第8話 騎士団長、敵全部殺すマンになる
リオンはあの後、アシュレイとガレスにめちゃくちゃ怒られて、泣く泣く執務に戻っていった。
国を捨てても私を選ぶ系激重王太子。字面がやばすぎる。
とはいえ、だからと言って急に『よし世界を救おう!』とやる気が出るわけでもない。人間、切迫感には個人差があるのだ。
「リゼは危機感が足りません」
ノアが真顔で言った。
「うるさいなぁ」
私はソファに寝転がったまま砂糖菓子を口に放り込む。
ノアは、毎日のように私のいる客室へやって来て、そのまま一日中居座っていた。
最初は『少しだけお邪魔します』と遠慮していたくせに、今では当然のように紅茶を飲み、お菓子をつまんでいる。順応が早い。
「というか、あれはリオンが重いだけでしょ。元からちょっとおかしかったし」
「その“ちょっと”が悪化してるんです」
ノアは給仕された紅茶をすすりながら、淡々と言った。
「前にも言いましたが、本来のシナリオから外れた影響で、攻略対象たちの感情が暴走している可能性があります」
「感情暴走ぅ?」
「好意が正常範囲を超えて増幅されてるんです」
「怖」
「主にリゼのせいで」
「なんで私が悪いみたいな言い方するの?」
リオンに出た警告がさすがに気になって、ノアには【魅了補正】の仕組みを説明してあった。好意につながる感情を誘導したり、増幅したりできることまで。それ以来、この調子である。
便利だったから使っただけだ。直接、洗脳しているわけでもないというのに。
その時だった。突然、激しい音を立てて部屋の扉が開いた。
「リゼ!!」
「うわっ!?」
ガレスが部屋に飛び込んできた。だが、明らかに様子がおかしい。全身返り血まみれである。
「え、何!? 誰殺したの!?」
「魔物だ」
「その量はおかしいでしょ!?」
いや、騎士団長が魔物を倒すのは通常業務なのだろう。問題は量だった。
銀色の鎧も、腰の長剣も、前髪の先までべっとりと赤黒い血に染まっている。しかも本人は至って真顔。見た目が完全にホラー映画の殺人鬼である。
「北門付近に空間の裂け目が発生した。そこから出てきた魔物は、すべて処理してきた」
ガレスは淡々と報告する。
「すべて?」
「ああ」
「騎士団総出で?」
「俺一人で十分だった」
横でノアが、あからさまに嫌な顔をした。
「……何体出たんですか」
「百二十七」
「は?」
私とノアの声が揃った。ガレスは怪訝そうに首を傾げる。
「何か問題あるか?」
「ありまくるわ」
騎士団長ってそんなバグキャラだったっけ?
いや強キャラではあった。ゲームでも最強クラスだった。とはいえ、これは異常だ。
「普通、一人で百体超えの魔物殲滅とかしないでしょ」
「リゼに近づく危険があるなら、全部俺が殺した方が早い」
さらっと恐ろしいことを言われた。ノアが頭を抱えて私を見る。
「リゼ、ガレス様には【魅了補正】で、どの感情を強めたんですか?」
「……確か、強めの“庇護欲”」
「それですね」
ノアは声を潜めて説明した。
「ガレス様は元々、守ることへの責任感と執着が強い方だったんでしょう」
「まあ騎士団長だしね」
「でも今は、その対象が国ではなく、“リゼだけ”になり始めてる」
私が呆然とガレスを見つめると、返り血まみれの騎士団長は、なぜか当然みたいな顔で私の前に歩み寄り、その場に膝をついた。
「リゼ、外は危険だ。しばらく王城から出るな」
「うわ、過保護」
一瞬、騎士と姫って感じでドキドキしちゃいそうになる。
「今日、魔物を斬りながら考えていた。次もこうして帰ってこられるとは限らない、と」
次の瞬間、ガレスは立ち上がり、血まみれの鎧のまま、私を力任せに抱き締めた。
ちょっと待って。魔物の血が私の服につくんだけど。
「だから……自分が生きた証が欲しくなる。俺のすべてを捧げて守るべき、家族が欲しい」
「え……」
「リゼ、俺と家族を作ろう。俺の子を産んで欲しい。お前と、俺たちの子供だけがいれば、俺は他に何もいらない」
えええええええ!? 唐突なプロポーズ!? しかも直球すぎる子作り宣言!? え、まさかこの流れで押し倒されたりしないよね!?
「あのー、私もここにいるんですけど」
ノアが冷ややかな目でこっちを見ていた。チッ、こいつの存在を忘れていた。
とはいえ、今は惚気てる場合じゃない。とりあえず、ガレスを落ち着かせないと。
私はガレスの胸に頬を寄せ、それから顔を上げた。潤ませた瞳で、殊勝に見つめ返す。
「ガレス……そんな寂しいこと言わないで。必ず私の元に帰ってきて。私を……私だけを、ずっと守ってね?」
「リゼ……。ああ、そうだな、少し弱気になった。約束する。必ずお前の元に帰る。そして、リゼに仇なす敵は、すべて排除する」
ん? なんか、さっきより目が据わってない?
「……ガレス? その、“すべて排除”って?」
「言葉通りの意味だ。お前を脅かす敵ならば、すべて殺す。魔物も、人間も関係ない」
部屋の空気が、今度こそ凍りつく。
ノアが小さく呟いた。
「……重症ですね」
「何がだ」
ガレス本人だけが、本気で何も分かっていない顔をしている。
「この人、リゼを安全にするためなら、障害になりそうな人間ごと世界を更地にしかねませんよ。このまま行くと、たぶん本当に見境なくなります」
「別に、リゼが無事なら問題ない」
リオンと全く同じことを言い始めた。待って。攻略対象たち、思ったより順調に、かつ致命的に壊れてない……!?
その時だった。廊下の向こうから、複数の騎士たちの悲鳴と足音が響いた。
「た、大変です!!」
若い騎士が青ざめた顔で部屋へ飛び込んでくる。
「東地区でも裂け目が発生しました! 魔物の大群が――」
ガレスが、私を抱いていた腕をほどいた。その目はすでに、次の獲物を狙う獣のそれだった。
「行く」
「いや待って、他の騎士たちも連れて指揮を執りなよ!」
「不要だ。俺一人で行く」
「だからなんで!?」
「リゼの護衛を減らしたくない。城に残る騎士は、一人でも多い方がいいからな」
重い重い重い! 私一人の護衛を基準に、騎士団の配置を決めるな!
ガレスは私の髪に、血のついていない手の甲でそっと触れたあと、そのまま恐ろしい速度で部屋を出て行った。
数秒後。
はるか東の方角から、大地を揺らすような轟音が響いた。
「……」
「……」
恐ろしいほどの静寂。ノアが死んだ魚のような目で、轟音のした方角を見つめた。
「これ、早めにどうにかしないと、物理的に世界が消滅しますね」
「……まだギリいけない?」
「どこがですか」
窓の外では、空の亀裂が、また少しだけ深く、大きく広がっていた。
《対象:ガレス・オルディン》
《警告》
《感情増幅:制御不能》
《庇護欲――増幅中》




