10話
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そう決めた、その時だった。
階下から、鈍い物音と、押し殺したような男たちの声が、微かに聞こえてきた。
「……こんな夜更けに?」
耳を澄ます。宿の入り口の扉が、静かに開く音。そして——複数の、足音。
一つ、二つ……いや、もっとある。足音は、酔客のような、乱れたものではなかった。統率の取れた、訓練された者たちの歩き方だ。
見張りに立っていたはずの、ルシアンの部下の兵士の声が、聞こえない。
窓の外を、そっと確かめる。先ほどまで通りに立っていた若い兵士の姿は、どこにもなかった。代わりに、街灯の下に、うっすらと、何かが横たわっているように見える。
心臓が、冷たく縮む。
「ルカ、起きて」
私は、少年の肩を、強く揺すった。
「……お姉さん?」
「静かに。誰か、来ます」
階段を、誰かが上がってくる音がした。一人、二人——いや、もっと多い。足音は、迷いなく、まっすぐにこちらの部屋へと近づいてくる。
まるで、私たちがこの部屋にいることを、最初から知っていたかのように。
ルカが、私の腕にしがみついた。小さな体が、恐怖で、細かく震えている。
「お姉さん……」
「大丈夫。私の後ろにいて」
そう言いながらも、内心では、必死に考えを巡らせていた。窓は小さく、二人揃って逃げるには狭すぎる。武器になりそうなものは、何もない。頼みの綱であるはずの見張りは、すでに沈黙している。
——力を、使うしかない。
昨夜、鎖に喰われて空になったはずの力は、一晩眠ったことで、多少なりとも戻っている感覚があった。とはいえ、複数の相手を退けられるほどかは、わからない。
扉の隙間から、廊下の灯りに照らされた、複数の人影が見えた。その中の一つ——先頭に立つ、白い法衣の裾が、ちらりと視界をよぎる。
——教会。
息を呑んだ瞬間、扉が、外側から、静かに叩かれた。控えめな、けれど、有無を言わせない響きの音だった。
「アリシア・ヴェルモンド様。夜分に失礼いたします」
聞き覚えのない、けれど、ひどく丁寧な、若い男の声だった。慇懃な物言いの奥に、これまで対峙してきた盗賊たちとは、まったく異質な、冷たい確信が滲んでいる。
「私どもは、王国教会より参りました。——どうか、大人しく、お戻りいただけますか」
扉の向こうで、衣擦れの音が、いくつも重なった。何人が、廊下に立っているのか、姿からは見当もつかない。
私は、ルカを背に庇いながら、掌に、そっと意識を集中させた。
指先に、金色の光が灯る。
「お答えいただけませんか」
扉の向こうの声は、あくまで穏やかだった。それが、かえって不気味だった。
「昨夜、この町の外で、私どもが管理する輸送隊が、賊に襲われました。積荷は奪われ、御者は殺されました。——ですが、御者の懐に、あなた様の名を記した書状が」
「私の……名を?」
心当たりはなかった。けれど、それが罠の言葉なのか、事実なのか、判別する術がない。
「詳しいことは、教会にお戻りいただいた上で、お話しいたします。抵抗されるおつもりなら、こちらにも、それなりの用意がございますが」
言葉の端に、微かな笑みが滲んでいるのが、扉越しにもわかった。
私は、床を蹴り、ルカの体を抱きかかえるようにして、窓へと駆け寄った。
——賭けるしかない。
背後で、扉が、軋みながら押し破られる音がした。
「……逃がすな!」
複数の怒声。窓枠に手をかけたその瞬間、笛を握りしめた指に、力が入った。
甲高い音が、夜明け前の町に、鋭く響き渡った。
——届いて。
祈るように、そう思った瞬間、遠くから、複数の馬蹄の音が、こちらへ向かって駆けてくるのが聞こえた。
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