新たな旅路⑤ 訪れた村からの依頼 デブリーフィング
「…ふぅ、やったわよね?」
ソファはそう呟きながら、ぐったりと腰を下ろす。
フレイルを腰のホルスターに納めると核から出て来たヤクモが彼女の周りをクルクル回る。
氷が溶けた森の中で、白い息がほわほわと漂っていた。
肩の辺りから、もふっと柔らかい感触が落ちてくる。
「うわっ!? ちょっ、ヤクモっ!」
ふわふわの塊が、彼女の頭の上で見事にバウンドした。
「ヤクモ。ありがとね。お利口さん」
首の周りをワシャワシャと撫で回すと目を細めうっとりした表情を浮かべるが
ヤクモの毛にはまだ氷の魔力が残っていて、抱きしめるとひんやりしている。
「ふふ、冷たくて気持ちいいぃ……」
ソファはそのままヤクモを両手で抱き上げ、くるくると回る。
ヤクモの足は空を蹴り、尻尾がふわっと広がる。
「わ、わぁっ!とんでるとんでる!」
「ちゃんと落ちないようにしてよ?」
やがて二人(?)はそのまま地面に倒れ込み、笑い声を上げた。
ヤクモはソファの髪をぐしゃぐしゃにしながら胸の上で丸くなり、
ソファはそのふわふわを抱き枕にしながら、空を見上げる。
少しして視界に影がかかる。
「やったじゃ~ん。
見てたよ~」
「オーガの氷の彫刻ね。
趣味を疑うわ」
「これはこのまま置いて行くのか?」
そう口にしながら3人が氷漬けにされたオーガをマジマジと見つめる。
ヤクモを下ろし起き上がったソファが笑顔を浮かべ訊ねた。
「そっちもだけど、ゴブリンどうしよう?」
「別にいいでしょ。
だってもうゴブリンいないもん」
「そうね。炎には驚いたけど、
森の被害は最小限だし」
「これはこのまま置いて行くのか?」
「どうやって持ってくのよ?
“大鹿”は村に置いて来てんのよ」
「あのコ、そろそろ名前つけてあげた方がいいかしら?」
「とりあえず、カンナに報告。
帰りながら他のゴブリン片付けるよ」
村へ戻る道すがら、一行は周辺に残っていたゴブリンの拠点を掃討していった。
◇
空が茜色に染まりかけるころ、村の酒場に一行の姿があった。
席に着いた4人へ冷えたエールとエド豆の塩茹でを持ったカンナが切り出した。
「朝出てったばっかりなのに、
もう片付いちまったのかい?」
「ゴブリンの拠点が、5、6…全部で7つあったね」
「いくつか古い納屋が壊れちゃったんだけど、構わないかしら?」
「あ~、そりゃあウチの男連中の倉庫だね。
木を切るときの道具なんかがあったかも知れないけど
もうすぐ飲みに来るだろうし、アタシが言っておいてやるよ!」
「助かるわぁ~。
あとオーガは1体だけだったみたい。
そっちももう大丈夫だから安心してね」
「オーガも片付いちまったのかい?
ちょっと飲みながら待ってな。
詳しく聞かせておくれよ」
そう言うとカンナは席から離れ、奥の厨房へ駆けて行った。
カンナを見送ると、出されたエールで乾杯しながら今日を振り返る。
「全部片付けれて良かったよね。」
「ああ。野営していたヤツらは楽だったな」
「森の中ならセレナはまず見逃さないしねぇ」
「あら?森の外でもあれぐらいは普通よ?」
「ハイよっ!!ホーンラビットの香草ローストだよ」
「ありがと。わっ、これ、いい匂い……!」とソファが目を輝かせる。
鉄皿の上で、焦げ目のついた兎肉がジュウジュウと音を立てる。
表面には森の香草が散らされ、肉の間からはとろけた脂が滴り落ちていた。
ナイフを入れると、淡い肉汁が弾けほんのりとした甘み。
香草の苦味が鼻をくすぐる。
噛めば外は香ばしく、中は驚くほど柔らかい。
「これはうまい。骨の近くが一番味が濃いな」とピエールが頷くと、
「ウサギ美味しいって言ったでしょう?」とセレナ。
「さすが肉担当」とセレナをからかい、笑いが広がった。
「ンぐ。…索敵って、皆も精霊の力を使ってるの?」
「俺は使えない。目だけが頼りだ。
丘から見ていた時なら分かるが、
今日のソファの位置だと無理だな」
「私は“見る”というより“見えちゃう”かしら
風の流れや匂いで“感じちゃう”の」
「響きがヤラシイっての!
でも感覚は同じかな。アタシも“見えちゃう”」
「ハイよっ!!次ボアの竜火串ね」
串に刺した猪肉を、油と炎で一気に焼き上げた豪快な一品だ。
赤く揺れる油煙の中、肉の表面がカリッと弾け、香ばしい脂の香りが漂い
噛んだ瞬間、肉汁が溢れ出し、舌に残るスパイスの刺激が酒を誘う。
「これは…強い酒が欲しくなるな…」と言いながらピエールがエールを飲み干した。
「ハイ!シャマスのワインだよ。一緒に飲みな」
そう言ってボトルとグラスを置いて行くカンナ。
「ありがたいわぁ。~ん、おいしっ」とセレナがグラスを掲げる。
「コレ甘いねぇ。ピエール、結構強めだよ」とノエル。
「珍しい色のワインだな。…これもうまい」とピエール。
「ハイよっ!!兎肉の白煮とパンだよ。少し落ち着いたかい?」
そう言ってカンナもグラスを持って席に着いた。
「カンナさん。これ、ほっとする味だね」とソファが微笑み、スプーンを口に運ぶ。
ミルクと薬草をベースに煮込んだ優しい味わい。
ごろりとした兎肉、甘い根菜、白濁したスープが湯気を立てている。
香草ローストの後に食べると、疲れた体に沁みるような優しさが広がった。
「気に入ったかい?この白煮は村の自慢なんだよ」
嬉しそうに笑いながらカンナはグラスを飲み干した。
「さっ!食べながらでいいから聞かせてもらおうじゃないか」
いつの間にか酒場に集まっていた村人たちに囲まれ
戦いの話、旅の冗談と話すうちにまた人が集まり
ゴブリンの焼け跡やオーガの氷漬けの話では、
果実水を持って集まった子供たちが目を輝かせて聞き入った。
「ひぃっ……そんなにたくさん!?」「ソファ姉ちゃん、かっこいい!」
「セレナ姉ちゃんの炎の竜の方がキレイだよ!」「ノエル姉ちゃんの雷だって!」
「ピエール兄ちゃんなんか木の棒で魔物倒すんだぜ!?」
「…オーガの氷漬け、見たいなぁ」「見たい。見たい!」
「…ほんっと信じられない話ばかりだねぇ。
こんなに子供たちまで集まっちまったじゃないか
ハイよ!皆でコレ食べな。森の恵みのパイだよ!」
「……これ、デザート?」とノエルが目を丸くする。
アダムの赤果実と、蜂蜜、刻んだナッツをパイ生地で包み、炉の余熱でじっくり焼いたもの。
切り分けると、金色の蒸気がふわっと立ちのぼり、甘酸っぱい香りが広がる。
子供たちが一斉に拍手し次々と手が伸びてくる。
子どもたちが即席の笛を吹き、楽器を持った旅人の演奏が始まる。
夜は更け、杯が空になっても笑い声は止まなかった。
ソファはそのすべてを胸に刻み、湯気の向こうで微笑んでいた。




