(14)訃報
第二教授棟の隠し部屋での密会相手は、学園に在籍しているのがマグダレーナの他はレベッカのみとなっており、自然にこの部屋で会う回数を減らしていた。そしてほぼ十日ぶりに待ち合わせた日に遅れてしまったマグダレーナは、室内に入った直後に相手に頭を下げた。
「レベッカ、遅くなってごめんなさい」
するとレベッカは、膝に置いていた本を閉じながら笑顔で応じる。
「勉強しながらお待ちしていましたので、構いません。ところで、少し前からエルネスト殿下に付き合って、放課後に様々な事をしていると伺いましたが」
「ええ。学園内で、噂にでもなっているのかしら?」
「いえ、それは全く。入学時から殿下が色々されていたので、今では他の生徒が関心を寄せなくなっている上に、事務係官などの学園の方々が口を閉ざしておられるようです」
「本当にありがたいことだわ」
予想はしていたものの、レベッカの報告を聞いてマグダレーナは安堵した。するとレベッカが、真顔で話を続ける。
「それで、その作業の合間に、マテルさんのお母様の話を聞いておられますか?」
「殿下の乳母で養育係を務めた方よね。いいえ、特にその方についての話はお伺いしていないわ。と言うか、殿下は殆ど個人的なお話をされないから」
「そうでしたか……。以前からマテルさんとは手紙のやり取りをしているのですが、最近ではかなり病状が重いそうです」
沈鬱な表情で語るレベッカに、マグダレーナは僅かに驚きながら問い返す。
「そんなに深刻なの?」
「はい。そのようです」
「そう……」
そこで視線を落として考え込んだマグダレーナは、深い溜め息を吐いてから独り言のように告げた。
「一度、直にお会いしたかったけど、そんな状態なら無理強いはできないわね」
「マテルさんに会えないかどうか、尋ねるだけ尋ねてみますか?」
気を遣ってレベッカが提案してみたが、マグダレーナは少しだけ迷う素振りを見せたものの、小さく首を振る。
「……いいえ。マテルさんに、何事かと思われるわ。それにあの殿下を育てた方であれば、余計な事だと判断されたら口を閉ざして一言も発しないでしょうね」
「そうかもしれませんね……。マテルさんからの手紙に時々書かれていましたが、意思が強い方みたいですし。エルネスト殿下を王太子に推すような方ではなく、ただ殿下の幸せを願う方のようです」
「そのような方が殿下の側におられたのは、幸運だったわね」
そこでしんみりとした空気を切り替えるため、二人は話題を学園内の情勢報告に変えてひとしきり話し込んだ。
※※※
ある朝、入学以来欠かさず出席していたエルネストが教室に現れず、マグダレーナは怪訝に思いながら一時限目の授業を終わらせた。休憩時間になったところで、少し離れたところに座っているイムランとディグレスに目配せを送る。彼らはそれだけで察したらしく、幾つかある寮のうちエルネストと同じ寮に入っている生徒に歩み寄ってさりげなく声をかけ、情報収集を始めた。
「マグダレーナ嬢。悪いが、先程の授業でここが分からなかったので、教えて欲しいのだが」
ディグレスが広げて差し出してきたノートに視線を落としたマグダレーナは、笑顔で言葉を返す。
「構いませんが、そろそろ休憩時間が終わりますので、放課後に時間を取ってお教えしますわ」
「それで構わない。よろしく頼む」
軽く頭を下げたディグレスは、次の授業を行う教授が入室してきたことで、素早くノートを閉じて自分の席に戻って行った。
『殿下は三日間の外泊許可を貰って、昨夜から不在。親戚の逝去と申請したそうだが、殿下と近しい王族が亡くなった情報は入っていない。殿下の養育係がお亡くなりになったと推察する』
授業が始まってから、マグダレーナは目を閉じてディグレスの走り書きの内容を思い返した。
(あわよくば殿下を説得していただけないかと思っていたけれど、やはり無理だったでしょうね。でもそれを抜きにしても、一度お会いしてみたかったわ……)
マグダレーナは故人の魂が安らかであるのを祈ってから気持ちを切り替え、授業に集中していった。




