新たな旅路① 新たなハンター生活のスタート
まだ陽が顔をのぞかせたばかりの早朝。
窓の外は柔らかな光に包まれ、空気は少しひんやりとしている。
寝ぼけ眼をこすりながらも、ソファは布団を跳ね飛ばした。
昨夜から何度も確認した装備一式を再確認しながら、衣服を着こむ。
外に出れば、同じように寝ぼけ眼をこすりながらも集まった仲間たちが手を振っている。
「おはよう!」
声は普段より大きく弾み、まだ朝靄の残る道を歩き出す。
「元気ねぇ。ちゃんと眠れたの?」
セレナの問いに飛び切りの笑顔で返す
「ばっちり!絶好調だよ」
「今日から依頼受けて、帰って依頼受けて~の繰り返しだよ?分かってんの?」
「それに憧れてハンターになったの。よろしくお願いします」
ノエルの問いに頭を深々と下げながら返す。
「新しい武器はどうだ?手に馴染んだか?」
ピエールの問いには一気にテンションが沈み込んだ。
「「やっぱり」」と一同の呆れ顔。
「でもいいの!練習して使いこなすんだから」
と顔を上げ、前を向くソファ。
◇◇◇
あの日、イツカからの報酬として訪れた武器庫で見つけた物。
種類で分けるならフレイルだが、一般的に知られる“それ”とは一線を画していた。
本来は棒の先に鎖を繋ぎ、その先端には重く硬い鉄球―。
ソファの持つ武器は違う。
両側が武器として機能するよう握りがある。
棒の先には鎖ではなく、銀色の糸。
これはSランク相当の巨大蜘蛛の糸で魔力に反応し伸縮する。
揺れているのは鉄球ではなく、淡く光を帯びた 魔物核。
核は鉄ほどの質量も硬度も持たず、見た目には不安定で頼りなくすら映る。
だが振り回せば、内に秘められた魔力が軌跡に火花のような輝きを散らし、ただの打撃以上の存在感を放つ。
――のだが…
◇◇◇
「試し振りして暴走してたわね。棒としては良さそうだけど…」
「館の壁ブチ抜いてたよねぇ。あれ棒だけでもできるかな?」
「あのせいで他の報酬はうやむやに…。棒だけなら俺も欲しいが…」
「棒、棒言わないでよ。絶対使いこなすんだから!」
そう叫びながらギルドの扉を開けソファは真っすぐ掲示板へ向かって行った。
やれやれという仕草を見せながら、残された3人も後を追う。
木製の大きな板が壁一面に据え付けられ、紙の束や羊皮紙が所狭しと貼り付けられている。
酒場の笑い声と食器の音を背に、ハンターたちは腕を組んで見入ったり、仲間と相談したりしている。
【初心者向け】薬草〈月影草〉の採取依頼、【長期募集】南方村への定期護衛任務(商隊同行)、【緊急報告】魔物核の密売に関する情報提供求む、【個人依頼】愛犬〈ブラン〉捜索(依頼人:村の子供)、【緊急依頼】急増したワイバーンの討伐、【危険】街道沿いにオーガ出没、調査および撃退………。
新しい依頼は上段に、古いものは下へとずらされ、剥がされた跡が残っている。
紙には血や泥の跡がついているものもあり、依頼の過酷さを物語っていた。
他のハンターに混じり、掲示板と睨み合うソファを通り過ぎ、
ノエルはカウンターのアリアに声をかける。
「おはよう、アリア!
ゴブリンと~ホーンラビットか、
バルクボアない?巣は多め、方向固めてね」
「おはよう、ノエル。食べ物の注文みたいね。食堂はあっちよ?」
そう言いながらもペラペラと依頼書の束に目を通すアリア。
「あるわよ。ゴブリン、巣多め、こっちはホーンラビットね」
「いや、乗ってくんなよ!…ありがとね。
これ全部持っていきま~す。伝票よろしくね~」
「いってらっしゃ~い。気を付けてね」
2人のやり取りを見ていたソファがノエルのもとへ歩み寄る。
「何さっきの?あんなんでいいの?」
「い~のい~の。ゴブリンとかホーンラビットとか、ここの連中こんなの誰も選ばないんだから」
「私はホーンラビットを先に行きたいわ」
「大型のウサギ…だったよな?突撃してくる…」
「どうしてそっち先がいいの?セレナ」
「美味しいの。食料は現地調達できそうね」
「それ賛成~。ソファとピエール頑張ってね!」
騒がしく笑い声を上げながら突然入ってきて、依頼を受けて出て行った4人。
残されたギルドのハンターは、声をかける間すらなく、ただ目で見送るだけであった。
◇◇◇
風に揺れる草原は波のようにうねり、ところどころに顔を出す灰色の岩場が、まるで島のように点在している。
空は高く、雲はゆったりと流れ、陽光は柔らかに降り注いでいた。
街道脇に止めた馬車―ゴルドホーンエルクの曳く―の屋根の上でノエルは手に持った果物にかぶりついた。
「依頼書だとこの辺りね」
「この辺りの岩場がそうでしょうね」
ノエルの隣にはセレナ。2人は精霊を抱きかかえ穏やかな空気を楽しんでいた。
「あの!寛いでるところ悪いんですけど!
依頼はどうするんですか!?」
ソファの問いかけにノエルは気怠そうにしながら答えた。
「見えてる岩場あるじゃん?
あそこから、ウサギ出てくるから!
ソファの腰くらいのヤツ。
それを、頭殴って、気絶させるの!」
「???」
「見てれば分かるわよ。右から順番ね。
ピエール。今の、意味分かるわよね?」
指名を受けたピエールは手を上げ了解の意を示し、木の棒を構えた。
「準備できたみたいね。
ソファは良く見とくのよ。
ピエール~、行くわよ~」
声を掛けると同時に小さな雷を岩場に打つノエル。
小規模な土煙が晴れると確かにいた。サイズも言う通りだ。
草むらをかき分け四足の獣が低い唸りとともに土を蹴り、一直線に突進してくる。
ピエールは退かず、ただ木の棒を構えた。
獣が飛びかかる瞬間、身をひらりと横にずらす。
棒が風を切り、獣の脇腹をかすめる。衝撃は与えず、ただ「流す」ように受け流す。
二度、三度と獣は怒り狂って突進してきた。
そのたびにピエールは踏み込みを変え、棒の角度を調整し、獣の勢いをいなしながら間合いを測っていく。
「よく見ておけ、ソファ」
短く言葉を投げ、次の突進に合わせる。
今度は棒をわずかに構え直し、獣が頭を下げた瞬間、すかさず振り下ろす。
鋭い一撃が額に命中し、鈍い音を立てて獣は地面に倒れ込んだ。
木の棒とは思えぬ正確さと重みのある一撃。
ただ力任せに振ったのではなく、獣の勢いそのものを利用した技だった。
「あら、ダンスみたいね。お見事」
「えぇ余興やなぁ。もう一遍同じことできはる?」
セレナとシェルティが興味深そうに訊ね、風の魔法で拘束していたホーンラビットをけしかけた。
一直線に突進してくる獣に向き合うと、
二度、三度と身をひらりと横にずらし、獣の勢いをいなす。
四度目の突進に合わせ、先程と同じように額に一撃。獣は地面に倒れ込んだ。
「いいじゃん!まさにお手本ね!
じゃあ次ソファ。魔法使っちゃダメだからね~」
そう言うと風の魔法を解きホーンラビットをけしかけた。
四足の獣が地を蹴り、突進してくるとソファは逆手に持ったフレイルを握りしめ、ぎゅっと歯を食いしばった。
「くる……!」
恐怖と緊張で体は固く、視線は獣ばかりを追ってしまう。
フレイルを振り上げたものの、勢いを殺すどころか真正面から受け止める形になった。
ガンッ! と衝撃が腕に走り、思わず後ろへよろける。
体勢を立て直す前に獣が二度目の突進。
「ひゃっ……!」
慌てて横に飛び退くが、フレイルの先は空を切り、獣の体をかすめることすらできない。
心臓が跳ね、頭の中は真っ白になっていく。
三度目の突進。ソファは反射的にフレイルを振り下ろした。
狙いは頭……のつもりだったが、力みによって軌道はずれ、獣の肩口に当たり、弾かれる。
ドン、と突き飛ばされて草の上に転がるソファ。
必死に立ち上がり、再び棒を握る手は小刻みに震えていた。
「……全然、できない……」
それでも諦めずに棒を構え直す姿には、未熟ながらも必死さがにじんでいた。
技ではなく、ただ「立ち向かおう」とする意志だけが、ソファの武器だった。
獣は容赦なく再度突進してきた。
その瞬間、横から飛び込んだ影があった。
「下がれ!」
ピエールの声。棒を構え、獣の突進を流すように受け流すと、頭部に正確な一撃を加えて追い払った。
「獣を見すぎている。勢いを利用するんだ。頭を狙わず、流れを読むんだ。」
再び突進が来る。
ソファは震える足を踏み込み、フレイルを構え今度は獣の体全体の動きを見た。
迫る衝撃に合わせて、思い切って横へ避け、振り下ろすと
――かすかに獣の背を叩いた。
ズシン、と重い手応え。完全には効いていない。
だが、初めて「当てた」。
荒い息を吐きながら、ほんの少しだけ笑みを浮かべる。
ピエールは頷き、短く言った。
「今のだ。次はもっと深く入れろ。」
失敗の連続。助けを得て、そして小さな一歩。
ソファの戦いは、まだ始まったばかりだった。
「今の良かったんじゃない?」
「ピエールのフォローがいいのよ」
「夕方までに形になるかなぁ?
トラヴァス!あっちの岩場もやっちゃって」
観戦しながらも指示を出すノエル。
「ええけど、大丈夫かいな」
指示を受け、ノエルの膝に丸まったまま雷光を放つ。
土煙の向こうには三体のホーンラビット。
近くのピエールとソファを確認したのか、すぐさま突進してくる。
「また来る……!」
「最後の動きを忘れずに。今度は連続だな。」
そう言ってピエールは自分は少し下がってソファを前に出す。
一体目。
飛びかかってきた獣に向けて必死にフレイルを振り下ろす。
狙いは甘く、獣は体勢を崩しながらもまだ立ち上がる。
「止めは俺がやる。次から目を離すな。」
すぐさま横からピエールの棒が閃き、額に正確な一撃。獣は沈み込んだ。
「次は流れを殺さず、横に捌け」
短い指示が飛ぶ。
二体目。
ソファは慣れて来たのか獣を恐れず、横へ身をかわす。
勢いを逃すようにフレイルを振り、獣の肩を叩いた。
完全には効かないが、倒れるまでの時間を稼ぐには十分。
そこへピエールが追撃を入れ、仕留める。
三体目。
ソファは目を逸らさず、突進のタイミングを見極めた。
「……今!」
横に滑り込みながらフレイルを振り下ろし、獣の首元に当てる。
鈍い音とともに獣が転倒。今回はピエールが手を出さず、後方から頷いた。
「よし、やれるじゃないか」
荒い呼吸の中、ソファは膝をつきそうになりながらも必死に踏ん張る。
恐怖はまだ消えない。
それでも、確かに手応えがあった。
ピエールが仕上げを担いながら、ソファも一体を撃退した。
それは完璧ではなくとも、確かな成長の証だった。
「いい感じいい感じ!最後良かったよね?」
「慣れて来たって感じかしら?足が震えなくなってきたわ」
そう言いながらノエルとセレナが2人に歩み寄る。
「もう一体ほどソファ1人で対応させてみたいが…」
「鬼か!ヘトヘトじゃん。まぁいいけどさ」
ピエールの要望を受けて近くの岩場へ雷光を放つノエル。
土煙が晴れて出て来たのは6体のホーンラビット。
こちらに気付くと唸り声を上げ一斉に突進してきた。
「ぎょうさんでてきたなあ」とシェルティ。
「シェル。お願いね」とセレナ。
「はいはい、一体だけ残せばええんやね」
そう言って尻尾を振ると薄紫の光が弧を描いて宙を駆けた。
ひゅん、と風を裂く音が響き、滑らかに軌跡を描きながら残光を尾のように引いていく。
放物線はやがて緩やかに曲がり、まるで意思を持つかのようにホーンラビットの首元を捉えた。
―息を切らすソファの前に、最後の一体が唸り声をあげて立ちはだかった。
3人は後方に立ち、あえて手を出さない。
ソファは何度も転び、弾き飛ばされた。
腕は痺れ、足は重い。
だが、繰り返し教え込まれた言葉が頭の中に響く。
――勢いを殺すな。恐れず横に流せ。
獣が地を蹴り、突進してくる。
かつてなら目を閉じてしまっただろう。
今は視線を逸らさず、獣の全身を捉える。
「……来い!」
間合いの瞬間、ソファは横へ滑るように踏み込み、フレイルを振り下ろした。
乾いた音。衝撃が手に走る。
狙いは正確に獣の頭部を捉えていた。
獣はよろめき、そのまま倒れ込む。
「や、やった……」
震える声で呟くソファ。
倒れた獣を前に、心臓は激しく鳴っている。
それでも確かに、一人で仕留めた。
後方から拍手の音。
振り返れば3人が満足そうに微笑んでいた。
ソファのハンターとしての戦いは、ようやく一歩目を刻み始めたのだった。




