八話
アーロン達がギルドで神殿からの依頼、フラルゴ山の謎爆発を受けて山の麓に付く頃、エテルニタス帝国近辺では再び大きな動きが始まっていた。南方攻略軍の不死鳥将軍ハダクーシス・モルターが帝国軍正規兵10万人を率いて南の大国アウローラへの進軍を開始した。アウローラ王国はこの報告を受けてから国の有力貴族、周辺諸国と結託、7万越えの勢力を揃え、アウローラの公爵家が総指揮を取ることになった。しかし、帝国軍が攻めてくるルートで会議は踊った。一般的に考えるのであれば大陸の中央にある巨大な湖の様な海を渡ってリーベタース連邦との境から平坦な道を通ってアウローラに攻め込んでくるのが主線だ。こちらならば両者の間にある山を越えるよりも遥かに速く、安定して戦力を送り込めるからだ。しかし、相手は古強者にして戦巧者として嘗て名を馳せたハダクーシス、考えにくいがエテルニタスとアウローラの間にある山岳地帯を大軍を率いて陸路で来る可能性があった。通常、軍の進行と言うのはかなりゆったりとしたものだ。まず、斥候が先の情報を集めて持ち帰り、それを逐一指揮官が纏めて結論を出し、軍に指令を飛ばす。それで初めて軍が前に進むが歩くのは鎧を着た人間だ。当然進みは遅くなる。そしてその後ろを兵站の部隊が進むのだ、一日で大軍の歩兵が動ける距離はかなり短い。更にそこが山岳地帯ともなれば平地よりも遥かに歩みは悪くなるだろう。その上で日々の体調管理や食事、そして排泄と言った事が絡んでくる。長い距離、鎧を着て歩くと言うのは当然体力が削られる。そして向かう先は戦場、つまり死地だ。一歩一歩、死地に向かうと言うのは当然精神に負担がかかる。そこに日常よりも不便な生活を強いられるのだからその負担と言うのは計り知れないだろう。そしてその歩兵たちの後ろを行く兵站と言うのもこれまた時間が掛かるものだ。人間1人当たり1日で最低2リットル以上は水を飲む。これが鍛えられた兵士で尚且つ行軍するならば3リットル以上は必須と言っていい。その上で1日2食だとしてもパンだけで1キロ以上は配給されなければ容易くやせ細ってしまう。当然だがパンだけでも病で倒れる兵が増えるために他の物も配給する、となれば今回の10万の正規兵を連れるためにその何倍もの支援兵が必要、という事だ。そこに排泄と寝床の事情、そして何よりも逃亡兵等の事情が合わされば軍による山越えがいかに困難であるかが分かるだろう。
そうなればいくらトップの人間やハダクーシスと争った事のある老兵が山越えの危険性を説こうとも若手の貴族や血気盛ん、あるいは現実的な視点で見るものであれば海からの進軍と言う方が、はるかに納得がいく。人間、自分の能力を超えた事は考えることが出来ない。そして老獪な英傑の考えが平均周りの人間には想像することが出来ない。結局、エテルニタス帝国進軍の報から5日ほど経った後に海からの侵略に重点を置き、アウローラ王国軍は急かされるように接敵予想地点へと軍を動かすことになったのである。
「ここがフラルゴ山かぁ~熱気は凄いけど、それよりも確かに凄い音がするね!」
そう言って山の頂点を見つめるエンリータの視線の先で再び火が爆ぜ、その爆発音が耳に届く。
「それがこの山の特徴だからな。さて、荷物の整理を済ませるぞ。あそこの納屋だ」
そう言ってアーロン達は余分な荷物を預けるために納屋に近づいて行く。
フラルゴ山はその名の通りに、炎精が非常に活発で、彼らは定期的に集まっては爆発し続ける地である。そしてこの現象がこの山の難易度を一気に上げている。この爆発現象は規則性が無く、爆発寸前にでもならなければその予兆を感じ取る事が非常に難しい。そもそも魔術で精霊に魔力を渡して魔術を行使するわけだがその精霊を感じ取ることは通常出来ない。それこそこの山の様に特定の精霊にとって特別相性が良くなければ精霊が形を成すことはあり得ないのだ。それゆえ、この山は移動する目に見えない爆弾が無数に散らばっている事と同義なのだ。その代わりと言っては何だが魔物の数は他の場所より少なく、魔獣の様な生物は完全にいない。勿論、アーロンたちの様な冒険者もかなり少ない。幸いにも標高は高くなく、一日で上り下り出来るのは幸いと言えるだろう。そうで無ければ命がけで不意に来る爆音と爆発に耐えて眠らなければならなかった。
兎に角必要なもの以外は納屋に預け、身軽さを重視した格好になる。
「よし、準備は出来たな。いいか、これから山に入る。でだ、日帰りが出来る山ではあるが高確率で戦闘が起きるだろう」
そう言ってエンリータの方を見れば彼女も雰囲気をしっかりと締め、真剣な表情でこちらに頷く。
「一旦、中腹程度までは一気に走り抜ける。お前が先に行ってペースを決めろ。俺は後ろから周囲の警戒と露払いをする。だからお前は兎に角、走れ。道も多少は壊れた部分があるかもしれないがある程度整った一本道だ。迷うことはない」
精霊たちは基本的に宙に浮いている、というのが通説で、それを裏付けるように地面付近で爆ぜることは少ない。7、8割が頭より遥かに高い所で、残りが大体アーロンの胸から頭近辺だ。また、低い所の爆発は比較的小威力に収まるので道は問題ない事が多い。
「うん、了解!因みに全力?」
「・・・いや、6,7割で良い。中腹で休憩を取るがこの山は兎に角せわしない。だから常に体力に余裕を持たせろ。それともし、頭近辺で爆発が起きそうだったら声を出す。常に耳は澄ませておいてくれ」
「ん、よ~し。行くね!」
そう言ってエンリータは力強く地面を踏み込むと颯爽と整備された山道を駆けていく。そしてアーロンもまたその後ろを悠々と着いて行く。
アーロンにとってはかなり久しぶりのフラルゴ山ではあったが記憶の中とそれほど差異はなく、あちこちに修繕したような跡はあるものの警戒すべきポイントに対しては変化がある様には思えなかった。尤も活火山、それもかなりの頻度である上に爆発物が漂う山である以上、木々などは一切姿が無く、岩が解けて固まった様な風景が視界一杯に広がるだけだ。遠くには今まさに溢れた火山が下に向かって流れ落ちる様子が見て取れ、頬に当たる熱は独特だ。
(あっちに魔物が見えるか・・・いや、無視だな)
視界が開けている分、遠くまで魔物の姿を見つけることが出来るがそれはあっちも同じことだ。とはいえ、無駄に移動してしまえばそれだけ爆発に巻き込まれる可能性が上がる為に迂闊な行動は出来ない。また、この環境にわざわざ発生する魔物だ、当然環境の問題に適応できる種であることが基本だ。
そのまま、颯爽と駆けていると十数歩前、空中で突然に歪み、圧縮されるような魔力の変動が発生する。
「止まれ!」
いち早くそれに反応したアーロンが前を走るエンリータに注意を飛ばせば声を聞いた彼女はピタリとその足を止めて周囲を見渡し、アーロンが発見した物を即座に発見する。
「屈め、来るぞ」
そうアーロンが言ったほぼ直後、空中で赤い球が発生したかと思えば煌々と光を放ち、それなりの大きさの爆弾と同程度の音を出しながら爆ぜた。それと同時に爆風が撒き散らされ、2人は目にゴミが入らぬように片手を上げて顔を守る。それほどまでに大きいものではなかったのか、風は直ぐに止む。直ぐに周囲の危険を確認した後、立ち上がると更に遠くまで念の為に目をやる。爆発に寄って来るとは思えないが反射的に目をこちらに向ける魔物が近くにいないとは限らない、それ故の警戒だった。
「良し、この調子だ。行くぞ」
そう言って促せばエンリータは無言で頷き返し、立ち上がると同時に再び駆け出す。
それから魔物にこそ襲われることはなかったものの定期的に爆発には出くわすことになった。大半は遥か頭上であり、爆風に晒される事にはなったが怪我なく道中を駆け抜ける事が出来た。そして昼頃には予定通りに山の中腹へと難なく2人はたどり着く。
「ここで一旦休憩だ。エンリータ背中を向けて座れ」
荷物を脇に下したアーロンは息を整え終えたエンリータに向けてそう言い放つ。
「?まぁ良いけど・・・ハイ!」
首を一度傾げはしたもののエンリータは素直にアーロンに背を向けて座る。それを見たアーロンは同じように彼女に背を向けて腰を下ろす。
「ん?・・・あぁ、そういうこと!」
此処でようやく思い至ったのかエンリータが柏手を打つ。互いの背をほぼ密着させるようにしたうえ、壁際でもない所で座った理由は単純に爆発への対処のためだ。どこで突然来るか分からない為に出来るだけ近くで尚且つ視界を目一杯に広げるにはこの形が最も都合が良かった。
「それにしても結構勢いよく爆発するんだね!ワタシの身長だと直撃はほぼないと思うけどこれで魔物と接触したら嫌だねぇ」
簡易食料を口に突っ込みながらエンリータが此処までの感想を溢す。確かに、ミクロス族程度に身長であればほぼ直撃、という形は避けられるだろう。反面、体重が軽い為に近場の爆発の際は爆風に身を持ってかれる可能性が少し高くなるのがデメリットと言えるかもしれない。
「まぁ、それが此処の嫌われる理由だからな。反面、カロールにとっては此処から他国に侵入されることはまずないから天然の要塞としてはかなり強固だ」
アーロン達の様に少数ならともかく、大軍で抜けることはまず無理と言っていい。仮に少数であっても今回のエテルニタス帝国の侵略であれば、それなりに迂回しなければならないことも相まって更に用なしであることは想像に難しくない。
「あぁ、それはそうだねぇ。因みにここに入るメリットって何なの?」
「ここはこう見えてかなり上質な鉱石やここ特有の鉱石が採取できることで有名だ。カロールの特産でもあるな」
フラルゴ山の代表的な鉱石としては火山で採れる紅蓮石を筆頭にこの山特有の紅華石と呼ばれる真っ赤で半透明な鉱石が代表だ。いずれも武具に炎の属性を最初から付与したり、炎系統の聖剣の材料としてあげられる素材だ。特に紅華石はここ以外では一切見ることが出来ない。そのうえ希少性も高い為、1つ見つけるだけでもかなり一苦労である。
「紅蓮石は良く出回るが紅華石はまず出てこないからな・・・ただ見た目が血よりも赤く、尚且つ半透明で爆発と華が混じったような見た目をしているから観賞用として金持ちが大金を払う事もあるな。鍛冶師も聖剣の材料になることは知ってるが成功数もまずなく、失敗したら無価値になる。だからもっぱら市場には出ずにコレクターの間か聖剣に挑む天才の間でしか出回らない」
「へぇ~まぁ、こんな場所で採掘なんかしたくないだろうしね。一度は見てみたいなぁ」
「まぁ運が良ければ会えるだろうよ。もしくは冒険者として名を上げていけば金持ち連中に声をかけられることがある。その際に運が良ければ実物も見れるだろうよ」
特にこういったコレクターは集めて見せびらかすまでがワンセットだ。そのために珍しい品を市場に流していれば向こうから勝手に来ることもある。
「ハハ!じゃぁワタシももっと強くなったら珍しいものを探しに行く旅もしてみたいなぁ」
ミクロス族としての琴線に触れるのかエンリータはかなり興味が魅かれるようだ。
「ま、なら兎に角冒険者として強くなるんだな。さて、そろそろ行くぞ」
そう言ってアーロンは既に片づけておいた荷物を立ち上がりながら背負う。
「うん!そう言えばここからはどうするの?」
それに続くエンリータが今後の方針を聞いてくる。
「そうだな、基本は同じだ。だが次は依頼の痕跡を探すのが最優先だ。速度はもっと落としてお前も今まで明らかに違うと思える痕跡を探してみろ」
ここから先は精々流れる溶岩の量が増えるくらいなもので注意することは何も変わらない。であれば今までと明確に違うものがあればそれが依頼の達成に繋がる可能性は高い。
「了解!うーん、頑張るぞ~!」
そう言ってエンリータは天に向かって笑顔で片腕を上げた。
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