おかわり 愛情のコーヒー、お淹れします。
晴翔は自ら百十番通報した。
もちろん捕まらないわけがない。人を刺したのだ。
我に帰り達成感は薄れ、罪悪感と後悔だけが晴翔を突き刺した。
遠くからパトカーのサイレンが聞こえる中、膝から崩れ落ちた。
その後まもなくして、送検され、起訴されて裁判にかけられることになった。
一方の紗穂は、晴翔に刺されたものの、懸命の救助活動によって一命を取り留めた。
目覚めた彼女は自分の行いを恥じ、真澄には手紙を送り、晴翔には友人の弁護士を派遣してきた。
その弁護士は刑事裁判を専門に扱うベテラン裁判官のようだった。
弁護士によれば、紗穂は弁護側の証人として晴翔の情状酌量を求めてくれるらしかった。
しかし、弁護士は会いに来れど、真澄が面会に来ることはなかった。
そうして裁判が始まった。
その頃の真澄。
真澄はあの喫茶店にやってきていた。
真澄が知りたい真相は、どんな風に晴翔が紗穂を刺したのか、その一部始終だった。
もちろんマスターは、晴翔の来訪を覚えていた。
「そのお客様は確かにこちらの喫茶店にご来店になりましたね」
「あの人もこの真相ブレンドを飲んだんですか?」
「ええ、彼の話していた真澄様はあなたなんですね。犯罪を犯してしまった人ではありますがとても素敵な方なようですね」
「え?」
「真相ブレンドの豆はとてもデリケートで、こちらのカップしか受け付けないんです。その一方でこのカップはとても感受性豊かというか、変化したコーヒーを飲んだ人の感性を受け継ぐんです
そう言ってカップを真澄に見せた。
「それによってカップが輝いたり、くすんだりするんですよね。晴翔様の場合は一度黒くくすんだんですが、すぐに暖かく輝いていたんです。おそらく恨みの中に、真澄様への愛がずっと残っていたんだと思います」
「やっぱり和くんは和くんか……」
「真澄様にコーヒーは不要のようですね」
「もう一回、あの人に会いに行ってきます」
「こちらをお持ちください。特別な豆は使っていませんが、いつもブレンドを入れる時に足す豆で、丹精を込めて愛情のブラックを淹れました。お代はいただきません」
そう言ってマスターは、ペットボトルに入ったホットコーヒーを手渡した。
「ありがとうございました!」
マスターは「またのご来店をお待ちしております」と言いたいところだが、一度たどり着いた人はもう二度とたどり着くことはないのだ。
そう思いながら笑顔で見送った。
真澄は喫茶店を出ると、走り出した。
裁判所では、沙穂の証言に差し掛かっていた。
真澄は到着すると、裁判所の係員に
「前原晴翔の裁判を傍聴したいんですけど」
「傍聴席はもう埋まってしまってますね」
「私、元カノの真澄なんですけど」
「ああ、あの。証人としてお越しではないですよね?」
確かに証人としては呼ばれていない。傍聴席に入ることを諦めかけたとき、
「もしかして、傍聴されます? あの私急用で帰るので、よかったらお聞きになられてください」
そう一人の女性が真澄に言う。
「ありがとうございます!」
「お静かに入場お願いしますね」
そう言われ、真澄は法廷に入っていった。
そんな真澄を見て、
(元カノさんか……。あの二人にはなんだか幸せになってほしいな……。にしてもあの人からしたコーヒーの匂い……、どこか懐かしいような……)
そんなことを思いながら、裁判所を出ていった。
「雪か……。お迎え呼ぼうかな」
そう言ってその女性は、電話をかける。
「あ、お父さん? 貴子だけど、ちょっとお迎え来てくれない? 今回の裁判はどうだったかって? えっとねー……」
晴翔は裁判の末、情状酌量の余地ありとして、執行猶予四年・拘禁刑三年の判決が降りた。
晴翔は拘置所を出ると、再び真澄と交際。
それから一年の歳月を経て結婚した。
披露宴の企画は晴翔と真澄の合意の下、紗穂が担当した。




