人も動物も変わらない気持ち
「見てください、真人くん。パンダです。パンダです」
「そうだな。パンダだな」
「白と黒のパンダです」
「それくらい言わなくても分かってるよ」
真理音と一緒にいるとたまに愛奈と一緒にいるんじゃないかと思う時がある。去年、愛奈をここに連れて来た時、真理音と全く同じ反応だった。
「因みにだが、レッサーの方もいるぞ」
「ほんとですかっ!?」
「ほんとほんと。見に行くか?」
「はい!」
ふんすと鼻息を荒げる真理音を見て気づかれないように口を歪めた。
真理音はさっきまでが嘘のようにとても元気だった。
レッサーの方を見ると頬をだらしなくさせながら可愛いと呟き、ライオンがあくびするとウサギのように怖がりながら背中に隠れ、キリンを見ると首が長いと言い、ゾウを見ると鼻が長いと楽しそうに口にした。
俺が真理音を子どものように思ってしまうのはこういう姿を見せられるからだ。普段は本当に同じ年齢とは思えないほど、幼く可愛く見えてしまう。なのに、時たまに俺よりもよっぽど立派な大人になる。
「真人くん、お猿さんです」
猿のコーナーを見て、真理音は指を伸ばした。
大きな身体のボス猿を筆頭に所狭しと岩山に密集している。
「あれみんなで一家族なのかな?」
「それは、毎日が楽しくて仕方ないでしょうね……あ」
その時、さっきまで楽しそうにしていた真理音の表情が一瞬にして曇った。視線の先を追うと片隅に一匹の猿がいた。集団をチラチラと見ては気のない素振りをする猿。その猿にボス猿は鋭い視線を飛ばすと猿語で何かを言った。まるで、近づくな、と牽制したみたいに。
俺には一匹でいる猿が真理音でボス猿が真理音のお父さんに見えた。
だから、俺はボス猿を呼んだ。
「ウキーーー!」
「真人くん!?」
「ウキャッ!?」
馬鹿みたいにいきなり猿の真似を始めたからだろう。真理音も猿もその他の人達も一斉に視線を向けてくる。心配している視線、馬鹿にする視線、不審者を見て恐れるような視線。その全てが俺に集まるが止めなかった。
ボス猿を睨んで続けた。
「ウキ! ウキ! ウキキキーーー!」
伝えたかった。
仲間外れにするなと。ひとりぼっちを作るなと。真理音を悲しませるなと。
他人の目なんて関係なかった。どう思われたってどうでもよかった。係員に連行されない範囲でならなんでもするつもりだった。
だからって、動画撮影は止めろ。
もし、バズって明日のニュースで流れたらどうするんだ。恥ずかしくて泣くぞ。動物園にて猿と交信する謎の男、なんて紹介されたら町を歩けないぞ。
それでも、ないかもしれない明日のことなんて気にせず続けた。
「ウキィィィィィ!」
すると、俺の剣幕に怯えたボス猿はしぶしぶと一匹の猿に近づき肩を組んだ。そして、ニカと笑うと親指を立ててきた。すかさず、同じようにして返事を送る。心の中で繋がれたような気がした。きっと、あの猿は大丈夫だろう。もう、一匹ではなくなった。
思い返せば、随分と頭のイカれた行動だ。
それでも、クスクスと口を隠しながら笑う真理音を見れば対価なんて十分だと思った。
「あの子は寝起きの真人くんに似ています」
珍しく、起きているナマケモノを見て真理音が口にする。
「酷いな。俺はナマケモノよりは怠け者じゃないぞ」
「寝起きの真人くんはだいたいいつもあの子みたいにぼーっとしてますよ?」
だからって、ナマケモノと俺を一緒にはしないでほしい。……ま、うっとりと可愛いです、なんて呟かれたら言えないけど。
「このまま進むと触れ合いコーナーだけでどどうする? 先にご飯食べるか?」
「触れ合いコーナー!? 先に触れたいです! 戯れたいです!」
と言うわけで、犬のような真理音と触れ合いコーナーへ進む。
「わぁ~沢山います」
触れ合いコーナーでは小さくて大人しい動物が気持ち良さそうに人に撫でられている。俺達は真理音の提案でウサギに触れることが出来るコーナーへと向かった。
だが、問題が一つ。
「どうしたんですか?」
「いや、俺が入っても避けられるだけで周りの人に迷惑かけるんじゃないかと思って」
何故だか、昔からの動物に嫌われる体質。そんな俺が中に入ってもウサギみたいに特に怖がりの動物は怯えてしまうのではないだろうか。
「それなら心配いりません。真人くんが私の傍にいればいいだけですから」
真理音が手をとって俺を連れていく。
「私が傍にいる限りは少なくとも逃げ出すことはないと思います。この前の猫ちゃんだって逃げ出しはしませんでしたから」
真理音の言う通りだった。中に入っても逃げ出すウサギなんて一匹もいなかった。それどころか、俺に近寄ってくる物好きなウサギまでいた。
頭を足にグリグリと押しつけ、抱っこしてほしそうにしている。
真理音を見ると優しく微笑んでくれていた。
怖がらせないように手を伸ばすとされるがままに俺に抱き抱えられる。それが、なんだかとても嬉しくて柄にもなくはしゃいでしまった。
「ま、真理音。逃げない。ほら!」
すると、真理音はそっぽを向きながら身体を震わせる。
「ど、どうかしたか?」
「い、いえ……真人くんが可愛くて」
「べ、別に。可愛くなんかないだろ……」
「そんなことありません。少なくとも私には可愛く見えています」
「そーかよ……」
「あ、見てください真人くん。私にも一匹近づいてきてくれました」
真理音の足元にやや不貞腐れている顔つきのオスっぽいウサギがやって来ていた。軽々しく、抱き上げる真理音。
「温かいですね……」
「だな」
確かな温もりを感じていると飼育員のお姉さんがニコニコとしながら真理音に抱かれているウサギを見た。
「珍しいこともあるんですね。その子、いつもは一匹で強がってるんですよ。ウサギのくせにね」
「へぇ、そうなんですね。では、どうして私には……」
「オスですからね~あなたに惹かれたんだと思います。彼氏さんの方は極度の寂しがりで甘えたがりのメスですよ。では、楽しんでいってくださいね」
俺達は今は恋人の関係にない。
でも、否定はしなかった。それどころか、付き合っていなくても俺と真理音がそういう関係に見えてしまうんだということがなんだかとても嬉しく思えた。
「つまり、この子は真人くんでその子は私ということですね」
「俺はそいつみたいに出会っていきなり惹かれたりはしてないけどな」
「私はその子みたいに出会っていきなり惹かれましたよ」
真理音の昨日までなかったグイグイさが元に戻りつつある。証拠なんて見なくても頬が熱いだけで分かった。
「真人くん真人くん。二匹とも寝ちゃいましたよ」
「安心したんだろ……寂しさがなくなって」
人間も動物も何も変わらない。同じ生き物だ。そして、生きている限りは誰しもが寂しいという気持ちをもっている。
俺も真理音も猿もウサギも……何も変わらないんだ。
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