五十四話 山の奇談
何か不思議な話ですか?
あんまりなぁ……ああでも、子供の頃に随分と変な体験をしましたね。
ただの夢だったのかもしれませんが。それでよければ。
今も山奥に生えているんですが、近寄ってはいけない樹があるんです。
もうやっていなんですが、神様が樹に宿っているとかで、昔は酒とかを捧げていたとか。
それでも未だに地元の者は近寄りませんね。
子供の頃の真夏にその辺りで虫取りをしていたんです。
あんまり近寄ってはいけないと親や近所から散々言われていたけれど、誰も来ない場所だとやっぱり穴場なんですよ。
それでこっそりあの辺りまで足を延ばしてました。
ええ、一人です。
穴場って誰かに教えるものではありませんし。下手にばらすとそこから親に怒られるでしょうし。
それである日、虫取りに夢中になりすぎて暗くなっていた時があったんです。
すっかり日が落ちていまして、親に怒られる以上に、危ないと。
一応、あの樹に近づかないような道を自分なりに開拓していまして、でもそれは崖や小川を超えたりする十分明るくないと危険な道なんです。
下手に怪我をすると、帰れない。こうなるとあの樹の横を通るしかない訳です。
一応そこから街までの道はあるので。
大急ぎで走って横切れば大丈夫だろう。
そう思ってあの樹の近くまで来た時です。
誰かいたんですよ。見たこともない誰かが。
「おーい、ルノ」
「ルノさーん。いや、ちゃんと確認が必要だな―――――――――――――――――――――――同士よ! そっちにいるのか!」
声がしましたね。
暗くてよくはわからない。これは一体何かと、茂みに隠れて見ていました。
でもこんな時間に誰かいるなんてありえないんです。
大体、誰も近づかない場所だし。
すると向こうからガサガサと音がしました。
「『灯れ』」
すると、三人いました。
ええ、いきなりその樹の辺りが明るくなったんです。
焚火みたいなのが、いきなり現れまして。明るいんです。
いたのは、見たことも聞いた事もない誰かです。
まず青い誰か。
その青い……女の人かな。変な青い服でした。女にしては結構背が高くて、髪が短い。
ああそうだ、なんかね、服だけでなく、髪の毛まで青かったのを覚えています。
カツラを被っていたにしても、見た事がないですよ。そんなの。
それでいてあちこちに木の枝とか体中についていて、さっきガサガサと藪をかき分けてきたのはその人でしょうね。
どこかに落っこちて変に打ち付けたのか、鼻血を出していました。
で、熊を片手に引きずっていました。どうやって仕留めたのかな?
いや、気のせいかもしれません。流石に、ありえないので。
あともう一つありえないのは、焚火みたいなのをその人がもう一方の手で持っていたんです。
そこが、明るい。
樹の根元まで明るいんです。
「ついとらん……!」
「早速ボロボロじゃねぇか!」
「同士よ! 何かを引きずってきたと思いきや! その熊に襲われてもいたのか!」
「いきなり襲われ、崖に落ちたよ。こやつを崖に引きずり込んで仕留めた。食料は確保できたがね」
「同士よ! 相変わらず無茶が過ぎる!」
「よく見りゃ頸動脈切ってんな。ある程度は血抜きできてんのか」
何か話してはいましたね。
それでその青い人ともう二人いました。
一人は見たことがないくらい背が高い男。
しかも肌の色が黒っぽいんです。この辺りにはいませんよ。
服装は、白地に緑の模様が描かれていました。
こんなのも見たことがない。背には何かの剣かな?
妙な形でした。
手には太い木の棒。
それを振りかぶって熊を殴ったら、熊の首から血がドバッと出ました。
信じられなかったですね。
「周囲は暗い! キャプテン・レッドが改めて確認しよう! 誰かいる……いや、それ以上に!」
もう一人は赤い服の男です。
顔まで赤い服で覆っていました。目元は黒い眼鏡かな?
足元から頭の先まで赤い布と何か所かの黒い布。
背はもう一人の男よりは低かったですけれど、かなり高い方です。
樹とは反対の方に何かが来るのを察したようでした。
いや、さらによくわからないのが来たんですよ。
急にですね。山の中ですから、木々が生い茂っているんですが明らかにそれをなぎ倒してこっちに来ているんですよ。
太いのもありましたが、それさえも折って来る。
とんでもない力です。
それが灯りの届く所まで来て、見えましたよ。
烏賊か蛸の足みたいな何かが。
色が……、目がおかしくなったと思いました。
なんというか、虹色でして。
虹って綺麗ですけれど、あの虹色は見ていて気持ち悪くなりましたね。
そんなのが、何本も何本も伸びてくるんです。
「ダーク・シャドウか!」
「来やがった!」
「くそう『燃え尽きろ』」
青い人が灯りを地面に投げ捨てて、叫んだ途端、火が巻き起こりましたね。
火っていうより、凄い火事みたいな炎でした。
でもそれを虹色の足みたいなのは構わず三人に襲い掛かりました。
もうぐねぐね曲がりながら、何本も追っかけて。
普通ならどうにもできないんじゃないですか?
でも。
「打ち取れるんなら怖くねぇんだよ!」
木の棒で撃ち返したり。
「『吹き飛べ』」
一言何か言って、寄せ付けなかったり。
「オサワリハオヨシクダサイマセ。ゴシュジンサマ」
小さい女の子が潜り抜けたり。
え? 赤い男? そういえばそこから見た覚えがないですね。
そのうち一本の虹色の足が青い女が引きずってきた熊に当たったんです。
すると。
「……なんだこりゃ?」
「シンショクサレテオリマス。ゴシュジンサマ」
「……襲ってくるか!」
ええ、死んだ熊が足と同じ虹色になって立ち上がったんですよ。
動きは信じられない位機敏でした。
「静かにしてやがれ!」
棒で殴られたり。
「オヤスミクダサイマセ。ゴシュジンサマ」
落ちてた石を投げつけられたり。
「気を付けろ! 『巻き上がれ』」
つむじ風が起こって飛ばされたりしましたね。
でも熊も虹色の足も全然勢いが衰えないんです。
こんなのがこっちに来たらどうしようもないのはわかっているんですが、すっかり腰が抜けて動けなかったですね。
そうこうしているうちに、小柄な女の子があの樹の所に追い詰められていました。
数本の足が檻でも作るみたいに追い込んでいたんです。
「オヤメクダサイマセゴシュジンサマ―――――――――――――――――――全く、不作法が過ぎますわね!」
一斉にその子に襲い掛かった虹色の足ですが、その子が消えました。
代わりに、地面に何か見た事のない絵がですね。
いや、絵が地面に描かれていて、それが動いているんです。一人でに。
その虹色の足はあの樹に傷つけまして。
いや、さらに訳が分からない事になるんですよ。
手が、人の手がその樹の傷口から伸びてきたんです。
そうです。人の手でした。
ひょろりとした真っ白な手が、樹の内側から出てきまして。
何かを触ったり、まして殴りつけたりはしません。
ただこうやるんです。手招きをこういう感じで。
「こっちにおいで」
そんな風に。
一部始終見てましたから。
そんな樹から出てきた手も。
あれだけ怖かったのに、なんかうっとりした気持ちになりまして。
ふ、っとその手招きに誘われそうになりました。
でも腰がすっかり抜けてまして。
とてもそっちには行けないんです。
そうしたら、あの虹色の足と熊が動きを止めまして。
ふらふらと行くんです。
あの手の招く方へ。
「なんだこりゃ? ……オイ!?」
「これは何かしら……? あ!――――――――――――――――――――――――――――――――――――アブナイデゴザイマス。ゴシュジンサマ」
するとあの青い女の人もふらふら行くんです。
「しっかりしやがれ! って、どういう力してやがる! こんなに力が強かったか?」
「ゴシュジンサマハ、ワルイモノヲミキキシテシマイマシタ。トメネバナリマセン。ゴシュジンサマ」
「悪い物? あの樹と手か? ああクソ!」
すると黒い肌の男が青い女を丸太みたいに方に持ち上げましたね。
手が招く方を見ると、真っ暗な夜の暗闇の中にどんどん消えていくんです。
虹色の変な、言葉にできないよくわからない物体がどんどん。
その様を横から見ていたんですが、森の暗闇の中に、消えていくんです。
虹色の中に、墨を流し込んだみたいに、染みていって、いなくなっていくんですよ。
文字通り、存在を消されていくって感じです。
「ヤベェ……。ヒトシ! この剣を倒せ! 脱出できるんなら、ここから逃げるぞ!」
「ショウチイタシマシタ。ゴシュジンサマ」
すると、背負っていた剣を地面に立てまして、倒しました。
すると、こっちに向かって倒れだしまして。
こっちに物凄い速度で来て、剣を差し出しました。
「オヌキクダサイマセ。ゴシュジンサマ」
とか言って。
訳がわからないですけれど、抜こうとしましたよ。
でも抜けない。
力をどんなに込めても、抜けない。
「OK! お前も逃げろ!」
そうこうしている内に、あの女の人を担ぎ上げている男が来ました。
……正直言うと、そこから記憶が途切れているんですよ。
気が付いたら、街の近くの木に引っ掛かってまして。
なんとか家には帰れたんですが。
ええと、ふわりと空を飛んだような気もしますが。あの木の棒に打ち出されて。
いや、それはないでしょうね。
何かの記憶と混合してるかも。
でも、山の木々がなぎ倒されている。原因がわからないってのは聞いた覚えがありますよ。
改めて思い返しても、小さい頃特有の変な夢だったかもしれないです。
こんな話しかできませんが、これでよいでしょうか?




