六話
エンリータのぼやきから再び待たされ、取り調べとしか言いようのない問答の後にようやくアーロン達はカロールに入る事が出来た。長時間とは言い難いが街に入る為の時間としてはあまりに長い時間を待たされたことで額に青筋が浮かびかけたが何度も深呼吸と冷静な言葉運びで耐えきった。
「それにしてもまさか既にイリシィオ小国が落ちていたとは思わなかった。道理でこれだけ面倒な手続きが要るわけだ」
街に続く階段を登りながら驚愕交じりの言葉をはく。確かにイリシィオ小国はアーロン達でも多少の力を借りさえすれば潜入出来たのだから似た様な道を帝国軍が把握と確保をしていないわけが無い。おまけに評判の悪い王に士気も装備も良くないだろう兵士、鎖国で鬱屈としていたのであろう国民の事を考えれば帝国によって落とされるのは確定事項だったと言わざるを得ない。しかし、腐っても国である。一朝一夕で落ちるような物ではないし、話が確かなのであれば大軍でもない。それで事を成したのだから東方の司令官はかなり異才なのだろう。スラム上がりと聞いているからもしかしたら顔を合わせたこともあるかもしれない。尤も、帝国城下町のスラムはそれなりに広く、大都市に相応しいくらいには人がいるのだから知り合い、というのは稀だろう。どちらにしてもスラム上がりならば名前で判断などできない。
(まぁ、帝国に将軍に抜擢されるような人間とそう顔を合わせるとは思えんが)
「流石、大陸一の国だよねぇ~ワタシ達も浮かれてられないや」
そう言いつつも暑さと待たされたことで肩を落としながら階段を登るエンリータが疲れた声と共にため息を吐く。
「あぁ、直ぐにこちらに・・・ラエル・ブリッチィが来ることはないだろうがそうと確信できる材料もないからな」
どうやら帝国は自分たちの行動を何一つ隠すことなく、むしろ喧伝する様にしている。勿論、詳しい戦術等が出て来ることはないが次の目標や宣戦布告は今の所ハッキリと大陸全土に聴こえる様にしている。イリシィオ小国を落としたラエル・ブリッツィはイリシィオ周辺の小国家群を平定次第、リーベタース連邦に対して行動開始すると宣言してはいるが次いでとばかりにカロールまで手を伸ばす可能性が無いとは言えない。おまけに一番不気味なのはエーベルトだ。彼は今の所、直接戦争に加わってはいない。なんなら所在すら分かっていないと言うのだからその不気味さも一入だろう。いっそ、どこかの戦場の最前線で鼓舞していてくれた方がマシだ。姿の見えない最大戦力、おまけに機動力も追随を許さないのだから他国にとっては彼の情報が入らない現状はさぞもどかしいだろう。
「あ、あれが門なのかな?」
エンリータが指さす先、石造りで質素な扉のない門らしき建造物が階段の先に鎮座しているのが見える。その周囲には巫女らしき衣装をまとった2人の女の像が門に寄り添うようにして立っており、その手には石壺が抱えられ、そこからは真っ赤な火が煌々としていた。
「あぁ、あれが街の入り口だ。あそこさえ潜れば涼しい風が吹くぞ」
アーロンがそう呟けば目から光が失われかけていたエンリータの目に光が宿り、足にも力が満ちたのか一気に駆け出す。
「先に行くね!」
随分と現金なものだと呆れ交じりに苦笑する。しかし、暑さにうんざりしていたのはアーロンも同じ、短く息を吐くと釣られるように足を動かす。
登りきり、門を潜った瞬間に背を押すように涼しい風が吹き抜ける。気温も一気に下がり、体に纏わりつく汗までもが冷え、むしろ身震いしてしまいそうになる。
「おぉぉぉ?涼しい~というより寒い!どうゆう事!?」
吹いた風に身体を震わせるエンリータが腕を掻き抱く。今は入った時ほどの風は吹いてはいないがそれでもそよそよと頬を火山地帯とは思えない風が撫でる。
「ちょうど突風が吹いたらしいな。ま、暑いのはうんざりだったからな、丁度いい」
そう言ってアーロンはエンリータの横を通りぬける。2人が立っている場所は岩をくり抜いた様な構造をしており、すこしだけ薄暗い。あちこちに門にあったのと同じような火の入った土壺が設置されている為に見えないということはないが厳かな雰囲気が空間に流れており、神殿に迷い込んだのかと錯覚してしまいそうだった。
「わぁ~これがカロールの街!さっきも思ったけど本当に涼しいんだね」
トンネルを抜けた光の先、突き抜けるような青空のもとにカロールの町並みは広がっていた。街の雰囲気で言えば質素、というべき街並みではあるが高い山の上、それも火山地帯なのだから然もありなんと言うべきだろう。全体的に赤みを帯びた石が街を覆うように敷かれている為に少しばかり不思議な雰囲気だ。家も木材はあまり使われておらず、周囲の岩と同じ色をしているために岩を削って作ったと言われた方がしっくりくるかもしれない。この辺りはドワーフ王国の家づくりとよく似ている。しかし、形はそこまで独創性はない。頬を撫でる風は炎天下の火山とは思えないほどに心地よく、同時に硫黄の臭いが鼻を抜け、人によっては顔を顰めてしまうかもしれないと思わせる。また、2人が立っている場所は柵越しになるが高所からの眺めを楽しめるように出来ているのか、この快晴のお蔭で遠くまで見渡すことが出来る。それこそ、自分たちがおとぎ話の空中国家にいるのではないかと思わせるほどだ。街並みを行く人々は全体的に褐色の人間が多く、見なヒラヒラとした布を身体に巻きつけるようにした恰好をした人が多い。尤も混じっている職人のドワーフや冒険者はそれぞれの格好だ。
「そうだな、カロールと言う国が出来る前、ここが只の神殿だった頃の初代焔の巫女がこの環境を作り出したらしいぞ。詳しい事は機密らしく知っている人間は少ないがな」
アーロンは相槌を打つとともに周囲を見渡すエンリータに知っていることをつらつらと話す。
「へぇ~何だが凄い人だったんだね!今も巫女さんはいるの?ていうかイナニスの巫女さんと一緒なのかなぁ?」
宿に向かう道すがらエンリータが巫女に興味を持ったのかそう尋ねて来る。
「あぁ、この大陸の4巫女の1人だ。尤も天と海は比較的会いやすいが他の2人はそうでもないぞ」
「そうなの?」
「基本的には巫女の仕事はそれぞれだが表に出ているうちで最も重要視されるのが封印、と言われているな」
「封印?何を?あ、もしかして・・・あの龍とか?」
それなりにトラウマになっているのか顔を青くさせたエンリータが訊ねて来る。
「いや、天龍は龍でも3聖龍の内の1だ。封印なんて人間に出来るとは思えん。それが古くから続く巫女でもな。俺も詳しくは知らんが神殿が立っている場所はそれぞれ異界、ないしは人が踏み入る事を良しとしない場所に繋がっている、なんて噂話があってな。そこに人が入ってしまわぬように、また、そこから恐ろしいものが出てきてしまわぬように、なんてのがある」
何時からかそんな話がこの大陸で当たり前のように出回っていた。それこそアーロンが生まれるより前から続く話なのだから噂話であったとしてもそれなりに根拠のある話なのかもしれない、とアーロンは思っている。尤も冒険者であったとしてもそんなものを態々暴いてしまおうとは思えないが。万が一は怖い、特に最近の旅からアーロンは強くそう思うようになった。案外知らないだけで噂話は本当の事だったりするものだ。
「へぇ~そうなんだ・・・興味は魅かれるんだけどなぁ、なんか嫌な予感があるんだよなぁ」
そう言ってエンリータは先程まであった溌剌さを潜めて腕を組む。案外彼女も自身と同じような感覚が宿っているのではないかとアーロンは思う。実際、そうそう体験できない事に頻繁に出会っているのだから可能性としては充分だった。
2人はそのままカロールの町並みを抜けて宿に入る。町全体が山の傾斜を削り取った様な形をしており、宿はそれなりに高い位置に存在しているお蔭で見晴らしがかなりいい。もしかしたら個の宿を作った主はこれも含めてここに宿を作ったのかもしれない。宿の中はそれほど奇抜では無く、外から来たアーロン達も住みやすいように内装が作られており、気温も半袖でちょうどいい程度に整えられている。中は他の客の姿は無く、受付にも人がいない。時間的にはそろそろ混雑を見越して雑踏として来る頃合いのはずだがそんな気配を少しも感じられない。
「あれ?やってないのかなぁ?おーい!誰かいない?」
不思議に思ったエンリータがキョロキョロと周囲を見渡し、受付の奥に向かって声をかける。厨房らしき方からは料理の香りが流れ込んでいる為に居ないという事はないだろう。
「おや?お客さんかい?」
奥から出てきたのは女主人といった雰囲気を纏った恰幅の良い女が出てくる。この地の人間らしい褐色の肌に年かさを重ねてはいるが鋭い眦をしている。おまけに背丈もアーロン程ではないがある。エンリータは出て来た女性が思ったよりも大きかったからか目を瞬かせながら上を向く。
「あぁ、呼んだのはこっちのお嬢ちゃんか。泊まりかい?」
「ウン!ワタシ達2人!」
「良し、じゃぁ鍵を持ってきてやるから金の準備だけしな。多分、今日はあんたらだけだろうしね」
そう言って女は奥に行く。
「やっぱりワタシ達しかいないみたい。もしかしなくてもイリシィオの一件の影響かな?」
「まぁ、そうだろうな。怪しいと思ったら門前払いされるんだろうさ。俺たちは幸運だっただけだな」
恐らく、カロールに所属している冒険者以外は殆どを弾いているんだろう。普通ならある程度はリスクを冒しても戦力の為に入れることもあるがここカロールは国になってから一度も防衛線で敗北したことが無い。おまけに人的被害も出た記録が無い程に強固な国だ。ならば疑うのは事前に入ってしまった鼠のみ、という事だろう。
「よし、待たせたね。・・・金も確かに。部屋は一番見晴らしが良い所にしといたからゆっくりしておくれ。夜はどうする?」
「ここで頼む。それと神官長に会いたいんだがどうすれば会えるか知ってるか?」
アーロンがそう尋ねると意外そうな顔をされる。
「神官長様かい?ん~わたしらも祭で遠目に見ることがあるぐらいだからねぇ・・・まぁ、神殿に行ってみるのが一番速いんじゃないかねぇ?」
どうやら出不精か、はたまた何か理由があるのか分からないがそう簡単には会えなさそうである。
「そうか、ありがとう。場合によっては連泊するから空きだけ残してもらえると有り難い」
「あぁ、構わないよ。どうせ最近は物騒で宿に来る人もいないからね」
そう言ってアーロンは鍵を受け取った2人は部屋へと引き上げていく。
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