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精霊と歩む少女【旧バージョン】  作者: アインス
エピソード Ⅰ

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20/55

寄り道~精霊の力~

泉のほとりを後にし、一行はノエルの先導で山道を歩き始めた。


「帰りにちょっと寄り道するだけだからさ、気楽に行こうよ」


彼女は肩越しに振り返り、軽い調子で笑った。


道は緩やかで、草木の合間から差し込む陽光がきらめいていた。


鳥のさえずりや虫の羽音が耳に心地よく、

先ほどまでいた神秘の空間とはまるで違う、

ありふれた山の風景が広がっている。


ソファはほっと息を吐き、腕に抱いたヤクモを見下ろした。


小さな体はご機嫌そうに尻尾を揺らし、時折きょろきょろと首を傾げている。


「……ほんとに、この子の力を試すの?」


おずおずと尋ねたソファに、ノエルはにやりと口角を上げる。


「もちろん。精霊の力ってのは、実際に戦ってみないと分かんないものよ」


「だが――」ピエールは険しい面持ちのまま口を挟む。


「精霊の力を戦闘で確かめるなど、無謀ではないのか?」


ノエルは軽く肩を竦めてみせた。


「現場でどう役立つか、それを知るためにやるのよ」


セレナが柔らかく笑みを浮かべ、静かに言葉を継いだ。


「精霊の力を理解しようと、どれほど話を聞いても、

 どれほど想像しても……一度の実戦には敵わないのよ」


その言葉にピエールは唸り声を漏らし、それ以上は何も言わなかった。


ソファはしばし迷った末に、思い切って口を開いた。


「あの……精霊って、食事はどうしてるんですか?」


唐突な問いに場が和らぐ。


先に応えたのはノエルの肩に凭れたトラヴァスだった。


「オレらはな、そこらに漂ってる魔力を吸うだけで十分腹は満たせんねん」


片耳をぴくつかせながら尻尾を揺らす。


「けどなぁ、人間の食い物も好きやで?」


ソファはぱちぱちと瞬きをした。


「……じゃあ、精霊って、食べ物の味も分かるんですね?」


「好みはあるんよ?味も匂いも、嫌いなもんは嫌いやわぁ」


シェルティが艶やかに笑みを含んで告げると、ノエルが笑う。


「そりゃそうだよ。生き物だもんね。

 ――もっとも本当の主食は別にあるけどね」


「精霊にとっての御馳走。魔物の核やねぇ」


シェルティの言葉にセレナが言葉を継ぐ。


「魔力の塊の事よ。魔石とも言われるわね。

 精霊は核を取り込む事でどんどん魔力が増大するわ」


ソファは思わずごくりと唾を呑み込み、

腕の中で小さく尻尾を揺らすヤクモを見下ろした。


この愛嬌の塊のような生き物に、どこか底知れぬものを感じてしまう。


その時――前方の岩陰から、不気味な唸り声が響いた。


一行は足を止め、視線を向ける。


岩の裂け目の奥、黒い影が揺らめいている。


「オークか……はぐれね」


セレナが即座に判別し、冷静に声を落とす。


ノエルは笑みを浮かべ、隣に立つピエールへ視線を向けた。


「ちょうどいいじゃない。ピエール、試しに力比べしてみなよ?」


裂け目の奥から現れたのは、緑がかった皮膚と突き出た牙を持つ巨躯のオークだった。


血走った目を光らせ、岩壁に手をつきながらじりじりとこちらを窺っている。


シェルティは紫の尾を一度だけぱたりと揺らし、艶のある吐息を漏らした。


「あの鼻は好かんわぁ」


興味なさげに視線を逸らし、退屈そうに爪を舐める。


一方、ノエルの肩に乗るトラヴァスは、黄金の瞳を爛々と輝かせて牙を覗かせた。


ソファの腕に抱かれたヤクモも尻尾をばたばたと振り、

子供のように目を輝かせていた。


ノエルの言葉に、ピエールは一瞬だけ眉をひそめた。


「……力比べ、か。訓練ではなく実戦だぞ?」

「そういう顔しないの。ほら」

ノエルは軽く肩をすくめて笑った。


ピエールは短く息を吐き、腰の剣に手をかける。


「……いいだろう」


セレナが彼の背に声を投げる。


「安心していいわよ。

 もしもの時は私が癒やす。

 ……あなたがケガに気付くより、ずぅっと早くね」


ピエールは振り返らず、ただ軽く顎を引いて応えた。


一歩、また一歩と地面を踏みしめ、巨体のオークへと距離を詰めていく。


その巨影は低く唸り声を上げ、じりじりと裂け目から身を乗り出してきた。


濁った瞳をぎらつかせ、雄叫びと共に巨腕を振り下ろした。


だが、ピエールは慌てなかった。


拳が落ちる瞬間、彼は冷静に逆側へと身を滑らせる。


風を裂く音が耳をかすめ、オークの拳は虚しく岩を叩いた。


「――遅い」


短く呟き、体勢を崩した巨体の首筋へ鋭い突きを突き込む。


金属が肉を裂く鈍い感触と共に、オークの呻きが途切れた。


その巨体は一歩、二歩とよろめき、やがて崩れ落ちる。



一瞬の出来事だった。



「……す、すごい……!」

ソファは思わず息を呑み、目を見開く。


ノエルは目を丸くして口笛を鳴らした。


「やるじゃない……見直したわ。

 ちゃんとした軍人だったんだねぇ」


その時、倒れたオークの胸部がぼんやりと光り始めた。


まるで体の奥から火が灯るように淡い輝きが広がり、やがて一点へ収束する。


「あれが……核……?」

ソファは初めて目にする現象に釘付けになった。


「触れてみなよ」

ノエルが促す。


「魔力を持つ者相手には、核は姿を現す。

 どんな反応するか……見ておくべきよ」


ごくりと唾を飲み込み、ソファは恐る恐る膝をついた。


目の前で淡く脈動する紫光は、生き物の鼓動のように見え、

指先を近づけると――

核はふわりと震え、わずかに光を強めた。


「……っ!」


思わず手を引こうとしたが、セレナが静かに頷く。


「大丈夫よ。触れて」


決意を固め、ソファはそっと核へ指を伸ばした。


次の瞬間、核はほんの一瞬光を放ち消えていった。


「え……? 消えた……?」


ソファは呆然と声を漏らした。


「そこに転がってるわよ」


地面に転がったのは、殻に覆われた小さな実のような核。


ソファが掌に拾い上げると、淡く光の脈動を繰り返しながらも、やがて落ち着いた。


普通の石のようにだが、紫の輝きだけが残っている。


ピエールも身を屈め、指先で核に触れる。


セレナが横目で核を見ながら


「核は魔力に“触れる”ことで初めて物質として残るの。

 市場にも出回るし、取引もされるわ」


「まぁ、魔物の種類次第で値段はピンキリよ。

 オーク程度なら―、一晩お腹一杯飲み食いできるぐらいの価値かな」


「……食事、一食分?」

ソファは思わず首をかしげた。


「そういうこと。核が山ほど手に入ればまとまったお金になるけど、

 並のハンターだと生活費稼ぎがせいぜいね」

セレナは淡い声でまとめるように言った。


ソファが掌の核を見つめていると、足元をくるくる回るヤクモが、

きらきらした目でピエールを見上げた。


「ねぇねぇ!さっきの!かっこよかった!もう一回やってみてよ!」


小さな体をぱたぱたと揺らしながら、

まるで遊びをせがむ子どものように身を乗り出す。


一方で、シェルティは鼻先をわずかに持ち上げると、ふん、と小さく息を吐いた。


そんな中、トラヴァスが、ぴょんとソファの腕に飛び乗った。


「なぁなぁ、それ、ちょっと貸してみ?」


ソファが戸惑いながら核を差し出すと、


トラヴァスは前足で抱え込み、鋭い牙でがりっと齧りついた。


次の瞬間――硬質な核は砕け散り、細かな光の粒となって弾ける。


砕けた破片は宙に散る間もなく、すべてがトラヴァスの口元へ吸い込まれていった。


「ぷはぁっ……!悪くないねぇ。おーきにな」


尻尾をひと振りしながら、満足げに喉を鳴らすトラヴァス。


その身体の輪郭が、ほんの一瞬だけ淡い稲光を帯びたように見えた。


ソファは目を瞬かせ、その光景に息を呑む。


「……食べた……の?」

「食べたっていうより、取り込んだんだよ」


ノエルが笑みを浮かべて言い添えた。


「精霊にとっちゃ核は最高のご馳走だからね。

 ごめんね。トラヴァスが食べちゃって。

 でも次々出てくるよ。ほら」


騒ぎに反応したのか、岩の裂け目から出てきたオークの咆哮が岩場に響き渡った。


三体が一斉に突進してくる。


「じゃ、次アタシね。見本を見せてあげる」


ノエルが指先を軽く振ると、突風が巻き起こり、

最前の一体が風の壁に弾かれて足を取られた。


二体目は小さな竜巻に絡め取られ、宙で身動きを封じられる。


三体目は雷鳴とともに走った稲光に撃たれ、筋肉を痙攣させて膝を折った。


「――拘束の見本、ね」


ノエルの声はあくまで余裕に満ちていた。


「次、行くわよ」


彼女は風の壁をさらに押し出した。


弾かれたオークの巨体が宙を舞い、岩壁へ激突して潰れる。


竜巻に囚われた一体は上空へと吹き上げられ、

絶叫とともに叩き落とされ地に沈んだ。


最後の一体には、雷光が二度、三度と叩き込まれた。


焼け焦げた匂いを残し、巨体は崩れ落ちて動かなくなる。


三体を一瞬で葬ったノエルは、軽く振り返る。


得意げに片眉を上げ、ソファを見た。


「……すご……」


ソファは目を見開き、ただ呆然と声を漏らす。


だが戦いは終わっていなかった。


ノエルの背後で、黒い稲光が弾ける。


「次々行くでぇ!」

トラヴァスが牙を剥き、岩場へ飛び出した。


風を纏った影が疾駆し、地を這うロックリザードの巨体へ突っ込む。


硬い鱗に稲光が走り、爆ぜる音とともに巨体が吹き飛ばされた。


同時に頭上からは、不気味な声を響かせてストーンバットの群れが舞い降りる。


トラヴァスは尻尾を大きく振りかぶり、風と雷を混じえた衝撃波を放った。


光の奔流が空を裂き、数匹のストーンバットが翼ごと焼き落とされていく。


残った群れは鳴き声を上げながら散開し、岩陰へ逃げ込んだ。



――派手で容赦のない一撃。


ノエルに劣らぬ力を示した精霊の姿に、ソファは息を呑んで立ち尽くしていた。


「ま、こんなとこね」

「どやぁ!」


派手好きの似たものキャラの人と精霊は互いに健闘を称えるように頬擦りしあい、笑顔を向ける。


息を呑んで立ち尽くすソファの隣でピエールもまた、言葉を失っていた。


「……魔法と、精霊の力……ここまでか……」


自らの常識を覆す戦いぶりに、ただ唸るしかなかった。


呆然とする2人を尻目にトラヴァスが

「アカン!バチあたるでぇ」

次から次へと撃退した魔物に触れては核を吸収していく。


ノエルはやれやれといった表情を見せながらも

トラヴァスの好きなようにさせている。


「アホらしぃわぁ」

シェルティはトラヴァスを一瞥し飽き飽きといった表情だ。


「じゃあ最後、ソファ。やって見せて」


セレナもいつの間にかすっかり寛ぎながらそう告げる。


「えっ?セレナやんないの?」

「あれだけやったら、もう必要ないでしょう?

 それより早く帰らないと、アリアがうるさいわよぉ?」

「ゲッ!忘れてた!帰ろう帰ろうすぐ帰ろう!」


急に慌てだしたノエルは急ぎ帰り道に向き直り

「ソファ、ちょうどいいわ!

 魔物よりあれよ!あの岩どうにかしてみて!」


そう言って指し示したのは先日の砦と変わらない大きさの岩山だった。


「あ、あれを?えっと、どうやって?」

「試しにヤクモにお願いしてみなよ。あの岩どうにかしてって」

「そんな感じでいいの?」


やり取りを静観していたセレナがやれやれと口を挟む


「大丈夫、方法は別にして何とかなると思うわよ?」


そう言われても納得できず、そんな訳ないよとヤクモを見つめてみる。



― 瞬間、全ての時間が止まったような錯覚とともに声が聞こえた。


⦅ボクにお願いかい?構わないから言ってごらんよ⦆

(えっ?この声、ヤクモ?どうなって?)


⦅ボクとキミとの精神世界さ。みんなには聞こえない。

 言ってごらんよ。何が望みなの?⦆


(あの…あの岩山の向こう側へ帰らないといけないの。

 どうにかできたりする?)


状況に何とか対応しながらも、質問を投げかけてみた。


⦅どうってことないね。…念じてごらんよ。

 どうやって向こう側に行きたいの?⦆


(通るのに危なくないように。吹き飛ばすのも危ないから

 溶かしてみる…とかかな?)


⦅ははっ。いいね、いいね。よし。それで行こう⦆

(できるの?)


⦅目を開けて。命令して。また話そうね⦆


フッと体が浮くような感覚とともに、時間の流れを感じた。


目の前にはノエルが指し示したままの岩山。


無意識のままにソファは念じた。


≪あの岩山を溶かせ≫


瞬間――


ヤクモの瞳が淡く光を放った。


周囲のざわめきが途絶え、鳥の声も虫の音も消える。


空気が張り詰め、岩山の周囲だけが切り取られたように、影が濃く沈み込む。


やがて、目に見えぬ「陽炎」が立ち上り、岩肌がじわじわと赤く染まり始める。


耳を打つのは、空気が裂けるような乾いた音。


続けて、岩が焼ける低い唸り。


赤熱した表面はやがて溶け、滴るように流れ落ちる。


溶岩めいた光の筋が幾筋も走り、やがて道が姿を現した。


張り詰めていた空気がふっと解け世界が再び息を吹き返す。



ヤクモは何事もなかったようにソファの前で無邪気に前足を広げ

「じゅうっっ」と笑顔を見せる。


ソファはヤクモを見下ろし、ただ呆然と立ち尽くしていた。


「かーっ! えげつない!」

トラヴァスが跳ね回り、稲光を散らすように興奮を示す。


ノエルは口を開けたまま声を失い、セレナは静かに呟く。


「…流石に常軌を逸しているわ。

 シェル?あなたもできる?」


シェルティは長い尾を揺らし、冷ややかに吐息を漏らした。


「…あれには触れん方がええよぉ?

 できるかやてぇ?無茶言いなさんな」


ピエールは岩山の残骸を凝視し、声を震わせる。


「……こんな力……魔法とはここまでのものなのか……」


ノエルは気を取り直し


「とりあえず…帰ろ。

 アリアに報告!…でも今のは秘密ね。

 ここに岩山なんてなかった!いい?」

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