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歌う坊さん、踊る悪魔  作者: 里山 マサル
第一章『約束』
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間奏『魔界にて』

時は数日前に遡る。



「お主等か、妾を呼び出したのは」

 

 広い広い地の果てまで続く荒野の中で、一人の少女と三人の男が対峙している。

 空は薄暗く、太陽も出ていなければ月も出ていない。薄紫色に覆われた空、そこはまるで世界の終焉が訪れたような場所だった。

 ここは魔界と呼ばれる世界。

 一見無秩序に思える魔界にも国は存在する。大小様々ではあるがそれぞれに秩序があり思想がある。国家間の争いもあれば同盟もある。


「お待ちしておりました、姫様」


 姫と呼ばれた十代後半の少女。腰まで届く長い黒髪に、絵本に出てくるお姫様とは似ても似つかない黒を基調とした、まるで水着の様な衣服に身を包み、腕組をしながら男達の顔を眺める。その姿は姫と言うより、暴君の様な雰囲気を醸し出している。

 姫と呼ばれた少女は懐から一枚の紙切れを取り出し、男達に向かって指で弾く様に投げた。

 

「お主ら何者じゃ? 何故妾にこの様な手紙を出した?」


 男達の足元に落ちた手紙にはこう書かれていた。

 『国の外でお待ちしております。くれぐれもお一人でお越し下さい』ただそれだけ。

 愛の告白も、脅迫文も書いていない。ましてや差出人の名すら書かれていなかった。


「この様な手紙を受け取って、のこのこと赴くのは妾ぐらいじゃぞ」


 確かに、脅迫されているならまだしも、差出人も目的も不明の手紙を受け取ってわざわざ指示に従う者はいないだろう。ましてや姫という身分ならなおさらだ。

 だが、この少女はこの場へ訪れた。ただの世間知らずの物好きなのか、もしくは自分に危険が及ばないという絶対的な自信なのか。

 恐らく後者だ。先程からピリピリとした威圧感が少女から発せられている。男達が何かすれば瞬時に噛み付いてやろうという雰囲気さえ感じさせられる。


「妾は今忙しい。用があるのなら十秒で済ませろ。妾を誘拐するのなら我が国の経済状況をもう一度調べてから来い」


 そう吐き捨てると、少女は踵を返し来た道を戻ろうとする。


「お待ち下さい、姫様。我々はイデア国の者でございます」 


少女は立ち止まり振向き様に訊ねる。


「イデアじゃと? ……その大国の者が妾の様な小国の跡取りに何の用じゃ? 金でも貸して欲しいのか?」

「ご冗談を仰らないで下さい」


 リーダー格らしき男が笑いながら答える。そしてすぐ真面目な顔に戻り告げる。


「我が国の王子との挙式の準備が整いましたので、御向かいに上がりました」

「ん、そういえばそういう話があったのう。妾とそなたらの国の王子が婚約するというくそ話が。」

「姫様、これは双方の国の同意があるのです。そのような言い方はどうかと……」


 政略結婚というものだった。国の繁栄を願い、己の娘を他国に差し出す、少女のいるこの世界では珍しいことではなかった。

 少女の国は財政難等で国として維持できない状況に陥っていた。遠くない未来に国は滅んでしまう、そんな折に大国であるイデアから婚姻の話を持ちかけられたのだ。イデア国に吸収され、一つの国として統合されるという形で。

 だが、いやそれ故か少女はその話を断った。別に好きな異性がいるわけでもなく、親に反抗したいわけでもない。ただ、自分の国は自分でどうにかしたい、次期女王である少女の思いだった。

 しかし、少女の思いを知ってか知らずか、決まって皆こう言う。


「姫様、どうか大人になってくださいませ」


 男のその言葉に苛立たしさを覚える。


「どいつもこいつも妾を子ども扱いしおって、妾の話を聞こうともせんのか!」


 少し声を荒げたがすぐに落ち着きを取り戻す。


「まあよい、どちらにしろ、妾はお主等の国の王子とは結婚しとうない。理由を教えてやろうか?」

「…………」


 先程の子ども扱いされた仕返しだろうか暴言を吐く。


「妾は大変面食いでの、あの王子のようなブ男は趣味ではないのじゃ」

「…………」

「それに、あの性悪女の王妃を姑にする気も毛頭ない」

「…………」


 男達は何も答えない。静かに少女の顔を見るだけだ。

その時、少女の脳裏に一つの疑問がよぎる。

 この男達はとある過程を飛ばして少女に会いに来ている。それは国の使者としてとても不自然な行為なのだ。

 何故今まで気付かなかったのか、事によってはこの男達は……。

 恐る恐るその疑問を口にする。


「そもそも何故妾に直接接触する? この様な事はまず国を通すべきじゃろ」

「…………」


 明らかに男達の様子がおかしい。理由が答えられないのか。

少女はカマをかけてみることにした。


「時に訊くが……いやこれは風の噂で聞いた話しなのじゃが………………ここ最近、お主らの王が公の前に姿を見せないというのは本当か?」


 ピクリと、男達が反応した。自国の王子や王妃の悪口を言われても眉一つ動かさなかった男達が。

 さらに畳み掛けるように問いただす。


「お主ら本当にイデアの者か? いや、イデアの王は……」

「我が国へいらっしゃれば全てお分かりになられます」


 男が遮る様に言い放つ。


「断る……と言ったら?」


 少女のその言葉に溜息をついた男は静かに右手を上げる。


「力ずくでも連行いたします」


 その瞬間、道端に転がった大岩の陰から、朽ち果てて倒れた大木の下から二十人を超す武装した男達が湧き出し、少女を取り囲んだ。


「まさか伏兵がおるとはな、さすがの妾も油断した」

 

と言いつつも、焦りを微塵も感じさせない涼しい顔だった。


「ご同行願いますかな?」


 男が一歩前へ踏み出る。いや、踏み出ようとした。

 一瞬、男は何が起きたか理解出来なかった。自分の意思とは反して後ろへ吹き飛んだのだ。


「それ以上近づくでない!」


 少女は右腕を前へ突き出し、掌を男に向けている。何か特殊な力で男を吹き飛ばしたのだろうか。


「貴様、魔術か!」


 武装した男達が一斉に戦闘態勢の構えをとる。


「ほう、妾とヤル気か? 魔界に住む者なら妾の能力(ちから)を多少は知っておろう? お主らの十人や二十人、一瞬で消し炭にしてやることも可能じゃぞ」


 少女の右手が青白く光りだす。光は掌に集束し、球状になった。

 掌の上にバレーボール位の大きさの球がフヨフヨと浮いている。 

 これが少女の持つ魔術という能力だ。

 魔術は誰でも使えるという物のではない。ごくわずかの限られた者しか使えない特殊な能力だ。さらに少女は魔界の中でも指折りの使い手と噂されている。

 得体の知れない手紙を受け取り、ほいほいと出て来たのもこの能力があるからだろう。


「どうした、腰が引けておるぞ。それ、それ」


 光の球を投げるふりを繰り返す。それに合わせ、男達は後ずさり少女から距離をとる。


(ふむ、どうやら妾は狙われておるようじゃの。あの中に見たことのある顔も混じとっる、イデアの者には間違いないじゃろ。おそらく婚姻の話も妾をさらうための……)


 少女はさらに男達との距離を広げる。


(じゃが、やつらを攻撃すると後々外交的に面倒なことになりかねん、ここは退くしかないかの)


 だが、逃げ道はない。少女の周りはガッチリとガードされ、例え相手が油断したとしても、すり抜けられるスペースはなさそうだ。

 逃げられるとすれば彼らを直接攻撃し、開いた穴から逃げるしか手はない。

 その場で煙の様に姿を消す瞬間移動が出来れば話しは別だが。

 そう、少女は逃走手段にそれを使う。

 少女はぐるりと見渡し、男達との距離を測る。そして、光の球を頭上まで持ち上げた。


「これくらい離れれば十分じゃ……っろ!」


 腕をいっきに振り下ろし、光の球を地面に叩き付けた。

 大きな爆発と共に大量の土煙が舞い上がり、男達の視界を奪う。


「…………ッ! 油断するな! 攻撃がくるぞ!」

「攻撃は止めろ! 同士討ちになるぞ!」


 真っ白な世界の中で男達の怒号が響き渡る。

 だが、いくら待っても少女からの攻撃はこない。

 どこから攻撃が来る? いつ攻撃が来る? と、男達が疑心暗鬼になる前に土埃は晴れた。

しかし、そこに少女の姿はなかった。

 辺りを見渡すがどこにもいない。男達の中に紛れ込んでいることもなさそうだ。本当に消えたのだ、まるで瞬間移動を使ったかのように。


「くっくっく、まんまと逃げられてしまいましたねぇ」


 男の背後から声がした。

慌てて振り向くとそこには老人が立っている。黒いローブに身を包んだ男の背よりずっと低い、幼稚園児くらいの背の老人が。


「ベルゼ殿! どうしてこのような場所まで?」

「あなた方だけではどうも心配でしてねぇ、こうして赴いたわけですが、少し遅かったようですねぇ」


 そう言いながらさっきまで少女がいた場所まで歩く。

 そこは地面が抉られ、直径五メートルのクレーター状の大穴が開いていた。


「さすがと言うべきですねぇ、この破壊力。あの時、警告に従い後ろに下がって正解でしたよ? これが直撃したらあなた方死んでいましたねぇ。ああ、それから、あのようなカマをかけられたくらいで態度を変えるもどうかと思いますよ。くっくっく」


 食えない老人だと、男は思った。つい今しがたこの場に到着したと言っていたが、先ほどからのやり取りをずっと見ていたのだ。おそらく、少女の能力を測るために。

 だが、男はそういう性格だと割り切っているのか気にせず話を進める。


「それで、姫様はどこへ行かれたのかお分かりですか?」 

「そうですねぇ、おそらく人間界へでしょう」

「人間界へ? 人間界への(ゲート)はベルゼ殿程の魔術師が数名いなければ開けないのでは?」

「くっくっく、それをやってのけるのがあの姫様ですよ。……まあ、姫様自身ただではすまないでしょうけど」


 そう言い残し老人は踵を返しその場を去ろうとする。


「どちらへ?」

「もちろん人間界へです。ただし、私一人では門は開けませんから一度国へ戻ります」


 そして男に振り返り、


「そうそう、例の準備が完了しそうです。私が人間界へ行っている間、よろしく頼みますよ」


 ベルゼはいやらしく口の端を吊り上げ答えた。

 

「…………」


 ベルゼの心意に気付いたのか、同じくいやらしい笑みを見せ最敬礼で答える。


「かしこまりましたベルゼ殿。……いえ、新イデア国第一代国王陛下」


 ベルゼと男達はイデア国へ向かい歩き出した。




 




(くっ、力を、力を使い果たしてしもうたか。……誰でも、いい。妾に……力を……、意識が……遠……の…………く)


「こらぁ! この扉を開けろぉ! わらわをここから出すのじゃ!」


 狭い空間の中で幼い少女の声が木霊した。

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