初めての課外授業―1
冒険者の街ルステル、そこは王都イェルズより北に1日半ほどの道程にあった。
ルステル迷宮にほど近く、王都からもそれほど離れていないという立地にあって自然と迷宮攻略を夢見る冒険者の多くが滞在する街となっていたのである。
またここに立ち寄る冒険者には、迷宮手前に広がる森林地帯での腕試しを行う駆け出しの者達も多く、街を大いに潤しているのであった。
そして俺を含む王立魔導学園の一期生達は、王都よりここルステルに課外授業のためおもむいていた。
「よし、全員よく聞け。これよりルステル迷宮前付近の森林地帯で、魔獣狩りの実戦訓練を行う。迷宮より漏れる魔素により、近隣の獣達は魔獣化しており中には凶暴なものも多く生息する。くれぐれも気を抜くな」
入学して3ヶ月ほどが過ぎた頃、日差しが高く蒸すような暑さが本格化しようかというこの季節、初めての課外活動が始まろうとしていた。
参加するのは、俺のクラスを含めた魔導学専攻組150名、剣術専攻組50名からなる今年の新入生全員となっている。
また引率に、10名の教師たちが帯同していた。
生徒の多くはこの3ヶ月間に魔法のおおよその基礎は叩き込まれ、実力から言って初級冒険者程度の実力は持つに至っていた。
実戦の感覚を養うという意味では、このルステルという街は最も適していただろう。
「いいか、これより4名でひとつのパーティーを組んでもらう。剣術組より1名、その他3名の魔導組だ。前衛に剣士、そして3名で魔法による援護を基本とする。人選は各担当教師によって決められているので、呼ばれたもの達は各自定められたポイントにて指定魔獣を狩って帰還するように」
なるほど、なかなか理にかなった訓練と言えるな。
戦場においても、近接戦闘特化型の剣士を先陣に、後衛を魔道士部隊で編成というのはロキ王国における戦術の基本となっている。
それをふまえ、小規模ながら部隊の連携を経験させるということか。
「レーイール。ねえ、私と組みましょ」
各クラスの担任が順次生徒を呼んでいる中、アイナがこちらにやって来た。
「あのねえアイナ、さっき先生から説明があっただろ。パーティーは勝手に組んじゃいけないんだよ、組む相手は教師側で決められているんだから無理言わないでよ」
「なによ、せっかく一緒の授業が受けられるんだから、それくらいいいじゃない」
この課外授業に先立って、アイナのはしゃぎようはそれは凄かった。
まるで遠足の前夜、興奮で眠れない子供のように喜んでいたのだった。
アイナにしてみれば、この程度の魔獣狩りは遠足のようなものに違いないのだろう。
「あんまり、はしゃぐと危ないよ。アイナの剣の腕は僕が充分知っているけど、それでも少しは緊張感を持ったほうがいいよ」
「なによ、レイルあんた私と組むのが嫌なの? クレア様にあんたの事頼まれたんだから、今は私があんたの保護者なのよ」
まったくそんな事言ったって無理だと思うけどな。
そんな事を言っている間に、アイナの名前が呼ばれた。
「ちょっとレイル、私がいないからってハメ外しちゃ駄目だからね。良いこと危ない所とか、変な遺跡とかに入っちゃ駄目だからねえ……」
まだ言いたいことがありそうだったが、剣術クラスの担任教師に引きづられるようにして、アイナは連れ去られていった。
あのアイナが抵抗できずにされるがままとは、あの教師なかなかやるな。
さて、俺はどんな奴らと組むことになるんだろうか?
「レイル・エヴェレット!」
ヒネクが、俺を呼ぶ声がした。
そうだった、俺のクラスの担任はあの低能だった。
「おい聞いているのかエヴェレット、この下民が」
相変わらず癇に障る言い方だ。
しかし最初こそ、そのねじまがった根性そのままの言動だったこの男も、ヒルデに諌められてから大人しかったが、どうやら今日は本性をむき出しにしてくるようだ。
「くくくっ、いい気味だなエヴェレット。王女殿下は、今回の課外授業には参加されておらんぞ。貴様のような下民が、殿下の威光を傘にきて好きに振る舞いおって。いいか今日という今日は、存分にその身分を思い知らせてやるから覚悟しろよ」
こいつの言うとおり、ヒルデは今回の課外授業には来ていなかった。
本人は直前までなんとしても参加しよとしていたようだが、それは王族としての立場がある。
いかにわがままを押し通そうとも、やはり学園より許可が降りなかったのである。
理事長なんかは――「ああ、好きにさせてやればいいんじゃねえの」――と無責任な事言っていたらしいが、理事会で不許可と決まったとのことだ。
そりゃそうだ、一国の王女にこんな初級冒険者のような真似させるわけがない。
あの理事長本当にめちゃくちゃ言いやがるよな。
「さて、エヴェレット。今回の課外授業だが、お前には特別にここにいる上級生3人とパーティーを組ませてやろう」
そこには、いつぞやの貴族のボン3人組が来ていた。
確かミラルド王子のお付きにドヤされて、泣きながら逃げ出していった奴らだった。
「ブリッツ・セランデル。セランデル大公爵家次期当主だ」
「フィリップ・ストランド」
「トマス・ヴェンバリ」
「我々ロキ王国3大貴族の子息が直々に、貴様のような平民出の成り上がりを指導してやる。ありがたいと思え」
つまり、この国きっての3バカトリオという事だろうな。
「なぜ僕だけ、先輩達となんですか?」
「下民にしては、いい質問だ。実はな、剣術組の一人が先日模擬戦の最中負傷してしまってな、今日の実戦訓練に参加出来なかったのだ。更に王女殿下ともう一人魔道学組からも欠席者が出ているので、お前だけ仕方なくあぶれてしまっているのだよ。そこで、心優しいこいつらが、見るに見かねてお前の面倒を見て下さろうと、買って出てくれたわけだ」
なるほど何か企んでいるのだろうが、いい口実は出来たってわけだ。
「わかったらお前からも、こいつらによく感謝するのだな。お前のような下民であろうと、後輩のためならばとわざわざ参加してくれているのだからなぁ」
下卑た笑みを口元に浮かべ、ヒネクは優越感に浸っているようだ。
とことん俺を見下すことに、心血をそそいでいるのだろうな。
まったくご苦労な事だ。
「おいエヴェレット、そういうことだから安心して我々3人に後衛を任せるのだな」
「我々がサポートすれば、後ろの備えは万全だ。せいぜいお前は前だけを見て、努力するのだな」
「くれぐれも足だけは引っ張ってくれるなよ、はははっ」
貴族の3バカトリオが、好きなこと言いっている。
それにしてもこいつら、魔道士の俺に前衛をやらせようって言うかよ……まあ言ってもきかないんだろうから別に俺はどこのポジションでもかまわないけどな。
「ではエヴェレット、お前にはこれを着けてやる。この訓練中帰還するまでの間これは外せない仕様となっているから注意するように」
そう言うと、ヒネクによって俺の手首に金属製のリングがはめ込まれた。
それははめ込まれるとその口径を締まらせ、手首に対してピッタリとした大きさに形を変えたのだった。
「これはお前たち生徒の位置と状況を、こちらで把握できるようにするための魔道具だ。これがあれば万が一のときにも、我々教師が救援に駆けつけることが出来る。くれぐれも無理にはずしたりしてはならないぞ」
「そうだぞエヴェレット。それは、大事な大事なお守りだ。絶対になくしたり、壊しては駄目なんだからな、ひひっ」
今回の課外授業に参加する全生徒が、これと同じ物を着けている。
教師側では絶えずこれを使って生徒の状況を把握しているわけだ。
しかし、これはどうも引っかかるな――というかあからさまに怪しいだろ。
「わかりました、ヒネク先生。破損などないよう気をつけるようにします」
「ああ、せいぜい気をつけろよ。ふひっ」
ヒネクの野郎、我慢しきれず吹き出しやがった。
いいだろう、企みにわざと乗ってやろうじゃないか。
くれぐれも俺の期待を裏切るような、つまらない真似だけはしてくれるなよ。
さもないと、逆にお前らが地獄を見ることになるだろうからなあ……。
「では、行ってまいります。先輩方も、よろしくお願い致します」
そう言うとニヤついた顔の3バカ貴族を引き連れ、俺を先頭に森林へと進んでいった。
「おいエヴェレット、ちゃんと地図は見ているのだろうな?」
3バカ筆頭ブリッツが、後ろからつまらなそうに喚いてくる。
「はい、先輩。大丈夫です、地図で指定されたポイントにちゃんと向かっています」
そう今回の実戦訓練では、あらかじめ各パーティーは指定された地図上のポイントを目指し、そこに現れる魔獣を協力して討伐する事となっている。
しかるに、このポイントというのは各パーティーの交戦場所がかぶらず、尚且つそれほど強力な魔獣が出現しない所を厳選しているとのことだ。
仮にイレギュラーな場面に遭遇し、生徒達で対応出来なくても、先のリングにより教師たちによる救援を受けられるようになっている。
そのため、この課外授業が始まってから、今まで生徒に深刻な被害者が出たことはないそうだ。
つまりこの実戦訓練には、大した危険性はないという認識で間違っていないだろう。
「本当に大丈夫なのか、エヴェレット? お前、実戦訓練は初めてだろ。緊張して方向を間違えてるんじゃないか?」
「言えてる言えてる。よくあるんだよな、新入生が最初の課外授業で全然違うポイントに向かってしまって、うっかり強力な魔獣に出くわしてしまうとか」
「そうそう、結局教師に助けられるんだが。よっぽどビビっちまったのか、二度と学園に登校してこないなんてのも、いやがるからなあ」
「エヴェレット、お前はそうなるなよな。ヒヒッ」
3バカが後ろから俺をからかっているのを聞き流していると、1時間もしないうちに地図で指定されたポイントに到着してしまった。
そこは森の奥にあって少し開けた広場のようになっていた。
前方を切り立った崖に阻まれ、周りを木々に囲まれている窪地になっている。
ちょうど俺の後ろに続く3バカが、退路を阻むような地形だった。
「どうやらここのようですね、先輩方。これからどうすればいいんですかね?」
後ろを振り返り、付いて来ている3人の方へ確認する。
相変わらず、3バカはニヤついた表情でこちらを伺っている。
「お前、俺達が散々注意してやったのに、どうやら方向を間違ったようだな」
「ああそうだ。お前が指定されたポイントと全く違う場所に、俺たちを導いてしまったようだぞ」
「俺達はお前の後を付いてきただけだ、そうだろエヴェレット?」
なるほどね、間違ったポイントね。
「さあ、どうしたものかな。……おや、どうやら思わぬ者がこちらに集まってくるようだぞ」
ブリッツが言うとおり、確かにここに集まってくる気配を多数感じる。
察するに、多分魔獣の群れだろう。
「ふう、それで先輩方、これからどうなるんですか?」
「おや、エヴェレットよ。何を言っているのだ? これからどうなるのかは、こっちが聞きたいことだぞ」
やれやれ、まだこの三文芝居を続ける気なのかこいつらは?
「いいでしょう、こちらに魔獣の群れが近づいてます。俺が前衛で、先輩方がサポートしてくれるんですかね?」
「くくくっ、ふはっはははははっ。いや滑稽、滑稽。すまんな、つい笑いがこみ上げてしまった。エヴェレットお前には気の毒だが、魔獣の群れにはお前一人で対処してもらう」
「ちなみに、俺達はお前の手助けは一切しない。そしてあの魔獣らは、お前だけを狙い襲ってくると思うので、せいぜいあがいてくれたまえ」
ついに本性を表しやがったな。
それにしても、随分と大した自信を持っているものだ。
まだ何かありそうだなこれは。
「お前のその腕のリング、それは他の生徒達の物に似せて作らせた偽物だ。そいつには救命用の魔道具などではない、逆にそれには魔獣をおびき寄せるための呪いが施してある。そして俺達は、お前とは真逆の魔獣よけの魔道具をそれぞれ身につけているという具合だ」
そういう3バカ達は、各々が胸元から魔石を加工したような装飾品を取り出し、これ見よがしに見せつけてきた。
「そうでしたか……で、それだけですかこの悪巧みは?」
「くっ、強がりを言いやがって。本当に生意気なガキだよ、貴様は。いいだろう魔獣が来るまでの間、少し俺様達でしつけてやろうじゃないか」
「くくくっ、今年の新入生代表なんだろ。まさか三対一で、卑怯なんて言わないよな?」
「そうですね、いいですよ一斉にかかって来て下さい。気配から察するに、あの数の魔獣を一人で相手するのは骨がおれそうなので、早々に立ち去りたいところですから」
「馬鹿にしやがって、ここから逃げ出せるとでも思ったか!」
3バカの一人ブリッツが、魔法の詠唱を始める。
どうやら『炎弾』のようだ。
この貴族のボンボンは、こんな森のなかで爆裂系の魔法を使って火事でもおこしたらどう対処するつもりなんだ?
どうせ何も考えていないんだろうが、俺がとばっちりを食うのだけは御免被りたい。
「我が手に宿りし一縷の道にそを歩まん――」
おっとフル詠唱だったため、ついゆっくりしてしまったが詠唱が終わったようだ。
しかし俺には、そのまま魔法を発動させる気はさらさらないぞ。
「くらえ我が煉獄の炎! エル・ニッ――っがばゎ!」
「詠唱遅すぎですよ、先輩」
高々とその拳を振り上げ、今まさに俺に向かってその炎を放とうとしたブリッツは、一瞬にして間合いを詰めた俺の腹への一撃によって、悶絶していた。
剣の柄での一撃は、奴のみぞおちを直撃し柄の半分ほどを埋没させていた。
「がはっ、ぐああああああっ!」
発動しかかった『炎弾』は無残にも掻き消え、後には腹を抱えて激痛に悶えるブリッツが、地面をのたうち回っていた。
「エッ、エヴェレット貴様あ!」
3バカの残り、フィリップとトマスが悶える仲間の仇を討とうと、俺を挟み込むように腰の剣を抜く。
へえ、やる気なんだねこのボンボン共は。
でも、ちょっと反応が遅いかな。
「――鋼雷爆符」
「ピッ、ギャババババッ!」
おうおう、良く痺れとるわ。
俺の放った雷撃の絨毯爆撃は、二人の頭上より降り注ぎ、面白いように彼等を痺れさせた。
「さて、こんなもんですかね先輩方? そろそろここを引き払わないと、魔獣らと鉢合わせになってしまいますからねえ」」
「はぁはぁはぁ、おっおのれエヴェレット。このままで済むと思うなよ、その生意気な減らず口、必ずへし折ってくれるわ」」
未だ腹を抱え蹲ったままの状態で、青い顔したブリッツがそれでも俺を挑発してきた。
他の二人も、あれほど雷撃を浴びたというのに意識だけははっきりしているのか、俺を睨みつけていた。
痺れているので、ろれつの回らない意味不明な言葉を発しながらだったが。




