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初めての課外授業―2

「なんだお前たち、揃いも揃って足止めもろくに出来ないのか?」


 うずくまる3バカ達の背後から、待ち構えていたかのようにヒネクが姿を現した。

 その姿は黒の外套を頭から被り、怪しいことこの上ない。

 あれで素性を隠しているつもりなのだろうか?


「やあ、エヴェレット君。こんな指定ポイントから離れたところで、どうしたのかね?」


 今にも笑い出したいのを堪えているのか、その口元は醜くつりあがり頬を引きつらせている。


「君には困ったものだよ、勝手に森の奥深くまで探索し、あまつさえ魔獣の群れに飛び込んでいくなど。我々教師でも、対処しきれん事態だなこれは。そうだろ、お前たち?」


「おっ、仰る通りです、ヒネク先生。こいつは、我々の静止も聞かず、勝手に指定場所を無視し森の奥深く迷宮近くまで入って行ったのです」


「そうかそうか、お前達の静止も聞かずにな……だそうだエヴェレット?」


 はあ、黙って聞いていたが、あきれてものも言えん。

 低能だ、くずだとは思っていたが、まさかここまでとは。

 空いた口が塞がらないとはまさにこの事だろうな。

 とはいえ、黙って聞いているのにも限度がある。


「どうしたエヴェレット、恐怖で縮こまっているのか?」


 縮こまっているのは、そこに転がる3人のほうなんじゃないのか?

 魔獣の襲来を、俺が恐れおののいていると思い込みたいのだろうか?


「ああ、そうですね。確かに縮こまっていました。ただしその理由は、あなた達があまりにも低能すぎて呆れていたからですけどね」


「なっ……なんだと!」


「だってそうでしょう? この後魔獣に俺を襲わせ、事故にでも見せかけ殺しますか? それともヒネク先生、あなた自身で俺に手をかけますか? どちらにしろ、あなたの監督責任はまぬがれませんよ」


「ふん、あいかわらずのひねた口の利き方だ。貴様などにそんな心配をされずとも、私は貴様が及びもしないような方の庇護のもとにあるのだ。下らぬ強がりなどしていると、早々に飢えた魔獣共が襲ってくるぞ」


「そうだそうだ、お前のようにたまたま父親が地方で上手いことごまかして手柄を挙げた程度の成り上がりが死んだところで、誰が咎められたりしようものか。身の程をしれ、この下民めが」


 どうやら何を言っても聞く耳を持たないようだ。

 初めからわかっていた事だが、本当に低能揃いのようだ。

 ヒネクがの言う庇護してくれている人物とやらも、どうせこの程度の男は用が済めば早々に処分することだろう。

 それを知らないのは、当のヒネクばかりじゃないのか。


「余裕ぶっていられるのも今のうちだぞ、エヴェレット。魔獣共が来る前に、もうひとつお前に素晴らしい贈り物を俺からやろうじゃないか」


 そう言うと、ヒネクはこぶし大の魔石をはめ込んだ避雷針のような魔道具を懐より取り出した。


「これが何かわかるか? 俺が貴様の前に現れるまで、とっておきの仕掛けを準備しておいてやったのさ。さあ、受け取るがいい俺からの最後の手向けだ」


「――封式結界ヘルシ・ビッダム)


 ヒネクの奴が持つ魔道具が、魔法の発動により紅い光を瞬かせる。

 その光が四方へ飛び散った途端、連動するように彼方より同様の光が立ち上がった。


「これは……結界か」


「そのとおりだエヴェレット。ここを中心に半径500m程を円周状に、魔法の発動を制限する固有結界を張ってやったのだ。これで、お前はここでは魔法を一切発動することが出来ないというわけだ。むろん我々も同様だが、こちらにはほれ、この魔獣除けの魔道具があるからなあ。フヒッ、ヒッーヒッヒッヒッヒ」


 勝ち誇ったかのようにヒネクが、その歪んだ本性のまま下卑た笑い声をこだまさせる。

 その横で、やっと立ち直ってきた貴族の3バカも、同じような高笑いをあげている。

 馬鹿は笑い方まで似てやがるものだな。


「さあ、名残惜しいがそろそろお別れの時間だ。もう間もなく魔獣ガーウルフの群れが、ここに到達する頃だろう。お前の体が、引き裂かれ食い散らかされるのを見れないのが本当に残念だが、仕方がない。我々は御暇することにしようか」


 自分の謀略が終局を迎え感極まった事で、悦に浸りきってしまっているヒネクが俺を残し逃亡しようとしていた。

 しかし、そんな低能4人組を前にして、俺は少し前から魔獣の気配が変化したことが気になっていた。

 先程まであれほど感じていたガーウルフとみられる複数の魔獣の気配が突然消え去り、代わって一つの大きな魔素の塊をひりひりと感じる。


「では、さらばだエヴェレット君。来世では、もう少し従順な生徒に生まれ変わってくるのだな。ハハハッ……はぁ!?」


 それは突如木々の狭間より姿を現した。

 身の丈3m超、その体躯は硬い剛毛で覆われ、左右の腕には鋭い4本の爪を備えている。

 額より3本の角がそそり立ち、大地を踏みしめるその足は馬の蹄そのものだった。

 レッサー・デーモン――下位悪魔種。

 数体の魔獣を素体として別次元より召喚されし悪魔の一種。

 魔素の濃い迷宮内部で、憑依された魔獣の一部から発生したものだろうか。

 これは魔狼ガーウルフなどより遥かに厄介だな。


「ひっ、びゃああああああっ!」


 下位悪魔種レッサー・デーモンを目の当たりにしたヒネク達4人は、我先にと逃げ出した。

 しかし、そんな彼等をあざ笑うようにレッサー・デーモンは、逃げ出したヒネク達の背中に向けた魔法を放つ。

 放たれた魔法の矢が運悪くヒネクの足を貫通した。


「ぐっギャアアーーーッ! まっ待て、置いてかないでくれえ」


 難を逃れた3バカ貴族は、そんなヒネクの懇願などに脇目も振らず脱兎のごとく逃げ出したのだった。

 まあ、普通そうだよな。

 立ち止まったところで、奴らに助ける術があるわけでもなし。

 残されたヒネクは、足の痛みも忘れて這いつくばってでも逃げようと懸命な努力を続けている。

 

 それにしても厄介なことになったものだ。

 こっちは結界のおかげで魔法がろくに使えないというのに、レッサー・デーモンときたらお構いなしに魔法を使いやがる。

 そのからくりはわかっている、俺達人間と違ってあいつら悪魔種は術式構築も詠唱も必要ない。

 魔力を使って、事象の結果のみ改変させることで俺達人間が使う魔法と同じ効果を発現させているのだ。

 いやある意味人間が使う魔法とは、術式や詠唱の補助のもと彼等悪魔の模倣をしているに過ぎないのだから。

 かといって、みすみすやられるわけにはいかない。

 さて、とりあえず試しに――


 バギャアッ!


「うおっと!」


 あぶないあぶない。レッサー・デーモンの奴、俺が剣の柄に手をかけた途端こちらに飛びかかってきやがった。

 すんでのところで、身体を躱したが一瞬でも気を抜けば、その手の爪で引き裂かれてしまうところだった。

 だがどうやら、その一連の俺の行動が奴の注意を引いてしまったようだ。

 レッサー・デーモンがヒネクを無視し、俺に対し臨戦態勢をとる。

 もう少し考える余裕が欲しいな。


「おいっ、ヒネク。この結界はどれ位で効力が切れる?」


「きっきちゃま、教師に対してなんという無礼な……」


「死にたくなきゃ、さっさと答えろこの低能が」


「死……だいたいあと10分ほどだ。もともとお前を脅す程度のつもりだっんだ」


 何が脅すだ、さっきまでガーウルフに、食い散らかされろとまで言っていたくせに。

 しかし10分というのは、真実だろう。

 魔石を用いた小規模結界では、ヒネクの実力からしてもそう長い時間維持できるとは考えにくい。

 ならば、あと10分弱なんとかしてみるか。

 俺は、腰に挿す剣をゆっくりと抜き放つ。

 先程レッサー・デーモンが飛びかかってきた時、俺は魔走脚を使って回避に成功した。

 ということは、この結界は放出系の魔法の発動を制限するだけで、俺の周りの空間に魔力を持って作用させる事までは抑えていないようだった。

 ならば結界が切れるまでの間、俺とレッサー・デーモンの根比べというわけだ。


「グウオオオッ!」


 レッサー・デーモンが雄叫びを上げる。

 それを合図に、奴の周囲を取り囲むように数十の炎の矢が出現した。

 

「ちきしょう、少しは遠慮しろよなこのクソ悪魔が」


 憎まれ口もそのまま、炎の矢は俺めがけて一斉に降り注いでくる。

 手にした片手剣で俺は、それらを払い斬り、また身体をひるがえさせながら縦横に避けていく。

 思考加速の使えない今の俺では、周囲の時間と体感速度にさしたる違いはなく、目まぐるしく迫りくる炎の矢をすんでのところで交わすのに精一杯だった。

 しかし体術だけでかわし切るのに限界がある。

 それら矢の数本は、俺の服を焦がし肌をあぶるのだった。


「くそ、ジリ貧だ。おい低能、魔石の輝きはどれ位だ?」


 ヒネクに結界の残り時間を確認させる。


「あっ、あと少し、大分光が弱くなってきている」


 ふう、なんとか魔石の効力が切れるまで持つかな――そう気を抜いた時だった。

 

 バシュッ!


 レッサー・デーモンが、俺との間合いを一気につめ、その鋭利な爪で襲い掛かってきた。


「くうっ……」


 気を抜いていた俺は、咄嗟の攻撃に対応できず持っていた剣でなんとかその攻撃を受けるので一杯だった。

 やばい、膂力ではとても太刀打ちできない。

 押し込まれる。

 鋭い爪をなんとか剣で受け止めているが、そのまま押しつぶされそうになる。

 くそ、あと数秒ももたない……。

 レッサー・デーモンがよだれを垂れ流し、汚い鼻面を俺に差し向けてくる。

 ああ、臭え、鼻息が臭え



「だああああ、臭えんだよ馬面があ!」


「グッ、ギャアアアアアアッ!」


 まさに鼻先まで迫り、その爪で俺を引き裂こうとしていたレッサー・デーモンは、その爪を腕の半ばまで切り裂かれていた。

 そして俺の手には、紅い光を纏う片手剣が握られている。


「このクソ悪魔が、調子に乗りやがって」


「そっ、それは魔法剣? でも、なぜ魔法が発動できるんだ」


 レッサー・デーモンとの攻防を端で見ていたヒネクが、俺の手にある剣を見て驚きをあらわにしている。


「魔法剣じゃねえよ、こいつは魔力をただ垂れ流してるだけだ」


 そう結界によって術式による魔法発動が阻害されている中で、唯一レッサー・デーモンを単純な力以外で圧倒するにはこの方法以外なかったのである。

 ただし、魔法と違って魔力そのものをエネルギーとして放出するだけなので、すこぶる燃費が悪い。

 正直あまり使いたくなかった。


「馬鹿な……そんな魔力の使い方。たかが生徒ごときが、そんな技術を持っているわけがない。そもそも魔力の垂れ流しなんて、魔力量が尋常じゃなければ到底不可能なはず……」


 まったくその通りだよ。

 俺だって6年前のクルシュでの事がなければ、到底こんな真似出来ようはずもなかったんだ。

 あの時両親の魔力が一時的とは言え俺の中で滞留した事により、俺の魔力許容量は大幅に膨れ上がった。

 一歩間違えれば、急激な魔力増加に耐えられず俺自身が崩壊していたかもしれないが、それに耐えきった俺は、年齢にそぐわない程の魔力量を手に入れてしまったのだ。

 その許容量は、カイルとクレア二人分を合わせたより僅かに少ない程度だろう。

 

「んっ、そろそろ結界の効力が切れるな。さっきまで散々痛ぶってくれたな、これでやっと対等にやり合えるぞクソ悪魔」


 膝をつき肩で息をするレッサー・デーモンを前に、俺はたまったうっぷんを晴らすかのように魔法を発動させる。


「――鋼雷爆符プロシ・デュアット


「ギャヴュッ!」


 先程、貴族の3バカに放ったものとは比べ物にならないほどの雷撃を、レッサー・デーモンに浴びせる。

 その全身から煙を吹き上げたレッサー・デーモンは、焦げ付いた身体を痙攣させていた。

 なかなかしぶといな、炭化させてやろうと思ったのに。


「ギャウアッ!!」


 瀕死のレッサー・デーモンが、炎の弾を放つと同時に無傷の腕を振りかぶって襲い掛かってくる。

 俺が避けても、そこを爪で引き裂こうというのか――甘いな。


「――爆炎地獄(エルブラン・ニル)


 俺は向かってくる炎弾も奴自身も躱すことなく、その場にて魔法を発動させた。

 爆炎地獄(エルブラン・ニル)の炎は、レッサー・デーモンの放った炎弾を飲み込み、襲いかかろうとしていたレッサー・デーモンをもその炎の柱によって巻き上げたのだった。


「ゴオエエエエエッ!!」


 森の一角に炎の柱が立ち上る。

 断末魔の叫びをあげながら、レッサー・デーモンが燃え尽き消し炭になるまで炎の柱は吹き上がり続けた。

 そして後には、悪魔の残滓すら残さずただ焼け焦げた地表だけがむき出しになっていたのである。

 


 

 

キリの良いところで、今日はここまでとなります。

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