プロローグ
電子書籍とは便利なものだ。
まだ平成と呼ばれた時代、子どもの頃の私は常に5冊の本を学校指定の鞄にしまい込んでいた。教科書類は学校のロッカーにしまい込んだままというのに、鞄はパンパンに膨らんでいた。
それがこのスマホの中に何百冊もの本を入れておける。
今も会社帰りの電車の中でスマホの画面に映される文字を目で追っている。
本来ならページ数八百というまるで鈍器のような文庫本も、片手で読めるのだ。
だというのに、私の通勤鞄には文庫本が数冊詰め込まれている。
それはきっと私が本というものが好きだからだ。
紙からでしか得られないものがある。
自宅にたどり着く。
一日中履きぱっなしだったパンストを脱ぐ。令和の世の中だというのに勤め先の会社はスカートなのだ。言葉で言わなければセクハラではない、と会社のおじさんたちは思っているようだけれど、視線でもセクハラだと認識してほしい。
化粧を落とすよりも先に冷蔵庫から缶ハイボールを取り出して、喉に流し込む。ウイスキーはボトルで何種類か揃えているが、わざわざ割るのも面倒なので缶ばかりになってしまう。
一人暮らしには大きい2LDK。家賃を抑えるために会社からも遠い場所。
別に彼氏がいるわけでも、いたわけでもない。
理由ははっきりしている。缶ハイボール片手に部屋のドアを開ける。
インクと紙の匂いに包まれた部屋。
一部屋を丸々書庫として使っているのだ。
紙の本はカメラと同じだと思う。
読んだ時の風景、そしてその時の感情を封じ込める。
この部屋にはたくさんの物語と思い出が詰まっている。
明日は休みだから、ゆっくり読書でもして夜を過ごそう。ほろ酔い気分での読書ほど贅沢なものはない。しかしアルコールが入ってしまうとなかなか内容が入ってこないのが悲しいところ。
読むならば知っている本。
物語よりも思い出を肴にするのだ。
そんな時に選ぶ本が収蔵された本棚がある。
私はその棚を『遺棚』と呼んでいる。
かつて誰かの物だった中古の書籍。
誰かの想いや、風景が籠もったモノ。
他人の思い出を覗いてみるのだ。




