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7,5 お支払いは信用と銀貨で

世界には三種類の人種がいる。

一つは混血種(アーク)

人口の大半数を占め、特にヒエラルキー下層に多い。一度(ひとたび)銀に触れれば火傷のような症状が現れ、程度によって近くにあるだけも気分が悪くなる者もいる。そのため、民間に流通している銀貨のほとんどは銅とニッケルの合金である。


一つは純血種(クーリオ)

ヒエラルキー上層に多い少数派(マイノリティ)。近年、貿易の拡大に伴った阿州(アジア)との混血によって減少傾向にある。銀に対して拒絶反応を起こさず、銀が基本通貨となった世界貿易の権益を独占する。そのため一財を成して裕福な者が多く、羨望と嫉妬の対象となっている。


そして最後の一つは、世界にほんの僅かに存在するばかりで発生理由も詳しくわかっていない。しかしながら極めて異質な(・・・・・・)特徴から軽視出来ない者である。



「−変異種(カスタ)か。」

いつもは表情の読み取れないジルの目が僅かに見開かれた。


「そう、僕も初めて見た時はびっくりしたよ。ねぇ、ポプラ?」

僕は彼女の首筋から頭頂まで沿うように眺めた。


どう形容すべきであろうか。ボブカットで斜めに切り揃えられた髪の流れを縫って二つの外向き三角形がピンと張っている。それは普段見ている猫のそれとひどく酷似していた。言ってしまえば、猫耳というわけだ。薄く皮の張って柔らかな毛に覆われたそれは、忙しなく動き周囲の音をかき集めているようだった。薄黄緑(ペリドット)の虹彩の中にある瞳孔は三日月のようになって微妙に揺らいで世界を観ていた。


変異種(カスタ)

この人種を語るにあたって欠かせないのはやはりその身体的特徴である。一般的に変異種と言われる人種はある一種の動物の身体的特徴を備え、非人間的な能力を発現する個体も過去の文献では存在する。また、純血種との共通点として銀に対して耐性を保つ点から、権力の傾倒を恐れる為政者から警戒され迫害の対象となっているようだ。


「ふふ、あまり気にせんとってや。そこまで君たちと変わらんしどう足掻いたって非力なんよ。」

()はひらひらと手を振って肩をすくめた。ジルの内を読み取ったのだろう、その言葉はまっすぐ彼に向けられていた。


「で、おにーさん。ちょっとお使い頼まれてくれへん?なぁに、ちと多めに渡すから余った分は手間賃なぁ。」

ポプラはやや目を細めて片手でマッチの小箱を揺らした。本来なら棒切れが側面を叩くはずの箱は、空気と塵を内包して僅かに風を切るのみだ。


ジルは一つ頷いて踵を返した。後に残るのは錆びた蝶番の音と埃っぽい空気。セピアを帯びたランプが煌々と灯っている。


ポプラは大きく伸びした。しなやかな体が目一杯伸ばされ、耳がピクピクと震える。欠伸を噛み殺そうともせず、発達した犬歯が鋭利に光った。

「やれやれ、接客はしんどいな。してご用件は?まさか、これだけとは言わへんやんな?」


「まさか。そんなに平和だったら君も店じまいを考えないとね。」

唇の端に薄い笑みを浮かべて僕は言った。

「[燕の商会]って知ってる?」


猫の瞳がきゅっと細まり何かを追って宙空を走る。


「[燕の商会]なぁ。南の港を拠点とする貿易組織(ギルド)やろ?まだまだ新興やて目立った動きはないようやけど。」


「ふぅん...」

視線をカウンターの木目に滑らせてしばし黙考する。

以前、罠にかけた「小ネズミさん」とは随分興味深い話し合いをした。結局、彼らの根城は聞き出せたものの目的までは叶わなかった。しかしどうにもきな臭い。こちらで探ってはいるが、その目的と資金源が不明瞭で背後で何かつながっている可能性も考慮しなくてはならない。


「...どないした?喧嘩でも売られたんかいな。」

そう言う彼女は気取らない口調ではあるが耳がぴくりと動いてこちらの反応を伺っている。


「ちょっとね。全然大したことじゃないんだけど...しばらく彼らの動向を見ていてくれないかな?気にかける程度でいい。」

それに対して僕は曖昧な笑みを浮かべて返した。果たしてそれが彼女の目にどう映っているのか僕には自信がなかった。


彼女の返答は思いの外そっけなく簡潔であった。

「そうなん。ほな、おっきな動きがあればウチの猫を寄越すわ。うーんそやな...ブレローに頼もか。」


ふと足元に視線を落とすとしなやかな影が忍び寄っていた。先刻、僕たちを案内したあの黒猫だ。黒猫(ブレロー)は小さく鳴いて足元をするりと通り過ぎた。彼には何度かお世話になっている。


「助かるよ。」

僕はベルトポーチを指先で探った。平たい円形の金属が指先に触れる。硬質な冷たさの数を数えながらふと思い出して小首を傾げた。

「ああ、対価は世界銀貨で、だっけ。忘れてた。にしても世界銀貨なんて普段使いにくいのに、どうしてわざわざ?」

ポーチの前ポケットに指を滑り込ませると小さな布包を取り出した。僕はそれを開いて中身のいくつかをハンカチで摘み上げ、カウンターの上にカチリと置いた。揺らぐランプの光を受けて冷ややかに光っているそれは天秤の彫刻をうっすらと浮かばせている。


ポプラは細い指の間に銀貨を挟んでくるりと回す。

「おおきに。All that glitters is not gold、『輝くものがすべて金とは限らない』だよ。地域銀貨よりもずっと価値は安定で朽ちにくい。信用にたる対価なんよ。」


そう言って彼女は愉悦そうに目を細めた。

エピソード7、ようやく書きたかった範囲終わりました。

ちなみにこれ以上のファンタジー設定は出てきません。(出てこないように僕の理性が押さえつけておきますね)


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