8希望の過去4
小学六年生になった。修学旅行だ。京都に行くこととなった。私は前回の反省から睡眠薬はさすがに買わなかったが睡眠をサポートするという、お菓子や飲み物をたくさん、持って来ていた。まず、初めに鹿苑寺に行った。観光客が非常に多くて視線が多く集まって来た。
「ねえ、ちょっとだけ、離れて歩いてもいい?」
「何で、リナちゃん?」
「だって、希望ちゃんにたくさん視線が集まってて恥ずかしいの」
私は容姿がとても綺麗で可愛かった。スタイルもまあまあ良かったため視線を引くのは仕方ないことでもあった。だから、
「絶対に私の視界に常に入っててね」
私は皆の少し後ろを歩いた。そして、目的の鹿苑寺に辿り着いた。
「わあ、綺麗」
秋に修学旅行に行っていたため、紅葉が黄金の輝きとコントラストになり、鏡映しになっていた光景はとても感動した。
「ねえ、リナちゃん?」
私が横にいたはずのグループの仲間に声を掛けるとリナちゃんたちは先に進んでいた。
「えっ⁉何で、一言も声を掛けてくれなかったの?」
私は急いで追いかけた。追いかけた。でも、人混みが多くて中々近づけなかった。すると、若い刺青を入れた男の人に腕を掴まれた。
「君、可愛いね。どこから、来たん?」
「えっと、急いでるんで、話してください」
「待ってや。別に、僕、何もせんよ。ちょっと話したいだけやん」
私は必死に恐怖を抑えた。そして、大きく深呼吸をして叫んだ。
「助けてー!」
視線が集まった。刺青が入った若い男は走って逃げた。私は周りの優しい大人に皆のところまで連れて行って貰って、警察に事情話した。
「今日は、怖かったね。でも、これからは、一人になったら、ダメだよ」
「希望ちゃん。一人にならないように、グループで移動するように言ったでしょ」
私は警察からも担任の先生からも怒られた。釈然としない怒りを感じながらも反論はしなかった。おんなじグループの子たちが手を合わせて謝っていたから。私はまた、心を偽った。それから、グループに戻ると改めて謝罪は無かった。
は?
私は強い憤りを覚えた。私は不機嫌だった。でも、心を偽って皆に合わせた。
続いては清水寺に向かった。高さ約十四メートル。そこから、紅葉を視界に入れながらの絶景はとても綺麗だった。観光客はやはり、とても多かった。だが、今回は担任の先生がピッタリと私のグループと一緒に行動をしていたから離れ離れになることはなかった。
「清水の舞台から飛び降りる気持ちでって言葉が有名だけど、これの起源って、皆、知ってる?」
皆、首を振った。私も首を振った。
「実はね。ここから、実際に飛び降りた人がいたからなんだよ。江戸時代に続出したみたいなの」
「「「へえ」」」
そんな気分が下がることを何で言うかなあ。
「でも、ここから飛び降りようなんて、どれだけ生きることに絶望したんだろう」
「そうだね。希望ちゃん。先生も想像できない」
私は何となく、分かっちゃったかも。きっと、心の穴が大きく広がり過ぎてしまったんじゃないかなあ。
私は、昔、ここから飛び降りた人たちのことを思うと何だか、共感できて心地良く感じた。目を瞑って想像して風を感じて鳥の鳴き声を聞き、木の柵に体重を掛けると、下から私を呼ぶ声が聞こえて私は顔を下に向けて身を乗り出そうとーーーーー
「何してるの!」
私は間一髪で先生に助けられた。視線を周りから集めていた。リナちゃんたちは私を睨んでいた。周りの観光客は私を心配そうに見ていた。
「ごめんなさい」
でも、確かに、私を呼んでいたの。
その後、私は強制的にホテルに帰らされた。体調が悪いんじゃないか、と。だから、私は体調不良者ようの一人部屋で残りの時間を過ごすこととなった。
「今は、熱は無いみたいだけど、今日は安静にしようね」
同伴していた保健室の先生はそう言うと部屋から出て行った。
「私は元気なのになあ。どうして、こんなところに」
私はテレビのリモコンをオンにした。見たことのないアナウンサーがニュースを読んでいた。地方あるあるだ。
「はあ。メメントモリだったけ。確か、死を忘れるな。常に死を意識することで、来世に思いを馳せる。そっか。来世があるなら、私はもっと正直に生きたいなあ」
部屋に鋏が置いてあった。ほんの出来心だった。来世の、理想の私をより具体的にできるんじゃないか、って思った。だから、私は主室の立ち上がった。鋏を開いて左手の手首を見た。
「私は、私を呼んだ人達の気持ちを知りたい。だから、」
私の両手は震えていた。震えているのだ。
「怖い。・・・怖い。でも、傷を付けた時、私は今の私をもっと知れる。きっと」
体から汗が流れて来ていた。顎まで垂れて来た汗が右手に落ちた。
息を呑んだ。
右手に力を入れて左手の手首に刃を当てた。そして、思ったより力が入らず、薄皮一枚だけ斬った。赤い絵の具を細く垂らしたようだった。血だ。
「そっか。これほどの、これ以上の恐怖を感じなくなってしまうほど、私を呼んだ人たちは心に大きな穴が空いてたんだ」
私は泣いた。薄く零れるほど出ていない血を見て泣いた。
「私は、私は、まだまだ、心を偽れる。全然、私が感じているものは絶望とは程遠い。だって、私は今、生きてるんだから。生きてるんだから。だから、泣くな。泣くもんか」
今にして思えば、私は、この時にはもう、手遅れの状態だった。
晩御飯を独り別部屋で食べるために、保健室の先生が部屋をノックして来た。私は急いでフワフワのヘアゴムを外して左手に付けた。そして、鍵を開けると保健室の先生が部屋に入って来た。
「じゃあ、晩御飯を食べに行こっか」
「はい」
「あら、髪、解いたのね」
私はドキッとして息を呑んだ。そして、大きく深呼吸をすると
「はい。くつろいでたんで」
「そっか。気持ちは落ち着いた?」
「はい」
「そっか」
私は結局、その日は保健室の先生とご飯を食べることとなった。私は左手をなるべく見せないように気を遣った。
「はあ。疲れた。ちょっと染みるけど」
私は大浴場には行かずに部屋のお風呂に入った。
「はあ。今日、聞こえた声はきっと私に生きろって言ってくれてたんだ、きっと」
私はプラス思考に、ポジティブシンキングをしていた。ただ、
「また、私が今日みたいな声が聞えたら、確かめないと」
自己犠牲の上でのポジティブシンキングだった。
次の日。私はまた、グループで一緒に行動することとなった。でも、
「リナちゃん。昨日はごめんね」
「―――――」
私は窓の外を眺めるリナちゃんに声を掛けた。リナちゃんは私に視線を向けずにずっと外を見ていた。その目付きは険しかった。
昨日ことを怒ってるのかなあ。だったら、この態度は仕方ない、よね?
私はそう私を納得させた。
二日目の修学旅行先は奈良だ。今は東大寺に向かっていた。
東大寺に着いてバスを降りると私はグループのメンバーに昨日のことを謝った。
「昨日は心配掛けてごめんなさい。今日は大丈夫だから」
私は誠心誠意頭を深く下げて謝った。頭を上げたら皆が視線を合わせてくれるって信じて。そして、頭を上げると、
「「「―――――」」」
「行こう」
「うん」「そだね」
リナちゃんも男子二人も私に視線を合わせることなくそそくさと先に歩いた。今日も、一応として担任の先生と保健室の先生が同伴することとなっていた。
「先、生?」
「「っ⁉」」
「いっ、今は、きっと、ちょっと不機嫌なだけよ」
「そっ、そう。だから、希望ちゃん。楽しもう」
二人はあからさまに動揺していた。私は鹿のフンの匂いに顔を顰めながら、先に歩いた
メンバーたちに続いた。
「うえっ!」
私は便器に顔を向けて蹲っていた。鹿のフンの匂いに耐え切れなくなったからだ。
「ヤバッ、また、吐き気が」
「大丈夫?ちょっと、香水つける?柑橘類系なんだけど」
私はトイレのドアを開けて保健室の先生から受け取った。
「柑橘類系のアレルギーって持ってなかったよね?」
「はい」
「そっかあ。これで、ちょっとはマシになると思うから。お腹出して」
「お腹?」
「そう。香水はお腹にちょっと付けるのが一番いいの。匂いが服の中で滞留してそれが顔に上がって来るの。それに、耳裏とかに付けると匂いがきつくなっちゃうから」
「へえ。じゃあ」
私はホントに少しだけ付けられた。服をスカートに入れてパタパタさせていると、匂いが這い上がって来た。
「ホントだ。それに、ちょっと、マシになった」
「うん。良かった。じゃあ、皆のところに戻ろっか」
保健室の先生は背中を向けて先に歩き出した。私は後ろから手を握って引き留めた。
「先生は、知ってるの?どうして、皆があんなに冷たいか?」
「っ⁉」
「――――――」
「昨日、希望ちゃんが、いなくなってから、特別、何か、あったわけじゃないの。ただ、視線を集めただけ。それだけなんだけど、それは、すごーく皆、嫌だったの」
あっ、そういうことね。
「でも、それって、私のせいで、向けられる視線が増えたの?」
私は清水の舞台の上でしか目立ってない。先生がちょっと叫んだけど、視線を向けられると言ったらその辺りの人達だけなんじゃないの。それも、すぐに向けられない。
「先生は、希望ちゃんは関係ないって思ってる。ただ、小学生が修学旅行で来ているということで、観光客から、特に外国人から視線が向けられていたことが一番の原因だと思うの。でも、子供って言うのは残酷で希望ちゃんが、可愛いから、目立ったから視線を向けられてるんだって思ってるの」
「何、それ。私は、そんな理由で皆から嫌な視線を向けられてたって言うの。そんなの、そんなの、私からはどうすることもできないじゃん」
「―――」
「じゃあ、帰って、いつものような学校生活を送ると、いつも通りになってくれるの?」
「―――うん」
その時、先生は私に嘘を吐いた。私はそれを本能的に察した。だから、私は
「残りの時間は、先生と一緒にいたい」
「うん。そっか」
先生も察してそれ以上は何も言わなかった。




