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Ⅳ:獣たち

「死因が夫婦喧嘩だって?」


イヤーカフ型の無線から、豪快なエンジン音をバックに軽快な笑い声が聞こえている。音の響き具合から推測するに、どうやら声の主は見晴らしのいい場所で最高のツーリングを愉しんでいるようだ。相棒のスポーツバイクで疾走する、俊足の獣の姿が目に浮かぶ。一方、通話元の男は今では紙切れとなった資料を片手に、エンジンを切った愛車の中に独り閉じこもっている。要もなくルーフを開けたコンバーチブル車のドアに頭を預け、助手席の向こうに組んだ脚を投げ出し、バスタブに浸かるような格好で、ジャッカルはだらしなく天を仰いでいた。細々した面倒ごとが大の苦手なこの男にとって、資料をすべて見直し手掛かりをしらみ潰しに辿ってゆく作業など、到底やる気も起きなかったのだ。


「ああ、見せかけか、本気の痴話喧嘩なのか、どっちだっていいさ。とにかく手掛かりが途絶えた。神足融こうたりとおるの口から一網打尽にする計画が、全部パアだ」

「あんたほどの人が、珍しくついてないじゃないか」

「まったくだ」


一頻しきり笑い終えると、バイカーはふと気が向いて身体を起こし手元のギアを切り替えた。スピードを徐々に緩めてエンジン音を押さえ、八方塞がりでやさぐれ気味のこの男に少しだけ付き合ってやることにしたのだ。


「女の身元は?」

「マリー・サロメ・マイトナー=神足、自然保護回復強化区域サンクチュアリ勤務の化学研究所職員だ。所長の旦那と並ぶ酔狂な化学者さ」

「そいつが子どもの親だってことも、間違いないんだろ?」

「確かだ。照合結果も出てる。過度な整形と染髪のあとが気にはなるが、あからさま過ぎる。あの殺し方から見ても、目眩しじゃないなら旦那の趣味か、女側の依存だな」

「怨恨ね。でも、に落ちてないってわけか。 ─── ジャッカル、愚痴を言うために連絡したんじゃないんだろ、要件は?」


図星を突かれた男は、無人のガレージでサイドミラー相手に片頬を歪めると、資料をダッシュボードに投げ捨てた。


「そっちはどうだ、全員片付いたか」

「もちろん、抜かりなく」

「助手や親近者はどうした」

「リストにあったのは主要メンバーだけだ。要人以外は手を出してないよ」

「なるほど、規則通りってわけだな」

「何だよ、今さらテストか? あいつらの研究施設まで行って残らず爆破でもして来いっての? 特攻しろって?」


すぐさま爆竹のように怒り散らした快活な声は、顔の周りにわずらわしくまとわりついていたもやを吹き飛ばしてくれた。素直なこの反応を期待して、つい、いつも悪戯心をくすぐられる。ジャッカルは独りニヒルな笑みを浮かべた。


「冗談だ、そう熱くなるなよ。この仕事に完璧は無い。俺たちはウロボロスの腹の中でイタチごっこをしてるのさ」

「フン、相変わらず渋いこと言いやがる」


しばらく沈黙したジャッカルの思惑を勘繰りながら、ヴェルフィンは要塞のような豪邸の建ち並ぶ、広大な郊外私有区域サバンナを睨んでいた。

”完璧な悪人も、完璧な善人もいない”

かつて怒りに狂い、手のつけられない狂犬になりかけていた自身に同じ声が言った言葉だ。


「なあヴェルフィン、まだ境界放水地バウンダリーズフォールの辺りに居るだろ。ひとつ頼まれてくれ、ある病院を調べて欲しい」

「悪いが、あいにく今日は報告と休養で忙しくてね。潜入調査なら専門家に頼みなよ。サーペントとは仲良しだろ?」


仕事終わりの最高のツーリング時間を邪魔された挙句、揶揄からかわれたヴェルフィンは、すっかりへそを曲げており、そろそろ通話にも飽きていた。要件を聞き終えるとすぐにギアを切り替え、既にヘルメットの通信部に指を構えている。


「おい、あいつはよせ、ほかの ───」

「繋いでおくよ、じゃあな」


言い終える頃には姿勢を低くし遥か遠方の中央都市セントラルを見据え、既にブーストをかける体勢にあった。

ジャッカルにはああ言ったものの、皮肉屋でまわりくどいヤツとは出来るだけ話したくない。

どうせ地上巣本部ハイヴに寄るのだ、γ(ガンマ)部隊には本部から繋いでもらおう。

アクセルを吹かし、フルカウルの黒い愛車と一体化すると俊足の獣は、一瞬で風になった。


 どうやら、いつも気前がいいはずのヴェル

フィンの機嫌を損ねてしまったらしい。そう気づいた頃には通信は虚しく切れており、取りつくろおうにも時既に遅しだった。諜報部隊の中でも絶対に借りだけは作りたくない男、サーペントを差し向けてくるあたり、彼女の仕返しのセンスには“お見事”と言わざるを得ない。しんと静まり返ったガレージで、ジャッカルは短く切り揃えた髪を独り掻き荒らした。

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