思春期長男の一日 起床編
「おはようございます。レオナルド様。」
レオナルドの朝はユーリアの声から始まる。
「あぁ、おはよう。ユーリア。
今日も良い天気だな。」
朝5時。
運動着に着替えたレオナルドは部屋を出て、
ドアの前に立つユーリアに応える。
いくら婚約者とは言え、ユーリアに寝起きの
ダラしない姿は見られたくない。
そんな小さなプライドでここ数ヶ月、レオナルドは朝一人で起きて着替えるようになった。
実はユーリアが起こしに来てくれた時に男子特有の朝の生理現象を見られてしまい、それからは自分で起きるようになったのだ。
ユーリアは気にしないと言ってヨダレを隠しながら言ったのだが、朝の声掛けはレオナルドが断固と拒否した。
ふとそんな恥ずかしい記憶が頭をよぎり、若干の気恥しを覚えながらユーリアを盗み見る。
ピンクブロンドの長い髪をゆったりと編んだ三つ編み。
隙なく着こなしたメイド服。
まだ成人前にも関わらず、女性特有の豊かな丸みを感じる均整の取れたプロポーション。
そしてレオナルドの全てを受け入れんばかりの
慈愛に溢れた微笑み。
―――もし、俺が彼女を求めたらそれを受け入れてくれるだろうか?
ふとした邪念が頭に浮かぶ。
少し恥ずかしそうに微笑むユーリアがその手を
広げて己を受け入れる姿を夢想してしまい、
レオナルドは自分の頬を思いっきり叩いた。
馬鹿か俺は!? 朝から何を考えている!
ここ最近いつもこうだ! シャッキリしろ俺!
己に喝を入れる為、さらに数度頬を叩く。
「れ、レオナルド様?」
「どうも朝から寝惚けてしまっているようだ。
今日は朝からアルの奴も来る予定だし、少し気合いを入れてトレーニングをする。」
「えっと、わ、分かりました。
朝食の味付けは少し濃いめにしておくように
伝えますね。」
ジンジンと痛む頬の痛みを無視してユーリアに
礼を言って走り去るレオナルド。
「―――むぅ。私はいつだってOKですよ?
レオナルド様。」
自分の思考の変化に戸惑うレオナルドは、少し残念そうなユーリアには気付かなかった。
―――――――――
――――――
―――
王都郊外にある広い空き地。
人里からも街道からも離れた原っぱの真ん中で
レオナルドとアランが大の字になって寝転んでいる。
つい先程まで激しく組手をしていたのだろう。
彼らの周りの大地はめくれ、焼け焦げ、帯電し何本もの木剣が折れて転がっていた。
最初は公爵家の屋敷の広い庭で訓練をしていた
2人だったが、その激し過ぎる訓練の余波で庭をボロボロにしてしまい、場所の移動を余儀なくされてしまったのだ。
王都から数km離れたここが今では2人の訓練所となっていた。
「つっかれたぁー! ……ってかさ、レオ。
何かあったのか?やけに力が入ってたけど。」
「あー、まぁ、なんだ……。」
「またユーリアさん絡み?」
「うるさいな……。」
「純情と言うかなんと言うか……。
オレが思うにあれだね。レオはもう少しユーリアさんと普通に話が出来るようになるべきだ。
日常会話とか殆どないんじゃない?」
「むっ……。まぁ確かに否定はできん。」
ユーリアと話をしない日はないが、逆に話が
弾んだ日というのも言われてみれば殆どない。
アランの言葉で自分の不甲斐なさに気付く
レオナルド。
「ユーリアさんの趣味の話とかさ、盛り上がりそうな共通の話題とかないの?」
「共通の話題という訳ではないが、魔導具が
好きだと言っていたな……。」
「だったら今度の文化祭に誘ったら?
ウチのクラスの出し物、魔導具の展示じゃん。
あ、もしかしてもう誘った?」
「…………まだだ。」
レオナルドとてそれに気付かないほど朴念仁でもない。
むしろ、クラスの出し物が魔導具の展示に決まった時はユーリアを誘うべく誰よりも気合いが入っていた。
しかし、気合いが空回りしてしまい“魔石からの魔力抽出作業の効率化”という有用だがとても
地味な論文を書き上げてしまっていた。
―――何で俺はあんな地味な論文を……!
もっと分かりやすいインパクトがある魔導具を
作れば良かったのに……。
どれだけ後悔しても過去には戻れない。
ユーリアを誘うべきか、誘ってもクラス展示の事は黙っておくべきか、いっそ文化祭に誘わない方が良いのか?
ここ最近のレオナルドの悩みの一つだ。
「ま、まあレオが誘って2人で文化祭を回るってのが大事だと思うよ?」
「そうか……。そうだよな……。」
親友の反応から何となく事態を把握したアランがフォローを入れる。
レオナルドと出会ってまだ半年が過ぎた程度だが、毎日顔を合わせているのだ。
それくらいの機微はもう分かる。
「しかし、好きな子と一緒に住むっていうのも良し悪しだね。」
「分かってくれるか……。友よ。
そうなんだ。毎日毎日、自分の情緒がかき乱されているのが本当によく分かる。
家同士の話し合いも済んで正式な婚約者だし、何なら卒業後の結婚式の話も出ている。
しかし、人の心は絶対じゃあない。
ユーリアが好いてくれているのは伝わるが、
それに胡座をかいているのは違うと思うんだ。
だから何かしらユーリアの為にしたい……。
だが、どうすれば正解かが分からないんだ。
地図も何もない大海原で波に翻弄されている様な気持ちなんだ……。分かるか?」
「ああ、うん。何となくね……。」
相当思い悩んでるな……。
でも、きっとこれは悪い事じゃないんだろう。
初めて見るレベルでその想いを素直に吐露する親友を何だか微笑ましく思うアラン。
昔のレオは周りを一切見ようとせず、
ただ己を高めるしかして来なかったらしい。
今の様子からは想像する事も難しいけど、一度はそれに挫折し、周りに当たり散らす様な事もしていたそうだ。
周りを顧みなかったレオが、たった一人を想い不器用にその手を伸ばそうとしている。
それはきっと素敵な事だと思う。
思うんだけどさ……。
「―――あぁ、ユーリア。君は僕の太陽だ。
君で光合成をしたい! ……どうだ? こんな詩や歌をユーリアに捧げようと思うのだが。」
そんな事を考えながら、頭の悪い詩を朗読しだした親友を見るアラン。
夜通し書き連ねたのだろう。
懐から何枚もの紙束を出して謎の詩を読み上げるレオナルド。
よく見るとその目には黒々としたクマが出来ていた。
「……レオ。もしかして徹夜してた?」
「いや、1時間くらいは寝たぞ。
最近はあまりゆっくり眠れなくてな……。」
ここ最近、レオナルドは寝ようとするとユーリアの事が頭をよぎり、悶々として眠れない日々を過ごしていた。
ゴバゥ!!
無言でレオナルドから謎の詩集を引ったくり、
白炎で浄化するアラン。
「な、何をするっ!?」
「―――取り敢えずもう一戦やろっか。」
現在6時30分。
シャワーと朝食、身支度をする時間を考えれば
そろそろ戻らなければならない。
しかし、今はそれより親友の頭をぶん殴り、
正気に戻す事の方が重要だった。
「貴様ぁっ!! いくらお前でも許されん事があるぞっ!!」
「悪いがこればかりは譲れないね。
―――友の為に命を懸けて戦う。
それがアラン・フロントラインの権利だ!」
1時間に及ぶ激闘の末、何とか白炎の勇者は
恋の暗黒面に堕ちた黒雷の勇者を救い出したのだった。




