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閑話3

「来ましたけど、一体何を試したいんです? しかもこんな小部屋、っていうか物置ですよね」

ルノさんに指示された通りに廊下をたどって行くと、使い古した掃除道具や埃の被った明らかに壊れた鎧や兜が転がっている部屋だった。

正直、たまにこの人が分からなくなる。

「やあ。人目を避けたくてね。今は大変慌ただしい上に、人の出入りがあちこちどうしてもある。時間がないから本題に行くが」

「ええ。用件は」

「ヒトシ、君は私になれるのではないかな?」

「…………へ?」

「いや、君の能力は素肌に触れた人形の設定通りの姿になれる、だろう。ただ思った以上にそこの点が柔軟なように思う。初めて見る人形の設定をその場で考えて、その姿になれる程度には。

それでだ。考えてみてくれ。私という存在も、ある意味においては人形だ」

「いや、無茶な」

「確か関節が動く、アクションフィギュア、だったかな? それでないと上手くいかないそうだが、私はまさにそのアクションフィギュアだ。それも等身大の、本物の肉と骨と髄でできた一品のね。

私という生き物の設定、というより特性もしばらく一緒にいたおかげで掌握できただろう。

試す価値はあるはずだ」

マジか、この人。


こう来るとは思わなかったぞ。

もしかしたらこんな事思いついて、しかも実際試したりするのが不運を呼び込む原因になってはいないか?

「あの、危惧がありまして」

「何かな?」

「僕が人形に変化している時、その元にした人形が果たしてどこに行っているのか、という問題です。正直わかりません」

「なるほど。体に取り込まれているかもしれんのか」

「それ以上にあのダメ女神の仕事です。信用できません」

「ならば何かあればすぐに変化を解きたまえ。人形が傷つくことなく手元に戻るのだ。危険はないように思う」

「えーと……、やるのは決定事項ですか?」

「魔術師は時に賭けに出ねばならんのだよ。いかに自分が不運でもね。そうでないならば智も宝も得れんのだ。助けられるものを、助けられん。魔王ならばなおさらだ。ヒトシ、友人として頼む」

「ちょ……、頭上げてくださいよ!」

「やはり、ヒトシはこれには弱いか」

ああもう、僕の方の特性を十分に承知してるよ、この人。

……覚悟決めるか。

「……じゃあ、手袋脱いでもらっていいですか? その方が上手くいく気がします」

「む。では頼む」

「では失礼して――――――――――――――――――」

ルノさんが普段している黒い皮手袋を外し、その手に触れた。

しなやかに見えたその手は、温かくそれでいて職人の男の手の様に硬く、鍛えこまれていた。

そういえば両手に棒を持つ護身術を、僕が見る限り相当やりこんでいる。

この手で、この人は国を作って守ってきた。

改めて凄い人なんだろうな。

 視界が低くなる。

体が変わっていく。

それはアリムともキャプテン・レッドともアイアンゴーレムとも違う。

前に変身したどの人形たちとも、感覚が違う。

目の前のルノさんと同じ目線になる。

「―――――――――――――――――む。これは……どうだ?」

「ヒトシ、私がいるよ」


「ルノ、どう思う? まさか、私はまさにルノ、君になっているのではないのか? 私がまさに。もう一人いるのではないのか?!」

「驚きだ! かくの如く成功とはね!」

上手くいった?!

髪に触り、目の前に持ってくる。ルノさんの髪は短いけど、見れた。

やっぱり青い。

握手するように握り合っている右手をそのままに、左手であちこち探る……のは止めよう。

失礼すぎる。本人目の前にいるし。

「ヒトシ、前から思っていたが、君は紳士だな。私が君の立場ならあちこち探るだろう。なにより、君はそういう年頃なはずだ」

「ルノ、いくら今君になっていたとしても、私の中身はそのヒトシでね。君がやれる事全てをやれる訳でも、やりたい訳でもないのだよ」

いや、本当に。

「ふむ、全て、か。では魔術を使えるかな?」


「いや、無理だ」

そういやどうやって魔術って使っているのかな。全く使えない人は少ないとか言ってた気がするけど。

「女神から与えられた能力の限界を超えているのだろう。

私がキャプテン・レッドになった時、右腰に武装をしているのを覚えているかな?」

「確か、何やらベルトに備えていたな」

「それはレッド・バレットガンと呼ばれる武装なのだが、使う事できん。

本来は赤い弾丸を撃ち放つ弾数無限の拳銃なのだが、弾は出せずただの飾りにすぎんのだ。

そのように何かを撃ち出すのと、今は持ってきていない人形でやってみたのだが空を飛ぶような事もできんな」

「ふむ……。頭の裏側、もしくは瞼の裏側に何か文字は浮かんではいないかな?」

「文字? いや」

「香りや色彩も? もしくは音とかも? 違和感などすら一切ないと?」

「む? ないのだが」

「なるほど、使えんようだ」

どういう事?

「説明を頼む。この世界における魔術というものから教えてほしい」


「では、説明しやすい所からいこうか。まず、私がどう魔術を使っているかについてだ」

この人に関しては呼吸するかのように火や風を起こして、物体を闇の中に消し去っている。

ここまでのレベルに至った人は少なそうだけど。

「私の場合、額の裏側に文字が浮かぶのだ。先ほど見ただろう、私が木簡に筆で書いたような文字だ」

ああ、あの楔型文字か。

「それを組み合わせている。文字の組み合わせだから文章になるかと思うだろうが、魔術を展開させ得る文字の組み合わせでは意味はまるで通らない。

そんな文字の組み合わせをいかに額や瞼の裏側でやるかという事になる」

パスワードみたいだな。それもデフォルトのランダムな文字のやつ。

「適切な学習などで当初なかった文字を出せるようになったり、今までの組み合わせをさらに配置や文字数を変えることで今までにない魔術を構築できるようにもなる。

結局私は、回復系統の魔術を使う事はできなかったが、通訳魔術は少々複雑に文字を配置することで構築できた。

色彩や音が額や瞼の裏側にある者も、文字が浮かぶ者より展開に手間取るが同じと考えていい。彼らの額や瞼の裏側に浮かぶ色や音を組み合わせているのだ」

なんかパソコンのプログラミングみたいな感じがあるな。

でも、そうなると。

「では何故それで火や風が巻き起こるのだ?」

「結論から言おう。わからん」

……マジで?


「神から授けられた、というのが一般に言われているがね。もしそうならば、その神は大分極悪な存在だぞ。少数ながら存在する魔術を使えん者は、見捨てられたのかな?

また魔術で殺しあう者どもを、なぜに神は放置するのだ?

それに一部の動物が使っているのが確認されいる。

大型の鳥や竜が風魔術が使ったり、水魔術を使う魚がいたりね。

神は動物に情けをかけ、一部の人間は無視するのか?」

確かに合理的で正しい推論だと思う。

でもこういう事言うのが、戦争の原因になっていたりしないよな?

「ヒトシである私からは、相当不可思議なものだが……、当たり前すぎてかえってよく分からないという事か」

「そういう事だな。この私の体は、私の意思で体の構造に反しない限り自在に動かせるが、一体どのような仕組みをもって動かせるかわからないという事象と同じだと思う。

身近な物事ほど知ろうと思わんものなのだよ。

そこに危険があるかもしれんのにね」

って、習ったな。生物の時間に。

「いや、微細な電気、わかりやすく言うと弱い雷が体の中を駆け巡るがために、体は動くのだよ」

「……ヒトシ、どこで、それを知った?」

「通っている学校でだよ。詳しく説明するのは困難だが、体に張り巡らされている神経と呼ばれる紐状の構造物の中を雷がその者の意思に応じて巡るがために体が動く、と認識すれば大体は正しいかと思う」

「……くそう。詳しく知りたい。あの魔術による制御が困難な雷が私自身の体でかのような働きをしておったとは!

仮説だとしても面白い!

我が国を守り抜き、かつ生き延びる理由が増えてしまったよ!」


「魔術においても後の世でよいから解明されてほしい所だ。私が知る事がなくとも。

まあ、それはさておき」

「まずは目前の問題だ」

思った以上に興奮してたな。この人。

どちらかと言うと政治家より、発想や視点が学者に近い気がする。

「もし、このまま手を離したら変身は解けるかな?」

「やってはいないが、そのような実感がある。ここの確信めいた感覚はわからないが……今の私の服を触るというので変身を続けられると思う。

思えばそんな感覚だけで変身を試したな」

あのダメ女神が偶発的にそうしたのかな。

こんな感覚的な事を設定しなさそうだし。

この感覚がなければ、変身を試さなかっただろうし、そうなら立て続けに転移する異世界における戦闘で全く役に立たなかった。

運が良かったか。ダメ女神と僕の。

「予想以上の成果だ。では、ヒトシ。君が私の影、いや私が君の影になる」

ん?

「どういう事かな?」

「文字通り、私が君の影になるのだよ。君が私の影武者になってほしい。早速、今からやろう。『沈み込め』」

って、それ。

人を地面に首筋まで沈めて、生首状態にするやつ……。

ルノさんは自分にそれをかけて、地面に沈んでいく。

「ルノ……何を……」

そのまま、体全部が地面に沈んだ。

……影に、飲み込まれた。跡形も、ない。

“心配いらんよ”

ルノさんからの魔術での通信が来た。


すると、棚に置いていた古びた剣がルノさんが沈み込んだ影に落ちた。

それもついでに影に飲み込まれたあと、「ついとらん」と言いたげな感じで飛び出てきた。

 このタイミングで、こんな事起きるのかよ。


「うむむ。私からの声は聞こえるのかな? あと怪我はないかな?」

“少々聞き取りにくいが、問題ない。こちらからは声が聞こえないようだがね。怪我は少々血が出た程度で済んだ。気にしなくても良い”

しかし、この人もやけに丈夫だな。

「しかし、その魔術にかのような用途があったとは」

“これは奥の手だ。脱出用に考えていたのだが、君の能力のお陰で別な使い方ができる。闇の中に入り困難を回避するのは今まで誰も思いつきもしなかったはずだ”

「ところで、今私のどこに触れているのかな? 触れ続けていなければ、私の変化は解けるはずだ」

「闇の中から足裏を触っているよ。跳び上がらないように注意してほしい」

むしろすり足で歩かないとダメだな。

“ああ、この体勢になる前に説明するべきだったかな”

「何かな?」

“攻めてくる魔王の一人についてだよ。”淫欲“と呼ばれている魔王がすでに潜入しているかもしれん”


「まさか魔王が一人でどこか忍び込んでいると?」

何かのテレビゲームじゃあるまいし実際そんな事……やりかねない無茶苦茶な人が僕の足元にいるな。

現在進行形で、僕の影に潜んでるし。

“実は血縁者でね。良く知っているのだ”

「という事は恨みを君に持っていると」

この人親戚を大体追放か鉱山で強制労働させているんだよな。

それ相応の理由あるみたいだけど。

“私個人というより、私が属するクラウディウス一門にだね。その魔王、ピーナはね庶子で奴隷如き迫害を受けていた。私が出奔した後に奴隷として売られ、当時の有力な魔王の後宮に入れられた。そこから這い上がり、国と魔王の名声も奪い取った、相当厄介な奴だ”

「うむむ」

“どうしたかな?”

「いや、君のその魔王の説明なのだが、嫌悪感が感じられなかったのだ」

ちょっとこの人についてわかったのが、立場とかを考えなくていい時の嫌悪感の表し方。

結構はっきり露わにするのだけど、今説明した魔王に対してはあまりなかった。

“私も少し違っていたら同じ事をしていたかもしれん。奴隷として私もまた売られる所だったのだ”

でしたね。

“それに、越えがたい困難を乗り越えた者はその点においては尊敬すべきだろう?

普段、発情した畜生以下の酒池肉林にふける愚か者だとしても。なにより私の国に攻め込んできた馬鹿共のひとりだとしても“

あ、後半嫌悪感が凄く露わになった。


“ピーナはどうくるか読めない所がある。だが、潜んでいるのなら私の目の前に現れ、何らかの拘束を私にかけてくるだろう。そうなったらできるだけ引き付けてくれ。そうやって仕留める。もしくはぶつける”

「何とかな? もう一人の魔王とは難しいだろう」

“いや異形とだ”

……なんとかそれできたらいいけどな、それ……。

“できるとは限らんがね。ピーナが来る前に異形が攻めてくる可能性も十分にある。その時はいつもの人形の姿で私と共に戦ってほしい”

「承知した」


“では適時、私の方からどう話してほしいか魔術で伝える。まずはこう言ってほしい。マールーこちらに来い、と”

「わかっ……」

“待て、そのような反応はいらん。不自然だろう”

確かに。

「……マールーこちらに、来い」

すると。

「何事でござりますか! 魔王様!」

ドアは開けたけれど、全く屈まずに入ってきたから周囲の壁を壊しながら猪突猛進の甲冑が入ってきた。

うわ、と思った瞬間。

“『沈み込め』”

かすかにそんな声が影から聞こえてきた。

“マールー、私が指示するまでそこに潜むのだ、と言い給え。その影の中で移動できるから、ついてくるのだ、とも付け加えてな”

「……マールー、私が指示するまでそこに潜むのだ。えー……、その影の中で移動できる。君なら声や音である程度なんとかなるだろう。ついて来たまえ」

「承知でござりまする」

と、影の中に沈んでいった。

“実際の所、光が全くない空間に閉じ込められるからね。あのバカみたいな奴ではないと、とても耐えられん”

「ほぼ拷問ではないか。大丈夫なのかね?」

“私が自分の意思でやった事だ。マールーも自らの意思で私の命令を聞いたし、この程度でどうこう言う奴でもない。君は気にしなくていい。君は自らやるべき事に専念するのだ“

正論だけど、相当無茶苦茶だな。

この人たち。


 自らやるべき事に専念か。

まずすり足で歩く事。そういやルノさんの歩き方ってそんな感じだったかも。

武術家の側面もあるよな、この人。

あとどうしてもルノさんからの通信と僕のしゃべりの間に沈黙ができてしまうな。

少しでも不自然をなくさないと。


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