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(42)更なる要請

「国政を滞りなく進めるためには、それくらい恥知らずで人でなしにならなければいけない時があるのですね。良く分かりました。ですが、根っからの善人で人徳者だと思っていた大叔母様までがそのような嘘を公言していたとは、少々人間不信に陥りそうです」

 軽く嫌みをぶつけてみると、テオドールはわずかに顔を歪めながら神妙に語り出す。


「あの時、モニカには本当にすまないことをした。事情を一通り説明した後、『使用人達に疑われないよう、本気で私を口汚く罵って殴る蹴るの暴行を加えてくれ』と頼んだら、『そんなことはできません!』と真っ青になって泣き出してしまってな」

「どう考えても、あの叔母上には無理ですよ。ですから使用人の訴えで自分の耳を疑った両親が、何事かと血相を変えて叔父上の屋敷に出向く事態になったのですから」

 心底気の毒そうな表情で、ランタスが口を挟んでくる。


「懇願してなだめすかして、何とか実行するのを了承して貰ったのだが、『どんな言葉で罵れば良いのでしょう』と本気で途方に暮れてしまってな。私が片っ端から書き殴った物を、二日かけて丸暗記してから実行に移したのだ」

「そうでしょうね、人には向き不向きがありますから。あの方には到底無理ですよ……」

「自分の妻に、何て無茶ぶりをなさったのですか。呆れて物が言えません。お気の毒に……」

 ここで温厚な老婦人の顔を思い浮かべたリロイとマグダレーナは、当時の彼女の心境を思って深く同情した。


「それで実際にやってみたのだが、用意していた悪口雑言で延々と私を罵った挙げ句、私に組み付いて壁に突き飛ばしたモニカが、緊張のあまり我を忘れて衝突の衝撃で飾っていた場所から落ちてきた剣を手に取って私に斬りかかったのだ。タイミング良く、室内のただならぬ様子に意を決して踏み込んできた使用人がそれを目にして、モニカを取り押さえたというわけだ」

 それを聞いたマグダレーナ達は、揃って嘆息した。


「使用人達は、まさか演技とは思わなかったのでしょうね……」

「ちなみに大叔父上、どの程度の怪我をされたのですか? 斬られたのなら、それなりの負傷だったのでは?」

「いや、慣れないことをさせられて、モニカは相当動揺していたからな。鞘から抜かずにそのまま剣を振り下ろしたから、私の左頬がしばらく赤黒く腫れ上がった程度だ。後は肩や胸、腰に複数の打撲だ。幸いなことに、骨折もせずに済んだからな」

 そこでリロイが、しみじみとした口調で遠慮のない感想を述べる。


「大叔母上が、根っからの貴婦人で良かったですね。マグダレーナみたいにある程度護身術を叩き込まれていたら、たとえ演技でもその程度では済まなかったと思います」

「あの善良なモニカ大叔母様に、とてつもない心労を負わせたのですもの。骨の一本や二本、折れても良かったのではありませんか? ……むしろ、折れれば良かったのに」

「マグダレーナ……」

 素っ気なく言い放った妹に、リロイは呆れ気味の視線を向けた。しかしそんなことには構わず、彼女は真顔になって意見を述べる。


「大叔父様。一言言わせていただければ、王子殿下の中から後継者を選ぶのではなく、いっそのことダニエル様が国王陛下の庶子であるのを明らかにして、後継者として立ててはどうでしょう? 頭脳明晰で人柄も良く、既に官吏としても頭角を現しているくらいですもの。あの殿下達とは比べるまでもありませんわ」

 その進言を、男達は冷静に否定する。


「マグダレーナ……、お前にしては状況判断ができていないな」

「そんなことをしたら、今以上に混乱必至だろう。出自に問題がありすぎる」

「第一、ダニエル殿は既婚者なのに、王妃をどうするつもりだい? ダニエル殿の優秀さは私も知っているから、気持ちは分かるけどね」

「あ……、そうでしたわね。申し訳ありません。予想外の内容を続けざまに伺って、正常な判断ができませんでした」

 既に平民の妻を得ているダニエルを立太子しようとなると差し障りが多すぎる事に思い至り、マグダレーナは即座に頭を下げた。そこでテオドールが、口調を改めて話を続ける。


「それでは話を戻そうか。当時私達は、陛下の平民の恋人とその子供の身の安全を保証して、即位するとの了承を得た。だからもし王座に執着していないエルネスト殿下をこの一年間でお前が推す場合、後の二年間でエルネスト殿下に即位を引き受けて貰うための条件を探ってくれ。その間に私達が、できるだけ円滑に王位譲渡ができるよう水面下で準備を整える」

 改めて説明を受けたマグダレーナは、当初自分の考えが足らなかったのを認識し、不本意そうに言葉を返した。


「一年間で見極めろと仰ったのは、それを含んだ上でのお話でしたのね。あの時にそこまで推察できなかったとは、私もまだまだですわ」

「やはりエルネスト殿下には見込みがないと判断するなら、他の王子でも良い。その場合はどちらもすぐに誘いに食いつくから、調べるまでもないがな」

 そう言いながらも、自分がエルネストを選択すると疑っていないと感じたマグダレーナは、更なる厄介ごとに気が重くなった。しかしすぐに気を取り直し、頷いてみせる。


「事情は理解いたしました。取りあえず年度末まで、観察を続けていきます」

「ああ。よろしく頼む」

 予想外の秘密を聞かされる羽目になったマグダレーナの表情は、父と兄同様に硬かった。しかし国政の混乱を増長するわけにはいかないと思い返し、自分なりの最良の結論を導き出すのを、改めて決意したのだった。



 



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>自分なりの最良の結論を導き出す  読者には、未来がどうなったか、判っているのですが。 どういう経路をたどってそこに行きつくのか? そこが未だ不明で面白い。
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