表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/40

30.奪わせない者

それは、昼だった。


 何の前触れもなく。


 ◆


 厨房の窓の外。


 空間が、歪む。


 音もなく、裂けるように。


「――来た!」


 リーヴェが、即座に剣に手をかける。


 ◆


 黒衣の男たち。


 数は少ない。


 だが、異様に静かだった。


「対象確認」


「料理人ミナ」


 ◆


「帰れ」


 魔王の声が、低く響く。


 空気が重くなる。


 だが、黒衣の一人が首を振る。


「拒否」


「我らは、均衡を回収する」


 ◆


 次の瞬間。


 床に黒い紋様が走る。


 あの、反転術式。


 ◆


「……っ!」


 身体が、重くなる。


 神器が、震える。


 ◆


「ミナ!」


 リーヴェが前に出る。


 だが。


 黒衣の術者が、静かに手を振る。


 空間が歪み――


 私は、一瞬、視界を失った。


 ◆


 ――静寂。


 見知らぬ場所。


 石の床。


 黒衣の一団に囲まれている。


「成功だ」


 誰かが言う。


「神器の中心を確保した」


 ◆


 怖い、はずなのに。


 なぜか、思った。


(……お腹すいたな)


 ◆


「抵抗は?」


「しないよ」


 私は、正直に答える。


「でも」


 小さく息を吸う。


「帰るけどね」


 ◆


 その瞬間。


 空気が、裂けた。


 ◆


 音が、遅れて届く。


 轟音。


 黒衣の一人が、吹き飛ぶ。


 ◆


「――そこまでだ」


 低い声。


 だけど、どこか静かで。


 圧倒的だった。


 ◆


 そこに立っていたのは、


 ひとりの男。


 黒髪。


 鋭い目。


 魔族特有の角は、小さい。


 だが――


 魔力が、桁違いだった。


 ◆


「……誰だ」


 黒衣の長が問う。


 男は、答える。


「この城の、後継だ」


 ◆


 その言葉と同時に。


 黒衣の術式が、すべて砕けた。


 ◆


「先祖返りか……!」


 長の声が、わずかに揺れる。


 ◆


 男は、こちらを見た。


 まっすぐに。


「怪我は」


「ないよ」


 私は答える。


 ◆


 ほんの一瞬。


 その視線が、柔らぐ。


 ◆


「なら、いい」


 ◆


 戦いは、一瞬だった。


 いや――


 戦いにすら、ならなかった。


 ◆


 黒衣の一団は、撤退した。


 逃げた、というより。


 「引いた」。


 ◆


 城に戻る。


 空気が、張り詰めている。


 魔王が、ゆっくりと口を開く。


「……来たか」


 ◆


 男は、軽く頭を下げる。


「遅れた」


 ◆


「紹介しよう」


 魔王が言う。


「我が息子だ」


 ◆


 場が、静まる。


 リーヴェが、目を細める。


「……噂以上だな」


 ◆


 私は、じっと見る。


 なんというか。


 強い。


 でも、それ以上に。


(……真面目そう)


 ◆


 彼は、少し迷ってから言った。


「……礼を言う」


「え?」


「城を、守ってくれている」


 ◆


 私は、笑う。


「ごはん作ってるだけだよ」


 ◆


 彼は、少し考えて。


「それが、一番難しい」


 と、言った。


 ◆


 その言葉に。


 なぜか、胸が少しだけ温かくなる。


 ◆


 名前を聞こうとしたとき。


「……あとでいい」


 彼は、視線を逸らした。


 ◆


 去っていく背中。


 強くて。


 でも、少しだけ不器用で。


 ◆


「……どう思う」


 魔王が、ぼそりと聞く。


「うん」


 私は、少しだけ考えて。


「いい人そう」


 ◆


 魔王が、小さく笑った。


「そうか」


 ◆


 その夜。


 神器は、静かだった。


 だが。


 確かに、何かが変わった。


 ◆


 奪われかけた日。


 守られた日。


 そして。


 まだ名前も知らない誰かが、

 少しだけ、気になった日。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ