第12話 小さいということ
《スキル・<武器作成>を習得しました》
貯まったポイントを使ってスキルを獲得する。
思えばハルはまだ通常の方法でスキルを獲得した事がない。経験によってスキルを覚えるとはどのような感じなのだろうか。
特に魔法を覚えるための経験とは何なのだろう。
「この<武器作成>なんかもそうだよね。どんな経験をすれば出てくるやら。だからレアスキルに設定されてるのかな」
<透視>、<飛行>、<MP回復>。レアスキルとされているものは、どれも日常的な行動とかけ離れたものだ。下位のスキルからの派生で取れるのだとは思うが、その兆候も無い。
まあ、まだ開始して二日目ではあるし、上位スキルはミニゲームで取った場合は一ヶ月かかってもおかしくないポイント量だ。派生させるのもそれなりにかかるのだろう。
──起動、<武器作成>。
スキルを発動し、コストにHPを注ぎ込む。スキルレベル1の上限は1000、そこまで一気に入れる。
スキルの威力に関わってくるMPの残量と違い、HPは好きに使用しても弊害の無い使いやすいコストと言えた。ハルはこれを溢れさせないようにMP回復薬を中心に作成を続けているが、使いやすい代わりに効率も悪くされているようで、そこまで備蓄は捗っていない。
「まずは練習かな。今回はウィンドウの外に出してやってみるか」
依頼者に求められたのは薄さだ。詳細な確認がしやすいように、実寸大で空中に投影させる。
作業はウィンドウの中で問題なく行える。防具の作成の時は邪魔にもなるのでそのままでやったが、今回は少しでも確認しやすくしたい。気分転換にもなる。
──あれ、何の気分転換だっけ。思考が増えても記憶力が上がる訳じゃないのは困ったね。
ハルはまだテラスに一人残ったままだ。
邪魔にならないように部屋にでも入った方がいいのかも知れないが、事が動き出している、周囲の動きは見ておきたい。
──メイドさん達に世話を焼かせてしまうのは少し申し訳ないけど。
何せ、ウィンドウの見えない彼女達には暇をもてあましているようにしか映らないだろう。そこは何か考えた方が良いかも知れなかった。
「ハルさん、どうかなさいました?」
椅子から立ち上がって作成を始めたハルを見て、アイリがてこてこと早足で近寄ってきた。
「問題は無いよ。邪魔しちゃったかな」
「いえ、わたくしは今は日々の業務以外に動きが取れる訳でもありませんので。……よければ見ていてもよろしいでしょうか」
「ああ、もちろん」
黙々と作業するのも嫌いではないが、かわいらしい彼女が隣に居る方が良いに決まっている。
緊張して手元が狂うことは、無いとは言い切れないが。
そう言うとアイリは顔を輝かせて席についた。
それを見たメイドさんが用聞きにやってくる。様子を観察するに、どうやら彼女にもこの状態ならやっている事の内容が見えるようだ。
行儀良く、こちらを凝視したりはしないが魔力の塊を手元に浮かせているのはわかるらしい。一瞬視線が行く。
──なら今後はこの状態でやろうかな。それなら暇人と思われないし。
「武器が欲しいって人がいてね。そのために武器を作ろうと思うんだ」
「まあ。純エーテル製の武器とは、わたくし見るのは初めてです!」
そう驚いて両手を合わせるアイリ。
楽しそうだ。ハルも釣られて顔がほころぶ。
だが気にかかったのは純エーテル製という言葉。この魔力塊がつまりそうなのだろう。魔力的なものがエーテルと呼ばれているのは知っていたが、これが、つまりHPがエーテルなのだろうか。
「ん? という事は、つまり僕らの体はエーテルなのかな」
「えっと、どうなのでしょうか。申し訳ありません……はっきりとは」
「いや、いいよ。こっちこそごめんね、自分の事なのに分かってなくて」
「とんでもないです。……もちろんエーテルも含まれているはずですが、そのものでは無いように感じますね」
アイリに顔をじーっと凝視される。アイリの方が照れてしまった。
そんな事を話していたら、なんだか自分の体をちぎって武器を作っているような気分になってきたハル。
あまり深く気にしない方がいいのであろうか。
「そういえば、その方とはいつご連絡を? その方も使徒様なのでしょうか」
「そうだね。カナリーの使徒じゃないけど。神の使徒達は離れていても連絡が取れるんだ」
「それは素晴らしいですね! あまり多くないのですよ、そういった魔法が使える人間は」
「だったら敵国の軍に利用されたりしたら少し困るね」
「うー、……確かにそうです。ハルさんが止めてくださいね!」
どうだろうか。ある程度誘導はできるかも知れないが、この先人が増えた場合、そのコントロールは難しくなる。
扇動者としてのスキルを発揮するには、ゲーム内だけではなくリアルの立場も十二分に活用していかなくてはならない。
ハルもいちおう有名人ではあるが、熱狂を生み出すのに有効なアイドル性を持つものではなかった。
「それをやるにはアイリの傍を離れなきゃならなくなりそうだし、やっぱ無いかな」
「それは駄目ですね! やめましょう!」
「そうだね。影のフィクサーを気どる手もあるけど。それにはやっぱり力が要るよね」
裏から世界を操るには表立って世界を滅ぼせる力が要る、がハルの持論だ。
「形は、練習だし直刀でいいか」
「剣ですね。すっきりした美しさがあります」
話しながら形を整えていくハル。刀というよりロングソードといった形状になっていく。身は日本刀のような細身だが、左右対称の両刃。先端も丸みの無い鋭角になっていた。
これはハルの趣味の問題ではなく、作りやすさの問題だ。
作り始める最初の基本の形は“球”であり、それを引き伸ばして形を作る。左右対称の方が作るのは楽になる。
「この辺は僕の世界のやり方と似ていてね。それで慣れてるんだけど」
伝わるかは分からないが口に出しながら作業を進めるハル。3DCGの概念など無いだろう、上手く伝える方法はあるだろうか。何か似たような魔法があればいいのだが。
「まず基本の球があって、それに制御点、何だろうな、“つまむ”ポイントを設定して引っ張っていくんだ。引き伸ばしたり、逆に押し込んだり」
「見てるだけでわくわくしますね!」
「そうかい? それは良かった。そうだ、飴細工みたいなものはある? それに似てるかな」
「はい! 職人芸です!」
溶けた飴を針で細工していくイメージに近いだろうか。それに例える。
「そういえば飴細工はどうやってるんだろう。手作業かな、それとも魔法?」
「両方ありますよ。両者とも鎬を削って己の技術を高めていっています。他の分野でも両方あるものはそれなりにありますね。分野ごとに分かれて大会が開かれていたりします」
意外にも魔法一辺倒とはなっていないようだ。思い起こしてみればリアルでも同じかも知れない。
手作業vsエーテルの大会などもあった。当然、プログラム制御のエーテルとは精密さでは勝負にならないので、変な言い方になるが『手動のエーテル』限定だ。
ハルは当たり前ではあるが圧倒的にエーテル派だった。
「アイリはどっちが得意?」
「魔法です! わたくしは細かい手作業が苦手でして……」
「あはは、おんなじだね」
「やりました!」
ハルの場合、大雑把と言った方がいいかも知れない。
「それで、これがエーテルなら問題なのは、“ひとかたまり”なのかどうかなんだけど」
「……エーテルの可分問題ですね。この場合、先ほどの飴細工では例えられないかも知れないですね」
「そうだね。飴は“ひとかたまりではない”。飴を構成する細かな物質の集まりだ。CGで言えばポリゴン、いやボクセルの方が近くなる」
「明確に解明されていないはずでしたので、明言できなくて申し訳ないのですが。エーテルの集まりは“ひとかたまりである”と考えてよかったはずです。鉄の盾は割れ、魔法の盾は薄れます。やっかいなのが魔法も割れる事がある点なのですが」
「それは変わらないから、まあイメージは出来るな。ここで分割する、と線を入れてやれば二つに分かれる」
お互いに自分の世界の分かりやすい物を考えながら情報をすり合わせていく。
物質的な存在ではなく、情報的なものとして考えた方がいいという事になるのか。物理法則がどうこうは気にしすぎない方がいいかも知れない。
「なるほど、なんとなくイメージがつかめてきた。助かるよ。ありがとうアイリ」
「えへへ、いえ、わたくしもキッチリ理解している訳でなくですね……」
自身なさげにもじもじする様子がかわいかった。
ハルにしてもそうだ。物理はあまり得意という訳ではない。ゲームに関係する事だけ知っている程度だった。
ただその範囲でも明確に問題になるのが、リアルのエーテルとは全く違う存在だということだ。リアルのエーテルはナノマシン、つまり最小単位は一個、という明確なものがある。
対してこちらのエーテルは明確に計れないもの。刃の薄さはどう定義すればいいのか。
「しかし、これだと大きさが存在しないとも言えるし、どうしたらいいのかな」
「ここに見えている大きさ、ということではないのですか?」
アイリは宙に浮いた刃を指して言う。当然の疑問だ。
ハルも刃の薄さを指定されなければ気にしなかった事だ。
「勿論そうなんだけど、これはこのまま大きくも出来るし、小さくも出来るんだよね。薄い、ってどうすればいいんだろう」
「確かにそうです! どこまで薄くすれば最も薄い事になるんでしょうか」
剣の形はそのままに、拡大したり縮小したりするのを眺めながら二人でうなる。
今の状態で最も薄くしたとして、それを拡大したら最も薄いままだと言えるのだろうか。
◇
「考えたらおなかが空いてきました! お昼にしませんか?」
「アイリはかわいいなー。……ありがとう。そうだね、後にしよっか」
少し深刻になりすぎたのか、気を使わせてしまったようだ。ハルはそれに感謝し、その提案に乗る事にする。
──無学で悩んでも解決はしない。後で調べておこう。
「とりあえずこの剣は確定しておかないと。やれるだけ薄くするとしようか」
今はまだ剣として存在があるわけでもない、ただのスキルの一部だ。キャンセルされて消えたら勿体無い。
ハルは分かる限界まで薄くしてテスト作成を終わらせる事にした。
「とりあえず、イメージは向こうのエーテルの大きさでいいか。単分子だからもう少し小さくかな」
自身がイメージしやすいエーテルを考えながら作っていく。
CGの大きさとは相対的なものだ。同じ丸でもピンポン玉にも太陽にもなりえる。基準が必要だ。
エーテルも同じなのだろうか。そう思いハルは思考の一つを刃元に向け基準とし、もう一つを刃先へ向けた。
薄氷より更に不確かとなった刃先を、更に更にと細くしていく。もはや認識の限界を超え、縮小しているのか、実は何も変わっていないのか分からなくなり。
《お、や、?》
何の前触れも無く、意識が途切れた。
《ど、ち、ら、さ、ま、?》
◇
*
◇
──何だ、急に転移?
見渡せば真っ白な空間だった。
ゲームを開始した時、最初に訪れたログインスペースの神殿を思い出すが、決定的に違うのは壁が一切存在しない事だ。
情報がまだ何も定義されていない。初期状態のファイルに迷い込んだような気分だった。
何か基準になる物が欲しい。
そしてよく意識に目を向ければ、今もアイリの前で<武器作成>の操作をしている自分もまたハルは感じた。転移した訳ではない。
──意識の一部だけ飛ばされた? そんな事って……。
《いらっしゃい。こんなところに人が来るなんてね。しかも無事なんて。強制的に遮断されるはずなんだけど》
システムメッセージのように頭に声が響く。
それと同時に目の前の空間に人影があるのを認識する。いつから居たのか、それは床に座る少年の姿だ。いや、床があるのかどうかもはっきりしない。
まるで登場の前触れを感じないのはカナリーを思い出す。
少年はハルに似て小柄な、いやハルよりももっと年齢は幼く華奢であろうか。口は動かないが、しぐさから彼が語る言葉だと理解できた。
《ああ、君は外にも意識があるんだね。だからここに来ても平気なんだ》
《警告・思考領域への侵食を確認》
ぞっ、とした。
このアラートを聞くことになるとは思わなかった。
誰も居るはずの無い部屋の中で、急に後ろから囁かれ、肩を叩かれた気分。
電脳化時代において、誰しもが持っている不安感。自分の情報がネットを通じて、誰かに除き覗き見られているのではないかという恐怖。
今までエーテルに深く通じているという自信から、全く感じる事のなかったそれを、ハルは味わうことになった。
《ああ、ごめん。大丈夫だよ》
《思考領域の退避を推奨。ならびに進入対象への逆進攻を推奨》
──1番を凍結して退避、独立稼動させろ。逆ハックは禁止。
《懸命。攻撃されたら反撃しなくちゃいけなくなる。もう止めるから許して》
「……そっちから攻撃してきた癖によく言うよ」
《違いない。あー、ごめんね? びっくりしちゃって。人が来るとは思ってなくて》
「まあ、いきなり部屋に入って来られたら僕も攻撃するだろうしね。ここは何処なの」
《ここは境界線? ボーダーライン? 見えない壁って感じ?》
「いや、聞かれても」
《逆に聞くと、何をしてここに来たのさ》
「剣を薄くしようとして、……小さいものを見ようとして?」
《なるほど、それ以上小くしようとしない方がいいよ。その先は定義がめんど、難しいから》
──面倒って言おうとした……。この感覚、覚えがあるなー。神様って皆こうなんだろうか。じゃあデバッグルームだとでも言うのかな、ここは。だとしてもユーザー相手にいきなりハッキングはいただけないと思うんだけど。
「……何となく分かった。カナリーの同類だねあんた。『ここから先は神の領域』とでも言うの?」
《いいねそれ! そうそれ、そんな感じ。面倒なのでここ以前の範囲で遊んでください。あと危ないので》
「危ない場所に入れるようにしておかないで?」
《ううっ、普通は入れない場所に入ってこないで?》
──……なんだか、こっちもだんだん面倒になってきた。アイリが心配し始めたし、もう戻れるなら戻ろうかな。
「……色々聞きたいことはあるけど。とりあえず戻せるかな。向こうの体動いてないみたいなんで」
《ああ、分かった。それじゃまたね》
◇
*
◇
「ハルさん? 大丈夫ですか?」
「ああ、ごめん、……どうしてた?」
──1番の凍結を解除。再起動して統合。
また何の前触れも無く、唐突に妙な空間は消え去った。余韻もなにも無い対応はいかにもAIらしいと言えようか。
アイリの前の体に意識が戻ってくる。いや、意識自体はこちらにもあったが、あちらに集中する余りまるで動かせなくなっていた。
「急にぼーってしてました。剣の作成でお疲れでしょうか」
「うーん、なんだろ。たぶん神様だと思うんだけど、それに呼ばれてた。あまり小さくしすぎちゃいけないんだってさ」
「まあ」
何でそんな事になっているのか、詳しく聞いておいた方がいいかとも思ったハルだったが、アイリが心配している様子が見えたので切り上げる事にした。
かなり重要な事のように思えたが、アイリ優先である。
こういうのも一途と言うのだろうか。向こう見ずと言うようにも思える。
「では剣はそれで完成なのですね!」
「そうだね、そういう事になるね」
柄の部分を握りこみ、持ちやすいように凹凸をつける。それだけで完成とした。鍔、もしくはグリップガードも無い、ひと繋がりなシンプルな作りだ。
ハルはそれで確定を選択する。
「『亜神剣・神鳥之尾羽』、なんか大層な名前が付いたね。せっかくだからこのままでいいか」
「神鳥とはカナリー様の事でしょうか。ハルさんに相応しい剣ですね!」
「えっ、カナリーの羽ってこんな物騒なの付いてるの? こわい」
「だ、大丈夫です! カナリー様は物騒でもお優しい方です!」
そんな軽口を叩きながら、アイリと二人食堂に移る。
先ほど感じた言い知れぬ恐怖も不安も、それで薄れていくのを感じるハルだった。
※誤字修正しました。亜人剣→亜神剣。
ハルを指すのであればどちらでも問題は無く意味は通るのですが、神の方がかっこいいですからね。
追加の修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2022/6/24)