第2話 ショバ代
西六番街の朝は早い。
まだ空も薄暗い時間から、人が動く。
荷車を押す労働者。
酒臭いまま寝転がる酔っ払い。
市場へ向かう魚売り。
路地裏では、昨日殴られたらしい男が転がっていた。
そして。
「困り事ねぇかー!」
場違いな声が響く。
バクトだった。
道の真ん中で両手を広げ、大声を張り上げる。
後ろにはワイザ、カリナ、ヒャッポ。
四人とも昨夜は橋の下で寝たため、服がめちゃくちゃ汚れていた。
「ねぇよガキ!」
「うるせぇ!」
「朝から叫ぶな!」
怒鳴られる。
だがバクトはへこたれない。
「なんでもやるぞ!」
「荷運び!」
「掃除!」
「猫探し!」
「食える仕事なら歓迎!」
カリナが小声で言う。
「これ効率悪くない?」
「人脈作りだよ」
「十歳の発想じゃないんだよねぇ」
ワイザが腹を押さえる。
「腹減った」
「我慢しろ」
「限界」
その時だった。
魚屋の老婆が声をかける。
「坊主たち、荷車押せるかい?」
「おう!」
四人で荷車を押す。
市場まで運ぶ。
途中で坂道。
ワイザが一人で押し切った。
「うおぉ……怪物かいお前」
報酬は黒パン四つ。
四人は歓喜した。
特にワイザ。
「うまい」
「まだ食ってねぇだろ」
「気配で分かる」
そんな風に少しずつ仕事を探していた。
だが。
西六番街は、そんな甘い場所ではない。
昼頃。
運河沿いの通り。
バクトたちは、泣いている子供の飼い猫探しをしていた。
「白黒の猫?」
「うん……ミャルっていうの……」
「任せろ!」
バクトが胸を叩いた。
「俺ら西六番街便利屋だからな!」
「今決めたの?」
「今決めた」
その時。
後ろから声がした。
「おいガキ」
振り返る。
三人いた。
革ジャン。
柄の悪い顔。
腰にはナイフ。
見るからにチンピラだった。
真ん中の男がニヤつく。
「誰の許可で商売してんだ?」
周囲の空気が少し変わる。
近くの露店商たちが目を逸らした。
カリナが小声で言う。
「ヤバいやつ?」
「たぶんな」
男は胸を親指で叩いた。
「俺らぁ極楽連合だ」
その名前を聞いて、周囲が静かになる。
西地区の八割を取り仕切る巨大組織――無言竜。
その末端。
三次団体。
それが極楽連合だった。
西地区では知らない者はいない。
みかじめ料。
闇賭博。
盗品売買。
裏路地のほとんどを牛耳る連中だ。
「ここで仕事するならショバ代払え」
バクトが眉をひそめる。
「ショバ代?」
「場所代だよ。西六番街で稼ぐなら、俺らに金払う決まりなんだわ」
「いくらだ」
「今日は特別に銀貨一枚」
「ねぇよ」
「なら身体で払うか?」
男がカリナを見る。
空気が変わった。
ワイザが前に出る。
ヒャッポが静かに弓を持つ。
だが先に動いたのはバクトだった。
「おっさん」
「あ?」
「ガキ相手にショバ代とか、恥ずかしくねぇの?」
男の笑みが消える。
「なんだとコラ」
「しかも三次団体? 末端の末端じゃねぇか」
周囲がざわついた。
カリナが顔を覆う。
「あーあ」
「終わった」
男の額に青筋。
「殺すぞガキ」
「やってみろよ」
バクトが笑う。
完全に挑発だった。
次の瞬間。
男が殴りかかる。
だが。
バクトは低く潜った。
腹へ頭突き。
「ぐぉっ!?」
さらに落ちていたレンガを掴み、膝へ叩き込む。
ゴギッ。
「ぎゃああ!」
「先に言っとく」
バクトが笑う。
「俺、売られた喧嘩は絶対買う主義なんだわ」
残り二人が飛び出す。
だがワイザが止めた。
片手で。
「うおっ!?」
そのまま持ち上げる。
「軽い」
「化け物か!?」
ドゴン。
地面に叩きつけた。
最後の一人がナイフを抜く。
ヒュッ。
矢が飛ぶ。
男のズボンが背後の樽に縫い付けられた。
「ひっ」
ヒャッポが無表情で次の矢を構える。
「次、足」
「すみませんでしたァァ!!」
男はズボンを脱いで逃げた。
通行人たちがざわつく。
「極楽連合に喧嘩売りやがった……」
「終わったなあいつら」
「子供なのに……」
だがバクトは平然としていた。
「で、猫探すぞ」
「今それ?」
「仕事途中だろ」
カリナが笑い出す。
「ほんと頭おかしい」
ワイザは黒パンを食っていた。
ヒャッポは静かに周囲を見ている。
だがその頃。
路地裏では。
逃げ帰ったチンピラが震えていた。
「ほ、本部に報告を……」
西六番街。
その片隅で。
小さな喧嘩が始まった。
だがそれは、後に西地区全体を巻き込む騒動の始まりだった。




