五十六話 明月高校事件2
「あー、だりぃぃぃ」
体育になんでマラソンとかいうのが入っているんだ……。
グラウンド1周辺り……何キロあるんだ?
この学校は山を切り開いて作ったのもあって敷地面積が広い。
それでグラウンドだけじゃなくて広めの野球場やテニスコート、プールに加えて弓道場に柔道場なんかも完備している。
偏差値がちょうどよかったにしてもなんて学校に入ってしまったんだ。
おれ、科学部なのに!
なあ、均。
お前はまだ生きてんのか?
ああ、現実逃避で妄想がはかどるな。
科学部で一年生は数人いるけど、先輩含めて濃厚なオタクばかりで……アニメオタやゲームオタなんていうわかりやすいのだけでなくて、ラマヌジャン方程式を愛する数学オタやなぜかいるプロテインジャンキーの筋トレオタ、いつも言い争っている縄文土偶オタと古墳埴輪オタの先輩、でもって爬虫類オタの部長に至ってはアホな事をやらかしているし!
そんな意味不明の中で、純粋に大学でもなかなか見れないような薬品類や器具に引かれて科学部に入部したおれと周囲をやんわりと繋げていたのが均だった。
科学と関係する漫画や爬虫類フィギュア、筋肉や数学を解説したブルーバックスに別冊ニュートンを持ち込んでくれたお陰で相当濃厚なオタの先輩とも話ができるようになった。
存在感がなさ過ぎて正直気づかなかったけど、お前がいないと正直あの部室はちょっとキツイ。
生きているなら、いい加減学校に来いよ。
よくやっていたように、図書館で借りてきた科学雑誌のニュートンを片手に部室に入ってこい。
そんなことを考えていた。
「お湯を入れて食えるヌードルかよ。うめえな。こんなんありやがるのか。割りばしが使いにくいけどよ」
「ぶっ! その割りばしというのが折れたのだが!」
「オイオイ、なんで鋭く折れたのが目元に刺さっているんだよ! 汁もかかっているし、大丈夫かよ!」
「いつものことだがね! さて、食い終わったかな? もう空なら私が処分しよう」
「おう、これヒトシが持ち出してくれて助かったな。あとルノがお湯出せたのも」
「腹も膨れた。私の国で再現すべく、もう少し観察したかったが。では私たちの勤めを果たそうか」
グラウンドの金網越しに、明らかにおかしい二人がいた。
黒人の野球のユニフォームのでかい男に、全身真っ青な若いコスプレ女?
こないだ先輩に読まされた今までのアニメキャラは全て網羅していると豪語している科学部伝来の分厚いファイル数冊にもこんなキャラはいなかったはずだ。
青い髪はウイッグとしても、カラーコンタクトにつけまつげ?
服もよくある薄っぺらじゃない。
気合いが入りすぎだ。
というか、この黒人との組み合わせは何?
あとやけに日本語上手いし!
「『燃えろ』」
手にした二つの空になったカップ麺が、その言葉と共に燃えた。
……え?
「む? ああ、君。もう少しどけたまえ」
「ちょい邪魔だからよ。よし、バットに乗れ」
「頼むよ」
「おう」
と黒人のバットが持ち上がった。
ただそれは目にも止まらない速度で。
青い女は、高いフェンスを一瞬で飛び越えた。
がシャン、ガシャンと二回フェンスから音がしたと思ったら、黒人がもうフェンスの上にいた。
そして降りてきた。
「おう、すまねぇが。ここから避難してくれ。空を見ろ、ありえねぇ事になっているだろ」
空が、いつのまにやら禍々しく渦を巻いていた。
体育が始まった時はこんな事になってないはず……。
「いつもより渦の広がりがひどく遅い。何かがいつもと違うかもれんな」
「と言うわけでよ」
おれの腹にバットが押し付けられていた。
気が付いたら、おれの体は宙を舞っていた。
「う、うわうわ!」
一秒もかからずグラウンドの反対側まで来た!
痛みも何もなしに、こんな事って……え!
とんでもない風が起こって、マラソンをしていたおれのクラスに、サッカーをしていた別のクラスの奴らまで吹き飛ばされてきた!
そして、全てをはねのけるかのように、竜巻が渦を巻いた。
グラウンドを埋め尽くす大きさだ。
ええと……まずは避難!
こう言う大竜巻が発生した場合は、建物の中心に移動するのがベスト!
均がアメリカの竜巻が良く発生する場所じゃそうするって言ってた!
クラスの奴らにも声をかけた方がいいけど、余裕がないぞ!
先生たちが……何とか誘導してるか?
してるな。
となると、おれは安全な場所に……。
…………。
……均?
「均!」
あれ、均だろ!
入学以来なんだかんだよく一緒にいたから、気づいたぞ!
他の奴らは気づいてないかもだけど!
あいつ存在感を消すから!
均は廊下を物凄い速度で走っていく。
あんなに足が速かったか、あいつ。
「均!」
もう一度声を掛けたら、振り向いた。
100パー均じゃん!
「ごめん! 後で!」
さらに速度を増して走っていく!
階段を上って……、何かを派手に壊す音がした。
急いで追いかけて見渡すと放送室の扉が……丸ごと外れている。
え、重機でもないとこんな外れ方しないぞ。
するとサイレンが鳴り響いた!
「均! おい!」
「う、佐藤?!」
やはりというか、放送室からは均が出てきた。
駆け寄って見れば、放送室のサイレンを鳴らすスイッチを押されている。
「均! お前、一体……」
「ああもう!」
均は窓の向こうを気にしている。
竜巻……じゃない。空の真っ黒な渦の方だ。
「ごめん、本当に時間がない! 流石にもうに異形が来る!」
「異形?」
「佐藤は早く避難して! 学校からできるだけ離れて―――――――――――――――――ココカラハナレテクダサイマセ。ゴシュジンサマ」
均が、あのひどく小柄なアニメのキャラに変身した。
え?
「え? アリム?」
スキーニング・メイドというホラーアニメの、ロボメイドだ。
そして、均は窓を開けてそこから飛び降りた。
アニメキャラに変身して。
「均! おい!」
ダメだ! 風が強すぎて窓を開けっぱなしにできない!
窓に近づくのも危ないだろ。もうすぐ割れるぞ。
サイレンが校内に鳴り響き、グラウンドには竜巻がそびえ、空はありえない黒い渦が巻いている。
避難訓練じゃグラウンドに一旦集合が決まりだったけど、これじゃ無理だ。
校内から大騒ぎが聞こえてくる。
でもおれは均が気になる……くそ、流石に危ないか……。
すると、いきなり竜巻が収まった。
窓から見えるのは、加速度的に禍々しくなっている空の渦。
それにグラウンドの三人……、メイドは均としてあとの二人は例の黒人野球選手とコスプレ女?
均がいたのとあの二人、関係あるのか?
そんな事を考えていると。
渦から、何か真っ赤な水滴状の物がひとつ落ちてきた。
水滴といっても相当大きい。遠目だと、背の高かった例の黒人よりも。
距離を取る三人、そうして大きな水滴状の物体がグラウンドに落下した。
ボト
そんな大きな音が、この距離でしかも窓越しでも聞こえてきた。
すると明らかに水滴状だったそれは人の形を取り始め、もだえ苦しむ様に姿を変えた。
ボト
さらに一滴。
今度は真っ黄色だ。同じく、姿を人の形に変えて。
何か、見覚えがあると思ったらアレだ。ポンペイ遺跡の犠牲者を型取りした姿を思い出させる。そんなのが真っ赤な人型の上に折り重なった。
ボト。
今度は真っ青だ。なんか、パズルみたいに人型と人型が組み合わさる。
ボトボトボト。
真緑色に真紫に真っ茶色。それぞれ人型。
ボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボト
ボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボトボト
そんな毒々しい原色の人型に変わっていく水滴が夕立のように降りそいでくる!
な、なんだこりゃ!
瞬く間に、呻き、のたうち、絶望するような姿の様々な色彩の人型がテトリスみたいに組み合わさって、大きな大きな人の形を作り上げた。
それは、この大きな校舎よりもずっと………。
その大きな人型の顔を覗いた。
大きくて、虚無で、酷くて、見た事のない顔が、絶望的におれの方を見てきた。
思わず胃液が逆流した。
逃げろ。ダメだ。これはダメだ。
ああくそ。現実逃避で妄想が湧き出る。
ええと、あんな人が組み合わさった変な絵があったな。中学の時の美術の教科書にあった、
確か日本の……。
ポケットにいれたまま置いてくるのを忘れてたスマホが鳴った。
均からだ。こんな時に。
「もしもし? 均?」
「歌川国芳の浮世絵かよぉぉぉぉぉ!」
あ、そうそう。
みため八こ八ゐがとんだいいひとだ、って浮世絵。
「って、均!」
こんな時に!!
すると、スマホの向こうからはとんでもない衝撃音が聞こえてきた!
「なんだこりゃ? トランシーバー? にしたって薄すぎるし、画面がデカすぎるじゃねぇか!」
「『燃え尽きろ』 くそう、やはり効果が薄い! というか、それで通信が可能だと? ヒトシの世界はどうなっているのだ?」
さっき少し聞いたことのある声が代わりに聞こえてきた。
「本当に聞こえてんのか? ヒトシのダチか?」
あの黒人?
「そ、そうだけど! 均は?」
「ヒトシは今しゃべれねぇ! 俺もあんま余裕ねぇ! スピーカー機能とかいうので何とか通話してる!」
「でだ、君! ヒトシから伝言になるが、G.Gとかいうのを持ってきてほしいというのだ! よくわからんが、早急に頼む! 危険だが、このグラウンドとかいう広場まで、いや学校の窓からこっちに投げてくれさえすればいい!」
G.G?
…………思いつくのは一つだけだ。
なんでアレを?
均は何に使う気だ?
窓の方を見る。
ゲームのチートじみた耐久性を誇るスターファンタジーのキャラクター、アイアンゴーレムとしか思えない塊が目に留まった。
あの異様な人型からヘイトを買ったのか、攻撃されていた。
腕を振り下ろし、腕を構成する人々がアイアンゴーレムに落下していく。
その度に聞こえてくる拷問にでもあったかに思える無数の複合している悲痛な叫び。呻き。悲嘆。絶望。
人型を構成する人々から聞こえてくるのか……。
あの野球服の黒人がバットを振るう。
どこからか炎も上がっている。
だが、巨大すぎる人型には効果がない。
整理しろ。
時間がない。
まず、異常事態が起こっている。
巨大な何か異常なものがグラウンドに現れ、さっき体育の時に見た二人がそれと戦っている。
で、その二人はアリムの姿になった均と一緒にいた。
アリムになったのなら、さっきのアイアンゴーレムにもなれる?
わからん。
ただ、あの二人は均と関係がありそう。
それとあの二人が誰かに危害を加えるつもりはないはず。
学校に攻撃をしていないし、おれに怪我をさせてない。
みんな大混乱の中、おれは部室へ急ぐ。
いつもの避難訓練みたいにグラウンドに集合できる状況じゃないし、どう行動すればいいのか、かなり学校内は混乱している。
いや、こんなモンが出てきたら無理もない。
あ、パトカー。
巡回中の警察も来たか。一旦、少し離れたところにある小学校のグラウンド辺りに集合してできるだけ遠くに避難になるかも。
周囲の住民も早急に避難か。
それはそうと、おれは部室のドアの上にある窓から侵入を試みている。
よし、こっちなら鍵はかかっていない。
先輩たちはこっそり部室で授業をサボる事がある。侵入用に開けていてくれてよかった。
G.G……これだよな?
「マジかよ!」
「くそう!」
「…………ォォォオオオォォォ…………」
通話状態のままの携帯から。
聞き覚えのあるゲーム通りのアイアンゴーレムの声。それにあの二人の叫び声。
部室から見えるグラウンド。
あの有毒生物を思わせる人型の集合体から、今度は虹色の液体をあの三人に降り注いでくる……。
周囲が煙に覆われている。
なんか変な酸なのか?!
原作のアイアンゴーレムなら、多少の硫酸ならなんともないが長時間かけて酸の池に沈めて仕留める方法が確立されている。
黒人がそれでもバットを振るっている。
コスプレ女が、ビーム? を放っている。
効果は微妙。
こんなの、警察も自衛隊もどうにかできると思えない。
均、本当にこのG.Gで合っているよな?
「均ーーーーーーーーー!」
窓を開けながら。
スマホに、口を近づけながら。叫んだ。
手から、部室の守り神的な存在のG.Gが放たれた。
グラウンドへ投げてればいい、って話だったはずだ。
でも、これでなんとかなるのか?
何を、どうするつもりなんだ?
G.Gってただの部室伝来のプラモデルだぞ。
「『吹き飛べ』」
G.Gが空を飛んでいた。
え?
いや、さっきマラソン中のクラスのみんなを飛ばしたような風が吹いた?
人型はG.Gを見つけたのかはたき落そうとしてくる。
ただ同時に三人への人を落下させる攻撃も行ってくる。
「『飲み込まれろ』」
「これで片足は動かねぇだろ! ヒトシ!」
「オネガイイチマシマス。ゴシュジンサマ――――――――――――…………ォォォオオオォォォ…………」
って、アリムに変化して、バットに乗って、再びアイアンゴーレムで突撃!
やっぱ、あれ均?!
思った以上の衝撃だったのか人型はグラつく。
「『断罪されろ』」
うわ、雷!
大嵐でもない限りこんなん起きないぞ!
それが全部人型の頭へ墜落する。
「って、雷じゃヒトシのこの機械が壊れるんじゃねぇかよ!」
「だから威力はあるが避けていたのだよ! だがこやつの動きを確実に止める! その人形をヒトシに!!」
空中を飛んでいたG.Gが三人の元へ急ぐ。
だが人型が、体の各所からアメーバの様に構成する呻く人々を伸ばし、G.Gを取ろうとしてきた。
黒人が反応が、早い。
慣れた野球の外野手の動きでG.Gを取ろうとした。
いや、距離が届かない!
すると伸ばした手と反対側の手から、バットが投じられた。
バットは、地面に跳ね返って、G.Gを弾いた。
G.Gはアリムに、いつの間にかアイアンゴーレムからアリムに変化していた均だろう人物の手に、渡った。
「カンシャイタシマス。ゴシュジンサマ―――――――――――――――――――――――――シュピイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!」
たちまち、大きくなった。
「オイ、マジか!!」
「まさか! いや、前も巨大な人形に憑依や変化はしていたが!!」
スマホからも驚きが聞こえてくる。
いや、こんな事ありえるのか?!
「均、お前。お前、なんだよな」
おれらが小学生の時の日曜朝で放送されていた特撮に登場した巨大ロボ、G.Gことグレイト・ジャイアントがこの明月高校のグラウンドに降臨している。
身長なんだっけ、50メートル?
あの異常な人型と体格では負けていない。
腕を振り上げた、あの登場時のポーズ。
その雰囲気、存在感が、テレビで見ていたイメージ通りで目の前に立っている!
出現したG.G、ここからセリフが続くけれど、人型が空気を読まずに虹色の液体をかぶせてきた。
両腕で咄嗟に防ぐ。そういや最後の方にいたな、G.Gの防御を削ってくる強敵。
その敵もまた酸で攻撃してきて追い詰められていた。
って、バリアーは? テレビと同じくパーツを取られていて、使えない状態にされているのか?
そんな事再現すんな!
「そんな事言うなよ。ダチだろ」
声が、漏れてたか。均みたいに。
「すんません。今から、全力で応援します」
「おう! いけ!」
「均ぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!
負けんなああああああああああああああああああああああああああああ!」
G.Gのパンチが人型の顔面を捕えた。
そうだよ、G.Gは最初ボクシングで攻撃する。
左わきを抉るように! 数発叩きこんだ!
お次はリバーブロー! 少し屈んで、ガゼルパンチ……いや、カエル跳びパンチだそれ。
でも威力は十分だ!
体重100トンのG.Gの打撃で流石に人型もグラついた。
ただ拳は酸でダメージがあるか。
短期決戦しないと……、すると鉄骨がいきなり人型に突き刺さった。
あれは、サッカーのゴール。
それが深々とバラバラになって突き刺さった。
さっきまでゴールがあった場所から黒人野球選手が走っている。
どうにかして打ち込んだのか。
次に、雷!
うわ、G.Gの能力じゃないぞ。
さっきもなんか雷は落ちていたし、誰かやったのか?
いや、それにしても執拗だぞ。
うわ、眩しい。よく見えない……ゴールポストが溶けてる?
するとさらにもう一本突き刺さった!
あ、ラグビーのゴールの鉄柱!
でもって、あの黒人野球選手がグラウンドの周囲にあるフェンスもバットで打ち上げてる!
「すげぇ……」
どうなってんだ? 人間の力で、それもバットスイングだけであんな威力出せるのか?
「おう、ビッグリーガー舐めんな」
あ、あの野球選手が均のスマホ持っているのか。
……勝てるか?
ただテレビでも最初は押していても……。
「このまま押し切れますか?」
「いや、まだだ。お前さんは避難しとけ」
「それが正しいんでしょうけど……」
避難が遅れて犠牲が増えることは良くある。でも。
「あんなのから逃げれますか? 無理そうなんで、均を応援します」
「わかった。覚悟だけ決めとけ」
そう返事を聞いた時だった。
雷が収まった。
人型はあの原色がすっかり焼け焦げ、丸くなっている。
トドメと言わんばかりにG.Gが背の剣を取り出した。
これでトドメを刺すのがいつものパターン。
これで決まる……と思うや否や。
弾き飛ばされた?!
って、青い女の人下敷き?
「何事だ!?」
「いや、潰されたかと思ったんだけどよ!」
「魔術で闇に逃れたよ! ともかく……」
再度、胃液が逆流してきた。
丸くなった人型、その背から何かが出てきた。
虹色に禍々しく波打ち渦を巻く色彩。
そんな色の羽蟲が勢いよく飛び出してきた。
昆虫オタの先輩さえも知らないだろう、いや生物学的にあり得ない構造の蟲が、飛蝗を思わせる密度で噴出してきた!
七色の吐き気を催す構造と色彩の蟲が、あっという間にグラウンドを埋め尽くす。
蟲の顔が……人?
なんだこれは。
急いで閉めた窓。そこにも体長10から50センチの絶望をしたような人の顔をした蟲が無数にへばりついてくる!
……するとそんな蟲が空中に一瞬で集まって、グラウンドのG.Gへ塊になって槍のように襲い掛かる!
防御……、蟲の攻撃はG.Gの装甲の隙間を狙ってきている。
厄介だぞ。原作でもこんな奴はいないから、どうなるかわからない……。
「均! ……くそ」
「ゲームセットはまだだ! ダチ公、諦めんな!」
叫びが聞こえてきた。
「だが、どうすると言うのだ?」
「何かで、包めれば……」
でも何で? どうやって?
「包む……ルノ! 金貨あるよな!」
「む? あるが」
「出してくれ!」
金貨……? あ!?
「やれるんですか?!!」
「やってやる!」
「君らは一体何がわかったのだ?!」
遠目に、一枚の金貨が青い女からバッターにトスされた。
それをバットで打った。
金貨が帆の様に急激に広がった!
え?
しかも超高速で蟲の方に飛んで行って、蟲を包んだぁ!!
まさか本当にやれるなんて!
「金は伸びるのを忘れてた! スタジアムのクソ野郎にもやりゃあよかったじゃねぇか!」
金の延展性はプラチナに次いで相当あるけれど!
こんな事ってできるものなの?
蟲を包んだ金箔はその勢いのままG.Gの手に当たった。
「まだいやがるか!」
「ええい! 使いたまえ! 赤字覚悟だ!」
青い服の胸元から金貨が一掴み投じられた。
金貨はバットに打たれるたびに帆の様に次々に広がり、軌道に変化をつけられて不気味な蟲を包み、G.Gが手で受け止めていく。
そして、G.Gが全てを両手で包み、握りつぶした。
握りつぶし、妙な液体が滴る金箔が落ちてきた。
「『飲み込まれろ』」
それを受け止めるように、地面に真っ黒な穴にも見える何かが広がり、落ちてきたのを飲み込む様にその中に入れて、消えた。
……終わった?
「ルノ! あっちは?」
「『飲み込ま……』」
その声が途中で聞こえなくなった。
丸くなった人型、その背から聞こえてくる。
泣き声だ。
赤ん坊の泣き声だ。
人型の中から、さらに出てくる。
赤ん坊。
異形の人型の赤子。
赤くない、虹色の人々がさっきの人型みたいに組み合わさった、赤ん坊。
出てきた赤ん坊が、泣き出した。
口から、あの羽蟲が湧き出してきた。
また、グラウンドにあの蟲が飛び交っている。
「くそう! 金貨はもうそんなにないぞ!」
「赤ん坊か。ならよ」
すると電話の向こうが、静かになった。あれだけうるさかった羽音も泣き声も。
え?
バットが振るわれたのは見えた。でもそれだけだ。
数秒の静けさの後、また音が電話から聞こえてきた。
羽音はした。赤ん坊の泣き声は、聞こえない。
赤ん坊はきょとんとした、顔でいる。
G.Gが赤ん坊を抱え、あやし始めた。
色さえ見なければ、大きささえ考えなければ、普通の赤ん坊に見えた。
「『飲み込まれろ』」
恐ろし気な女の声が聞こえた。
G.Gの体の中に、赤ん坊は飲み込まれ、消えていった。
「ルノ。銅貨でもいけるかもしれねぇ」
「それならば、余裕はある」
また胸元から今度は10円玉みたいな色のコインを放り出した。
さっきほど蟲は多くないから、これでなんとかなりそうだ。
やはりG.Gが受け止め、握りつぶす。
それを地面に空いた穴と錯覚する何かに落とし、消えた。
グラウンドにいる三人は周囲を見渡しているが、特に脅威と言えるのはなさそうだ。
G.Gが消え、均が元に戻った。
「均!」
……返事がない。通話が切れてる。
電波がなくなったかあっちの電池がなくなったか?
なんとかあっちに行かないと。
でも目を離した時に、あいつはいなくなるかもしれない。
もう少し、均と話をしたい。
“君、聞こえるかね?”
ん?
頭に声が?
“次期部長とやらは無事なのかな? ヒトシが言うにはその者の可能性が高いのだ”
次期部長……無事だな。
てか、なんだこの声。
テレパシー?
「ここかね? もう来てしまった方が早い」
「危な! 滑りそうになった。そうです。ここが部室です」
「目のでけぇ奴の絵ばっかりだな」
振り返ると、グラウンドにいた三人が部室の窓から侵入していた。
一瞬でどうやって……まあいいや。あんなの見た後だし。
「均! あとさっきのお二人!」
「おや、先ほどの君か。奇遇だね」
「ヒトシのダチだったのかよ。あの人形を投げてくれてよ、助かった」
「てか、佐藤。色々大丈夫? 怪我無い? あと単独行動はまずくない?」
「均、ずっと行方不明の奴に言われたくないぞ」
「まあそうだけど。それはそうと次期部長は? あ、いる」
「なんともないけど。どうするんだ?」
「説明がめんどいんだけどここから移動するのに必要なんだよ。それと、G.Gが酷い事になった」
「G.G……なんか変な色になったな」
「異形を早く仕留めたかったのでね。危険かと思ったが魔術で飲み込んだ。それでその人形の中に混ざり込んでしまった。もう分解されて害はないと思うが」
……意味がわからない。
「でもまた使うのは危なそうだから、ここに置いておくよ。伝統の物だし」
「で、なんで変身できるんだよ」
「僕もわかんない。なんかできるようになったとしか」
なんだそりゃ。
「それはそうと、その時期部長とやらはどこかね? 早めに移動せねば」
おれと均の目線が同時に水槽に向かう。
少し遅れてお二人も。
「……蛇?」
「オイ。部長って、ある程度の役職だよな。ヒトシの世界じゃこれ普通なのかよ?」
「いえ、現部長が変なだけです」
「前代未聞だよな。アオダイショウに部長やらせるとか」
だから我が科学部は変に思われる。ただでさえ変人揃いなのに。
「どの世界も変だけどよ。ヒトシの世界も変じゃねぇか」
「まあ、君も私も言う権利はないのだろうがね」
少し見た限りでも変なお二人が言う。
「まあ、移動するぞ」
野球選手が背に負っていた剣の柄を次期部長の水槽に入れた。
「すまんが、おとなしくしたまえ」
手早く、青い女が手慣れた風で次期部長の顔を捕まえ、口を開かせた。
「学生時代の様には食わんのでね」
「食ってたんですね。コオロギとかよりはマシですけど」
均が言う。
「ええと説明がめんどいけど、この剣の柄を特定の誰かに抜かせるようにすると別な世界に行けるんだよ。ちゃんと抜ける人を探しているんだけど。なかなか見つからなくて、ずっとあちこち行く羽目になってる。」
なんだそりゃ。
「でも行かないとダメなのか。親御さんとも話せたのか?」
「まあ少しだけ。佐藤からもお母さんに言ってくれ。僕は何とか元気にやってるって」
「あと早く行かねば、またあの異形が新たに出現する。戦力が少ないこの世界では再び対応するのが難しいのだ」
今更嘘つくとも思えない。事実なのか。
……同じようなの出てきたら、シャレにならない。
「わかった。でも最後に」
手早く携帯で写真を一枚。
「均がここに来た証拠。均の親御さんに見せる用。他の誰にも見せないで、SNSにもアップしないでおく」
「助かる。頼む」
「写真……待て、そんな鮮明に撮れんのかよ! それ電話だけじゃねぇのかよ!」
「というか、そんな鮮明な絵を瞬時に生成できるのか! どういう機構なのだよ!」
「あ、ルノさんとニックさんは別な世界の人だから」
だろうなと思ったよ!
「気になるが、そろそろ行くとしよう。名残惜しいだろうがね」
「おう。咥えろ」
次期部長の口に剣の柄を噛ませた。
「それじゃお願い。さよならぁぁぁぁぁ!」
「ではなぁぁぁぁぁぁ!」
「じゃあなぁぁぁぁぁ!」
三人は、落とし穴にでも落ちたかのように、消えた。
嘘みたいに部室はおれと次期部長だけになった。
外はサイレンが何十にも鳴り響き、ヘリも散々飛び交っている。
取り合えず、しばらく学校は休みになるかもしれない。
勝手に単独行動した理由を考えつつ、おれは部室を出た。
流石に怒られるだろうな。




