道からの帰還
夜のギルドは、程よいざわめきに包まれていた。
木の卓を囲んだ冒険者たちの笑い声、
ぶつかり合うジョッキの音、漂う酒と焼いた肉の匂い――
昼の戦いを終えた者たちの活気で満ちていた。
扉を押し開けて入ってきた一行に、ちらほらと視線が向けられる。
ソファもピエールも、体力は残っているものの、
主に精神的な疲れが表情に影を残していた。
ノエルは変わらず軽やかに歩み、セレナは微笑を浮かべて後に続く。
カウンターの奥、帳簿を閉じかけていたアリアが顔を上げた。
「――あら、無事に戻ってきてくれて良かったわ」
ノエルが手を軽く振る。
「ただいまー。泉、ちゃんと行ってきたよ」
「泉……ね。報告はそれで十分だわ。
ね、ピエールさん。
戻ってすぐに申し訳ないんだけど、イツカが呼んでいるの」
その声に、ピエールはわずかに姿勢を正した。
短く息を吐き、仲間の方へ視線をやりながら
「ああ、すぐ向かおう。
…ということらしい。行ってくる」
それ以上は語らず、アリアが手招きした職員とともにイツカの元へ向かった。
アリアは柔らかく笑みを見せると、ほんの少しだけ肩をすくめた。
「もうすぐ終わるところだったの。
だから…そうね、向こうで打ち上げでもして待っててくれる?」
頼むような声音に、ソファは小さく頷いた。
空いた卓に腰を下ろすと、周囲のハンターたちが声をかけてくる。
気さくなやりとりが交わされ、自然と笑みがこぼれる。
やがて卓にはつまみの皿が並べられた。
燻した肉の薄切り、香草を混ぜた豆のペースト、焼き立ての黒パン。
湯気を立てるスープの匂いが、張りつめていた心を少しずつほぐしていく。
ジョッキが運ばれてくると、ノエルが高々と掲げた。
「――じゃ、とりあえず!」
「乾杯!」
ジョッキがぶつかり合い、琥珀色の液体がきらめいた。
ひと口含んだ瞬間、ソファの胸にようやく安堵が広がる。
―少しして、業務を終えたアリアが合流した。
軽やかに腰を下ろし、皆に向けて笑みを浮かべる。
「お疲れさま。泉は、どんな様子だったの?」
軽く投げられた問いに、
ソファは少し言葉を探しながらも答えた。
簡単なやり取りやりを繰り返したのち、アリアが唐突に話題を切り替えた。
「――そうだ、二軒目行きましょうよ。屋敷なんてどう?」
軽い調子だったが、ノエルとセレナにはアリアの本音が透けて見えていた。
(ああ、ヤクモが見たいんだな)と。
ソファだけはまだ付き合いが浅いため気づかず、素直に頷いた。
街路を抜け、夜風を受けながら一行は並んで歩いた。
程よい賑わいの夜市を抜ける途中、
アリアが屋台に立ち寄り、香ばしい匂いの串焼きを買って皆に手渡す。
「はい、これ。歩きながらでも食べられるでしょ?」
肉の脂が滴る串をかじりながら、気楽な雑談が続いた。
笑い声と共に進むうちに、やがて目の前にイツカの屋敷が見えてきた。
中へ入って腰を落ち着けると、空気がふっと変わる。
その瞬間ソファの髪留めがするりとほどけ、ヤクモが姿を現した。
「それ、食べてもい~い?」
きらきらした瞳を輝かせ、ヤクモがソファの膝の上に飛び乗った。
「きゃ……!」
アリアの瞳が一気に輝き、堪えきれぬように声が弾けた。
「この子がヤクモね!すごい、かわいい!」
次の瞬間には、ヤクモを抱き上げ、頬ずりし、体中を撫で回していた。
「ふわっふわ……! 耳まで……ああもう、反則……!」
しばらく歓喜は収まらず、ソファが慌てて声をかけても耳に入らない。
ヤクモはヤクモで、すっかり気を許したように喉を鳴らし、
尻尾をぱたぱたと揺らしている。
やがてノエルが小さく咳払いをした。
「……アリア。そろそろ落ち着いたら?」
「……はっ! わ、わたしったら……!」
ようやく正気に戻ったアリアだったが、すぐに質問攻めを開始する。
「ねえ、ヤクモってさ……普段どこで寝てるの?」
ヤクモは得意げに胸を張って答えた。
「雲の切れ端!たまに落ちそうになるけどね!」
突拍子もない返答に、場の空気がどっと和み、思わず笑いが零れた。
「それ寝床って言わないから!」
ノエルが大げさにツッコミを入れると
「だってね、ふわっふわっでね、すぐねちゃうもん!」
ヤクモは小さな手をばたばたさせて主張する。
仕草が子どものようで愛らしい。
ソファは「ん~。なんかわかるぅ」と笑い、
アリアも「わかるわかるぅ」と同意すると
「頭お花畑かよ!」とノエルの突っ込みが入る。
アリアは次の質問を投げかけた。
「じゃあさ、ほかにはどんなとこで寝てたの?」
皆の視線が自然とヤクモに集まった。
「ぷかぷかの『みずのまくら』すぐねちゃうの!」
ヤクモは目を輝かせながら答えると
「それ沈むから!」
「気持ちよさそ~」とソファ
「あぁ、可愛いぃ~」とアリア。
ヤクモを中心に場がさらに和む中、ノエルが頭を抱えて大げさに嘆く。
「もうだめ、アタシ川見えてきた!セレナ、なんとかしてよ!」
セレナは苦笑しつつ肩をすくめる。
「えぇ……私に振るの?」
ノエルが「年長者でしょ!」と詰め寄ると
セレナは小さなため息のあと
「シェルの好物なんだけど…ヤクモは、ルベラの実好き?」
「ルベラ?好き!あるの?」
「この時期ならあるわよねぇ。アリア?」と問いかける。
話を振られたアリアはすかさず
「あるある!とってくるから待っててね!」
そう言うやいなや、ヤクモをソファに預け部屋を飛び出して行った。
「…これでいかが?」
「さすがねっ」と満足そうにノエルが微笑んだ。
――アリアが去った途端、ソファはお花畑から帰還した――




