二十九話 グラン魔王国戦記6
急に突風。
「うあああああああああ!」
「ちょ……ま、魔王様ぁぁぁ!」
「受け身だ! 受け身を取るのだ!」
「将軍、そういう問題じゃ……あああああ!」
「娘よ! いくらなんでもいつも通り過ぎるぞ!」
大勢の声と共に。
壊れた壁の穴から、塵芥のように人が飛んでいくのが見える。
ルノールあんたでしょ。これ。
相も変わらず強引すぎ。避難じゃなくてこれじゃほとんどあんたが原因の災害よ。
“では、頼むぞ”
敵であるあたしにそれを言うの?
部屋中、いや建物中から段々と異様かつ悪い空気が流れてきている。
石材に急激に巣食い出した条虫が醸し出している。
逃げなきゃ。でも。
「ゴシュッタツハマダデゴザイマス。ゴシュジンサマ」
鉄線交じりの極太ロープであたしの右腕を縛り、その一端を握りしめている女の子が放さない。
こんなときでも冷たい微笑みを浮かべ、真っ当な神経をしていないのがわかる。
あたしもそういう仮面をいつも被って演技している。だからわかるけど、こいつは素だ。
正気じゃない。
ルノールとしばしば一緒に戦っているのは見たけど、鉄の巨人や赤い男と一瞬で入れ替わっている。ついにはルノールの姿にさえなった。良くつかめない魔術師だ。
そもそも魔術師でもないかもしれない。それじゃ一体何なのか、わからないけど。
大体あたしの右腕に縛り付けたこれ、竜に石材を引っ張らせるための物じゃない。どうやって、こんな感じに一瞬で縛り上げたのよ。
やっぱり細腕からは想像できない剛力の持ち主ってこと?
こんなものあたしじゃ切るのも燃やすのも無理だ。
「今はご一緒に戦うでございます。……わたくしの顔に何かついておりまするか?」
それに……、ずっと狙っていた綺麗なお顔がそこにいる。
ああ、やっぱり放っておけない。
ルノールに弱点突かれちゃった。このお顔と体が欲しくてたまらないって事を。
今まで見た誰よりも美しいお顔に熊より大きな体。
近くにいるだけでうれしくなっちゃう。
今までたくさんの奴隷ちゃんを集めてきたけど、その誰よりも近くにいれるのがうれしい。
「あーあ。話に乗ってあげるわ、ルノール。癪だけど」
ほんと、敵として攻め込んできたのにね。
見る見る条虫が建物を侵しているのがわかるようになってきた。
もうこの場所は危ない。まずは退避だ。
「協力してあげるから、あたしの言う事聞いて。まずは逃げ……」
「あちらが『赤い』でござります! ヌオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
「ちょ……話を聞いて!?」
いきなり暴走?
わかっていたけど、扱いにくい!
「オマチクダサイマセ。ゴシュジンサマ」
すると女の子が体を半回転させ、遠心力をつけた投石。
鐘が鳴るような音と共に、美しい緑髪の頭に命中。
普通なら致命傷になりかねない威力。
でもこれでようやく動きが止まった。
「ワケガワカリマセン。ゴシュジンサマ」
「ではお願いいたしまする! デヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
今度は女の子を手早く抱えてから、行こうとした方向へ物凄い勢いで放り投げる!
女の子は縄を握ったまま放さないから、あたしまで一緒に飛んでいく……だからどんな馬鹿力をしてるのよ!
「ドウイウ……ショウチイタシマシタ。ゴシュジンサマ」
女の子は呟いた。
「―――――――――――――――――――……ォォォオオオオォォォ……」
すると鉄の巨人に変化した。
遠くで見るよりはるかに質量が詰まった存在。
それが、腕を振り上げ地面に打ち下ろした。
床が砕け、薄くなっていた床材の下にあるものが見える。
そこにあるのは球根だった。
奇怪な文様が蟲のように蠢く、異様な。
こんなのどこからって、あの渦巻く闇からに決まってる。
あの闇は条虫を出すだけだと思ったら、地中にこんな物を出してたの?
「………ォォォオオオォォォ………」
巨人がまた腕を振りかぶる。
「む、『青い』! それはいけないでござりまする!」
そんな声が聞こえた瞬間だった。
球根が地面から持ち上がる。それは天井まで浮上する。
球根の下、根っこのように生えるのは、あの石を侵食する条虫だった。
そのことを認識できた時、条虫が襲い掛かる。
地面、壁、天井。
あらゆる方向から。
条虫に目をやっていれば球根に気付かず、球根に気付けば条虫が襲い掛かるそんな罠に、
私たちは最初からかかっていたのだ。
「………ォォォオオオオォォォ………」
「ぬうううううううううううううう!」
鉄巨人と甲冑の二人に挟まれる形で、守られている。
猛獣や竜より頑強な二人がいなければ、終わりだった。
状況は、条虫に囲われ、そのまま条虫の体をもって締め上げられている。
本来ならば体が真っ白で節々が見るだけで吐き戻しそうになる紫色をしたこんな蟲に、全身縛られ圧死させられていたのだ。
ジリジリと安全地帯が小さくなってきている。
あたしを守る規格外と言えるこの二人、それを超える規格外な存在があたしたちを襲ってきている。
本当に酷い貧乏くじを引いちゃったな。
ついとらん、って悪態つきたくなるわ。
「ねえ、二人とも聞いて。あたしのアクセサリーにはね、媚薬がしこんでいるの。たあっぷり。一か八か、吸ってくれないかしら」
「………ォォォオオオオォォォ………」
うーん、何か言いたげ。でもこの巨人の状態だと話せないのね。
「ふうううううううううぬうううううううううううううううううううううう!!!」
もう一人からは沸騰するような熱が感じられる。話す余裕はないか。
大分昔だけど、一度寝ている隙にむせかえる程の媚薬を充満させても変化がなかった。
今回用意したのは改良を加えていても、どこまで効くか。
この鉄の巨人の状態に薬が効くかわからない。あの女の子の状態なら可能性はある。
でも今の状況だとあの姿は小さすぎて危険。
この媚薬が効くのは、あたしだけか。
それじゃ今の状態を打開ができないかもしれないな。
ルノール、あんたみたいな攻撃特化してたら楽だったのにね。
媚薬なら散々吸い込んできたから効果が薄いけど。
一か八か、この日の為に用意したのを全部吸い込むというか口に放りこもうとした時だった。
「………ォォォオオオオォォォ………―――――――――――――――――――――ぐぬう! やはり! キャプテン・レッドでは! 抗するのは困難か!」
鉄の巨人が、赤い男に変化した。
手にしている細長い刃物一本でギリギリ耐えている。長くは持たない。
「それでも! 同士ルノが共に力を合わすよう言ったのだ! このキャプテン・レッド! その作戦に乗ろう! 君の息吹が! 心の鼓動が! 嘘を言っているとは思えん! 長くは持たん! 頼む!」
あら、まっすぐね。
「……『赤く』見え始めたでございまする!」
「赤って?」
ああもう、そんな事聞いてる場合じゃない。
「わたくしには頭から突っ込むべき時はそう見えるのでございまする! 赤く見えるならば体は自然と動き出し、青く見えるならば体は縮こまり、何も感じなくなるのでありまする!」
え?
「おそらく! 共感覚! もしくはその変形! その感覚を! 信じてみようではないか!」
なんだかよくわからない。まあいい。
敵を簡単に信じるだなんて、おバカさんね。
「じゃ、お吸いなさい」
被るのはいつもの卑猥な顔。
あたしのアクセサリーから一斉に媚薬が流れ出す。
甘ったるく、一吸いで感度が増し、二吸いで発情。三吸いで、もう手遅れ。
もうみぃんな、あたしの奴隷。
そんな猛毒が流れだす。
「桃色に、なぁれ♪『ケダモノになぁれ♪』」
「!!!!!」
赤い男が声にならない声を挙げ、ぎりぎりと音を立てながら条虫に対し、安全地帯を広げていく。
よだれを垂らし、正気を失いつつある。
あと少しで、あたしの奴隷♪
あとちょっと頑張って。ちゃぁんとかわいがってあげるから。
「ウウウウウウウウウウウウウウウウウウウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
そしてもう一人。
条虫を一気に押しのける。
バカみたいな声でバカみたいに押していく……って、いつものと同じ?
「『赤い』! デヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
正気を保ってる?
媚薬とあたし独自の魔術の影響下で?
言葉なんか普通使えないはずなのに。
実際、あの赤い男なんかはもう言葉を失ったケダモノ状態。
何かを考えることなく壊れたお人形として突き進んでいる。
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「ヌウウウウウウウウウウウウウウウウ!」
条虫が限界を超え始め、飴状に伸び始めた。
あと一息。
「よろしいでございましょうか?!」
なぁに? お願いならなんでも応えるわ。
「痛みを」
痛みを?
「消してくださいませ!」
そうよね。気づくの遅れたわ。
骨は軋んで、肉は爆ぜる。でも。それってね。
「よく聞いて。それ気持ちいのよ。『気持ちよくなぁれ』」
二人同時に、筋肉が膨張した。
その時条虫が一気に破断した。
「ブ……ッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
赤い男から出血が見え始める。
全身赤いから、すぐにはわからなかったけど。
体の無理が限界を超えたために発生した出血。その出血が、露わになり始めた。
それでも男は虚空に剣を振り回している。
あたしがそういう風に遊んであげてるの。
「気持ちいぃいでしょぉ? 痛たくて痛くて気持ちいぃいのよぉ。さあもっと『気持ちよくなぁれ』」
あたしがよく自分にも使ってる独自の魔術。
さっき怪我した左腕もこれでもう、気持ちいい。
瞼の裏で色々やんないといけないから、大変だけど。
そのままあたしを守ってて。
「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
で、さらに暴走しているけど、何してるのかしら?
条虫がボロボロにした壁や床をさらに破壊している。
「こうしているのが『赤い』のでございまする! 止まると『青く』なりまする!」
その赤とか青って一体……?
そんな魔術は聞いたことがない。
「ゴシュジンサマガコラレマシタ。オデムカエノオジカンデゴザイマス。ゴシュジンサマ」
あの冷たい声が、再び聞こえた。
そこにはまたあの冷たい笑顔の小さな女の子の姿があった。
赤い男になった時に手放していた綱を、再び手にして。
って、ちょっと!
「媚薬ならケダモノになるくらい吸ったじゃない? なんで平気なの?」
「ロボメイドニドクハキカナイノデゴザイマス。ゴシュジンサマ」
ロボメイド?
ああもう、あたしの通訳魔術じゃ通訳しきれてない。
「マズハオデムカエノオジカンデゴザイマス。ゴシュジンサマガダンマツマノサケビヲアゲルコロアイデゴザイマス。ゴシュジンサマ」
……ご主人様が断末魔の叫びを上げる?
ご主人様って誰? よくわからない……。
「…………ぬむぅぅぅぅぅぅううううううううううううううううううううううううううううう!」
すると巨躯の甲冑が飛んできた。
それも文字通り、空中に弧を描いて飛んできた。
「ドウナサイマシタ、ゴシュジンサマ………、ソウイウコトデゴザイマスカ。タイヘンデゴザイマス。ゴシュジンサマ。ゴシュジンサマノゴジュンビハオスミデオラレマス。ゴシュジンサマ」
そんなデタラメな言葉使いは、あたしの頭に入ってこなかった。
あの千切れた条虫の体が、そういえばない。
異様な球根も、なくなっている。
甲冑が飛んで来た方向、そこにいた。
条虫は残骸と化した壁や天井から這い出し、一か所に纏まる。
根元となっていた球根を中心に。
気持ち悪い動きをしながら、何かを形作っていく。
人の形を取り始める。
立ち上がった大きな。ここにあった城の二倍は高く聳える
それはか細く、萎びていている、老婆の姿だった。
右目の部分に異様な球根を眼球に据え、不気味な条虫たちが集まって、醜悪な老婆が廃墟と化した城に出現した。
思わず嘔吐しそうになった衝動は、いつもの卑猥な顔の下に押し込む。
「『青く』見え始めました。良くありませぬ」
「ゴセッタイイタシマス。ゴシュジンサマ」
ねえ、なんでこんなものとしょっちゅう戦って平気なの? あなたたちは。
それとこれって、この老婆って、あたしへの嫌がらせなの?
「オクタバリクダサイマセ。ゴシュジンサマ」
あの小さな女の子がその細腕に似合わない瓦礫を投げつけている。
それを老婆は口から紫の条虫を吐き出し、触手の様に使って瓦礫を弾き返している。
地面からは、条虫がミミズの様に顔を覗かせてきた。
「ぬううううううううううううううううううううううううううううう!!!!!」
甲冑の子が、鮮やかな髪を振り乱しながら、踏みつけて撃退し続ける。
時にさっき作った瓦礫を蹴り飛ばて老婆に攻撃しながら。
…………さて、と。
「ねえ、聞いて」
こいつに、止めを刺す。
「あたしはね、女の子のままじゃないとダメなの。だからね、二人とも、あたしをあいつに全力でぶつけて」
「ナニヲオッシャッテオラレマスカ。ゴシュジ……」
「『赤い』! どりゃああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
バカに待ったなし。
あたしはバカな腕力で投げられた。
あの子が握っていた綱を一瞬で引きちぎって。
……瞼の裏で全力で文字を組み合わせる。
ネックレスを口に含み、残っている媚薬を舐め、飲み込む。
さあ、あたし。あたしを、操れ。
「『気持ちよくなぁれ』ついでに『ケダモノになぁれ』」
あたしを撃墜しようと、老婆が口から気持ち悪い色の条虫をさらに吐き出す。
沸き上がった嫌悪感はあたしの魔術で快楽に変わっている。
卑猥な顔で条虫の滝を遡る。
あたしはあたしの体を魔術で限界を超えて動かせ続けさせる。
媚薬の効果だ。
この媚薬は発情を促すというより、暗示をかけさせて精神を操る。そして肉体までも。
あたしは独自に構築した魔術で、その効果を増大させる。
だから奴隷をたくさん使役できたし、ルノールさえも虜にできると思った。
あーあ。色々失敗しちゃったな。
でも、我慢できないの。あたしを馬鹿にしたようなこの異形の存在を。
老婆は二つの乳房からも条虫を噴出させ、あたしを落とそうとしてくる。
「『吹き飛べ』」
風であたしは加速する。
頭の限界を超えて、瞼の裏で複雑に文字を組み合わせて。
その時だった。
条虫の勢いに負けない威力の岩石が飛んできて、あたしをさらに押し上げる。
地面にいるあの二人が投げつけてきたのか。
全身がさらに傷だらけになりながら、老婆の顔面にまで縋り付く。
右眼の眼球のところにまで。
「気持ちよくしてあげるわぁ♪」
あたしは、身に着けている肌着を引きちぎった。
その肌着を握りこんだ拳を、かつて球根だった眼球へ、押し込んだ。
肌着には媚薬が練り込まれている。十分効くはずだ。
老婆は顔の穴と言う穴から条虫を噴出させ、悶え苦しむ。
体を構成している蟲さえも暴れるほどに。
「ダメよぉ♪ 『気持ちよくなぁれ』痛いのと苦しいのがどんどん気持ちよくなるのよぉ♪」
自分自身を自傷し、滅びなさい。
こうやってあたしは、あたしを奴隷として買い入れたかつての魔王を殺している。
厄介な敵対勢力も、そぎ落としていったし、奴隷として我が物にしていった。
こいつは奴隷になんかしないで、滅ぼさせる。
「ヨロシイデスカ―――――――――――――――キャプテン・レッドが確認した!―――――――――………ォォォオオオォォォ………―――――――――分量が足りない!――――――――モットオクスリヲオネガイイタシマス――――――――――そして! もっと奥だ!―――――――――――――………ォォォオオオオォォォ………」
媚薬が効いている赤い男と効かない女の子と巨人を素早く切り替えてる?
あの赤い男の姿の能力で何かを察知したのか。
足りないのね。
いいわ。身に着けている装飾も残りの肌着も全部くれてやるわ。
さあ、あたし。覚悟はいいかしら?
「『もっと気持ちよくなぁれ♪』」
限界を超えた力を発揮して、球根の中へ全身をめり込ませる。
体が感じる痛みがどれも気持ちいい。
長年媚薬に浸かり続けたこの体。
足りないなんて言わせないわ。
さあ、蟲で形作られた老婆に命令する事はただ一つ。
「ほらもっと。苦しみという快楽に溺れなさい。堕ちて堕ちていきましょ。『もっと気持ちよくなぁれ』」
老婆が暴れ始める。
自傷という自慰を危険な領域に入る程激しく行っている。
あたしの魔術の虜となって死んでいった敵たちや、あたしを後宮に入れて弄び続けた男たちの様に。
核と言える筈の右目の球根にまで自慰の指先が及んできた。
そろそろ末期。完全に後戻りできずに、もうすぐ滅んでいく。
下にいる二人が、散々岩石を投げつけているのも確か。
それによる損害も大きい。
崩れていく。
老婆の体が。構成する条虫も細く弱弱しくなり、急激に力を失っていく。
壊れていく。
枯れた老木が、風化する様に。
落ちていく。
あたしが。
あーあ。後の事なーんも考えてなかった。
何してんだか。
あのルノールの不運に巻き込まれちゃったかな。
条虫が老婆の姿を取らなけりゃ、ここまでやんなかっただろうに。
このままだと地面に激突して、運が良くて重症、下手したら死亡。
体に無理をかけているから、死んじゃうかも。
じゃもう一度魔術をあたしにかけるか。気持ちよくなぁれ。
苦痛と快楽に蝕まれたこの一生、最後は気持ちよく死んじゃいたい。
「ムオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
「オカエリナサイマセ。ゴシュジンサマ」
そんな声が聞こえてきた。
強引に甲冑で覆われた手と小さい少女の手が、条虫が崩れていく中、物凄い勢いであたしを捕まえて連れ出す。
ほんと、助け出すにしては強引過ぎ。
ルノールの部下とお友達なだけあるわ。
「ご無事でござりますか? 魔王様がお会いしたいと言っておるのです! お命はお助けいたしまする!」
「ドクエキガコビリツイテオリマス。ゴシュジンサマ。オフキイタシマス。ゴシュジンサマ」
どこから拾ってきた布であたしを全身わしゃわしゃ拭う。
生まれたての牛か馬みたいに。
ああ、今になってこうしてくれるのか。
「オイシャサマヲツレテキマス。ゴシュジンサマ」
「お願いいたしまする! む?! 体温が低い!」
そりゃね。あれだけ無理した上に、今は裸よ。
元々肌着とアクセサリーしかつけてなかったけど、全部くれてやったわ。
……汚れた液まみれで素っ裸。
しかもまともに動くことも話す事もできなくて、ただ助けられるのを待っている。
今更、ちゃんともう一度やってくれるのか。
老婆から出てきたあたしに。
「よくありませぬ! 失礼!」
バゴン、と音を立てて甲冑が外れた。力づくで半ば壊して。
そして、大きな体であたしを抱きしめてくれた。
これが欲しかったの。これが。
これが欲しくて、今まで老若男女、散々交わってきた。
でも物足りなかった。
いつか誰かにこうして欲しかった。
だから若い女の子のままでいたかった。揶揄した様なあの老婆が許せなかった。
でも抗老魔術は、あたしはそこまで上手じゃなかった。
実際、年上のルノールの方が若く見えた。
それもあって勇者の言葉を受け入れ、ルノールの国に攻め込んだ。
この、綺麗なお顔で大きな体の、この女の子が欲しいのもあって。
「コチラデゴザイマス。ゴシュジンサマ―――――――――――――――――やはり! 薬は消えている! キャプテン・レッドが確認するに! 生命力が落ちている! 急ぐのだ!」
あの小さな女の子が赤い男になって、こっちに来る。医者を伴って。
ねえ、もう少しこのままでいさせてよ。
お母さん、あたしを産んですぐいなくなったお母さん。
もう少し抱きしめて。




