魔神レーヴァテインー4
「レイル……レイルっ……レイルうぅぅぅ!?」
まったくうるさいな、人が気持ちよく寝ているというのに……っん?
寝ている……?
俺は、何をしていたんだっけ?
「ぅううう、レイルぅ……」
何だ、誰かが泣いているみたいだ。
それにどうやら俺の名を呼んでいるのは……。
薄っすらと目をあけると、横たわる俺の胸に顔を押し付けむせび泣く一人の少女の姿が視界に入った。
「……あっ、アイナ?」
俺の呼びかけに、抱きつき胸に顔を埋めていた少女が顔をあげる。
「レッ……レイル?」
未だ瞳からこぼれ落ちる涙を拭いもせず、アイナがゆっくりと起き上がろうとする俺を見て呆然としていた。その目は赤く濡れそぼり、顔色は青ざめている。
「あれ……どうしたのアイナさん、何かあった?」
まだ頭に霞がかかったようにはっきりとしない意識のまま、俺は泣きはらしたアイナの顔を見て漠然と呟いてしまった。
しかし、それは俺の大きな過ちだったようだ。
みるみるとアイナの表情が強張り、俺にしがみついていた手に力がこもるのが伝わってくる。
「……何かあったかですって? へえ、そうですか。自分が何をしてたか、覚えてないとでも言いたいのかしら……」
まずい!
よくわからないが、今の状況が非常に危険だということだけは理解できる。ひしひしと伝わってくるアイナの怒りを、なんとかなだめるべく周りに目を向けようとすると、俺の右手に縋り付いてきた者がいた。
「けっ、賢者さま……賢者さまぁ……」
それはブリュンヒルデ王女――ヒルデだった。
「あっ、えっとヒルデ様!?」
やはりこちらも先程のアイナと同様、俺の右手を抱きかかえるように顔を埋めて泣いているようだ。
ヒルデ王女……そうだヒルデ王女とシュバルト!
「おいっ、シュバルトは!? 魔神は!?」
俺は二人の少女に抱きつかれたまま、勢い良く立ち上がり周りを見回した。
そこには俺を取り巻く魔道士風の者達と、そして??
「やあ、レイル……」
俺から少し離れた所に、どこかばつの悪そうにはにかむシュバルトが立っていた。
「シュバル…ト……」
魔神に袈裟斬りにされ、確かに死んだと思われたシュバルトが何事もなかったかのように佇んでいる。だがいつものような空元気もなく、その目が泳いでいるのがわかる。
そして奴が目を泳がせる先に視線を移すと、一人の少女が手を腰に当て仁王立ちになってこちらを睨んでいた。真紅の髪と瞳、純白のワンピースを着たその少女は??。
「おっお前は、レーヴァテイン!?」
驚く俺をよそに、レーヴァテインはズカズカとこちらにその歩みを進めると、何の前触れもなしにその小さな足で俺を蹴りつけてくる。
「ぐはっ! なっ、何を?」
あまりに脈絡のない行動に、俺はその蹴りをもろに腹部に食らってしまった。
「ふんっ、この阿呆めが! 手をかけさせおってからに」
俺が腹を抱えうずくまるのを見下ろして、レーヴァテインが怒鳴り散らす。
「なっ、なんでお前が!? それにシュバルトもどうして……? 一体全体何がどうなっているんだ?」
状況が全く把握できず、狼狽する俺の前に一人の人物が進み出てくる。黒の外套を目深く被り顔を半ばまで隠した男は、俺のそばまで来ると静かに話し始めた。
「私は宮廷魔道士シュトライド。レイル・エヴェレットよ、今の状況ついては私から説明しよう。我らもまた、そなたに問いたださねばならぬことも在るのでな。だがまずはこのような場所では話もままならん、城まで同行してもらうか」
そう言うとシュトライドと名乗った男は、横に立つレーヴァテインに向き直り頭を垂れる。
「よろしいですかな、魔神殿?」
「構わん。だが1000年ぶりなのじゃぞ、晩餐の準備位は整っておろうな?」
「つつがなく……」
シュトライドの事など歯牙にもかけないとの素振りで、レーヴァテインはそっぽを向いてしまった。だが当のシュトライドに至っては、返事がないことで了承を得たと理解し、控える配下に何やら指示を送る。
「では、参ろうか各方」
シュトライドが、用意したであろう馬車に俺達を即す。真っ先にレーヴァテインが馬車へと乗り込む。そして未だふらつく俺を支えるように、両脇にアイナとヒルデが乗り込もうとした時だった。
「んっ?」
僅かだが背後の空間に淀みのようなものを感じた。多分俺の側にいるアイナやヒルデ、そして宮廷魔道士たるシュトライドも未だ気づき得ない微かなものであったのだが――
「どうしたのレイル、どこか痛むの?」
馬車に乗り込もうとした俺が足を止めると、アイナが心配そうに覗き込んでくる。
その時だった。
ドゴオオンッ!!
始原の塔の在った場所、先程まで俺達がいた場所の空間が歪んだかと思うと、そこに突如として大仰な鎧を纏った巨人が忽然と姿を現した。
地響きとともにそびえ立つそれは、20メートルはあろうかという背丈に人の形を模した巨大な鎧武者だった。
「――魔装機神!?」
「ちょ、レイル! 魔装機神って何よ?」
俺の腕にしがみついたまま、アイナがうわ言のように聞いてきた。
魔装機神――上位古代魔法によって組み上げられし魔装具。纏った術者の魔力を増幅することで、あたかも人のそれのように動き術者の意識を伝達する。この時代、遺跡より度々発掘される物を、各国は兵器へと転用をしていた。
だが、この王都は強力な結界に阻まれ、魔装機神の転移など出来ようはずもないのだが……。
「まさか、レーヴァテイン!?」
そうか、そうだ。
あいつの封印が解かれたことで、王都の霊的加護も開放されてしまったのか。
だからって、なぜこのタイミングで?
そうこうしていると、眼前の巨人から男の声が発せられた。
「ダッハハハハッ! 我輩こそは栄光あるヴェリッザ帝国にあって、古今無双と謳われし七魔人が一柱、ハーフダイン・ロックザ・ヴィルヘルム3世である。我がヴィルヘルム家の家名のもと、貴様ら愚鈍な王国貧民に神罰、天誅、鉄槌を食らわせてやるのである! 平伏し、恐れおののき、虫けらのように這いつくばって慈悲を乞うのだ。さすれば、我の寛大で勇壮たる高貴なる行いによって、救いの御世に誘ってやのである」
どうやら魔装機神を駆って、このどさくさに王都に侵入してきたのは帝国の七魔人の一人であるようだ。随分と程度の落ちる、小物っぽい奴ではありそうだな。
しかしだからと言って、この状況が極めてまずい事には変わりがない。俺は力を使い果たし、立っているのもやっとな状況だ。この場で切り抜けられそうなのは、シュトライド達宮廷魔道士くらいのものだろう。
「レイル・エヴェレット、そなたらは城へと非難しなさい。ここは我々宮廷魔道士で食い止める」
シュトライド達、宮廷魔道士が俺たちを庇うように居並ぶ。
「至急騎士団に伝達。我が方も魔装機神の起動を急がせよ!」
だがそんな俺達の慌てた様をあざ笑うかのように、帝国の魔装機神が動き出した。
「そーらミジンコ共め、こそこそと何をやっておるか? 城を落とす前に、まずは貴様らから血祭りにあげてくれるわ!」
その巨体からは想像できないような俊敏な動きで、まるで隕石が迫ってくるかのように魔装機神の拳が俺たちめがけて振り下ろされて来る。
「レイルぅー!」
「賢者様ぁー!」
アイナとヒルデが共に両腕にしがみつく。
魔法障壁を――っく、ダメだ魔力が!?
迫りくる巨大な拳を目の前に、半ば俺も諦めかける。
しかし、その圧倒的な質量をもった破壊の力が、俺達を押しつぶすことは叶わなかった。
「まったく、騒々しいのお……」
振り返ると、気だるそうにレーヴァテインが馬車から降りてくる。
魔装機神の一撃を押しとどめているかのように、その右手をそっとかざしている。
現に魔装機神の拳は、まるで結界に阻まれるかの様に俺たちに届くことなく、ぎりぎりと火花を散らしながら眼前で押しとどめられていた。
「ばっ、馬鹿な!? なぜ結界ごときで、この魔装機神の一撃が阻まれるのであるか?」
先程まで高らかに勝ち誇り、あざ笑っていたハーフダインが狼狽の声を上げる。
奴の驚きも尤もだ。あの一瞬で張れた結界ごときでは、とても機神の一撃を防ぐだけの強度は保てるはずはない。俺の展開する魔法障壁でも、多分持ちこたえることは出来なかっただろう。
だが、現実に目の前で巨大な機神の拳は未だ見えない壁に阻まれ目的を遂げずにいる。
そして魔装機神という圧倒的な暴力をもって、容易く俺たちを始末しそのまま王都を陥落せしめようと淡い欲望に身を委ねていたハーフダインは、これより更なる驚愕にその身を委ねることとなる。
「木っ端めが、1000年ぶりに晩餐ぞ。邪魔をするでない!」
そう告げると、レーヴァテインが掲げる右手をそっと打ち下ろす仕草をした。
グシャリ!!
「ぐうっ、ぐおおおおおっ!!」
突如として魔装機神の巨体は、何かに押しつぶされるがごとく地に押し付けられる。その巨体がまるで壊れた人形のように、あらぬ形に歪まされ強制的に土下座をさせられているかのようだった。
「くそっ、くそっおおおお。何事であるか、立て立ち上がるのである!」
ハーフダインのくぐもった声が響き渡る。
しかしその必至な声とは裏腹に、機神はより一層地面へとその額をめり込ませ、ジタバタと哀れにあがくだけであった。
「まったく騒々しいの。ほれ、これでどうじゃ?」
レーヴァテインが、右手の平を何かを持ち上げるような仕草で軽く振り上げる。
すると、先程まで地面に無様に這いつくばっていた機神が、逆に跳ね上がるように空中へと飛びあがった。
「うおぉぉぉぉ、今度は何であるか!?」
はるか上空へと打ち上げられた機神から、ハーフダインの間の抜けた声がこだまする。
「あははははっ。はるか昔、我らと渡り合ったほどの魔装具とて、乗り手がこの程度では児戯にもならんの」
「おのれえ小娘、貴様であるか!?」
やっと気づいたのか、ハーフダインが怒りの咆哮とともに落下してくる。
「このハーフダイン・ロックザ・ヴィルヘルム3世様を愚弄しおって。許さん、ゆるさんぞおぉ!! 天罰覿面、必中滅殺、受けてみよ我が滅殺の一撃を!」
ハーフダインの乗った魔装機神が、落下の勢いのまま飛び蹴りの格好で俺達に突っ込んできた。
だがそれを受けて立つレーヴァテインの口元が、緩やかに口角をあげる。
「言ったであろうに、児戯にもならんと……」
まっ、まずい!? この魔力量は――
レーヴァテインを中心に、膨大な魔力の高まりを感じる。
「シュトライドさん、結界を!」
俺が叫ぶより早くシュトライド達宮廷魔道士が、自分たちを含め周囲の人間を結界で覆う。結界が張られるのとほぼ同時に、魔装機神の巨体が空中より錐揉みしながら飛来してくる。
「ガハハハハッ、そうれ虫けらどもよ塵芥となってしまうが――」
ハーフダインが、その下卑た嬌声を最後まで続けることは叶わなかった。
「――焔竜天穿――」
「ぐっ、ぎゃああああああっ!!!!」
ハーフダインの物と思われる絶叫が鳴り響く。
結界に守られた俺達の目には、圧倒的な質量で蹴り落ちてこようとしていた魔装機神が、突如として昇り上がった炎の刃にて無残にも縦に切り裂かれる様が写っていた。後には、立ち上がる炎に焼き焦がれ瓦礫とかした機神の無残な残骸が降りそぼってくる。
だが、降り落ちてくるのは機神の残骸ばかりではなかった。
ドサッ!
「ぶべっ、ぶわっ、ばっはわわわ……」
少し離れた所に、一人の魔族が頭から地面にめり込むように落ちていた。
彼等に特徴的な褐色の肌に、2メートルは越そうかという大柄の筋骨隆々の大男が無様にも口に入ったであろう泥を必至に吐き出している。
「ばっ、馬鹿な? 信じられんのである、我輩の魔装機神が、帝国の神機がこんな小娘に……」
どうやら奴が、機神を駆っていた魔人ハーフダインであるようだ。
それにしても、馬鹿はどちらだと言いたい。
小娘? 知らないこととは言え、未だに目の前で安穏と気だるそうな仕草であくびを浮かべる少女が、唯の人間であるはずがありえないだろうに。
「さて、戯れの些事はこの程度でよかろう。さっさと我を連れて行くのじゃ」
まるで何事も無かったかのように、レーヴァテインが馬車の中に戻ろうとする。
ただ俺を含む全員が、呆然と一連の有り様に息を飲んでいた。
「はぁはぁ、大丈夫かみんな?」
「えっ、ええ何ともないみたい……」
「……賢者様……私へいき……」
「ああ、僕も何ともない……」
アイナ、ヒルデ、シュバルトに目をくばせると、皆一様に驚きを驚愕に身を震わせながらもどこもおかしな所はないようだ。シュトライド達によって咄嗟に張られた結界により、レーヴァテインの魔法の余波は辛くも防がれていたのだった。
それにしても、全く周りに被害など考えないで、ポンポンとあんな魔法を発動されたんじゃたまったもんじゃないぞ。魔神レーヴァテイン――なりは少女の姿はしていても、やはり別物の何かであるのには間違いないようだ。人間など、虫けら以下、路上に転がる石ころ程度にも意識していないのだろう。そしてそんな存在がなぜ、大人しく王城に同行しようと言うのか?
それが俺の頭によぎっていたのだが……
「殿下、こちらに」
シュトライドの配下と思しき数人が、俺の横でへたり込むヒルデを抱えるように連れて行こうとする。同じく駆けつけた騎士達によって、未だ地に這いつくばるハーフダインを捕縛せんと囲い込こむ。
「あっ……賢者さま……」
俺から引き離されるヒルデが、名残惜しそうにこちらに眼差しを向ける。
しかしそんなヒルデの感情は、今の状況下では全く考慮されることなく半ば強引に連れて行かれようとしていた。
俺とて、魔神レーヴァテインとの邂逅、シュバルトの死、そして帝国の魔装機神による襲撃――頭が追いつかないことばかりで、一杯になっていたのだが……。
数刻後、それでもこの瞬間、ほんのひと時だったのだが、ひと仕切り方が付いたと気を抜いた事を後悔する。
「ぐっつ、うおおおおおぉ! 致し方ないのである、癪であるがこれを使うのである」
騎士たちに囲まれ捕縛されようとしていたハーフダインが、突如喚き散らすと頭上へと魔石らしきものを投げ上げた。
「バルタザール、今すぐ我輩を助けるのである!」
投げ上げられた魔石から、眩い光とともに魔法陣が展開される。目がその眩しさに慣れだすと、魔法陣から一人の魔族が転移してきた。真白な外套を身にまとうその男から、どす黒い霧のような物が這い出す。霧はまるでのたうつ触手のように、ハーフダインを絡め取り包み込む。
しかし、それで終わりではなかった。
魔族から伸びる霧の触手は、あろうことかヒルデへも伸びて来たのだ。
「ヒルデ様!?」
呆気にとられていた俺達の前で、霧の触手はまさにヒルデに迫ろうとする。
だが俺の横を凄まじい勢いで、駆け出す者がいた。
「馬鹿! 何ボーッとしてるのよ!?」
力の入らぬ俺をよそに、俺の脇にいたアイナが縮地もさながらヒルデと触手の前に割って入った。構えた剣によって、霧の触手を受け止める。しかし、霧の触手はそんな事などお構いなしに、剣を握るアイナの腕を絡め取りアイナの身体を霧で包み込む。
「アイナっ、アイナあああっ!!」
俺は、アイナを呼び叫ぶ。しかしその声も虚しく、アイナを包んだ霧は一瞬の内に魔族たちとともに掻き消えたのだった。




