最終話 慈悲深き王妃ジュリア
数年後。
私は、王妃となっていた。
アレクシスは国王として即位し、私はその隣で王国を支える立場になった。
王妃の仕事は、想像以上に多かった。
外交の補佐。
慈善事業の管理。
孤児院や医療施設への支援。
貴族社会の調整。
そして、国民から寄せられるさまざまな相談への対応。
けれど、私はもう、前世のようにすべてを一人で抱え込むことはしなかった。
信頼できる側近を育て、各部署に適切な権限を与え、定期的に現場の意見を聞く。
問題が起きたときは、誰か一人を責めるのではなく、原因を調べて仕組みを改善する。
そうした取り組みは、王宮の仕事にも少しずつ変化をもたらしていた。
また、私は王妃として、特に教育と福祉に力を入れた。
貧しい家庭の子供たちが学べるよう、奨学金制度を整える。
孤児院の子供たちが成人したあとも生活に困らないよう、職業訓練を支援する。
身分や財産の有無によって、治療を受けられない人が出ないよう、地方の医療施設を整備する。
一度の寄付で終わらせるのではなく、何年も続けられる仕組みを作る。
それが、私の目指す慈善活動だった。
もちろん、すべてが簡単に進んだわけではない。
貴族たちから反対されることもあった。
「平民にそこまで支援する必要があるのでしょうか」
「王妃陛下は、少々理想を追いすぎておられるのでは?」
そんな声が上がるたび、私は冷静に説明した。
「教育を受けた人々が増えれば、国全体の力も高まります。健康な国民が増えれば、働ける人も増え、地域も豊かになるでしょう。これは慈善であると同時に、王国の未来への投資なのです」
感情だけで押し通すのではなく、数字や実例を示し、協力者を増やしていく。
前世で培った経験が、ここでも役立っていた。
そして、少しずつ成果が現れ始めた。
読み書きのできる子供が増えた。
孤児院を巣立った若者たちが、職人や商人として自立するようになった。
地方の医療施設が充実し、救われる命も増えた。
人々は、王妃ジュリアの名を口にするようになった。
「慈悲深き王妃様」
「民のことを第一に考えてくださる方」
「私たちの声を聞いてくださる王妃様」
いつしか、ジュリアは国民から深く愛される存在となっていた。
*
ある日の夕暮れ。
公務を終えた私は、王宮の庭園でアレクシスとお茶を飲んでいた。
「ジュリア、今日もお疲れさま」
彼が紅茶を注いでくれる。
「ありがとうございます。アレクシスも、お疲れさまでした」
穏やかな風が吹き、庭園の花々が揺れた。
私はカップを手に取り、ほっと息をついた。
「……幸せですね」
ぽつりと呟くと、アレクシスがこちらを見た。
「どうしたんだ、急に?」
「いえ。こうして、大切な人とゆっくりお茶を飲めることが、嬉しいなと思って」
アレクシスは、優しく笑った。
「君はいつも、人々の幸せを考えているな」
「それが、私の仕事ですから」
「だが、君自身の幸せも忘れないでほしい」
彼は私の手を取った。
「君が笑っていてくれることが、私にとって何よりの喜びなのだから」
胸が温かくなった。
前世の私は、仕事を終えて帰宅しても、明日の仕事のことを考えていた。
休んでいても、どこか罪悪感があった。
自分が頑張らなければ、誰かに迷惑をかけてしまう。
そんな思いに縛られていた。
けれど、今は違う。
仕事は大切だ。
誰かのために尽くすことも、素晴らしいことだと思う。
でも、それだけが人生ではない。
自分を大切にすること。
大切な人と笑い合うこと。
疲れたときには休むこと。
助けが必要なときには、誰かに頼ること。
それらも同じくらい、大切なのだ。
「……アレクシス」
「何だい?」
「私、あなたと結婚できて、本当によかったです」
彼は一瞬驚いたあと、私の手を優しく握り返した。
「私もだよ、ジュリア」
そして、額にそっと口づけを落とした。
私は頬を赤くしながら笑った。
そのとき、庭園の向こうから、リリアーナの明るい声が聞こえてきた。
「ジュリア様ー! お茶をご一緒してもいいですか?」
「もちろんよ、リリアーナ!」
私は手を振った。
かつて処刑される運命だった悪役令嬢。
その人生は、もうどこにもない。
今の私は、愛する夫がいて、心から信頼できる友人がいて、温かな家族がいて、守りたい国民がいる。
そして何より、自分自身の人生を大切にできるようになった。
過労死した三十九歳のOLが、異世界で手に入れた二度目の人生。
それは、ただ生き延びるための人生ではなかった。
愛する人たちと共に笑い、誰かを救い、自分も幸せになる人生だった。
ーー王宮の鐘が、夕暮れの空に響く。
私は紅茶を一口飲み、心からの笑顔を浮かべた。
「さて、明日も頑張りましょう。でも――今日は、もうお仕事終了です!」
「ははっ、そうだな。今日はもう、誰にも邪魔させないよ」
アレクシスは笑い、私の肩を抱き寄せた。
こうして、悪役令嬢ジュリアは、国中から愛される王妃となった。
そして彼女は、これからもずっと、自分と大切な人たちの幸せを守りながら生きていく。
処刑エンドを回避した悪役令嬢の物語は、誰もが笑顔になれる、最高のハッピーエンドを迎えたのである。
ーfinー




