始まり
春も麗らかな日差しの中、閑静な高級住宅街の一本道を一人の少年が自宅に向かって歩いていた。この少年、魔無神刃斗十七歳は、この高級住宅街の住人である。つまり『セレブ』なのだが、この刃斗は少し特殊なセレブで、どう特殊かと言うとセレブな『オタク』だったのである。
刃斗の格好を見てみるとまず、頭にアニメキャラのバンダナをしており、首筋に首掛けストラップが二つ携帯とデジカメに繋がっていた。着ているジャンパーは某アニメの中で主人公が着ていたのをセレブの権限で作らせたやつだ。背中には登山でもしに行くかの様なリュックを背負っており、右手を見るとアニメキャラのデザインが印刷されている大きな紙袋を三つ持っていて、左手には先ほどスーパーで買った大量の日用品が詰まった大きな袋を持っていた。右手の紙袋はオタクの聖地、秋葉原で買った物なのでオタクとしては問題ないが、左手の日用品が詰まった袋はセレブとしては問題が有った。なぜ、セレブの刃斗が日用品などを自分で買っているのかと言うと、彼は、お金はあるが愛の無いセレブだった。
生まれてすぐに母親を亡くし、父親には生まれてから今まで会ったことがなく、育ててくれたのは年老いた執事だった。その彼にもお金で雇われている以上の愛は与えて貰えず。
必然と現実には興味がなくなり二次元を愛する様になった。
お金だけは刃斗が死ぬまでには使い切れない程有ったが。
そして、年老いて重いものが持てなくなった執事の代わりに刃斗が買って帰って来たと言う事だった。
刃斗が住宅街の一本道を秋葉原で買ってきた、戦利品に思いをはせながら歩いて居ると前方の上の方からヒラヒラと顔に向かって落ちて来るものがあった。
見つめていたら「パサッ」と刃斗の顔に落ちた。
「何だ? これ?」
刃斗は左手の袋を地面に置き顔に乗った『モノ』を左手で取って見てみた。
『パンティ』だった。その次の瞬間。
「キャ――ッ。娘の勝負パンティが下着泥棒に取られてるわ――っ!」
大声で叫ぶ声が辺りに響いた。刃斗が叫び声の方を見ると、一軒家の二階のベランダに居るセレブな太ったオバサンが見えた。
「ち、違いますっ! 僕は下着泥棒何かじゃっ!」
刃斗がパンティを左手で握りしめながら釈明をしていると。
「なに――っ! 下着泥棒だと――っ! お前かぁ―――――っ?」
いきなりそんな声が聞こえてきて刃斗が声のした後ろを見てみると、自転車に乗った警察官が自分の方に猛スピードで向かって来ていた。刃斗は慌ててパンティをジャンパーの『左ポケット』に突っ込み地面に置いたスーパーの袋を左手で持ち真っ直ぐ走り出した。
「……ハァハァ、何でこうなるんだ?」
刃斗は一生懸命走ったがどう考えても自転車の方が早い、そのうえ自転車をこいでいる警察官が拳銃を取り出した。刃斗はそれを見て、(馬鹿な法治国家の日本で撃てるはずが無い)と思ったがその後、警察官が叫んだことを聞いて絶望した。
「待てぇ――っ、この連続下着泥棒殺人犯―――っ!」
(いつの間に殺人犯に?)そんな事を刃斗が思っていたら。
「バンッ。バンッ。バンッ」
警察官が本当に撃って来た。
刃斗は『殺される!』と思うと同時に(ここは本当に法治国家か?)とも思った。
そして次の瞬間、目の前にいきなり二メートル位の長方形の空間が広がった。刃斗は全力で走っていたので止まれずその空間に頭から突っ込んだ。刃斗が空間の中に入ると空間は閉じて消えた。後に残されたのは連続下着泥棒殺人犯を捕えそこない地団駄を踏む拳銃乱射警察官だけだった。
刃斗が妙な空間に突っ込む少し前、『異世界アラーズ』に在る『イフリート城』の円形型の地下室で魔神召喚の儀式をしている二人組が居た。
「ねえ、シスー、本当にこれで魔神が召喚出来るんでしょうね?」
そう声を発したのはこのイフリート城の主で『女王』の『フレイ・ルーズ・イフリート』であった。
「フレイ、私を誰だと思っているの? このアラーズで私より頭の良い魔法使いはいないのよ? 間違いなくこの術式で魔神を呼び出せるわ。そこでおとなしく見ていなさい!」
こう声を発したのはフレイの『侍女兼大臣』の『シス・クール・ウンディーネ』であった。
「さあ、出来たわ。呼び出すわよ!」
シスはフレイにそう声をかけると呪文を唱えだした。シスが呪文を唱え終ると同時にいきなり魔法陣が爆発した。それに驚いたフレイが気絶した後、刃斗が現れた。
ただ、現れた場所が――。
「いててて、いったい何なんだ?」(ん? なんで、真っ暗なんだ?)
刃斗は魔法陣の爆発で倒れて気絶しているフレイの『スカート』の中に突っ込んでいた。そして、フレイは刃斗がスカートから出るのと同時に目覚めた。
「プハー」とバッグを背負いながら刃斗がスカートを一気にまくし上げた。その時、刃斗は見てはならないモノを見てしまっていた。フレイの『パンティ』である。手が自然とデジカメを触っていた。そして「バッ」とフレイが自分の両手でスカートを抑え込んで立ち上がり刃斗と距離を取り問いただした。
「見た? ねえ? 見たでしょ?!」
「僕?」
「あんた以外居ないでしょ? どうなの? 見たの?!」
刃斗は猛烈に感動していた。何故かと言うと刃斗は生まれて初めて女の子に話かけられたのだ。そのうえ自分が話かけて返事を返されたのも初めてだった。刃斗の容姿は悪くなく美系の部類に入るほうで身長は百七十ほどでお金も持っている、オタクである以外はモテル要素満載なのだが、それでも今まで女と名が付くものに全て無視されていた。
飼い犬で人に従順な『雌犬』にまで無視された時……刃斗は二次元に旅だった。
その二次元の恋愛ゲームで鍛えた恋愛観が今、この場で必要な選択しを選びとった。
「ううん、何も見えなかった。僕、目が悪いんだー」
嘘だった。コミケに行った時、五十メートル先でコスプレしている女の子のスカートが風に吹かれてパンティが見えた。それをすかさずデジカメに写し撮る刃斗が、わずか数十センチ前のパンティが見えないわけがない。そのうえコミケで鍛えたカメラテクで目の前の女の子のパンティを撮っていた。刃斗は女の子に相手にされないので二次元に逃げたが、実は女の子が大好きなのである。
「本当に? 見てない? 嘘だったら……『殺す』……わよ?」
本気だった。フレイには絶対に『パンティ』を見られてはいけない理由が有り、それは国家機密より重く、国家機密より重い秘密を知った刃斗はその秘密を軽く考えていた。
「うん、神様に誓って見てないよ! それより、ここは何処なの?」
「ここは、アラーズです、『魔神』様」
今まで静観していたシスが、答えながら刃斗に近寄ってしゃがみ込み足の方から体を触り始めた。
「ち、ちょっと、いきなり何をするんですか?」
そうは言っても女性に触られるのも初めての事だったので実は感動していた。
目の前でしゃがみながら自分を遠慮なく触ってくるシスを刃斗は上からマジマジと見つめた。年は二十代後半位に見え髪は青色で腰まであり身長は刃斗より少し低い位でスタイルがスレンダーな知的美人だった。着ている服は修道女を思わせるような服装だった。
そして、触る手を止めずとうとう、男の大事な所まで触って来ようとした時フレイが止めた。
「こら! そこの痴女! 何をしているの!」
「いえ、魔神様が私たちと、どれ位違うのか調べようと思いまして、良かったらあなたも調べます?」
刃斗が痴女を見る眼つきで自分のことを見ているのに気づき。
「私まで痴女にしないで頂戴!」
「そうですか? いい『モルモット』を触るいい機会なのに……」
シスが本音をポロリと洩らした。
「今、モルモットって言いました?」
刃斗が自分の耳を疑って聞き返した。
「そんな、魔神様をモルモット扱いなんてしないですわ?」
目が全く変わっていない、刃斗は長年のゲームで鍛えたオタクの直観を働かせた結果『この人は危ない』と言う結論に至ったが、今の自分の状況が分からない以上この人に頼るしか無かった。心の奥で 危険だ、逃げろ と思ってはいても――。
「その魔神って何なんですか?」
「私が説明するわ!」
そう言って刃斗の目の前まで来たフレイを改めて見て心臓がドキンとした。自分の好きな恋愛パソコンゲームのヒロインにそっくりだったのである。髪は赤く腰まで在るのをポニーテールにしていて身長は刃斗より頭一つ低かった。顔はゲームの中からそのまま出て来たかの様な美少女だったが、着ているドレスがお粗末だった。お姫様が着る様なドレスにもかかわらず所々解れて破けていた。何より汚かった。
「フレイ?」
刃斗は思わずゲームのヒロインの名前を呟いた。
「……どうして私の名前を知っているの?」
偶然、一致していた。刃斗は驚き自分がゲームの世界に来たと思った。
「それは、君を愛しているからさ」
と、ゲームの世界の主人公がヒロインに言った言葉を言い放っていた。刃斗は自分に酔っていた。現実の世界なら絶対口に出来ないセリフもゲームの世界なら別だ。と刃斗は思っていた。この後、ゲームの中なら照れながらも満更じゃないヒロインがそこに居る筈だった。
「……殺して良い?」
目つきが本気だったのを見て刃斗はバッグを背負いながらジャンピング土下座した。
後方にジャンプして土下座をした後心から詫びた。
「すみません、ごめんなさい、調子に乗りました、許して下さいっ!」
刃斗は長年女性に無視されるだけにとどまらず虐げられてもいた。知らない女性からいきなり石を無言で投げつけられもした。その所為か刃斗は、普段は女好きだが怒っている女性には絶対に逆らえない体になっていた。そんな刃斗を見てフレイは蔑むよりも心配になってシスの方を向き聞いた。
「ねえ、こいつ、本当に魔神なの?」
「フレイ。今はそんな事よりこの魔神様に聞きたい事が有ります!」
シスがフレイにそう言って土下座をしている刃斗の髪の毛を鷲掴みにして頭を上げさせ目を細めて聞いた。
「魔神様? フレイの名前がわかったんですから、もちろん、貴方様を呼び出した、この私の名前も御存じ……ですよね?」
目つきが 間違えたら殺しますよ? と語っていた。刃斗は一生懸命この『キャラ』を探したが……居なかった。
当たり前であるここはゲームの世界ではなく異世界アラーズなのだから。
「貴女の方がどうでもいい事じゃない」
と、呟いた女王のフレイを大臣のシスが睨みつけると女王が口を閉じた。
これだけで力関係が歴然だった。
そして、刃斗は絶望しながら心の中で(刃斗、此処に、『死す』)と思った。その時思った事の一言が口から出ていた。
「死、す」と
それを聞いたシスは大喜びで正解です。と言って刃斗の頭を自分の胸に抱きしめていた。
さっきはしゃがんでいて気付かなかったが胸が異常に大きかった。スレンダーな体に似わないほど大きな胸に埋まりながら刃斗は……天国に居た。(は、初めての、お、おっぱい……もう死んでも良いー)刃斗は自分が一生触れる事は出来ないと思っていた女の人の胸に触れてさっきまでのシスに対する恐怖心が消え、シス(おっぱい)を崇拝するまでになっていた。
「さすが私が呼び出した魔神様ね! 改めて自己紹介いたしますね! 私はこの国の大臣でシス・クール・ウンディーネともうします。それで、あっちの小汚いのが女王でフレイ・ルーズ・イフリートで御座います」
刃斗を胸に抱いたまま侍女が女王をそう紹介した。
「ちょっと仮にも女王に対して何て紹介の仕方するのよ!」
「本当に『仮』ですね」
シスがフレイを見て鼻で笑った。
「しょうがないでしょ――? こいつを呼び出すのに『全財産』使ったんだから―――っ! それと……いつまでくっ付いて居るのよ――――――っ!」
怒鳴りながらフレイは二人を引き離した。「あっ」と刃斗はなごり惜しそうに両手を前に突き出していた。
「話を戻すわよ、貴方が何で此処に呼ばれたかと貴方がどうして魔神と呼ばれるかの説明だったわよね?」
「……」
刃斗はフレイの話を無視してジーと親指を噛みながらシスのおっぱいを見ていた。
「パーン、パーン、パン、パン、」と四回フレイに頬を張られてやっと我に帰った。
「フレイ、魔神様に何て事をするんです?」
さして気にとめていない口調でシスがフレイをたしなめた。
刃斗は正座のまま背筋を伸ばしまるで戦時中の学生のように。
「は、すみませんでした。お聞かせ下さい」
「ん、よろしい、心して聞きなさい!」
フレイ教官の説明は次の通りだ。
まず、この世界アラーズには五つの大国が有った。
フレイが治める。
火の国『イフリート王国』
シスの生まれ故郷である。
水の国『ウンディーネ王国』
わずか八歳の女王が治める。
風の国『シルフィード王国』
鎖国をしている。
木の国『ドリアード王国』
戦争好きの王が治める。
雷の国『ボルト王国』が有り。
この五大国間は戦争状態で、イフリート王国は五大国中最弱だった。
そのため最強の存在と伝えられている魔神を召喚したのだと言う。
なぜ人間の姿の刃斗を魔神と呼ぶかと言うと、このアラーズの一五歳以上の男子で十万人に一人は『魔神因子』と言うモノを持っていて魔神になれるからだと言う。それなら刃斗を召喚しなくてもいいと思うがそうもいかないらしい。
魔神は、今はもう伝説の存在で、最後の魔神になった者がこの世界を捨て異世界に旅立ってから二千年が経ち、魔神への『なり方』が『古文書』にしか記されなくなった。そして、その古文書を読めるのがシスただ一人だった。
シスの持つ古文書も『後半』の方が破けており完全ではなくただ魔神へのなり方だけが書いてあり、そのなり方とは『王族直系の高い魔力』を魔神になれる者『魔神因子』を持つ男子に注げばいいだけらしいのだが、これも途中が破けていて曖昧なのだ。
フレイ達は一五歳以上の男子を城に呼び全員に試してみたが誰一人魔神にならなかった。それなら魔神を召喚してしまえばいいとフレイはシスに言われ『フレイの全財産』を掛け異世界から魔神(刃斗)を呼び出した。しかし、フレイは気付いて居なかった召喚魔法で呼び出せば確かに魔神因子を持つ者を呼び出せるのだが呼び出しても魔神へのなり方が解明されてないのだから意味はなかったのだ。じゃあどうして魔神召喚なんてしたのかと言うと、ただシスがやってみたかっただけなのだ。……フレイの全財産を使って……
この召喚に国のお金を使う訳にはいかなかった。国が傾くほどの高価な鉱石が必要でそんな事をすればたちまち他国に侵略されてしまうそこでフレイの個人資産が使われた。
一国の女王なのにドレスが汚いのはその為だった。
刃斗は今の説明で疑問に思った事を聞いた。
「教官! 十万人に一人と聞きましたがその一人が居なかったのでは?」
まだ、戦時中学徒になっていた。
「それは無いわ。だって我がイフリート王国には1千万人が住んでいるのよ? 一五歳以上の男子だって五百万は居たわ。それなのに誰も魔神因子が無いなんてありえないわよ!」
「まあ、フレイの魔力が低かっただけ、なのかもしれないですけど?」
シスが横槍を入れた。
「そんな事ないわよっ! 私は魔力だけならシスにだって負けないわ。それに私達がしていた事を他の国にも知られて真似されたじゃない。だけど、どの国にも魔神が出て来なかったじゃない。やっぱりシスの解読が間違っていたのよ!」
フレイが反撃に出て。
「……そう。世界一の頭脳を持つ私にそう言うことを言うわけ?」
そこから冷戦が始まった。それは一時間に及び刃斗はオロオロと見ているしか無かった。
一時間後、二人が戦争と言う名のじゃれ合いを止め刃斗に向き直って言った。
「そこで、異世界から貴方を呼び出したのよ。でもいざ呼び出して見れば……こんな情けない奴だとは思わなかったわっ!」
何事も無かったかの様に普通に話し始めた。日常茶飯事の様だ。
「フレイ、魔神様をそんな悪く言うものじゃないわ。きっとこれから魔神になって凄い処を見せてくれるわよ」
期待を込めた目でシスが刃斗を見つめていた。
「そうね、とりあえず、私の魔力を受けて貰いましょうか?」
目を光らせてフレイはそう言うと、正座をしている刃斗に両手を構えた。刃斗はフレイの目に殺気を感じ取り正座のままじゃヤバイ、と思い「ち、ちょっと待って」と言って立ち上がり、刃斗と一緒にこの世界に送られてきた秋葉の戦利品が入った三つの紙袋とスーパーで買った『日用品』の入った袋を取りに行き、シスに預かって貰った後フレイの正面に行った。その作業中にフレイが「ちぇ、座って居れば楽に『ヤ』れるのに」と言っていたが刃斗の耳には入らなかった。
そして、フレイが構え刃斗がリュックを背負いながら立っていた。シスがそれも預かりましょうか? と言ってくれたが、このリュックには『オタクの命』が入っていた為、断った。
刃斗がフレイの両手を見つめているとフレイが「炎熱玉」と唱えた後、両手が光った。その瞬間刃斗は横っ飛びをしていた。
先ほど刃斗が居た場所を小さな炎の塊が猛スピードで通り過ぎていた。
「ち、ちょっと、待って下さい。シスさん、これが魔力の注入ですか?」
刃斗は攻撃をして来たフレイより崇拝しているシス(おっぱい)に事情を求めた。
「ん~、これは初めての試みですね? でも、実験に探究心は必要ですから」
(――実験、て、言いきったよ……)絶句しているとフレイの両手がまた光った。女性に受けていた、いわれのない迫害のお陰で二発目の炎の塊も避けた。
フレイは刃斗を殺すつもりだった。やはり下着を見られているかも知れない。1%でも見られた確率が有るなら隠滅は確実にしなければ、と思っていた。実際一%どころか百%デジカメで撮られているのだが、この世界に無い、デジカメのことを知らないはずなのに
乙女の感だけで刃斗を焼き殺そうとしていた。
「もうっ、何で避けるのよっ! 素直に死になさいっ!」
(――死になさい、て、言いきったよ……)今度は絶句する間も無く三発目の炎の塊が来た。それを、ギリギリで避けた後、さすがに刃斗が切れ、死の言葉(国家機密)を言い放った。
「このっ、いい加減にしろっ、『黄ばみパンティ女』っ!」
その言葉を発した瞬間、円形の地下室の温度が急上昇した。
フレイを見ると前に突き出していた両手を自分の頭の真上に突き上げていた。
そして、呪文を唱え始めると小さな炎の塊がドンドン大きくなっていった。
刃斗がポカーンと見上げていると。
「私たちの世界では女性の下着を侮辱すると、『極刑』なのですが、魔神様の世界では違うのですか?」とシスが淡淡に言って来た。
(いえ、たぶん……同じ……です……)と刃斗が自分の言葉に後悔している間も炎の塊は大きくなる一方だった。今のフレイに説得は通じない、と思った刃斗はシスに助けを求めた。
「シスさんっ、お願いです、助けて下さいっ!」
「そうですね~このまま死なれてはフレイの全財産が浮かびませんしね」
シスは刃斗のことより、もう無い財産の方を気に掛けながら呪文を唱え始めた。だが先に呪文を唱えていたフレイの方が早く炎の塊は、直径五メートルに達し地下室の天井まで届いていた。そして、上に上げていた両手を刃斗が居る方に突き出しながら言葉を発した。
『炎熱地球玉』
フレイが魔法名を叫びながら大きな炎の塊を刃斗に放つ。
「この、エロ魔神! 死になさいっ!」
その巨大な炎の塊はスピードこそなかったが狭い円形の地下室に逃げ場は無く、目の前に巨大な炎の塊が迫った時。刃斗は死を覚悟し膝を折り今までの人生を振り返った――。
「……別にいいか……こんな人生……終わっても……」
それは今諦めたのではなく、たぶん、本々諦めていたのだ。自分の人生に、誰からも愛されない事に、刃斗はもう疲れていた……。
炎の塊があと少しで刃斗を包み込もうとした瞬間、刃斗の目の前に巨大な氷の壁が出現した。
『氷の女王の衣』シスが魔法を唱えてくれていた。
巨大な炎の塊は氷の壁に当たるとそのまま凍りついてしまった。これが先ほどフレイが言った魔力(’’’’)だけ(’’)なら(’’)の意味であった。フレイの後から呪文の詠唱に入ったにも関わらずフレイの魔法より強力な魔法をシスは使っていた。
「もうっシス? 何で助けるのよっ!」
「少し落ち着きなさい。魔神は『魔神化』していない時は唯の人間と同じになるって教えたはずよ? それとも本当に殺すつもり? この国を貴方の汚いパンティの為に終わらせるつもり?」
シスがそう言うとフレイが泣きだした。
「……う、うわぁぁぁぁぁんっ…う…っ……う…っ……ぐすっ。だって、だって、黄ばみパンティ女、何て言うんだもん。黄ばみよ? 黄ばみ、一国の女王がそんな事言われたのよ?!」
「しょうがないじゃない貧乏なのは事実なんだから、それに貴方が貧乏になった原因を殺したりなんかしたら貧乏のなり損じゃない? それでもいいの?」
シスは自分がただやりたかっただけの魔神召喚の為にフレイの全財産を使ったのに億尾もなく言い切った。
「よ、よくない……」
なだめる様に説得してやっと事態の収拾がついたかと思ったが。
「……よくないけど、やっぱりこいつは許せない! 牢屋に入れてっ!」
そうして刃斗は牢屋に入れられる事になった。だが、刃斗はもうどうでもよかった。
自分の気持に気付いたから……何時死んでも良いって事に……。
刃斗が牢屋に入れられてから三日が過ぎていた。その間刃斗はずっと茫然としながらある事を考えていた。(何で僕は生きているんだろう、生きていても誰からも、愛されないのに)そんな事をずっと考えていた。このまま刃斗は駄目になりそうだったが、ふと牢屋の外を見て人が立っている事に気付いた。今まで気づかなかったのが不思議なくらい可愛い子が牢屋の鉄格子の前に居た。
刃斗はこのまま死ぬなら最後に思い出が欲しかった。
それがどんなものでも。そして近寄って声を掛けた。
「ねえ、何をしているの?」
「え? わ、私ですか? わ、私は、あ、貴方の、み、見張り番ですぅ」
見張り番の女の子が刃斗の方を向き返事をして来た。刃斗はその女の子を見つめた。
髪は緑色でツインテールにしてあり顔は幼い美少女で背丈も幼く刃斗のお腹の辺りまでしかなかった。着ている服はこの国の兵士の制服なのか分からないがどう見ても魔法少女の格好だった。至る処にフリルが付いていてとても牢屋番とは思えなかった。
「僕は魔無神刃斗、君の名前は? 何て言うの?」
「わ、私は、エ、エリシア・ヒール・ドリアードで、ですぅ」
「エリシアか、メチャメチャ可愛いね!」
笑ってそう言うとエリシアの顔がボンッと赤くなった。刃斗は驚いた。
自分の言葉で女の子が赤くなった事に、まさか、人生の終わりにこんな良い事が起きるとは思っていなかった。
(もっと、この子と話がしたい。何か話題はないかな?)
エリシアの気を引こうと今まで放置してあった、リュックを手に取り中を物色した。
リュックは衛兵に取り上げられそうになったがシスがそのままでいいと言ってくれたの
で今ここにあった。
中身を確認すると『携帯ゲーム機』が二台と『携帯充電器』この充電器は電池で充電ができる優れ物で、もちろん電池もリュックの中に常に百個は入っていた。そして、トレーディングカードゲームのカードが千枚入ったカードケースが出て来た。更に奥には『十五歳の誕生日』に執事から貰った、途中で破けている『古びた本』があったが、今はそんな本より携帯ゲーム機とカードがあれば良かったのでこの時は気にしなかった。
刃斗は首に掛けっ放しになっていた携帯電話とデジカメをバッグにしまい、代わりにゲーム機を取り出して、そのゲーム機を持ってエリシアに近づいて行った。
「これ、一緒にやらない?」
そう声を掛けるとゲーム機をエリシアに見せた。それを見たエリシアが。
「なんですかぁ? それぇ?」
「これは、こうやって遊ぶ物何だ」
そう言ってゲーム機の電源を入れ画面をエリシアに見せながらゲームをプレイした。
刃斗のプレイを見たエリシアが食いつき持っていた槍を放り捨て牢屋の鉄格子にかじり付いた。
「わぁ、わぁ、すごいですぅ、小さい人が剣を持って大きいモンスターと戦っているですぅ――――っ。こんなの初めて見たですぅ!」
もの凄く興奮してゲームの実況をしながら両手をブンブン振り回していた。そのエリシアの姿を見て刃斗の心は少し軽くなっていた。そして、もう一つのゲーム機をエリシアに渡した。
「これ、どうするですぅ?」
エリシアがゲーム機を両手で受け取り可愛く首をかしげながら刃斗に聞いた。
刃斗はゲーム機の電源を入れてやりゲームのやり方を教えてあげた。
二時間後。
「えい、やあ、とう、むむむ、ウーン? え? え? あーん」
ゲームに夢中になるエリシアが居た。
「エリシア? 楽しい?」
「はいっ! とっても楽しいですぅ、こんなの、エリシア『初体験』ですぅ」
「そう、よかった」
エリシアの感想に刃斗は心から喜んでいた。
次の日。今日、刃斗はトレーディングカードゲームのやり方をエリシアに教えてあげようと朝からエリシアが来るのを薄暗く気味の悪い牢屋でソワソワしながら待っていた。
「おはようございますですぅ、刃斗さまぁ」
エリシアが現れたとたん牢屋が脳内でアイドルのステージへと一瞬で変わった。あやうく刃斗はエリシアにステージの前で踊るヲタ芸を披露する処だった。――何とか抑え(あぶない、あぶない、エリシアが、刃斗さまぁ、何て慕ってくれているのに台無しにするとこだった。……でも、エリシアならもしかしたら喜ぶかもしれないな)と刃斗が思っているとエリシアが泣き始めた。
「う……え……えーん」
「ど、どうしたの? エリシア? 泣かないで? 僕が何かした?」
「あい、さつ、……エ、エリシアが挨拶したのに……へ、返事してくれませんでした、きっと、エリシアのこと嫌いになったですぅ――――――――っ!」
刃斗がヲタ芸に気を取られ返事をしなかったことでエリシアが泣いてしまった。
自分を責めながらエリシアに言う。
「嫌いなんかじゃないよ? エリシアを嫌いになんてならない絶対、……僕はエリシアが好きだよ?」
昨日一日で刃斗はエリシアを妹の様に思い好きになっていた。無理もない事だった刃斗は三日前まで女性とは一切会話をした事が無かったのだから。昨日のエリシアとの数時間が刃斗の中では自分の今まで生きた時間より大切だった。
「ホントですぅ? ……エリシアも刃斗さまの事大好きですぅ!」
「……」
刃斗は泣いていた。初めて異性に好きと言われたからだった。
母親にも言われた事の無い言葉に刃斗の胸は張り裂けそうだった。
「刃斗さま? ……エリシアが癒すですぅ」
エリシアは刃斗の涙の訳が分からなかったが私が癒してあげないと。と思い鉄格子まで近寄り刃斗の頭を自分の胸に抱きしめた。鉄格子が邪魔だったが刃斗は凄く嬉しかった。
その後、数時間二人でカードゲームをして楽しんだ。
それから一週間が経ち刃斗とエリシアは牢屋の『中』でカードゲームにいそしんでいた。
「えい、ここで、魔龍王ガイアハザードを召喚しますぅ」
刃斗は牢屋の入口を見た。――見事に開いていた。
(簡単に逃げられそうだな)と思ったが逃げる気なんて全く無かった。逃げた処でこんな魔法が有るような異世界で生きて行けるはず何て無いと思っていたし、何より外の世界にエリシアは居ない。刃斗にとってエリシアはもう大切な妹で家族だった。
「刃斗さまぁ? 刃斗さまのターンですよぉ?」
「あ、うん、ごめんね、じゃあ、美少女戦士ムーンレディを召喚してから追加アタック魔法フレイムバーストで全モンスターに五百のダメージをあたえるね?」
「む、むむむ、美少女戦士可愛いですぅ。……はっ? 見惚れていましたですぅ、むう、精神攻撃とは……刃斗さま中々やりますね? ですぅ」
――エリシアは今や立派なオタクッ娘と化していた。刃斗の所為である。
一方その頃、イフリート城の城内で極貧に喘いでいるフレイがシスに頼みごとをしていた。
「ねえぇ、しすぅ、パンティ買いたいのぉ、お金かしてぇ!」
女王が臣下にお金を借りようとしている処だった。
「いいけど、TOTOよ?」
「……トイレ?」
「違うわよっ! 十日で十割の事よ!」
望外な利率であった。どこかの帝王より酷かった。
「……女王の権限で法律変えるわよ?」
パンティの為に法律を変える女王って……。
「いいけど? 私に法律は無意味だし」
シスは立派な帝王だった。
「高いわよっ! 敵対国から借りたってそんなに取らないわよ?」
守銭奴のシスにそんな言葉は届かなかった。シスはイフリート王国の国民からも恐れられていた。「シス様にお金を借りると尻の毛までむしり取られる」と……。
「いいじゃない、どうせ誰にも見せないんだから」
女王のプライドをシスが刺激した。
「それはシスも同じじゃないっ!」
その言葉をフレイが言った途端「ピキーン」と場が凍りつきシスの顔がシブァ(氷の女王)へと変貌した。
「……同じ? 私と貴女が? 二六の私と一七の貴女が……?」
部屋の温度がドンドン下がっていく、(このままでは殺される)と思ったフレイはいきなりその場でジャンピング土下座をした。一国の女王のジャンピング土下座は圧巻の一言に尽きた。
「ごめんなさいっ」
そして謝った。しかし、心の中では(そうよ、私はまだ若いからこれからよ)と思って少しでも女王の威厳を取り戻そうとしていた。……情けないの一言に……尽きた。
牢屋の戻るとカードゲームの決着がついていた。
「う、うそ? ぼ、僕が、負ける、何て……」
どうやら刃斗が負けた様だった。
始めて一週間足らずのエリシアに負けるとはオタクの名折れである。
「エリシアの勝ちですぅ。……それでは刃斗さま? 罰ゲームですぅ」
笑顔で勝ち名乗りを上げた後、悪戯っ子みたいな顔で言う。
「分かった、何でもするよ、何をすればいい?」
刃斗が聞くと純真なオタクッ娘のエリシアは。
「……刃斗さまの、そこに、座ってもいいですかぁ?」
「……ここ? 別にいいけど」
「そ、それじゃあ、い、いきますですぅ……うれしいですぅ」
エリシアはそう言うと胡坐を組んでいる刃斗の足の上に座って喜んでいた。
(これじゃ罰ではなくご褒美だよエリシア……)
さらに一週間後、胡坐をかいた膝の上に刃斗はエリシアを乗せて囚人用のスープを飲ませて貰っていた。味の無い囚人用のスープでもこうしてエリシアに飲ませてもらうとそれは今まで飲んだことがないほど美味しいスープだった。
「はい、あーんですぅ」
「あーん」
エリシアはもう、すっかり刃斗の世話をするのが生きがいになっていた。
刃斗もエリシアが居ることが当たり前の様に感じていた。
この一週間の間にエリシアはこの国の事を話してくれた。
今さらだと思うが最初の一週間はオタクッ娘養成期間だったのでしょうがなかった。
そして、刃斗が聞いた内容とは次の通りである。
このイフリート王国には競争用に飼育した豚を走らせる養豚レースなるモノが有って国民は皆それにハマっていると言う事。
今の女王はルーズな性格で政策は侍女兼大臣のシスに任せっきりだと言う事。
それでも、なぜか、女王の支持率は過去最高だと言う事。
その女王にエリシアは左遷され牢屋番にされた事。
以前はエリート魔法少女隊に居た事。
今の格好はその時の制服を貰って着ていると言うようなことを教えて貰った。
エリシアにこの一週間で聞いた話で気になることを刃斗は聞いて見た。
「エリシア、養豚レースに出る豚は負けたらどうなるの?」
「はい、飼い主の腹いせに食べられてしまうですぅ」
「……じゃあ、勝った豚は?」
「お祝いに食べられてしまうですぅ」
(……どの道食べられるのか……)
「エリシアは前に魔法少女隊に居たって言っていたけどなんで左遷させられたの?」
エリシアは自分でも分からないような顔で答えた。
「それがわからないんですぅ。エリシアは~体を使った戦闘は出来ないんですけど魔法なら自信が有ったんですぅ。」
刃斗の膝の上でふくれっ面になってそう言った。
「へーそうなんだ。そういえばエリシアはどんな魔法が使えるの?」
「エリシアは、ドリアードの魔法が得意ですぅ。人を癒して治すですぅ」
(僧侶系かーうんエリシアにぴったりだ。でもなんで回復系の魔法で左遷させられたんだろう、人を治すだけなのに)
「エリシア。左遷させられる前の日に何をしたか教えてくれる?」
刃斗は推測していた、あの女王ならきっと不祥事を起こしたらすぐに切れて罰を言い渡すに違いないと。だからエリシアに前日の日に何をしたか聞いた。
「ん~前日ですか~確か~魔法少女隊の魔法訓練を城の中庭でしてましたですぅ。あ、もしかしてあのことかもですぅ」
何かに気付いたような声をエリシアが上げた。
「何か思い出した?」
「はい~訓練が始まる前に~『ソフィア・ゴールド・ボルト』さんが~美容に良いと木の樹液の話をしたんですぅ。エリシアそれを聞いて魔法で樹液を出して~ソフィアさんに掛けてあげたんですぅ。ドリアードにはそういう魔法もあるのですぅ、でも樹液を掛けたらカブトムシさんや色々な虫さんが現れて~ソフィアさんに付いていた樹液を食べてしまったですぅ。悪い虫さんですぅ」
ぷぅと頬を膨らませエリシアは言った。
「……」
(それって樹液を加工した化粧品なんじゃ?)
刃斗は想像してみた。体に樹液を付けて虫に舐められる処を……気持ち悪かった。
確かにそのソフィアには恨まれている可能性は(ほぼ確実だが)あるがそれでもエリシアをこんな僕以外誰も居ない牢屋番にすることは出来ないだろう。なら他にあるはずだ。
「その事以外に何かしなかった?」
「それ以外ですか~後は~炎の魔法を練習している時に~」
人差し指を頬に当て考えた後そう言った。
「ちょっと待って、炎? エリシアが?」
「はいですぅ。そういえば刃斗さまはご存じ無いんでしたね~このアラーズでは~」
それからエリシアがアラーズでの魔法の仕組みを教えてくれた。
刃斗はオタク心が動き本来の聞きたい事を後回しにした。
アラーズでは魔法は国の名前ともなっている属性が主でその国に生まれた人間はその国の魔法が使える。だが反属性じゃなければ他の国の魔法も使えるらしい。
反属性とは『火=水・水=風・風=木・木=雷・雷=火』とのことだ。
と、言うことは、エリシアは木の属性だから雷は使えないが火は使えると言うことか。
「そう言うことか~分かった。それで? 練習中に何があったの?」
「はい~エリシアは~攻撃魔法が凄く苦手でして~エリシアが作った火の玉さんが~エリシアの手を離れて何所かに飛んで行ってしまったですぅ。そして女王様の~干してあったパンティを全部焼いてしまったですぅ。悪い火の玉さんですぅ。……でもでもぉ、そのことは関係無いと思うのですぅ」
……いや百パーセントそれだと思う……
(そうかパンティの腹いせか……)刃斗は納得していた。
「ふ~」
エリシアが急に悲しげな顔をしてため息をついた。
「どうしたの?」
「この仕事に付いて刃斗さまに会えたのは凄く嬉しいんですぅ。ただお給料の方が……前の魔法少女隊の頃の半分になってしまったですぅ。エリシアのかぁ様はお金遣いの荒いお人なのですぅ。このままではエリシア、夜逃げすることになるですぅ。……刃斗さまに会えなくなるのは嫌です~」
そう言ってエリシアは刃斗に抱きついて来た。刃斗はエリシアの頭を撫でながらそれなら僕がなんとかしないと、と思っていた。
その頃フレイとシスは――。
「ね~何か忘れてない~?」
お城にある大浴場でシスの背中を洗いながらフレイが聞いた。
「ん~そうですね~何もないと思いましたけど?」
髪を洗いながらそうシスが答える。
――二人は刃斗の事を完璧に忘れていた――
しばらくしてシスの背中を洗い終えたフレイがシスの胸を見て。
「……ねえ、シスの胸って魔法で大きくしてるんでしょ?」
(じゃないとその大きさで垂れないわけないわ)
確かにフレイにそう言われても仕方がないほどにシスの胸は大きかった。なのに、全く垂れてなく、その存在感は魔法(理解不能)だった。そして、偽乳疑惑を掛けられたシスはフレイに言い返した。
「……いきなり何を言うのです? このびん乳姫は」
「……なに? びんにゅうひめって……」
フレイは目を細めて聞き返した。シスがフレイに向き直ってから言った。
「貧乏と貧乳をかけたのよ」
「な、なかなか上手いことかけるじゃない」
確かにフレイの胸は貧乳「キッ」……い、いや、慎ましかった。
「そうよ! 私の胸は慎ましいのよ!」
「……今の、話の流れとしておかしくない?」
「おかしいのはシスの胸よっ!」
その言葉がシスの癇癪に触れた。
「そう……まだ言うの……まあ、羨ましがるのも分かるわ。その、びん乳じゃ男なんて寄りつかないものね」
シスもフレイの癇癪に触れた。
「……シスなんて……昔、男に「ぼ、僕には貴方の胸を養う甲斐性が有りませんっ!」とか言われて振られたじゃないっ!」
「……」
「……」
それから不毛な胸のもみ合いが始まった……。
――二十分後。勝利したのは面積の少ないフレイの方だった……「う、嬉しくないっ!」フレイの絶叫が大浴場に虚しく響き渡った。
刃斗が牢屋に入れられてひと月程が過ぎたある日。
いつものようにエリシアが刃斗の膝の上でゲームをしていると。
「これはいったいどういうことっ!?」
刃斗とエリシアが声のした方を見るとフレイが両手を腰に当て牢屋の空いている鉄格子の所に立っていた。横ではシスが呆れた顔で刃斗達を見ていた。
フレイに気付いたエリシアが顔面を蒼白させ刃斗の膝の上から慌てて降りてフレイの前に跪いた。
「じ、女王様! ご、ごめんなさいですぅ」
エリシアは一生懸命謝った。がフレイは聞く耳を持たないで言い放った。
「牢屋番が牢屋を開けはなって罪人の膝の上で仲良く遊ぶなんて……私のパンティを焼いただけじゃ飽き足らないって訳ね……貴女は首よ! この城から出て行きなさいっ!」
首と言われた瞬間エリシアが大声で泣きだした。
「う……うえ~ん……え、え、え~ん……」
今の今まで忘れていた刃斗の事でこんなにフレイが怒るのはあり得なかった。ただ待っていたのだ、パンティの恨みを晴らす時を……心が狭かった……(うるさいっ!)
エリシアの後ろで成り行きを見ていた刃斗は大切なエリシアが泣き始めたのを見て切れた。フレイを睨みつけ。
「……おい、黄ばみパンティ」
「……今、何て言った……?」
フレイの怒りの矛先が刃斗に向かった。
「黄ばみパンティって言ったんだ……これ以上エリシアを泣かせたら……許さない!」
刃斗はフレイを睨みつけたままそうすごんでいた。フレイは刃斗の目に気押され、エリシアは泣き止んで頬を染め、シスは感心していた。
(な、なによ、あの顔は、ち、ちょっとカッコいいじゃない)
(刃斗さま……かっこいいですぅ)
(ああ言う顔も出来るんですね……)
フレイは気を取り直して刃斗に言った。
「許さなかったらどうするの? あなたに何が出来るって言うの!」
フレイにそう言われ刃斗は考えた。
(確かに……エリシアが牢屋を開けはなっていたのは事実だ。それを覆すにはどうしたらいい? 何かないか……何か……あ! あった!)
あることを刃斗は思い出し自分の着て居るジャンパーの『左ポケット』に手を入れた。この世界に来る前に入れたあるモノを触って確認してから、思いついたことを実行した。左ポケットに手を入れたまま。
「シスさん。この国では賄賂は犯罪ですか?」
いつの間にか刃斗の口調が戻っていた。
「あ、当たり前です! 私がどれだけ断腸の思いでそれを断って来たと思ってるんです
か!」
シス(守銭奴)が握り拳で心の声を叫んだ。
「……シス……」
呆れた目で見ながらフレイは思っていた。
(シス、貴女、そこまでお金のことを……男がいないとこうなるのね。……気を付けよう)
心の中でとても失礼なことを思っていたら。
「女王はどうです?」
刃斗に自分のことを言われて。
「馬鹿にしないでよ! 私はまだ若いのよ? 金の亡者になんかならないわっ!」
(そうよ! 私はまだ穢れてない乙女何だから!)
と、シスを全面否定していた。
「……フレイ? 賄賂を貰うのになんで若さが必要か後で教えてもらえるかしら?」
シスが首を きっ とフレイの方に廻し絶対零度の瞳でフレイに宣告した。
「……行き遅れの指摘は後でして貰うとして……」
刃斗が口を滑らせた。
「……いまなんと?」
絶対零度の瞳を今度は刃斗に向けて来た。刃斗の横に居たエリシアは「ひっ」と刃斗の後ろに隠れた。刃斗も逃げ出したかったがエリシアの為と踏みとどまった。
「い、いえ、何でも……と、とりあえず僕が言いたいのはこれのことです!」
そう言って刃斗はフレイにポケットから取り出したあるモノを放り投げた。
それはこの世界に来る前に刃斗が下着泥棒をした(ちがうっ、間違えられたんだ)……
『高級住宅街のお嬢様の勝負パンティ』だった。そのパンティを受け取ったフレイは。
「キャ――――――ッ。パンティじゃない!」
まるで空港からどこかの国のアイドルが出て来たかのような奇声を上げた。
「しかも何? この肌触りは? こんなのお金があった頃の私でも持ってないわよ?」
それもそのはずこの勝負下着は二十万円相当の下着だった。ブランド物のオーダーメイドで作り上げられた品でこのアラーズには無い素材、シルクで作られていた。
それほどの物を手に入れた女王様のフレイは頬に付けたり鼻につけ匂いを嗅いだりして居る……変態である(変態じゃない!)……そんなフレイを横で見ていたシスが。
「……この変態にこんな変態的な物をあげてどうしようと言うのです?」
フレイは自分が馬鹿にされているにも関わらず変態行為を繰り返していた。
「あげるんじゃありません。取引です。その賄賂でエリシアの罪を許して下さい」
「なっ」
「いいわよ!」
シスが言うのを遮りフレイが答えていた。
「駄目です! そんな賄賂は私の目が黒い内は……」
言葉を止めたのは自分を見るフレイの目が赤く血走っていたからだ。
一国の女王がパンティを握りしめ目を赤く血ばらせている光景はそれだけで滅亡ものであった。(滅亡しない!)
「シス? 私と一緒に死ぬ?」
フレイの目が血走った目からどこかのダムの下の農村に居る少女の目に変わっていた。
「……」
シスがどうしたものかと考えて居ると刃斗が今度はシスの前にあるモノを差し出した。
「これは?」
「シスさんへの贈り物(賄賂)です」
シスが手に取った物、それは新品のシステム手帳だった。
刃斗が前に自分が使っていた物が壊れ新しく買ってリュックに入れて置いた物だ。
「これはシステム手帳と言いまして、こうやって計算したり、その計算したのをメモすることが出来るんです」
刃斗の説明にシスは目を輝かせて聞いていた。それもそのはずこの世界には『電卓』が無く計算は自分でするしかなかった。シスはこの電卓が欲しかった。
(こ、これがあれば今までの半分で仕事が終わるわ!)
「……これ、貰っても良いの?」
「ええ……その代り……エリシアの件お願いします」
まるで悪代官と商人の会話だった。その会話を横で目を細めて見ている人物が一人いた。
シスがその人物に気付き「コホン」と言った後。
「魔神様の女王侮辱罪は昨日で刑期が終わりました。したがってこれは罪人からの賄賂ではなく、男性からの個人的なプレゼントになります。そして、昨日で刑の切れた魔神様と今日遊んで居たエリシアを罰する法律はわが国にはありません。そうですね? フレイ?」
シスがフレイに聞くと。
「ええ、そうよ!」
笑顔でパンティを握り締めながらそう言った。
「本当ですか~! すごいですぅ刃斗さま~ありがとうございますですぅ」
エリシアが笑顔で刃斗に抱きついて来た。刃斗はそのエリシアの笑顔を見て心からよかったと思っていた。
そして、これで代々円かと思いきやフレイが最後に一言。
「あと、あなた、これから私のペットだから」
「……へ?」
こうして刃斗は囚人からペットにレベルアップした。(嬉しくない!)
それから刃斗は新しい寝床に案内された……犬小屋だった。
高さが刃斗の腰の辺りまであり奥行きが大人一人位、楽々寝ころべる程あった。
表札もあって名前が『魔神様』と書いてあった……様付の犬小屋は初めて見た。
刃斗はそんなことを思いながらこの非人道的な措置に不満の声を上げた。
「……女王様? 人権蹂躙って言葉知ってます?」
きっとこの世界には無いんだと思いたくて聞いて見た。
「馬鹿にしないでそれくらい知ってるわよ!」
「……」
刃斗が細目で見ているのに気付き。
「ほんの冗談じゃない」
本気か冗談か分からない顔で答えて来るフレイに。
「……本当ですか?」
目で疑いながら言うと。
「本当よ、それより、はい、出して」
フレイが手を突き出して来た。刃斗が訳のわからない顔をしていると。
「パンティよ! まだ持ってるんでしょ? 出して」
フレイの頭の中はもはやパンティのことしかなかった。刃斗は自分がこの世界に呼び出されたのはまさかパンティの為だけ? と思い始めていた。
(まさかなぁ、普通ファンタジー世界に召喚された地球人は例外なくその世界で英雄になるはずだ)と、ゲーム脳で都合よく思いながら恐る恐る聞いて見た。
「……女王様、僕が召喚されたのはまさかパンティの為だけじゃないですよね?」
「当たり前じゃない!」
女王のその言葉に刃斗は心から安堵した。
「パンティと私のペットになるためよ!」
「……」
フレイは本来の目的を忘れていた。そして刃斗はもしかして自分はどの物語の主人公より最低なんじゃ? と思い始めていた……多分そうだ……(フォローしてよ!)
「それより早く出してよ!」
「……あれ一枚しか持っていません」
「本当に?」
「はい……」
刃斗の返事にフレイは大げさに崩れ落ちた。
「……やっぱり私は汚れたパンティで過ごすしか無いのね……」
よよよと今にも泣きそうなフレイの姿を見て。
「僕のあげたのを使えば良いじゃないですか」
「駄目よ! あれは『勝負パンティ』何だから!」
「……そう……ですか……」
呆れ果てた。そして、考えてもみた、そもそもこの女王があんな汚れた下着で過ごしているのは自分を呼び出すためだったことに、ちょっとした罪悪感を感じた刃斗は、なんとか出来ないかと思考を巡らせて、この世界に送られる前に自分が買った日用品のことを思い出した。
「女王様。僕と一緒にこの世界に送られた荷物はまだありますか?」
「え? あーあの袋に入ったやつ? 確かあそこに……ちょっと待って」
そう言うとドアの外に居る衛兵に取って来る様に言った。
しばらくして刃斗の目の前に日用品の入った袋と秋葉の戦利品があった。
日用品の中から刃斗はセレブが使う『どんな汚れも落とします』と書かれた洗濯洗剤を取り出した。
「それで何するの?」
「女王様。汚れた下着を出して下さい」
「い、いやよ! な、何言ってるの! 見せられるわけないでしょ?」
「もう、一度見てますから大丈夫です」
「……」
フレイが両手を無言で突き出して来て呪文を唱え始めた。怒りが再燃したようだ。
刃斗は慌てて。
「こ、是から汚れた下着を綺麗にしますから」
その言葉に呪文の詠唱を止めて。
「無理よ、どんなに洗っても落ちなかったもの」
「それはこの世界の洗剤だったからです。僕の世界の、この洗剤を使えば落ちます!」
刃斗の自信たっぷりの言葉にフレイは渋々部屋の中に一つしかない箪笥に向かって行った。どうして犬小屋が有る所にフレイの下着が入った箪笥が有るのかと言うとここはフレイの寝室だったからだ。刃斗が見せられた犬小屋は前にフレイが飼っていた犬の物だった。
フレイは男である刃斗をたとえペットだとしても自分の寝室に入れるなんて耐えられなかったが、シスに別の部屋を用意して欲しいと懇願したのにお金がもったいないと、にべもなく断られ結局自分の部屋でしぶしぶ飼うことになった。
三十分後、見事に真っ白になった下着を見てフレイが歓喜に震えながら刃斗の首筋に抱きついていた。
「すごいっ! すごいっ! 白い、白いよ~」
「じ、女王様。く、苦しいです」
刃斗が苦しがっていると。
「……フレイで良いわよ、刃斗……刃斗……ありがとうね」
こうして刃斗はフレイの信頼を勝ち取った。
その夜フレイの信頼を得た刃斗はフレイと同じベットに入っていた。
よほど下着を白くして貰ったのが嬉しかったのか刃斗に一緒に寝て良いと言われたからだった。もちろん、手を出したら『殺す』とも言われていた。
横でフレイの寝息が聞こえて来るうえ良い匂いまでしてくるのだから刃斗は全く眠れなかった。そのうえフレイは寝る時下着を全て外していた。替えが少ないため汚れるのを気にしてのことだった。
それも刃斗が眠れない要因の一つだった。
(ちょっと触っても良いんじゃないかな?)
と、不埒なことを考えていたら「ギ~」とドアが開いた。
刃斗は布団に潜り息を殺した。
「はー今日も疲れましたね……」
シスの声だった。牢屋の後、政務があると言って仕事に行ったが今終わって帰って来たようだ。
フレイとシスは同じ部屋に住んでいた。それなのに刃斗をペットとして飼うのを反対しなかったのはただ単にシスが刃斗を男だと思ってないからだった。
しゅる しゅる と服を脱ぐ音が聞こえた後シスが布団の中に入って来た。
(し、シスさんが入ってくる。ど、どうしよう!)
そして、布団の中に刃斗が居ることに気付かずに眠ってしまった。
(ね、眠っちゃった……それにしてもいい匂いだなー)
さらに眠れなくなったがいきなりシスが刃斗の頭を両手で掴み自分の豊満な胸に押し付けた。
「ふ、ふぐぅ」
情けない声を上げながら刃斗は幸福を感じていた。まるで母親に抱かれて居るようだった。一度もこうして母親に抱かれたことのない刃斗は初めての感覚に安らぎを感じていた。
それからしばらくして刃斗は寝息を立てて眠りについた。
翌朝、起きたフレイの目に映ったのはシスの胸で気持ち良さそうに眠っているペットの姿だった。ぴくぴくと顔に青筋を立てながら、どうしたら一番いい効果的な躾が出来るかを思案していた。しばらくして「ピーン」と閃いたフレイはシスを先に起こすことにした。
「シスー、シスー、」
と、小声でシスだけを起こした。
「う、う~ん、なんです? フレイ……」
起きたシスは目の前のモノを見ると、氷の女王と化して。
『氷の女王の伊吹』
いきなり魔法を使った。次の瞬間ベッドの上で両手を前に突き出しながら幸せそうに凍らせられた刃斗が……眠っていた。
それから一週間刃斗の扱いは最低辺だった。
刃斗がペットになってからひと月が過ぎていた。
このひと月刃斗の生活はどうなっていたかと言うと……普通のペットだった。
朝起きて餌を貰い昼まで寝て餌を貰い夜まで遊び餌を貰っていた。刃斗はもはや何でこの世界に自分が呼ばれたのか考えなくなっていた。幸せだったからだ。今までの生活は何をするにも一人だった。でも今は違った、食事は粗末ながらもフレイとシスが一緒に食べてくれるし、暇になればエリシアの所に遊びに行ったりも出来る。
そんなある日。
いつもの様にフレイが公務に行くと刃斗は何もすることが無くなりエリシアの所に遊びに来ていた。
「刃斗さま~とうとうエリシア夜逃げしなくてはならなくなりましたですぅ」
その日刃斗が行くとエリシアがそんなことを言って来た。
「ど、どうして? ……もしかしてお母さん?」
「……はい、もう、エリシアのお給料じゃ、かぁ様を養えないですぅ」
「……そうか、分かった。なんとかする。安心して」
エリシアにそう言うと刃斗は城に戻った……シスに会う為に。
城に戻り廊下を歩いている衛兵にシスの居場所を聞きドアの前まで来るとさすがに怖気づいた。今から自分のしようとしていることは間違いなく地獄への一歩を踏み出す行為だったからだ。
意を決しドアを開けシスに言い放った。
「シスさんっ! お金を貸してくださいっ!」
その瞬間刃斗は借金地獄の道を歩き始めた。
いきなりそんなことを言って来た刃斗に驚きもせず。
「良いですよ。魔神様にはコレを頂いた恩が有りますし」
まさに帝王の貫録だった……。
そしてシスは電卓を大事そうに手に持って、言って来た。その光景を見て刃斗は。
(この様子なら利息は取らないでくれるかも!)と自分勝手に思った。
「……『とうさん』でいいわよ」
「……僕に『父さん』はいないんですが……」
刃斗はトウサンの意味を知っていたがただ現実を受け入れたくなかった。
「違うわよ。十日で三割のことよ」
「……シスさん。お金より大事なモノって有ると思うんですけど……」
「今の私には無いわね」
「……」
「わぁ~本当にいいんですか~? 刃斗さま~嬉しいです~これでひと月持ちますですぅ」
エリシアは刃斗が借りたお金を受け取り喜んだ。
(……これでひと月しか持たないのか……)
刃斗が借りたお金は庶民なら半年は暮らせる程のお金だった。
――こうして刃斗は絶対に借りてはいけない帝王からお金を借りた。
(……僕に明日はあるのか?)
その次の日。刃斗はフレイの座る玉座の横に犬のように座らせられていた。
どうしてこうなったかと言うと昨日の夜刃斗がフレイに「フレイよりシスさんの方が女王みたいだね」と言ったのが切っ掛けで刃斗の言葉にフレイが「そ、そんなことないわよ。そ、それなら見せてあげようじゃない」と少し動揺したような口調で言い返し今の状況になったと言うことだ。
「そこでちゃんと見ていなさいよ!」
「……出来れば立ちたいんだけど……」
刃斗が不満の声を上げると。
「ペットはペットらしくしていなさい!」と一蹴された。
フレイの言葉にへこんで居るとシスが綺麗な手で刃斗の顎をゴロゴロして来た。
「よしよし。怖い飼い主ね~」
「ゴロゴロ、く~ん、く~ん」
と、シスの手にじゃれて居ると殺意の籠った視線が向けられたのを感じ従順なペットに戻った。
「ソフィア・ゴールド・ボルト様がいらっしゃいましたー」
衛兵の声のすぐ後にソフィアが姿を現した。ソフィアの姿を見て刃斗は一瞬だけ見惚れた。なぜ一瞬かと言うと、いかにもお嬢様と言うような格好は綺麗でよかったし、顔も美少女だったが髪形がいけなかった。綺麗な金髪を頭の両脇で結びツインテールにしている所までは良かったが、何故か頭上で髪を結びその結んだ髪が、縦にパカッと割れていた。
……ウルトラの母? と刃斗が思うのも頷けた。かなり斬新な髪形だった。
(ソフィア・ゴールド・ボルト? どこかで聞いたような?)
刃斗は思い出すため考え込み始めた。
「お久しぶりです。フレイ女王様。シス大臣様」
「堅苦しい挨拶はいいわよ。ソフィア……それより持って来てくれた?」
フレイの言う 持って来てくれた? とは月に一度この、イフリート王国で一番の大金持ちであるソフィアの家からの女王への賄賂(賄賂じゃない!)……色々なことを帳消しに出来る贈り物だった。今までは金品が多かったが今回は。
「ええ……でもこんなモノで宜しいんですの?」
ソフィアにこんなモノと呼ばれた品物とは……数十枚の下着だった。
やはり二枚の下着では足りなくてソフィアに事前に頼んであった物だ。財産のないフレイが下着を手に入れる機会はもう、これしか残されていなかった。その為必死だった。
シスが金品にしましょうと言うのも退け(金品にすると国庫に入れられるから)強引に下着にしたのだった。そのことがあって横でシスがぶつぶつと言っていた。
「まったく、お金の方が絶対いいのに、綺麗だし、使えるし、貯蓄(結婚資金)も出来るし、……ああ……お、か、ね……」
……ちょっとアブなかった……
「うん! それが良いの! それじゃなきゃダメなの! ……もうそれなしじゃ……生きて……い……け……な……い」
……かなりアブなかった……
「……そ、そうですの……」
ソフィアはヒイテいた。と同時にこの国の将来を憂いた……当然である。
「よ、喜んでいただいて幸いですわ。……それではこれでおいとま……」
早く帰った方が良い、そうソフィアは思い、帰ろうと言葉を発したその瞬間。
「あっ、カブトムシ女だっ!」
刃斗がやっと思い出してソフィアを指差して声を上げた。
『……』
そして、その場にいた全員が黙りこんだ。
ソフィアが虫に体中に付いた樹液を舐められたことは皆知っていてソフィアの前では禁句だった……しばらくして乾いた笑いが聞こえた。
「ほ、ほほほほほほほ、お、面白い方ですのね」
「は、ははははははは、そ、そうでしょ? これ、新しく飼うことになったペットなのよ」
「そ、そうですの、私はペットに侮辱されたんですのね~」
「い、いえいえ、侮辱なんてとんでもないですわ。これは今、カブトムシが食べたいと言ったのですわよ~」
「いや、そんなの食べられないよ?」
当たり前じゃないか と言う顔をして刃斗が言うと。
「あんたは……黙りなさい……」
自分に死線を向け言って来るフレイの迫力に刃斗が黙った後、ソフィアが目を吊り上げ。
「新しいペットを飼うことをお勧めいたしますわっ!」
と、言って『下着』と一緒に帰って行ってしまった。
そして、ソフィアが帰ってもう誰も居ないのに。
「……ええ。換えます……」
と、呟くフレイの言葉に。
「もう帰ってみたいだよ」と刃斗が言ったとたん。
「ピキッ」とフレイの額に怒りマークが出現し。
「……シス……これ……あげる……」
刃斗を指さしながら言った。
「そう、じゃあ、貰っておくわね……」
シスも自分が金品を諦めてまで要求した下着が刃斗の一言であえなく無くなったことに怒りを感じていた。
「え? え? え?」
こうして刃斗は払い下げられた……世にも恐ろしい帝王であり氷の女王でもあるシスに。
翌日の早朝、時間にして五時頃だろうか、刃斗はビクビクしながらシスの後ろを歩いていた。無言で歩くシスの後ろ姿がとても怖く、もしかして処刑されるんじゃ? と刃斗が思うのも無理はなかった。
「シスさん。何所に連れて行かれるんでしょう」
刃斗が恐る恐る聞くと。
「魔神様? シス様とお呼び と申し上げたはずですが?」
言葉は丁寧だが威圧感が女王様(SMの)のそれだった。それに言葉も何所かおかしい。
「……すみません。シス様。それで何所に連れて行かれるのでしょう?」
「着きましたよ」
「ここですか?」
そこは豚小屋だった。刃斗はとうとう豚の餌にされると思い。
「す、すみませんっ! シス様! どうか許して下さいぃぃぃぃぃぃっ!」
いきなり土下座をして謝った。
「……なかなか、そそられますね~」
頭の上の方で嫌な言葉が聞こえたが死ぬよりは良いと聞き流した。
「何を勘違いしているのか知りませんけど。魔神様にして貰うことはこの豚小屋に居る、私の愛豚の調教をして貰うことですよ?」
「へ? 調教?」
刃斗がハテナ顔で居ると、シスが豚小屋の扉を開けた。すると一匹のまるまると太った真っ白な豚が刃斗の前に飛び出して来た。
「ぶひ、ぶひ、ぶひ~」
絡みついて来る豚を刃斗は抱きしめ。
「可愛いですね……何て言う名前なんですか?」
「シヴァよ」
……氷の女王の名前を……豚に……なんて人だ……。
刃斗のシスへの警戒心がさらに上がった。
「それで、この子を来月の養豚レースで勝たせるのが魔神様の仕事です」
「……もし、負けたりなんかしたら……僕どうなります?」
「……我が国にこんなことわざが有ります。『走らない豚は唯の豚だ、食べてしまえ』と」
(それ、僕の世界にも似たようなのがあります。飛べない〇は唯の豚だ。と言うのが……)
「……今の、僕に言ったんじゃないですよね?」
「当たり前です。豚(魔神様)に言ったのですよ?」
刃斗の目を真っ直ぐに見つめそんなことを言う。
(あの目は絶対僕に言ったんだ)
「……今、魔神様って聞こえたんですけど?」
「あら、もう、老聴ですか?」
(僕はあなたと違ってまだ若いです!)
心の中で刃斗は反論した。
「……もう一つ、ことわざを思い出しました。『逆らう豚は食べてしまえ』と言うのを。魔神様は逆らったりしないですわよね? ねえ魔神様?(ねえ豚?)」
「……はい……」
そうして、刃斗はひと月の間に豚のシヴァをレースで勝たせなくてはならなくなった。
……負ければ僕は……たぶん終わる。
それからのひと月の間、刃斗は死に物狂いでシヴァを鍛えた。競馬ゲームで培った調教テクニックを応用してシヴァを水の中で走らせたり坂道を走らせたりした。食事にも気をつけていた。豚の食事は本来太らせる餌が多いが刃斗は早く走らせる為瘠せる食事をさせた。もちろん、栄養面にも気を付けていた。
そしてひと月後。一回り細くなり逞しくなったシヴァが出来上がっていた。
そのシヴァを見てシスが一言。
「食べ応えが無くなりましたね~」
「……」
刃斗が絶句したのは言うまでもない……。




