第10話 攻略対象たちの様子が本格的におかしい件
目が覚めた瞬間、私は叫んだ。
「監禁じゃねーか!!!」
「違います。保護です」
即答したのはアシュレイだった。ベッド脇の椅子に優雅に座り、本を読んでいる。こいつ、昨日の夜からずっとここにいたのか?
「おはようございます、リゼリア」
「おはようじゃないんだよ!」
私は猛然と身を起こし、ベッドから下りようとした。
――が、右足を引き戻された。
「え?」
足元で、冷たい金属音が響く。右足首には銀色の足枷がはめられ、そこから伸びた細い鎖がベッドの支柱につながっていた。
「……………………え?」
「念のためです」
「念のためで足枷つけるやつ初めて見たわ!!!」
私は思わずベッドを叩いた。
「お前、倫理どこ置いてきた!?」
「安心してください。鍵は私が厳重に管理していますから」
「鍵よりその歪んだ倫理観を管理してよ!」
アシュレイは本を閉じ、穏やかに微笑む。
すると部屋の隅から、深いため息が聞こえた。窓際で本を読んでいたらしいノアが、冷ややかな目をこっちに向けている。
「……言ったでしょう。静かなインテリタイプが一番まずいって」
「止めろよ!!」
「止めましたよ。でも私、非力なので」
ノアは達観した顔つきだった。
突如、部屋の外から鼓膜を突き破るような爆音と衝撃波が響いた。部屋の扉が内側へ吹き飛び、砕けた木片が辺りに散らばる。
「リゼ!! 無事か!?」
立ち込める煙の向こうから現れたのは、抜き身の長剣を握りしめたガレスだった。どうやらドアをぶち破ったらしい。いや、ここ王城の客室なんだけど。
「アシュレイ! リゼに何をしている!」
ガレスの後ろからは、リオンも飛び込んできた。そんな二人の登場も気にせず、アシュレイは平然と紅茶を口に運んでいる。
「騒がしいですね。ノックくらいしたらどうです?」
「お前のせいだよ」
私が冷静につっこんでも、完璧にスルーを決め込んでいる。
「リゼ!!」
リオンがベッドに駆け寄ってくる。その後ろで、ガレスが冷酷極まりない目でアシュレイを凝視した。
「……リゼを害するなら、いくらお前だろうが今すぐ息の根を止める」
アシュレイは微笑んだ。
「嫌ですねぇ。少し保護しただけですよ」
「足枷つけてか?」
「逃亡防止です」
リオンは私の足首を見るなり、ぶわっと殺気を放った。
「アシュレイ」
「はい」
「命令だ。今すぐ外せ」
「お断りします。今の殿下に彼女を預ける方がよほど危険ですので」
あ、これ本気でまずい。一触即発の空気だ。
リオンの周囲で目に見えるほどの魔力が暴風のように揺れ、部屋の窓ガラスがビリビリと悲鳴をあげる。ガレスも、握っていた剣を構え直した。
その様子を見て、ノアが頭を抱えた。
「全員終わってる……」
――ピシッ
その瞬間、部屋のど真ん中の空間に、不気味な音が響き渡った。
「……っ!」
全員の動きがピタリと止まる。
黒い裂け目が、床から天井へ伸びていく。その奥は光も届かないほど暗い。しかも今回は、“室内”で発生している。
「なんで部屋の中にまで!?」
私がパニックになる中、ぬるりと、漆黒の裂け目の奥から“何か”が這い出し――
「やあ」
ひらひらと手を振りながら現れたのは、長い若草色の髪を揺らす、人間離れした美貌の男。淡い神聖な光を纏う白い衣を着た、精霊王フェリクスだった。
あまりの超展開に全員が固まる中、フェリクスだけが静かに、そして愉快そうに周囲を見渡す。
「……ひどい有様だねぇ」
その冷ややかな視線が、リオン、ガレス、アシュレイへと順番に向く。
沈黙を破り、最初に鋭い声を放ったのはガレスだった。
「フェリクス、貴様何のつもりだ。なぜ空間の裂け目から出てきた」
「やだな、空間が不安定だからちょっと通り道に使ってみただけだよ。君たちをビックリさせたかったしね」
フェリクスは悪びれもせず、くすくすと笑う。その態度に、アシュレイの眼鏡の奥の瞳が細められた。
「精霊とはいえ、私の邪魔をするなら容赦はしませんよ」
アシュレイの周囲に、攻撃魔術の術式が次々と浮かび上がる。リオンに至っては、フェリクスに今にも殴りかかりそうな目を向けていた。
フェリクスは小さくため息をつく。
「だから言ったのに。もう始まってるって」
「フェリクス!」
私はベッドの上から勢いよく叫んだ。
「助けて! こいつら全員狂って監禁だの殺し合いだの始めようとしてるの! 怖い!」
「知ってるよ。そろそろこうなるだろうなと思ってた」
「じゃあもっと早く来い!」
フェリクスは私の足枷を見た。次に、吹き飛んだ扉。そして、互いに殺気を放つ三人の男たちへ視線を移す。
「……なるほど」
少しだけ苦笑して、肩をすくめた。
「これは想像以上だ」
フェリクスはそう呟くと、パンッと胸の前で手を叩いた。直後、目も眩むような銀色の光が部屋を満たす。気づけば、リオン、ガレス、アシュレイの三人は糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。フェリクスはアシュレイの懐から鍵を取り出すと、私の足枷を外した。
「思ったより末期だねぇ」
精霊王にまで言われた。終わりである。
フェリクスは窓枠に腰掛け、いつになく真剣な、底の知れない瞳で私とノアを見つめた。
「実はさ、僕の周り……精霊界のほうも、ちょっと大変なことになっててさ。二人に、少し話したいことがあるんだ」




