第14話 友と書いて強敵
顔☆素 :会長は今なにやってるの?
冬 :会長言うな ドップロの新作
サキュラ :だって会長すぐ名前変えるじゃん
音速Δ :冬ちゃんが大衆向けやるとか
雪が降るんじゃね 冬だけに
冬 :六本腕終わってやるもの無かったから
ひどぅん :終わってないよ! 長期メンテだよ
ま ハルさんや冬さんにとっては終わったと同じか
サキュラ :あ もしかしてハルに合わせてフユなの?
乙女じゃん
冬 :乙女じゃないよ
どうあがいてもハルに勝てなかったからフユ
顔☆素 :自虐かよ!
サキュラ :決勝戦惜しかったジャン 白熱した
あ あと準決勝のあいつボッコボコにしてくれて
スカッとした いい気味
音速Δ :99割あれ運営の回し者だよね
あいつの適正に合わせてシステム組んでた
顔☆素 :でも勝てないとか☆どんな気持ち
サキュラ :お前も勝ててないだろー
顔☆素 :お前もナー
草履刀 :あれを広告塔にするつもりだったんだろうなぁ
逆に言えばあれが運営の想定してた上限なんだろね
ひどぅん :でも一般人にとっては今後は良ゲーになると思う
異形キャラクリやりたい!って思惑が前面に出すぎて
操作性が死んでたし 良いことだよ
冬 :ハルが手を出したゲームは大抵そうなる
ハル :人を死神みたいに言うな
僕だって殺すゲームは選ぶ
音速Δ :結局殺すんじゃーん!
草履刀 :生き返ってるからセーフ
顔☆素 :破☆壊と再☆生
ひどぅん :ハルさん 結局のとこ六本腕の最適解は
八本足だったんです?
ハル :いや あれは蛇足だったかな
生きる場面が無いわけじゃないけど
やっぱ四本の馬スタイルに落ち着く 自然最強
顔☆素 :どこに馬の上半身から十二本の腕が生えてる
自然があるんですかねえ・・・
冬 :騙されるな
足が二本少ないだけで当てられる攻撃が
三割は増えてた
あれで悪路に陣取られると最悪だし
ひどぅん :たぶんその対応出来るのは冬さんだけだから
無駄って事だと思いますよ……
音速Δ :冬ちゃんに勝てるならそれが最適解で間違いは無い
草履刀 :ハルは次どのゲームを荒らすの?
ハル :荒らさないって
冬 :ハルにその気が無くても結局そうなる
久しぶりにみんなで一緒にニンスパやらない?
サキュラ :ニンスパを終わらせるのは勘弁
顔☆素 :人口が多すぎて埋もれるからへーきだって
ハル :今はこの↓ド過疎ゲーやってる
かなり気に入ったからしばらく出てこないかも
《選択すると紹介ページにジャンプします》
冬 :エーテル? SFかな
ハルがそんなに言うのは珍しいね
ハル :ファンタジーだよ
音速Δ :チュバッ!
顔☆素 :のりこめー
サキュラ :きょうきょ参戦
ひどぅん :ひゃっはー
草履刀 :プライベートでやってんじゃないの?
お前らあんま迷惑かけんなよー
ハル :いや、僕別にプロじゃないから
プライベートもなにもないよ
人口増えて欲しいから歓迎だよ
冬 :じゃあ私もやる
ハル :わかった 待ってる
冬 :そうだハルちょっと待って
ハル :なにさ
冬 :ポッドの溶液の劣化が早い気がする
あれじゃカタログスペック持たないよ
ハルはどうしてるの?
ハル :溶液は純正じゃなくてVインダストリーのがいい
冬 :さんきゅ
草履刀 :何の会話してるんですかねぇこの超人共は……
◇
一旦客屋に戻り、ここ何日か連絡を取っていなかったチャットに顔を出していたハル。
普段から一緒に遊んでいる仲、という訳ではないが、皆似たようなゲームを好むため自然と集まるようになったメンバーだ。
中にはスポンサーの付いたプロも居る。
似たようなゲームとは“操作性の特殊なゲーム”。
操作が難解であったり。操作する物の数が多すぎたり。操作は簡単でも把握しなければならない状況が多すぎたり。
そういったものを攻略する事に熱を上げていた。
その中でも今は冬と名乗っていた彼女は頭一つ抜きん出た強さを誇っていた。
本人はハルに勝てない事を気にしていたようだが、ハルはハルで彼女の強さを尊敬している。自分に無い強さだった。
彼女はいわゆる天才型であり、ゲームセンスは自分よりも上であるとハルは感じている。
そして、ハルが周到に自分の勝てる状況を準備するタイプなら、彼女はどんなゲームであっても自分の力を信じて攻めを絶やさないタイプだ。
──そこに憧れる。でも真似はしない。
ハルは負けず嫌いだった。
「ハルさん、いらっしゃいますか」
そうしていると部屋にノックがかかる。アイリの声だ。
今はカギはかけていないが、ハルは扉を開けに行く。アイリの顔からは少し深刻の色が感じられた。状況が逼迫しているとまではいかなそうだが、何か動きがあったのだろう。
「どうぞ、何かあったの、アイリ」
「その、領内に侵入者がありました。それが神殿の中からでしたので、何かご存知であればと聞きに来たのです」
「……うん。僕のせいかも。<神託>」
このタイミングだ。ハルのチャットが原因なのはほぼ確定だろう。
だが自分だけの責任だとは思いたくない。ハルは共犯者であろう神を突き上げる事にした。
「こんにちはカナリーちゃん。僕の知り合いの転送を許可しましたか?」
「はい、ご友人の方からハルさんの所に送ってくれとの申し出がありましたのでー。さっき転送しましたよー」
「そうですかありがとう。対応早いですね」
「いえいえー。これでアイリちゃんの守りも堅くなりますねー」
「カナリー様! ご配慮に感謝します!」
「…………」
皮肉は通じなかった。
どうやら即断即決が、ハルの周りの人々が基本的に備えている性質のようだ。
「ごめんね、アイリ。驚かせちゃって。メイドさんにも謝らなきゃね」
「とんでもありません! わたくしのためにしてくれた事ですもの!」
アイリは天使だった。
《スキル・<神託>のレベルが上昇しました:Lv.4》
*
邸内に周知を済ませ、門の前に陣取る。
仁王立ち、ではないが、何となく臨戦態勢をうかがわせるその雰囲気に、後ろにぴったりと付いてきたアイリがいぶかしむ。
「あのー、ご友人の方、なのですよね? 何となく敵を迎え撃つ形な気がするのは何故でしょうか!」
「いや、そういう訳じゃないんだけどね。やっぱ本人が出迎えた方がいいかなーというのもあるし……」
「お客様としておもてなし致しますのに」
「それに何と言うんだろうか。友人というよりもライバルと言ったほうがいい関係かも知れないね」
「まあ、お強い方でいらっしゃるのですね」
「そうだね。たまにその強さに嫉妬する事もある」
「ふふっ」
その言葉にアイリがおかしそうに笑みを見せる。
何か変な事を言っただろうか、ハルは自分の言葉を反芻する。嫉妬と言ったのがそんなに変だっただろうか。
「いつも自信たっぷりなハルさんも嫉妬する事があるんだなーって思ったら、なんだか嬉しくなってきちゃいまして」
「そういうものかね。というか自信満々に見えてるの?」
「はい!」
ハルからしてみれば自身に自信はあまり無い。無いが故に、必死に自信の持てる自分を構築し、崩れないように支え続けている。
それがアイリに評価された事は嬉しいが、ハルにはアイリの方がよっぽど確固とした自分を持っているように見える。
「僕からするとアイリの方がしっかりして見えるよ」
「いえいえ、わたくしだって嫉妬することばかりなのです!」
それも少し想像がつかなかった。
◇
そうして話していると、次第に人影が見えてきた。向こうもこちらに気づいたようで、歩調が速くなる。
非常に髪の長いシルエットだ。歩くたびに大きく左右に振れるそれが波を打っている。
「お出迎えしましょうか、あ、走り出しました!」
「やっぱ出ておいてよかったかも」
だらだらと距離を縮めるのを嫌ったのか、急にスピードを上げる影。長い髪が大きく逆巻く。
彼我の距離は一気に近づき、そろそろスピードを落としたほうがいい距離まで迫ってきた。
よもやこのまま攻撃してくる気か! とハルは一瞬構えそうになるが、思い直す。
──こっちが構えたら、それこそ確実に攻撃してくるだろうなぁ。
とりあえずアイリを庇うように少し前に出ると、それを見た彼女も察して強引にブレーキをかけた。
「とうっ!」
「とう、ではない」
「すごいですー!」
軽くジャンプして両足で地面を擦りながら減速。長い髪の彼女は、ハル達の数メートル手前で停止した。
「人ん家の前の地面を削るんじゃない」
「轍に沿ったから許して?」
既にショップで服装を変えたようだ。ラフな格好に変わっていた。
すらりと長い脚をジーンズのようなパンツですっぽりと覆い、シャツもシンプルな白いもの。そんな単純な服もそのスタイルの良さによって格好良く映えている。
胸もお尻もキツそうに主張して、その長身においてなお足まで届く薄茶色の髪の毛が、全体のシルエットを締めて纏め上げていた。
まるでモデルだ。だが彼女がその体型にしたのは見栄えが理由ではないだろう。
「やっぱり手足はそのバランスにするよねー。動きやすそう」
「そっちは小さいね。隣の彼女に合わせたの?」
「いや、ルナがそうしろと……」
「スポンサーの意向かー」
スポンサーではない。
「かっこいいです! はじめまして、わたくしアイリと申します」
「久しぶり。で、えーと、誰?」
「ひどくない!?」
◇
「今度は『ユキ』なんだ。冬からの派生か」
「そっちは変わらないね。よろしくハル君。アイリちゃんもよろしく」
「よろしくお願いします! 素敵なお名前ですね。私も雪は大好きです」
「アイリちゃんは雪原に立つと絵になりそうだね」
それは間違いないだろう。白銀の世界に収まった白銀の彼女。神秘的な一枚になる
アイリの様子を見ていると、はしゃいで駆け回る姿の彼女が想像されてしまうが、それもまたよかろう。
──そしてこの世界にも雪はあると。そういうスクショあったっけな。
「ところで君ちょっとチャットと違くない?」
「いやあの時はドップロがつまんなかったから……」
ユキもルナと同様付き合いは長い。アイリを置いてきぼりにしないよう気をつけつつ、気楽に話す。
何となく普段よりもテンションが高めに思えた。
「それにここ凄いからね。ハル君が気に入る訳だ」
──ああ、もう気づいているんだ。やっぱり凄いな、彼女は。センスが段違いだ。
凄いというのはこのゲームの作りだろう。ハル達と会う前から、つまり人と会う前から察していた事になる。
その事にハルは少しの劣等感を覚える。
──でも気づかなかったおかげでアイリへのインパクトが最大限になったとも言える。
そうして持ち直す。
思い出すのは恥ずかしいが、アイリの素顔を初めて見た時は衝撃から暴走してしまったハル。ユキはアイリを見てもそれほどの衝撃を受けていたようには見えなかった。
フィールドマップの時点でもう察していたのだろう。
「とりあえずアイリ、中に入れても構わないかな」
「もちろんです! 歓迎しますね!」
「ありがとねアイリちゃん。ここハル君の拠点?」
「いや、泊めてもらってるだけ」
「拠点です!」
《ホームポイントが登録されました:王女アイリの屋敷》
拠点だった。
「……拠点です」
「そうなんだ、はやいね。ところで」
「軽く流さないで?」
「ハル君はもうPvPやった?」
また悪い癖が出てる。そう思い、ハルは露骨に面倒くさそうに顔をしかめた。
◇
「今ゴタついてるから出来れば後にしたいんだけど」
「ゴタついてるなら、なおさら戦闘には慣れておかなきゃね」
もっともだ、と少し納得してしまいそうになるハル。
流れをリードする力の強いユキだが、いつにも増して勢いが強い気がする。それだけテンションが上がっているのだろうか。
「まあ、家の中で暴れられても困るしね」
「そうこなくちゃ」
アイリから離れ、ふたり庭先で構えを取る。
意外にもアイリはさほど慌てた様子は無い。急の事に驚いてはいるようではあるが。
「ごめんねアイリ。少し騒がしくする」
「物壊さないようには注意するから許して!」
「はい! ご随意に! 神話の戦いがこの目で見られるのでしょうか?」
天然なだけかも知れない。
──確かに人格のあるタイプの神様って、くだらない事でケンカしてるイメージあるけど。
それと同一視されているとしたら訂正したい。いや、神話の規模でやるとアイリに危険が及ぶので何としても訂正しなくては。
そんな事を考えていると、ユキが待ちきれないといった様子で構えを取った。
「ハル君レベルいくつ?」
「見えてるでしょ? 29だよ」
「上げすぎでしょ、廃人か」
「廃人だよ。……そっちも、何でもう3まで上がってるのさ」
「なんか、オオカミ殴ってたら勝手に上がった」
ユキにこのゲームを教えてから、さほどの時間も経っていない。レベルを上げる暇があったとは思えなかった。
何となく、嫌な予感がする。ハルの知らない仕様が働いている可能性がある。いくらレベル差があるとはいえ、このゲームはレベルの恩恵は少ない。それが致命的だった場合ハルの負けもありえる。
──アイリの前でそれは避けたい。
「近接戦、不遇だったでしょ。反動ダメージが入るし」
「ん? あっ、うん、そうだね。魔法で戦って欲しいんじゃないかな」
答えに間がある。
彼女は一対一の格闘ゲームを中心に接近戦を嗜むプレイヤーだ。格闘の不遇に対して物分りが良すぎないだろうか。
そして今も格闘戦を挑んで来ようとしている。その目には自信が秘められているのが見えた。
それは自分のセンスを信じるものか、それとも。
「いく、よっ!」
考える時間はここまでのようだ。ユキが踏み込んで来る。
──速い。
<加速魔法>を使っている。作用の強化、踏み込みの力も増している。
<加速魔法>には、例えばヒジを10°曲げようとすると20°曲がってしまうという、ある意味デメリットになる副作用があるが、彼女がそれに慣れていないという希望的観測は捨てるべきだろう。天才的センスで当然対応している。
──このまま殴り合うならレベル差で僕の勝ちだが。恐らく何かある、初見殺しが狙いだ。
その長い脚を地面に突き込むように上体を安定させてのしなやかな連打。一足飛びで間合いを侵食してからの彼女の必勝パターンの一つだ。
視界の揺さぶりはハルには通じないのはユキも重々承知のはずだ。このまま正面から来る。ならば意外性を演出するのは何処か。
──無論、それはスキルだろう。
「ふぅっ!」
「っ!」
あえて受ける。
ハルは渾身のその右拳を左手でガードしつつ受け流し、返す刀でこちらも右フックで顔を狙う。
その程度の反撃、彼女も想定済みだろう。払いあげるようにガードされるが、そこはハルも並列思考の制御で強引に合わせて、ガードの左腕に撃ち込む。
そのままハルは右足を顔に向けて蹴り込むが、流石に視界を塞ぐ意図が露骨すぎたか、バックステップで仕切りなおされた。
「肉を切らせて骨を断つ、つもりで骨を断たれてるよハル君。HPを見てみなよ、4割減ってる」
「いや骨を断ってるよ。HPを見るのは君の方」
「……6割減ってる。なんでさ」
「腕飛ばしたからね。おなかも切れてるよ。そっちこそ何なのさそのスキル」
ハルの左手には剣が握られていた。『神鳥之尾羽』だ。片手が飛んでいるのにユキはやっと気付く。恐ろしい切れ味だった。
視界を塞ごうとしたのはそれを避けさせるための誘導。そちらに意識を持っていかれて一瞬視線を外してくれればそれで良かった。その隙に剣を取り出す。
「せっかくわからん殺しで勝てると思ったのに」
「一日長くやってるんだ。こっちも初見殺し持ってるって」
「それはそうだね。私のは<魔拳>だってさ。反動ダメージ無しで攻撃倍加、犬殴ってたら覚えた」
「この天才め……。才能の判定するのかこのゲーム。僕の時は何もスキル出なかったのに」
ひどい話である。
スキルの習得はその理解度に依存するとでもいうのだろうか。ならば数回の戦いで魔法を纏った拳を理解するユキは一体どういう存在なのか。末恐ろしい事だ。
それによって経験値の取得量まで変わってくるとなれば、リードしてるレベルもすぐ抜かれてしまうかも知れない。彼女もまた廃人なのだ。
「ハル君に天才って言われてもね。……でも、このゲームなら、ハル君に勝てるかな?」
「やらせないから。……いやその前に味方でいてくれない? 頼むよ」
「終わったのでしょうか! 一瞬でしたね、達人同士って感じでした!」
アイリの声に引き戻される。
彼女の前で負けられない。その意地でどこまで行けるだろう。揺らぎそうな心を、アイリの顔を見て奮い立たせるハル。
──まあ、理解度の問題と分かったんだ。それも込みで考えてみるさ。
「とりあえずユキは入る前に腕治してね」
「腕拾う前に消えちゃった。ハル君、回復薬ちょうだい」
「拾ってどうするつもりだったの?」
「大丈夫です! 当家のメイドは腕がなくても動じる事はありません!」
流石はメイドさんであった。
 




