!」
大量のコボルト達に四方を囲まれた。
一対一でも苦戦するコボルトが数十体。ユウナはそれで死を覚悟した。
「カイル! 私を置いていきなさい! 貴方一人なら助かるかもしれないわ」
だからユウナは、カイルを逃がすことにした。
ここでカイルまで死ぬ必要はない。
そんなユウナの言葉を聞いてカイルは剣を取ってユウナから手を離した。
そしてカイルは一人立ち上がり歩く。
その背中が離れていくのはユウナに少しだけ淋しさを与えたが、親友のキララに見捨てられた時のような絶望感は無かった。何処か少し安心していた。カイルだけでも助かるならと。
しかし。
カイルは数歩歩いて足を止めてユウナに振り返った。
所々ボロボロなその身体で表情だけは優しくユウナに微笑んだ。
「ユウナ......。俺にはユウナが何時も何に悲しんで怒っていたかは分からなかったから殴られてあげてあげる事しか出来なかったけど......。本当はユウナより俺の方が強いからね」
「そのようね......だから私を置いていきなさい!」
ユウナが勝てなかったコボルトを既に何匹も倒したカイルの強さはもう分かっている。何時もわざとユウナに負けて居たなんていまさら言われてもむかつくだけだった。
だけれど。
「嫌だね。友達をユウナを見捨てて逃げるぐらいならここで死んだ方が百倍マシだ!」
「っ!」
その言葉はユウナの心につき刺さった。
重なる背中は親友キララの背中。手を伸ばして行かないでと叫んでも離れて行ったあの背中。
カイルの背中はあの時と正反対だった。
「それに見ててよユウナ。確かに今のこの状況は絶望的だけど、絶望なんて簡単にひっくり返る。それを今からユウナに見せてあげるよ」
そういってカイルは数十体のコボルトと真正面から戦った。
コボルトの武器は鋭い爪と牙、そして何よりそのすばやさ。
何度刻まれる切り傷は既にカイルの体力を殆ど削りきっていた。
勝てない。カイルは死ぬ。
そうユウナが判断するのは仕方のないことだった。
カイルの腕に足にコボルト達が噛み付ついてそのまま噛みちぎる。
カイルの血が肉が絶叫がこだまする。瀕死のカイルはそれでも立ち上がってユウナの前で腕を広げた。
その足はガクガクと震えていた。
カイルは弱虫だった。
その瞳からは大量の涙が流れていた。
カイルは泣き虫だった。
腰は引けて格好悪い。
カイルは腰抜けだった。
それでもカイルは逃げなかった。
「なんで? なんでそこまでしてこんな私を助けるのよ!」
そんなカイルにユウナは聞いていた。後で聴こうと胸にしまった思いを。
そんなユウナの問いにカイルは頭上を仰ぎながら答えた。
「それは......ユウナが俺の中で護りたい人だからだよ......なあ。レンジ。......遅いよ」
「ああ......。そうだな」
崖の上から突如レンジが降下してきて返事をしカイルに噛み付くコボルトを全て切り裂いた。
一瞬だった。
そのあとふらりと倒れるカイルの事をレンジは優しく受け止めて。
ユウナに手渡した。
「ユウナ。無事ならカイルの止血を頼む。俺はこいつらにカイルのお礼をしてやるから」
「なっ! 馬鹿なの!? 逃げなさいよ!」
ユウナは血まみれのカイルを丁寧に受け取りながらレンジの背中に叫ぶがレンジは既にコボルトを殲滅した後だった。
すぐに戻ってきたレンジはカイルの服を破いて血を止めていく。
それを黙々と行っている間に日は落ちてしまった。幸い縦穴を見つけてそこで一晩泊まることになった。
カイルが気絶して寝ているその手を握っているユウナは同じく近くに居るレンジと
「カイルなら平気さ。こんな所で死ぬ奴じゃない」
「心配なんてしてないわよ!」
「素直じゃないな」
ユウナは傷だらけのカイルを見てつぶやく。
「感謝もしないわよ。弱いのに! 泣き虫なのに! 私を助けるためにボロボロになったカイルなんかにお礼なんか言わないわ」
ユウナは眠るカイルとそれを黙って聞いているレンジの前で
「その代わり......私がカイルより強くなってもう二度とカイルが傷つかないで良いようにするわ。『私がカイルを守るわ!』」
誓った。
ユウナはユウナの英雄を守るとそう誓った。
その日からユウナは剣の訓練を真剣に始めて言葉通りすぐにカイルを追い抜いくことになる。
カイルが目を覚まして、村へ三人で戻る中。ユウナはカイルとレンジと手を繋いで帰っていた。
「おい。ユウナ。これやめようよ。恥ずかしいんだけど」
「あら? 良いじゃない。これくらい普通よ」
「そうだな。ユウナの好きにすると良い。そういえばカイル」
「ん?」
「実はユウナがカイルの事を」
グギリ(ユウナがレンジの足を踵で踏み付けた音)
「なにを言っているのかしらねレンジは......カイル聴かなくて良いわよ」
「何? 二人ともなんか仲良くなってない? 俺抜きで? ちょっと悲しいんだけど、そういう関係になってたんなら教えてよ!」
「どういう関係よ!」
「えッ? 恋人......」
グギリ(ユウナがカイルの足をいか略)
「ふふん。まあ良いわ。カイル。レンジ。これからもよろしくね♪」
機嫌良く帰ったユウナはそのあとこっぴどくマーサに怒られるてレンジとカイルも大人達に叱れるのだが、それからユウナはピオレに打ち解けて行くことになったのだった。
■■■
ローゼルメンデセス王国から帰還して、レンジとユウナに詰め寄られたり、マリンに心配されたりして大変だった。
特に、ユウナが
「何日も居なくなるなら連絡しなさいよ!!」
と騒いで居たのが.......ね。
超大変。
まあ実際、俺もいきなりユウナが音信不通に成れば心配するだろうし、連絡位しろと怒るだろう。
でも、言い訳させて貰えば、俺は一日で戻って来るつもりだったのだ。だってゴブリン退治だったし。
それが、なんか知らないうちに王女暗殺阻止や王国最強騎士打倒にあらよあらよ変わっていき、胴体を真っ二つに切断されて、しかも回復不可とかいうえげつないオマケ付きで、何週間も寝込んで居たんだから仕方ない。
.......良く生きてるな俺。
超天才回復魔術士のアンナが居なければ本気で死んでたかも知れないと思うと今更ながらにゾッとする。
しかも、アンナの奴がけっ.......それは良いか。
とにかく、俺はマリンとレンジとユウナの三人に、ローゼルメンデセス王国での事を説明した。
勿論、意図的に伏せたこともある。俺が炎王イグニードを倒したとか、望叶剣に隠されたデメリットとかは話してない。それとアンナの告白とか.......も。なんかユウナ達には話さなくても良い事のような気がしたので話していない。
そして、それ以外は全て話した。ミリナの呪いの事もだ。別にアンナに口止めされてないし、今更ミリナが呪いの王女だと知れても今のローゼルメンデセス王国ならミリナを切り捨てるなんて事は絶対にしない。
話を聞いたアンナ達はそれぞれミリナの呪いの解呪について意見を出してくれたが良さそうな案はなく、ユウナにいたっては、
「カイル! ミリナって子と何かあったんじゃ無いでしょうね!?」
ユウナにいたっては、こうして勘繰って来る始末だ。
「無いよ.......何も」
「怪しいわ! ローゼルメンデセス王家は金髪の家系なのが怪しいわ!」
酷い言い草である。
「ユウナは俺を金髪に固執する変態だとでも思ってるのかよ!?」
「その通りよ!」
ピシャリとユウナは俺を変態だと言い切りやがった。ひど過ぎる。まあ金髪は至高のものだけど。
因みにマリンはユウナのご飯のお変わりを何故か作りながら、苦笑していた。
「あはは.......」
ギロッとユウナがマリンを睨むとすぐにそと苦笑を引っ込めてあわあわし始めてから。
ピロン! という効果音が似合う様に何かを思い出したのか手を叩いた。
「っあ! あの~カイルさん」
「何?」
「その~私!」
「.......」
「その.......あの~ですね」
「.......」
「そのですね」
「..............」
「そーー」
「良いから早く本題をいえよ!!」
「ひゃい!」
余りに長い前置きについついカッとなってしまうのは、マリンが未だにあわあわしているからだ。コイツ全然成長していない!
俺がこの一ヶ月ちょっとの間に何回も死にかけていると言うのに!
怒鳴られて遂に意思を固めたマリンはおどおどしながら本題にはいる。
「一緒に依頼にいきませんか!」
「はぁああああああっ!?」
何故か俺ではなくユウナが全力で叫んだので、ユウナは俺とマリン更にはレンジからのジトッとした視線を受ける。
「な、何でもないわ。続けてどうぞ?」
ユウナは右手をパタパタ振ってカイルを誘おうと左手に持っていた依頼書を握り潰してマリンの話の先を聞く。
マリンもユウナの奇行にはなれているのかアッサリと流して続きを話した。
「私。色々考えたんですがやっぱり、魔法についてもっと詳しく勉強したいんです!」
「.......ん? それと依頼と何か関係あるの?」
魔法を勉強したいというのは立派で俺も応援する。
けれど話の流れがおかしい気がする。依頼一緒に行きましょう。から、魔法の勉強がしたい。
うん。やっぱりおかしい。どこが頭かなぁ
「ううぅっ.......そんな、残念な子を見る目で見る前にこれをみてくださいよ~」
といって、マリンが渡してきたのはFランクの依頼書。
ユウナ達と一緒に目を通すと、どうやらないようはこうだ。
勇者学校のある学園都市に並ぶ教育都市。魔法学院。学院都市への半年の短期留学。
報酬は留学中の成果によって変わるというものだ。
定員は三人。
「ふーん。こんなまるっきりお勉強みたいな依頼もあるんだ知らなかった」
俺が探した時は生死をかけるえげつない依頼ばかりだと思っていたがそうでも無いらしい。
と感心しているとマリンが依頼の入手経路を教えてくれる。
「これ.......実は『裏依頼』何です」
「裏依頼?」
「はい。勇者学校の教員が個人的に推奨してくれる依頼です。私が魔法関係の単位ばかり取っていたから貰えたんだと思います」
「へぇー」
そんな救済処置も有るのかと感心する。実際。マリンの場合このままじゃ年間目標の千ポイントには絶対に届かないだろう。俺だって一ヶ月半で稼げたポイントは、まだ百ちょっとだし......だからマリンが勇者学校を生き残るためにはこの依頼を受けるしかない。
マリンはサッと俺の手を両手で握って瞳を揺らしながら懇願する。因みに何故かユウナがムッとしている。もっとマリンのご飯を食べたいだろう。
「私......一人でなんて無理です。でも......カイルさん......とならその......頑張れる気がするんです! だからお願いします。私と一緒に学院都市に来て......れませんか?」
マリンの表情は俺に断られる不安で泣きそうだ。
そんなマリンの事を良く観察してからマリンのお願いに答えた。
「俺は行かない」
「......っえ......そんな......」
主人に裏切られた子犬の様にマリンは絶望を顔に現して、ふるふる顔を振りながら数歩後退した。
必死で涙こそ堪えているがマリンは頭が真っ白になり
「なんで......」
ポロリの本音が漏れたのだった。
そんなマリンに俺は言う。
「いやだって、俺別にマリンを一々手助けする義理は無いし......それに今はそんな無駄な事に気を使っている時間は無い」
そう。時間を無駄にはできない。なぜなら。
「俺は、アンナと何よりミリナと約束した。必ずその死の呪いを解くと......悪いけどマリンの事には手が回らない」
難題のミリナの呪いの解呪方法が、俺には何も分かってない。
イグニードは魔界王、カースド・カース・ドルレイドを打倒しろとか抜かしてたが、本当に魔界王を倒すだけでミリナの解呪がなるのかも不明だ。そもそもそれが本当の事なのかも正直疑わしい。
アンナは元婚約者のイグニードの言葉を信じたようだが、俺は信じてない。所詮《元》婚約者の死ぬ前の戯言かもしれない訳だし。元......だからね。俺は別にそういうの気にしないぜ!
「それにだよ。マリンなら......」
「ぁぁ!!」
ガタン!!
声にならない声を上げてマリンは、部屋をかけ出て行った。
「......マリンなら。一人でも大丈夫だよ。絶対。だってマリンはもう自分で歩き出したんだろ?」
「今更良いこといっても遅いわよ。あの子カイルに断られた事がショックで出てっいっちゃったわよ。現実を見なさい」
「............」
冷静にユウナが真実を告げて、俺は無言になる。だってさ! ね! まさか居なくなっちゃうとは思わないでしょ!? そんなに思い詰めてるとは......ね。
俺は苦笑いしてから一言、ユウナとレンジに言うのであった。
「あはは......どうしよ......」
そんな困った俺に落ち着いた声でレンジが告げる。
「追おう。カイルがこんなことで誤解されて良いわけがないからな!」
「そうね! 人の話は最後まで聞きなさいってマリンに説教してあげるわ!」
やけに気合いの入ったユウナとレンジだった。
■■■■■
マリンが逃げ出した同時刻。
学園都市からは遥か遠くの北の辺境にて黄色の髪を特徴とし、目つきが鋭くそのうえで何処か貴賓の有る青年が【ある】情報を確認しながら森へと侵入した。
危険度ランクA。鋼よりも固い鱗を持つ誇り高いクリスタルウルフが集団で群れを成している【クリスタルの森】で一人の黄色の勇者候補がその数十体のクリスタルウルフの前に立ちはだかり、【黄色の望叶剣】を抜きはなった。
全てのクリスタルウルフに睨まれた青年はゆっくりとした動きでクリスタルウルフを見つめた。
「............炎王イグニードを倒した......か。戦ってみたいな」
呟きその数瞬後、勇者候補とクリスタルウルフ達は死闘を演じた。そして
数分後に大量のクリスタルウルフの骸の上で無傷の黄色の青年は。
「楽しみだ......」
唇を吊り上げたのだった。
青年はやっと達成出来るかも知れない青年の目的を、炎王を倒したという新人勇者候補にして同じ望叶剣使いのカイルという男に期待していたのだった。
青年の目的は一つ......強き者と戦う事だ。
そのために青年は足を学園都市に向けたのだった。その男。つわもの達が集う学園都市で現在累計獲得ポイント数が断トツトップ。十四という若さで【剣帝】と【雷帝】の称号をもつ学園都市最強の勇者候補と噂される、【雷剣帝】ライボルトという男だった。
■■■■■
別にマリンもカイルが断らないと思っていた訳ではなかった。
むしろ、断れる確率の方が高いことは重々承知だった。それでも何故かカイルに断れた時マリンの心はチクリと痛んだ......ザクリって感じかなぁ......
気付いた時は既にカイルから逃げ出していた。
「ずっと......憧れていた勇者候補になれたのになぁ......なんでこんな格好悪いんだろう......」
マリンは寮から遠く離れた沢山の水車で魔力を生み出す庭園に来ていた。
水車に施された特殊な術式で運動エネルギーが魔力エネルギーに変換されその魔力エネルギーを学園都市中に供給する仕組みだ。
以前は電気エネルギーを利用していたが魔力エネルギーの方が様々な利用価値と応用性に優れて居るため今の学園都市だけではなく大陸の主だった国はこの仕組みを利用して魔力を持たない一般人も生活基準で水や電気火に至るまで困る事はなくなった。
マリンはこの特殊な術式を生み出したマリッジの血を継ぐものなで子供の時は鼻が高かった......
学園都市は都市と名乗っているが、元々王国だった名残で実は普通に王が居る。
今は名ばかりの王だが、王に変わり無いため全権を握っているのも確かだ。
もはやわすられた学園都市の真の名前。剣と魔法のメルエレン王国のメルエレン王族とその貴族は今でも高い権限を持っている。
勇者学校に勇者科だけではなく様々な科が存在するのもその貴族の子達を入学させるためだ。
貴族科なんて科もある。
そしてその貴族科の生徒達の寮があるエリアがこの噴水エリアだ。
だからマリンが貴族の生徒達と顔を合わせてしまうのは必然であった。
数人の綺麗な制服に優雅に身を包んだ貴族科の生徒達がマリンに気がついた。そして鼻でマリンを一笑。
「っあ! 見ろよあそこ。手柄を横取りしたぬすっとの家系マリッジ家の時期娘当主がいるぞ」
「本当だ。良くもまぁ! フフフっ私達の前に姿を現せますね!」
あからさまにマリンに悪意をぶつける貴族達を無視してマリンは静かにその場を立ち去る。
不用意だったと反省しながら。
マリッジ家が没落した理由は魔力変換術式が盗作だったという事がおおやけになったからだ。
証拠は全て出揃ったのでそういう事だったんだろう......
そしてマリンは全てを失った。父親は処刑され貴族称も剥奪、母と二人で細々暮らし全てに絶望していた。
「おいっ! きいているのか! ああぁん!!」
「ゃっ! や、やめてください」
貴族科の青年は立ち去ろうとするマリンの横に束ねた青い髪を乱暴に掴んだ。
髪を引かれる痛みに眉をひそめて青年の腕を掴んで払おうとする......
嫌がるマリンが逆に貴族科生徒の嗜虐心を煽って更に乱暴にされる。
嘲笑と暴力にマリンの身体が強張り目をつぶった時。
《風の精霊よ、大いなる息吹を持って、糞野郎共を吹き飛ばさない!》
活気溢れる詠唱が響いた。
そして詠唱に従い魔法が発動し突如吹き荒れる突風がマリンを掴む貴族生徒達だけを数メトル後ろに吹き飛ばした。
「ユウナさん!?」
「ふんっ。探したわよ」
貴族生徒達を鼻で笑って現れたのは白と黄色を混ぜた滑らかなクリーム色の髪をなびかせたユウナだった。
ただ突風を起こすだけの風初級魔法【トルネード】で、数人を纏めて吹き飛ばした事を気にも留めずにユウナはマリンに歩みより手を伸ばした。
「立ちなさい。貴女が居なくなったからカイルが悲しんでいるわ。戻るわよ」
「で、でも......私.......私にはなにも」
その手を前に言い淀むマリンに対してユウナはくすりと魅惑的に微笑んだ。
「あら? おかしいわね。カイルが『マリンは凄い奴だ』って言ってたのだけれど」
「えッ? カイルさんが?」
そのまま挑発的にユウナは笑って続ける。
「でも、カイルの見込み違いだったようね。こんな事で自分の可能性を諦める人なんて絶対に.......あの人の目には止まらないわ! 失敗で止まる程度ならカイルの隣に立つ資格なんて無いのよ」
「ーーっ!」
「ふんっ! カイルも人を見る目は無いのね」
言い捨てたユウナの言葉にマリンはドクンと心臓の音が大きくなるのを感じながら、ギリリと奥歯を噛んで立ち上がる。
「私の悪口はいいです! でも! 私に前を見る勇気をくれた私の英雄の悪口は言わないでください! カイルさんの悪口だけは許しません!」
そして、はっきりと敵意を込めてユウナを強く睨み叫んでいた。
自分が馬鹿にされることより、何よりカイルを馬鹿にしたユウナの事が許せなかった。
さっきまで震えていた手が止まり相手の目を見ることすら普段は怯えるマリンが今は何も怖くなかった。
そんなマリンをジッと見てからユウナはフッと優しく微笑んだ。
「立てるじゃない」
「っ! え?」
いつも強気なユウナの優しい笑みにマリンは困惑していると
「良い? 一度しか言わないわよ。カイルは貴女を買っているわ。そうじゃなきゃ貴女を一人で行かせようとなんてしないわよ」
「.......」
「絶望する前に、カイルに認められた事を誇りなさい!」
それがユウナの言葉がマリンの心を解きほぐした瞬間だった。