君に幸あれ
「ねえ、こっちの世界で告白する時って何か特別な事ってするの? 」
「そんなもん別にないが……お前もしかしてっ、」
「そうなの! まだウォーレンに言えてないの! 」
両手で顔を覆いながら沙弥は全身で嘆きを表現する。
「なんでまだ言えてないんだよ。 ひと言『好きよ、ウォーレン』って言えば済む話だろ」
「もしかしてそれ私の真似? 似てないにも程があるんだけど」
ここは魔術師団長のチェスターの執務室。
沙弥の世界について異世界文化の研究という名目で(要は興味のまま根掘り葉掘り聞きたがるチェスターのため)、たまにチェスターの執務室へ赴き元の世界の事を話すのだ。
そこにウォーレンの姿はない。
時間が取れれば一緒に参加する事もあるが、聖騎士隊長を務める彼も暇ではない。毎回付き合えるわけではないのだ。
では何故団長のアラディンがいるかと言うと、単純に沙弥の世界の話に興味があるのと、体良くサボる口実としてだ。
沙弥としては騎士団のトップなんだからちゃんと仕事しろ!と言ってやりたいが何だかんだと理由をつけて気がつけば毎回一緒に話に混じっている。
「ウォーレンの方はあれだけお前が好きだって全身で表現してるってのに」
不憫な奴、とため息を吐きながらアラディンは肩を竦めてみせる。
「いや、あれはあれでどうかと思うんだけど。あんな人前でくっつく必要あるの? それともこっちの世界だと夫婦や恋人同士ってあんなのが普通なの? 」
日本人として人前でイチャつくには抵抗があるが、これがこの世界の普通だと言うなら多少我慢して歩み寄るべきか。前から思っていた疑問をぶつけてみるとあっさり否定が返ってきた。
「あれを普通だと思うな。 少なくとも座る時に女を膝の上に乗せるなんて俺はしない。二人きりの時ならともかく、人前でなんか絶対やらない」
「……やっぱりウォーレンがおかしかったのね」
薄々そうじゃないかと思ってた。二人でいる時はもちろん、人前であってもウォーレンは常に沙弥にピッタリと引っ付いて離れないし、いくら新婚とはいえちょっと近すぎやしないかと思ってた。
「まぁそんな事よりサヤが告白してない事の方が重要だ」
「私にしたら『そんな事』じゃないんだけど……でも、うん、困ってるのよね」
先ほどから二人が話しているのは沙弥がウォーレンにいつ好きだと告げるかである。
沙弥にしてみたら嫌いではないがまぁ好きかな?くらいの相手と勢いだけで結婚しちゃったが、毎日言葉と身体で全力で愛を告げてくる相手を本気で好きになるのは当然な事だと思う。
「なんか今更どう言えばいいのかなって……」
「お前いくつだよ。ガキじゃあるまいし、そんな事まで教えてやらなきゃなんないのか」
「ううっ、頭では分かってるんだけど、いざ言おうとすると何も言えなくなっちゃって」
「お前らヤる事ヤってんだろ。ならヤってる最中に言う機会なんていくらでもあるだろ」
「……そういう時に勢いに任せて言うのは嫌なの」
なんせ結婚の承諾をベッドの中で取られたのだ。何でもかんでも大事な事を情事の最中に言うのは嫌だ。
「それで言いづらくなって何時までも言えないんじゃ本末転倒だろうが」
「……全くもってその通りです」
しょんぼりと肩を落とす沙弥に、それまでどうでもいいと言う態度を取りながら話を聞いていたアラディンがポツリと囁くように言った。
「……案外一番目に好きな奴じゃなくて、二番目に好きな奴と結婚した方が上手く行くんじゃないか」
「ん? ごめん、今なんて言ったの? 」
よく聞こえなかったと顔を上げる沙弥に、アラディンは一瞬視線を彷徨わせ、何かを決意した様にもう一度沙弥を見つめた。
「なあ、サヤ。……俺、」
「ごめーん。急に呼び出されちゃって」
アラディンの言葉に被せるように、部屋の主であるチェスターが扉を開けて入って来た。
「あ、お帰りなさい」
「サヤちゃん、今日はもう帰っていいよ。ウォーレンがもうすぐ迎えに来るはずだから」
「はーい。…と、ごめんアラディン。さっき何か言いかけてたよね」
「……いや。なんでもない」
「え、でも、」
「サヤ。帰るぞ」
チェスターに続き部屋に入ってきたウォーレンに、沙弥の意識は完全にアラディンから外れた。
「ウォーレン! もういいの? 」
「ああ。今日は早めに終わったんだ。良ければ前にサヤが美味いって言ってた店で夕飯を食べて帰らないか」
「いいね!」
パァっと顔を輝かせて笑う沙弥に、ウォーレンも微笑みながら沙弥の手を取る。
「それじゃあ、お疲れさまでした」
「うん。また次もよろしくね」
「……じゃあな」
そうして仲睦まじく手を繋ぎ出ていく二人を見送るチェスターとアラディン。途端に部屋は静寂に包まれた。
それを壊すようにチェスターは何気なくアラディンに話しかける。
「……そんなに好きなら奪っちゃえばいいのに」
「邪魔した奴がよく言うな」
苦虫を噛み潰した様な顔でアラディンがチェスターを睨む。
「今はどう頑張ってもアラディンに勝ち目はないでしょ。あんなウォーレンが好きで堪らないって顔してる彼女にアラディンが入る隙はないよ。今日はフラれた君に付き合って飲みに行けないから」
この研究が大詰めなんだよ。と、いい笑顔で手に持っていた書類をひらひらと振った。
「チッ。結局それか」
「まぁまぁ。俺は結構応援してるんだよ。あんなに女遊びが激しかった君が、彼女を好きになってから綺麗さっぱり女の子たちから手を引いただろ」
「……他の女じゃ駄目なんだよ」
軽い口調とは裏腹に真剣な目をしたアラディンに、チェスターはやれやれと苦笑するだけに留めるのだった。
それから数ヶ月。やっとウォーレンへの愛を告げた沙弥が、それは嬉しそうにアラディンに報告してきた。
アラディンはそれに良かったなと返しながらも、その顔はどこか痛みを堪えた表情をしていたのに気づいたのはチェスターだけだったーー。
どうやって沙弥がウォーレンに告白するに至ったかという話を書きたかったはずなのに、何故かアラディンがメインになるオチになってしまった…。でもこういう、ヒロインが好きなのを胸に秘めながら表では他の男との仲を応援するポジションのキャラって好きです( ´艸`)
なんかアラディンの恋が報われるといいなと思ってしまったので、そのうちIFで書いてもいいかな~とネタを考えてしまいました。どう頑張ってもムーンさんでしか書けない話しか思いつかないですが、需要……ありますかね(^_^;)