第三話 百度目の王太子殿下
「どうしていきなり武術を?」
殿下は探るような視線を向けてくる。
巻き戻りを繰り返すことで知った事実を証拠に協力を仰いだこともあったが、アイツによる犠牲者が増えただけだった。
私を囮にする、この方法が一番いい。どうしてか、アイツは私がどこにいても絶対に追ってくる。
「……この園遊会においでのすべての方々を守るためです」
「気軽に楽しむために護衛騎士を離しているが、ちゃんと警備は配置している。そもそも錚々たる面々の武人達を招いているんだよ?」
「さようでございますね」
アイツは、断罪され婚約を破棄されて王宮の地下牢に投獄された私のところへも来た。
十四回目と七十六回目の殿下が気まぐれで、この園遊会の閉会式でおこなう予定だった私の断罪と婚約破棄を開会式で強行したときのことだ。今回は強行されなくて良かった。
あのときは私がいなくなった園遊会会場でアイツが暴れ、会場内の人間を皆殺しにしてから王宮へ来たらしい。怯えた顔で私の関与を問うてきた牢番もアイツに殺された。
「……辺境伯に憧れているのかい?」
「はい?」
「いや、その、君が今日着けて来たブローチが彼の瞳の色だから、そうなのかと思ったんだ。べ、べつに憧れるのは悪いことじゃない。彼は大魔林から現れる魔獣達を打ち倒すだけでなく、大魔林を開拓してファッブリ王国の版図を広げてくれている英雄なのだから」
私は胸のブローチに視線を落とした。
殿下の言った通り、辺境伯閣下の瞳と同じ真っ赤な石が輝いている。
これについて問われたのは二十七回目以来だと思いながら、私はブローチを外した。
「これは殿下からいただいたものなのですが」
「私から?」
「はい。今日の園遊会に着けてくるようにと、王族のみが使用なさる便箋に書かれた手紙とともに届けられました」
「私は知らないぞ」
「そうでしたか。便箋は家にありますので、園遊会が終わったら殿下の元へ運ばせます。王族を詐称するなんて不遜な行為、許すわけにはいきませんものね」
「あ、ああ……」
二十七回目のときも殿下に知らないと言われて渡したが、ニセ手紙とブローチの送り主の正体はわかっていない。調査結果が出る前に、むしろ調査自体が始まる前に死んで巻き戻ったから。
巻き戻りは園遊会の開会式から始まるので服装はいつも同じだ。殿下からの贈り物でないと知ったからといって、このブローチを意識して構成した衣装は変えられない。
殿下はブローチを受け取って、首を傾げた。
「紅玉……か? かなり歴史のありそうなブローチだな。こんなに大きな紅玉をあしらった装飾品があったら、広く知られていそうなものなのに」
「台座だけ昔のもので、石は最近嵌め込んだのかもしれません。フランカ様によりますと、これは紅玉ではなく魔獣の心臓が凝固して出来た魔石だということです」
錬金術の天才であるフランカ様は、魔獣素材で装着者の能力を高める効果を持つ装飾品や武具をお作りになられる。
同じく天才のカルラ様はポーション専門だ。いつか伝説の死者をも甦らせるエリクサーを作りたいとおっしゃっている。
エリクサーはドラゴンの血から出来ると言われているが、ドラゴンの血には毒がある。解毒をすればいいのか、べつの毒を合わせて性質を変えさせればいいのかと、カルラ様はいつも楽し気に悩んでいた。
「こんなに大きいということはドラゴンの魔石か?」
「詳しく魔力成分を調べないとわからないのではないでしょうか」
少しイライラしながら言葉を返す。早くこの場を立ち去って欲しい。
私を庇ってではないけれど、殿下がアイツに殺されたことは何度もある。
時間が巻き戻るとはいえ、目の前で人が死ぬのは嫌なものだ。たとえそれが、魔術学園に入学するなりヴェレーノ男爵令嬢ラーニョ様に夢中になり、婚約者の私をないがしろにし続けたベニアミーノ王太子殿下であっても、だ。
「アンドレア、このブローチのことは私達だけの秘密にしてもらえないか」
「殿下のお望みのままに」
親しい側近達や王宮の自室に連れ込んでいるラーニョ様の関与を疑っているのだろう。
彼らならいつでも殿下の部屋から便箋を持ち出せる。
莫迦な話だ。わざわざ不貞をでっち上げなくても、とっくの昔に殿下の心は私から離れているのに。アイツとの闘いの日々で私の心も殿下から離れている。冤罪はともかく、婚約破棄くらいならいくらでも受け入れてあげる。
……巻き戻りが始まる前、学園に入学して以降は一度も贈り物をくださらなかった殿下の名前で届いたこのブローチを見たときは、心臓が弾け飛びそうなほど嬉しかったのだけれど。




