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精霊と歩む少女【旧バージョン】  作者: アインス
エピソード Ⅰ

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消えた商隊① ~依頼受注~

湖の依頼の翌日、ギルドの前にソファの姿があった。


エルクの手綱を直し終えて、一つ深呼吸をした。

温かな空気。木の匂い。戦も血の匂いもない、穏やかな朝。


――その静けさを、男の声が破った。


振り返ると、声の主と思われる男性とアリアが書類を手に立っていた。


「ソファ、少しいいかしら?」

彼女の表情はいつもの冷静なものだが、どこか曇っている。


「これ、まだ依頼書になる前なんだけど見てほしいの」

差し出された書類の上部には、大きく赤い印。

「至急」――そう記されている。


「……“キャラバン隊失踪”?」

「ええ。昨日、交易路を抜けて隣国に向かった商隊が戻らないの。

依頼を出した商人に連絡がつかなくてね」


「人数は?」

「五名。うち二人がギルド所属のハンター。

あとの三人は商人と雇われの護衛よ。

……うちのハンターが、このオリバーの後輩なの」


「オリバーさん?って砦の時の声の大きな人?」

「おう!オリバーだ!よろしくな!迷路の嬢ちゃん」

そう言って笑顔で手を向け、握手を交わす。


「あっ。ソファです。よろしくお願いします」

「すまんな、ソファ!さっきアリアからその二人が護衛する商隊が帰らないって相談を受けてな。

俺の祖国の後輩たちなんだ。丁度手は空いてたし俺が行くんだが足がなくてな」


「そう。皆は今、休暇中でしょう? だからエルクを――」

「――私も行く」

言葉を遮るようにソファが答えた。



アリアとオリバーは驚きもせず、微かに笑みを交わす。

「多分そう言うだろうって言ってたわ。

ノエルがすでに出発の準備をしている。合流して」


「了解です。……アリアさん」

「何かしら?」

「また私のところに来る前に決めてたんですね?」


「もちろん。“グラスに見合うお酒”って言葉知ってる?


エールは木のジョッキで、良いお酒は見合ったグラスで飲むのが一番。

仕事も同じよ。依頼に合った人に受けて貰うのが一番安心なの」


「じゃあ、帰ったらいいグラスでいいお酒。飲ませてね」

「言うじゃないか!気に入った!俺が奢る!」

「決まりね。じゃあ、無事帰って来てくださいね」

とびきりの笑顔と一礼でアリアは2人を見送った。


街の入り口で準備を終えたノエルが馬車に乗り込んだ。


「おはよう。商隊の件、行く気なんでしょ?」

「うん。聞いちゃったら、放っておけなくて」


「いい心構えよ。でも、今回はちょっと危ないわよ。

商隊の最後の報告地点は“ラグルの森”。

魔物の巣は確認されてないけど……何かが起きてる」


「最近通ったヤツらが言うには“森が静かすぎる”そうだ」

「アンタとは真逆ね。静かに話せないの?」

「ムリだ!」


「あの、オリバーさんは、この斧?で戦うんですか?」

「“オブリヴィオン”という戦斧だ。持ってみるか?」

「いいんですか?…って重っ!なにコレ」

「持てない持てない。アンタまだこのやり取りやってんの?」


「当たり前だ!俺の跡継ぎは“コイツ”を持てないとな。

いつかソイツを鍛えるのが楽しみで楽しみで」

「…何だろう。今もしかして危なかった?」

「ソファ。持てなくて良かったね」



街を出てしばらく、風は穏やかだった。


オリバーが手綱を握り、“ラグルの森”を目指す。


「ソファ。ヤクモ出しても大丈夫だよ?」

「えっ?いいの?ってトラヴァスいつから出てたの?」

言われて御者席に座るオリバーの膝を枕に寛ぐトラヴァスに気付いた。


「柔こい枕よりこっちの方が反発があってええねん」

グルグル喉を鳴らすトラヴァスを指であやすオリバー。


「カチカチだよソファ!」

飛び出したヤクモが反対側の腕をフミフミし目を丸くする。


「オリバーさん、ごめんなさい。ヤクモ!」

「構わないさ。それにオリバーでいい。

精霊使いは大変だろう。俺には顕現しなかったがな。

何故か好かれはするんだよな」

そう言って2柱をあやすオリバーを優しい目で見るノエル。


「そんな斧持ってりゃしょうがないでしょ

血だかなんだか分かんない怨念が渦巻いてんのよソレ」

「まともな武器でないことは確かだな。

助けられたことも、守れたことも多い。手放せないさ」


「ソファ。後で見れるかもよ?アレとんでもないから」

「見たいけど見たくない…

アレで戦うってことは、何が出てくるの?想像したくない」


「ははは!ソファの想像通りだと思うがな。

商隊に護衛がつくってことは、道中何かあるってことだ。

ノエル。そろそろだろ?頼めるか?」


「えぇ~っ?アンタ1人で試しに歩いてみなよ。

ソファにカッコいいところ見せられるかもよ」


「無駄に不意打ち食らったら逆になるだろ?」

「分かったわよ。ソファ。外出て索敵~」


2人は軽口を叩きながらも、目は真剣だ。


オリバーは周囲を見回し、ノエルは文句を言いながらも準備を終えて外に出た。



「さて、と。やりますか」

「なになになに?何かいるの?」


「キモイの。索敵するよ」

「キモイ?分かった。ヤクモ!≪アルゴス≫」


ソファが目を閉じ意識を沈めると、視界が広がる。


「地中……なにか、いる」

「でしょ?キモイよ~」

「どうすればいいの?」

「このままだと通れないからねぇ。

オリバー!やっぱりいたよ。降りてきて」


後ろから準備を終えた彼は戦斧“オブリヴィオン”を担いで降りて来た。


「掃除しちまうか。何体だ?」

「ソファ。数えて」

「えっ…と、4…5体」

「正解。オリバー手前から行くよ」

「了解だ」


ノエルが手前の何かに雷光を放った瞬間、地面が弾けた。


出て来たのは泥の塊のような影――地の竜蛇、アースワーム。


続けてノエルが別方向へ雷撃を放つ。


「手前はオリバー。奥はソファね。

ソファは形が残るように焼いて!」

「「了解」」


大地を裂くような咆哮とともに、巨躯が盛り上がる。


全身を黒褐色の鱗に覆われたアースワームは土砂を吹き上げながらその顎を開いた。


相対するオリバーは落ち着いたまま

戦斧“オブリヴィオン”を担ぎ、わずかに腰を落とした。


柄を握る手が軋み、筋肉が鳴った。

「来いよ……地を這うミミズめ!」


次の瞬間、アースワームが突進した。


地面が割れ、石礫が飛び散る。

オリバーはその衝撃を正面から受け止め――斧を横に払った。


鋼と鱗の衝突で火花が散り、耳を裂く音が周囲を貫いた。

刃は弾かれ、衝撃で空気が震える。


「まだまだ……!」


巨体が捻れ、尾が唸りを上げて襲いかかる。

半歩退きながら、斧をしっかりと構え直すと刃に淡い赤黒い光が走る。


「――喰らえ!」


斧が振り下ろされた瞬間、地面が爆ぜた。


衝撃波が円を描いて広がり、砂塵と風が混ざり合う。


アースワームの分厚い鱗が裂けると、呻き声を上げ血と泥をまき散らし、顎を広げる。


オリバーは息を吐き、地面を蹴った。 ――跳躍。


落下と同時に、斧の刃が逆光を浴びて閃いた。


赤黒い軌跡が空を裂き、地の竜蛇の首を――両断した。



鈍い音とともに、巨体が崩れ落ちた。

断面から噴き上がる黒血が霧となって舞い、刃が不気味な光を放つ。


オリバーはゆっくりと斧を肩に担ぎ直し振り返る。


「次!どうやるのか見せてもらうぜ」

「すごい…。負けられないわ。ヤクモ、デュオ!」

ヤクモがソファの構えたフレイルの柄に入る。


地表を盛り上げながら、ひび割れた土の奥から――黒い頭がこっちへ来る。


「≪ケルベロス≫――お願い、噛み砕いて!」


三重の輪が重なり、赤と橙と黒の光が渦を巻く。


フレイルの柄が紅に染まり、炎が立ち上がった。


空気が唸り、熱が爆ぜ、三つの咆哮が響く。



炎の獣――ケルベロス。


その姿は火の塊、牙は灼熱の刃。

三つの頭が同時に咆哮を放つと、周囲の空気が一瞬で焼けた。


炎の鎖が地を這い、竜蛇の胴を絡め取る。


轟音とともに、赤熱の火が爆ぜた。

鱗が焼け焦げ、泥が蒸発し、炎の中で竜蛇がのたうつ。


ソファは額に汗をにじませながら両手を突き出した。


「…抑えなきゃ≪ケルベロス≫お願い、もういい――!」



火の獣が吠える。


炎が一度、激しく脈打ち――やがて鎮火する。


燃え残った土と焦げた鱗が地面に転がった。

竜蛇は、まだ形を留めている。

息を吐いたソファが、膝に手をついた。


「…形、残せた。ノエル!制御できたよ!」

「やったじゃん!上出来よ。あと3つ。

オリバー。1体よろしく」

ソファへ賛辞を送りながらも、残りの3体が潜む地点へ雷撃を放ち指示を出すノエル。


土の中から、まだ三つの巨影が蠢きうねる大地。


砂を巻き上げ残りのアースワームが次々に姿を現し一斉に咆哮した。


地面を割る尾に唸る顎、弾ける泥に構わずオリバーが前に出る。

「俺が前を受ける! 左右を頼む!」


先頭の一体が地中から跳ね上がり、空気を裂いた。


オリバーは踏み込み、斧を振り上げる。

斧と顎が衝突する轟音。地面が爆ぜ、衝撃波が走る。

「喰らえぇぇッ!」


斧が唸りを上げた次の瞬間、黒い鱗の首が一閃で吹き飛んだ。

熱気と泥煙の中、巨体が崩れ落ちる。


「1体…あんなに簡単に…」


驚くソファの隣でノエルが手を向ける。

「風、裂けて――行くよトラヴァスっ」


瞬間、空気そのものが刃となり、閃光のごとく走った。

鋭利な真空が、竜蛇の首を2体とも斜めに断ち切る。


「地中だと厄介だけど、地上ならキモイだけよ」

笑みを浮かべたノエルの髪が、逆風に揺れた。


風が通り抜け、灰と黒い血煙が舞う。


「ソファ、上出来よ。ちゃんと力を抑えてる」

「…なんとか制御できたみたい」

「コツ、掴んできた?」

「ヤクモがね、イメージを形にしてくれるの」

「それで十分よ」

そう言ってノエルは微笑んだ。


「ノエルは相変わらずだが、ソファ!すげぇな。見ろよ。丸っ焦げだぞ」

ソファが倒したアースワームの前で、オリバーは焼け焦げた跡を興味深そうに見る。



「まだ熱気が消えてないんで気を付けてください」

「そうか?もうヤクモ“核”食べてるぞ?」

焼け焦げた“モノ”の上で黒いヤクモが核を齧っていた。


「え?いつの間に出たの?ヤクモ!」

「精霊の御馳走だろう?自分の手柄だしいいじゃねぇか!」


「トラヴァス~1コだけだからね。もう1コは頂戴ね」

両断された“モノ”の核に向けて駆けたトラヴァスはノエルの指示通り

1つを大事そうに抱え、1つをノエルに差し出した。


「ケチやなぁ。ミミズは腹持ちええねんで!」

「金にもなんのよ!腹持ちいいなら1コで十分じゃん」


「お?じゃあ俺からお前たちへの礼だ。

俺の倒した2体の分、食っていいぞ」

「ホンマかいな?」「ホント?」

トラヴァスとヤクモは目を丸くして、オリバーの倒した竜蛇の元へ向かう。


「ありがとうございます!…ヤクモ!まずお礼でしょ」

「アタシからもありがとね。ホントにいらないの?」

「構わん!欲しけりゃまた倒せばいい」

核を咥えた2柱はオリバーの肩に乗り頬擦りをして感謝を表す。



「その気前の良さにこの子達こんなに懐いてんのに

なんでアンタの前に精霊出ないの?」

「向こうに聞いてくれ!俺が知るかよ」


「…その斧。斧も凄いですけど、さっき跳んでましたよね?」

「おう。コイツの能力みたいなもんでな。

肉体強化っていうのか?戦闘中は重さを感じねぇんだ」


「筋肉バカにピッタリの武器なのよ。普通あんなもの振り回せないわよ」

「そうかあ?“ダンナ”はブーメランみたいに投げてワイバーン狩ってたがな」


「あの“バカ”は例外!あいつ脳ミソも筋肉でできてんのよ」

「イツカさんのこと?あの人もこの斧使えるの?」

「元々あの人のだよ。昔賭けの報酬でな。

俺がダンナから頂いた、今じゃ相棒だよ」

「私のフレイルと同じ。多分魔道具?だね」


「さ!森への障害は片付いたし、

これで後で通る連中も当分は大丈夫でしょ。

森まで一息に行っちゃうわよ」


ノエルの一言でエルクに戻り再び“ラグルの森”を目指す一行。


向かうその先――かつて“生の楽園”と呼ばれたその場所は、

いまや命が逆流し、影が根を下ろす森へと変わっていた。


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