王国の演劇、あるいは闇の支配者からの初めの挨拶
あのカラシンの悪夢の夜から、早くも十二年の歳月が流れた。
裏社会では、驚異的な速度で台頭した神秘的な闇の帝国『Dark Hiver』の噂が絶え間なく囁かれている。しかし、この組織はただ闇に潜むだけでは終わらなかった。今や表舞台の経済をも支配する巨大企業へと拡大していたのだ。前世で目撃し、記憶していた経済の仕組みや技術の知識を容赦なく注ぎ込み、俺――カゲサキ・ユート、またの名をDark Hiverの絶対たる主宰は、巨大な財閥を築き上げた。
本拠地を構えるのは、この世界でも指折りの大都市であり、無数の謎と権力者が集う街――ミツガラシ市。世間の目を欺くため、その会社にはごく平凡な名が付けられている。
『サカハシ』。
日用品の流通から剣や銃といった兵器の供給までを手掛けるこの会社は、その実、俺が自ら設計した軍事基地であり、莫大な資金を生み出す装置だった 。,十二年という歳月を経て、Dark Hiverももはや小さな集団ではない。
ドリキー、ジピス、キロ、シロ、そしてミヤ……。
最初期から俺の傍らにある、この五つの名。十年以上の歳月をかけ、俺が直々に集め上げた、組織の核となる最精鋭の影たちだ。
現在、俺はほのかな闇の権能を纏った玉座に腰を下ろしていた。眼下では、幹部たちが膝を突き、宗教組織『ピリシエ』の動向を恭しく報告している。あのクズどもは、十二年経った今でも愚直にドリキーの行方を捜索しているらしい。皮肉なものだ。十二年前のあの夜、瀕死の状態で大岩の上に倒れていたドリキーをピリシエの鼻先で回収し、命を繋ぎ止めたのがこの俺だとは夢にも思っていないのだろう。
さらに興味深いことに、情報網の報告によってある驚愕の事実が判明していた。俺の血縁にはゼンカイ・ハルシャンという叔父がおり、あの狡猾な老いぼれこそがピリシエを影で操る黒幕だったのだ。
俺は静かに手を掲げた。掌の上に、紫黒の炎が揺らめき立つ。その不気味な躍動を数秒見つめた後、俺は拳を強く握りしめた。
ふっ。
炎は一瞬で霧散する。俺は口元を歪め、傲然たる笑みを浮かべて低く呟いた。
「――時間だ、フハハハハ」
体内に満ちる魔力の循環を感じ、己の選択が正しいことを確信する。任務のたびに、俺は自らの力を研ぎ澄まし、完成させていく。すべては、これから始まる至高の「陰実ごっこ」を、己の渇きを満たすための舞台を完璧に演出するためだ。
そして今夜、このDark Lord自らが、すべての因縁に決着をつけてやる。
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ところ変わって、高貴なるオスカリーナ皇立アカデミー。
剣士たちのための絢爛豪華な練兵場では、俺がいつも「偽善の象徴」として見ている「光」の弟――ユータが、指南役の指導のもとで剣を振るっていた。本人は気づいていないが、彼は組織による精神誘導を受け、操られかけている。しかし、奴らの陰謀は大きな障壁にぶつかっていた。ユータが生まれ持つ能力『Steallight』は、あらゆる精神干渉や洗脳を完全に無効化する特性を持っていたのだ。そのため、奴らがいくら策を弄しても彼を意のままに動かすことは極めて困難だったが、当のユータ自身はそんな裏事情など露知らず、ただ無心に汗を流していた。
ユータの師であるザイン・ヒソミカゼは、自身の地位を誇示することしか頭にない傲慢な男だった。その見栄っ張りぶりは、個人練兵場の巨大な窓ガラスすべてに純金の縁取りを施している点によく表れている。
――パリィィィン!!!
静寂を切り裂く、耳障りな破砕音が響き渡った。どこからともなく飛来した一条の黒影が、ザインの自慢の高級ガラスを粉々に打ち砕いて乱入したのだ。
「何奴だ!? よくも私の美しいガラスを……!」
ザインは顔を真っ赤にして激昂し、即座に警備兵を呼ぶ叫び声をあげた。
黒影は一切の言葉を発せず、驚異的な速度で肉薄する。傍らにいたユータは、その影の輪郭にどこか見覚えがあるような錯覚を覚えたが、師であるザインの危機を前にして躊躇している暇はなかった。ユータとザインは同時に抜刀し、二人がかりで迎撃へと転じる。
しかし、戦況は圧倒的だった。黒影はまるで実体のない亡霊のように戦場を支配し、繰り出される一撃一撃が息の根を止めるほどの重圧を伴って二人を襲う。激しい交戦の最中、黒影の容赦のない一撃が周囲の壁を次々と破壊し、そこに隠されていたオスカリーナの醜悪な闇――秘密実験のデータや、ユータを操るための詳細な計画書――を白日の下に晒していく。ユータはその異様な光景に目を奪われかけたが、目の前の脅威を退けるために再び意識を集中せざるを得なかった。
ユータとザインの呼吸が一瞬乱れた、その刹那。
黒影が静かに予備動作へと入り、空間全体を濃密な暗黒のプレッシャーが圧殺する。影の底から響くような、低く冷徹な声が響いた。
「『Shadow Kick』」
Dark Lordの放つ、暗黒の魔力を宿した強烈な回し蹴り。紫黒のエネルギーの奔流が、ユータとザインの身体をまとめて吹き飛ばし、既に割れていた窓から建物の外へと文字通り一蹴した。
黒影は砕けた窓の縁に毅然と立ち、眼下の敗者たちを見下ろした。そして、口元を微かに吊り上げ、ただ二語を紡ぐ。
「――Dark Lord」
直後、夜の闇に吸い込まれるような、不気味で狂気じみた笑い声を残し、オスカリーナの機密書類や実験報告書をすべて強奪したまま、夜空へと飛翔した。
上空に達した影から、王都全体を震わせるほどの魔力が解き放たれる。両腕を広げ、彼は世界の理を告げるかのように、その名を高らかに叫んだ。
「――Scraps I'm Darkness」
ドオォォォン!!!
凄まじい大爆発が巻き起こり、紫と赤の混ざり合った鮮烈な光がミツガラシ市の夜空を侵食していく。幸いにも、爆発の規模は街の外縁部、鬱蒼とした森の境界付近であったため、一般市民への被害は皆無だった。地上では、満身創痍のユータが辛うじて立ち上がり、爆風の余波からザインの命を救い出していた。
耳鳴りが止ない頭の中で、ユータの記憶にははっきりと「Dark Lord」という言葉が刻み込まれていた。彼の胸中に、Dark Hiverという組織への巨大な疑惑が確信へと変わりつつあった。過去に独自の調査を行った際、兄が『Scraps』に関連する何らかの異能を隠し持っているという形跡を掴んでいたからだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
事態が収束した後、ユータは疲弊した身体を引きずり、アカデミーの寮へと帰還した。しかし、胸を焦がす疑惑を抑えきれず、彼はすぐさま兄の部屋へと足を向けた。
扉を静かに開ける。そこには、いつもと変わらず無警戒な寝息を立ててベッドで眠りこけるユートの姿があった。
ユータは安堵の溜息を漏らし、心の中で自嘲する。
(……やはり、僕の考えすぎか。兄さんが、あの恐ろしい怪物であるはずがない……)
彼は踵を返し、静かに扉を閉めて立ち去った。
廊下に響くユータの足音が完全に遠のいた、その瞬間。
暗がりのベッドの上で、ユートは突如として跳ねるように起き上がった。漆黒の外套の裾を揺らし、彼は極めて愉悦に満ちた、陰険な笑みを浮かべる。
「ククク……すべては我が計画の通り。そこにいることは疾うに知っていたぞ、弟よ……」
彼は静かに周囲を見渡した。一見すると静まり返った平凡な寮の部屋。だが、今この空間に気配を消して潜んでいる者たちの殆どは、彼が事前に配置した闇の配下たちだった。主宰たるユートを除いた四つの影は、それぞれ固有の識別コードを持っている。『X』、『IV』、『I』、および『VI』。
彼らはDark Hiverにおける、幹部クラスよりも下位に位置する実行部隊だ。組織の効率的な運用のために厳格な実力主義の階級制度を設けてはいるが、ひとたび任務を離れれば、ユートは彼らに対して常に公平であり、一人の人間として最大限の尊重を持って接していた。
ミツガラシ市の夜は再び静寂へと戻る。しかし、大いなる喜劇の歯車は、既に狂いなく回り始めていた。




