(17)賞賛と謝罪
「先程、陛下が一度だけ直に声をかけたと仰ったのは、彼女をエルネスト殿下の乳母兼養育係に抜擢した時の事ですか?」
半ば確信しながらの台詞だったが、レイノルはそれをあっさり肯定した。
「そうだ。それ以降は侍従やテオドールが、この女の要望を聞いたり対応をしていたからな」
「因みに、その時にどんな事を伝えたのですか?」
その問いかけに、レイノルは一瞬マグダレーナに視線を向けた。しかしすぐに墓石に視線を戻しながら淡々と続ける。
「大したことは言っていない。『エルネスト殿下をどのようにお育てしたら良いでしょうか』と尋ねられたから、『お前の兄のように他人を妬まず、自分を卑下せず、何事にも誠実に取り組み、信念を貫く人物に育てれば良い』とだけ伝えた」
「そうですか……」
そこでマグダレーナも墓石を見下ろし、その場に沈黙が漂う。そのまま少し経過してから、レイノルは再度口を開いた。
「この女は王宮内で孤立しても、王妃から目の敵にされても踏み止まって、エルネストを真っ当に育て上げた」
そこで一度言葉を区切ったレイノルは、普段の彼には似つかわしくない穏やかな口調で告げる。
「お前は兄以上に忠実で有能だったぞ、ルイーザ・トラヴィス。これまでご苦労だった」
目の前の主君が心からの賛辞を贈っているのを目の当たりにしたマグダレーナは、複雑な思いを抱えながら溜め息交じりに口にする。
「……生きている間は伝えられないので、お亡くなりになってからこちらに出向きましたか」
そこでレイノルはマグダレーナに向き直り、平坦な声音で尋ねた。
「不服か? この女も、私からの賞賛が欲しくてエルネストを育てたわけではないと思うがな」
「いえ、陛下のお考えに異を唱えるつもりはございませんし、事実、この方は賞賛や名誉など微塵も欲していなかったでしょう」
マグダレーナは冷静に言葉を返してからレイノルに一礼し、その横をすり抜け前に出た。それと同時にレイノルとリロイは一歩分後ろに下がる。そして一人墓石の前に立ったマグダレーナは、真顔で口を開いた。
「ルイーザ様、初めてご挨拶いたします。マグダレーナ・ヴァン・キャレイドと申します。この度はエルネスト殿下に関してあなたにお伝えしたいことがあり、こちらに出向きました」
軽く頭を下げた彼女は、真剣な面持ちで話を続ける。
「先程陛下から、貴女にどのような指示をしたのかをお伺いしました。貴女は誠実にそれを実行して、殿下を養育なさったのでしょう。殿下が多くを望まず、しかし必要な誇りは失わず、他者を思いやるように。陛下が評した以上に、貴女の功績は大きいと断言いたします」
そこまで口にしたマグダレーナは、ここで若干控えめな口調で話を続けた。
「殿下は貴女が思い描いたように、他のどなたかが即位すると同時に大公位と僅かな領地を授かって、領民を慈しみながら穏やかに人生を送るのが相応しいですし、幸せになれるのでしょう……」
マグダレーナのしみじみと語る内容に、レイノルとリロイは無言で耳を傾けていた。すると少しだけ口を噤んだマグダレーナは、次の瞬間、決意に満ちた顔つきと口調に改めて言い切る。
「ですが私達はエルネスト殿下が望む望まないに関わらず、殿下を次期国王に押し上げて参ります。この展開は、貴女にとって不本意極まりないことでしょう。それで秘密保持の面でも、ご存命中にお伝えすることはできませんでした。この場でお詫び申し上げます。誠に申し訳ございません。ご容赦くださいませ」
故人に宣言したマグダレーナは、深々と頭を下げた。その背中に、レイノルが静かに声をかける。
「お前は詫びに来たか」
その声に、マグダレーナは振り返って問い返した。
「無用だと思われますか?」
「好きにすれば良いだろう。お前がそういうことをする人間だとは思わなかっただけだ」
「そうですか。私は、陛下が真に賞賛するに値する臣下をそれほどお持ちでなかったことに衝撃を受けましたわ」
先程のような本心からの賞賛など、常日頃はしないのだろうと見当をつけたマグダレーナが、皮肉っぽく口にした。するとレイノルが、鼻で笑いながら言葉を返してくる。
「そうだな……。テオドールが死んだら、同じように墓石に向かって褒め称えてやっても良い」
「大叔父様が聞いたら絶対に嫌がりますし、是非とも生きている間に苦労に報いて差し上げてください」
「気が向いたらな。それではリロイ、引き上げるか」
含み笑いでレイノルが告げると、これまで無言を保っていたリロイがベール越しに応じる。
「分かりました。それではマグダレーナ、お前も気をつけて帰れよ?」
「分かっております」
そこでマグダレーナは、リロイを従えて歩き出したレイノルを見送った。それから再度墓石に向き直った彼女は、少しの間思いを巡らせてから、その場を後にした。




