第12話 隠しルート、超めんどくさい
「クソめんどくさい……」
私はベッドへ突っ伏したまま、魂の抜けた声を漏らした。
一度は決意したものの、どう考えても労働量が多すぎる。
「まだ始まってもいないのに、もう限界を迎えてる……」
ノアが呆れ果てた顔で私を見る。私は顔だけをのそりと上げた。
「しかも私、ただの悪役令嬢だし。非戦闘要員だし。普通に死ぬほど危ないじゃん」
修羅場なんて、前世で元彼の浮気現場に突撃したときくらいしか経験がない。古代の魔物と戦えるわけがないだろ。
「別にリゼが自ら前線に行く必要はないですよ。私がやりますから」
「はぁ? お前、私のいない隙に私の男たちといちゃつくつもりだろ」
「リゼじゃないんだから、そんなことしませんよ。恋愛から少しは離れられないんですか?」
するとフェリクスが、くすくす笑いながら言った。
「まあでも、まずはそこまで辿り着ける状態にしないとね。ゲームの攻略には、どうしても彼らの協力が必須だからさ」
そのまま床に転がる三人を指差した。リオン、ガレス、アシュレイ。全員ぐったりと眠っている。
「こいつら、なんとかならないの?」
「簡単にはいかないよ。君の能力はかなり特殊だからね。だからチートって言うんでしょ?」
なんかちょっと煽られてる気がするな。しかしふざけた精霊王は気にすることなく、説明を続ける。
「ただ、人の感情って一つだけじゃないから。恋愛感情が異常増殖してるなら、それ以外の感情も大きくすればいい」
「それ以外?」
「友情、忠誠、家族愛、信頼、使命感」
一つずつ指を折っていく。
「一つの感情が強くなっても、それだけで人間の全部が決まるわけじゃない。ほかに大切なものができれば、その感情に従わない選択もできる」
ノアが少しだけ目を細めた。
「つまり……もっと強い感情を持ったり、関係性を築けば、執着が薄まり、暴走しなくなる……?」
「正解」
フェリクスがぱちんと指を鳴らす。
……確かに。大団円エンドでは、攻略対象たちは主人公以外とも強い絆を築いていた。
リオンは王としての責任を学び、ガレスは守るべき世界を見つけ、アシュレイは他者を信頼することを覚える。そして全員が、恋愛だけじゃない絆で繋がっていく。
「もちろん、恋愛も素敵な感情の一つだよ? 彼らとチート抜きで正面から向き合って、純粋な恋に落とすのも一つの手かもね」
「それは無理」
私が即答すると、ノアが信じられないものを見るように目を丸くした。
「あんなに男を侍らせることしか考えてないリゼが、そんな弱気な……」
「実力じゃ絶対に落とせないって自覚があるから、チート使ってんだろ。言わせんな」
フェリクスは私たちのやりとりをにこにこと見守っている。
「今の世界を立て直すための条件はだいたい五つかな」
嫌な予感しかしない。フェリクスは、まるでクエスト一覧でも読み上げるみたいに軽い口調で言った。
「一つ。“主人公の生存”」
うん。
「二つ。“精霊契約の成立”」
うん?
「三つ。“古代遺跡の攻略”」
だるい。
「四つ。“王家の封印解除”」
本当無理。
「五つ。“空虚の精霊王の討伐”」
「もう世界滅べ!!!!」
私は枕に顔を埋めて絶叫した。
「うわー! 思い出してきた! 隠しルートってこんな鬼畜仕様だった!」
「大団円エンドに繋がるルートだからね」
「クソすぎる!!」
ノアが横で冷静に頷く。
「確かに、やることは多いですね」
「他人事みたいに言うな! お前も強制参加なんだよ主人公!!」
「知ってます。がんばりましょうね」
淡々としてやがる。主人公のメンタル強すぎだろ。
私は再びベッドへ沈み、泥のように溶けた。
「もう嫌だ……働きたくない……」
「でもやらないと世界が滅びますので」
「お前はなんでそんなに世界救済に前向きなんだよ」
その時だった。
「……リゼ?」
聞き馴染みのある声が室内に響いた。
振り返ると、床に倒れていたリオンがゆっくりと身を起こしている。続いてガレスも頭を押さえながら目を覚まし、最後にアシュレイが歪んだ眼鏡の位置を直しながら上体を起こした。三人とも、さっきまでみたいな危険な殺気は薄れている。
「……頭が重いな」
ガレスが眉をひそめる。
「不快ですね。思考に霧がかかったようです」
アシュレイも珍しく余裕のない顔だった。
リオンは真っ先に私を見たが――以前のように、すぐさま抱きついてくることはなかった。
「リゼ、大丈夫か?」
「え、あ、うん」
普通だ。かなり普通寄りだ。むしろリオンがまともだとなんか怖い。
フェリクスが満足そうに頷いた。
「ひとまず、落ち着いたみたいだね」
三人の視線が一斉にフェリクスへ向く。
「……貴様、何をした」
ガレスの声は低い。フェリクスは悪びれもなく肩をすくめた。
「少し眠ってもらっただけだよ。あのままじゃ、君たち同士で殺し合いになりそうだったから」
それを聞いて、ガレスは僅かに顔をしかめた。
「……否定はできない」
うわ、正気寄りだ。逆に怖い。アシュレイが静かに私の足元を見る。
「足枷は?」
「僕が外しちゃったよ」
「……そうですか」
あっさり引き下がる。それはそれで怖い。でもこいつ、一瞬だけ残念そうな顔しなかった?
ノアが小さく咳払いをして、場を仕切り直す。
「話を戻しますが。リオン様、ガレス様、アシュレイ様。皆さんが眠っている間に、フェリクス様から話を聞きました。世界の崩壊を止めるために、何をすべきかも」
アシュレイの表情が引き締まった。
「……聞かせてください」
私はベッドの上で身体を起こすと、少し考えた。さすがに“ここ乙女ゲームなんです”とは説明できない。【魅了補正】のことがバレてもまずいし。でも、大筋は伝えないとまずい。
「いきなり信じろって言うのも無理あるんだけどさ……私とノアには、ここではない別の世界――“前世”の記憶があるの」
部屋の空気が固まる。三人の瞳が、動揺からか微かに揺れるのがわかった。
「前世……?」
リオンが理解できないというように繰り返す。
「その話はあとでちゃんとする。今は世界の方が先」
三人の戸惑いを押し切るように、私は話を続けた。
「で、私の記憶の中には、“この世界が本来歩むべき流れ”みたいなのがあるんだけど……今それと全然違う動きになってる」
私は言葉を選びながら続ける。
「本来起きるはずの出来事が起きてなかったり、逆に変な方向にズレたりしてて、そのせいで世界のバランスそのものが崩れ始めてる感じ」
ノアが静かに補足する。
「どうやら精霊界にも影響が出ているようです」
フェリクスがそれを聞いて頷いた。私は膝の上で拳を握りしめた。
「だから今、“世界が壊れかけてる”って状態らしい」
ガレスが険しい顔になる。
「王都のあちこちに現れた空の裂け目も関係あるのか」
「大ありみたい」
アシュレイが眼鏡の奥の目を細めた。
「つまり、何らかの“大きな歪み”が世界規模で発生している、と。それを放置すれば、国どころか世界が滅ぶわけですか」
「そういうこと」
私は頷いた。そして、深く息を吸う。
「だから、その歪みを正さないといけない」
「具体的には?」
リオンの問いに、私は遠い目になった。
「……精霊と契約して、古代遺跡を攻略して、王家の封印を解く。最後に、空虚の精霊王を倒す」
三人が揃って沈黙した。
「……王家が封じている、あの精霊王を?」
私は渋々頷いた。
「そう。封印したままじゃ駄目みたい」
「……面倒事の気配しかしないな」
ガレスが心底嫌そうに言う。
しかしリオンは、やがて不敵に笑った。
「なら、なおさら俺が関わるべきだな」
「は?」
「王家の封印を解くんだろう? 他人任せにはできない」
それを聞いてガレスも静かに頷く。
「民に被害が出るなら、騎士団が動く理由として十分だ」
アシュレイは眼鏡を押し上げた。
「王家絡みなら、宰相府としても無視は不可能ですね」
……あれ? なんか、ものすごくまともで、格好いい。
いやこの人たち本来こういうキャラだったわ。ハイスペックイケメンだったわ。私、ちょっと感動してしまった。
フェリクスが、そんな私を見て面白そうに目を細める。
「よかったね、リゼ」
「何が」
私は深々とため息をつく。
世界を救う旅の始まりだというのに、全然ワクワクしない。ただただ面倒くさい。
「大丈夫。たぶん最後には、君もこの物語を好きになるよ」
その言葉の意味がわかるのは、もう少しだけ先のことだった。




