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16話 「……今は、お答えできません」

 サイラスはどこか抜けている子供だった。

 シェリルが走ったりすれば折れるだのなんだのと真剣な顔で心配してくるので、そのたびにシェリルは折れるはずがないと主張していた。

 そして長兄から女性には花を贈るものだと聞いたからと、真剣な顔で泥や根っこのついた花を差し出してきたりしたので、せめて泥や根っこは取ってくれとお願いしたこともあった。


 そのたびにサイラスは、今と同じくきょとんとした表情を浮かべていた。


 背が高くなり、体つきも顔つきも変わったのに、中身は昔とあまり変わっていないのだと今さらながらにわかり、シェリルは気を取り直しすように小さく息を吐いた。


「一介の騎士と侯爵家の婿をどうして同じだと思えるんですか」

「お前を守る剣になる、という意味では同じかな、と」

「全然違います」


 一介の騎士と侯爵家の婿とでは得られる待遇も地位も違いすぎる。どうしてそれを同じだと思えるのか。

 誰に聞いたとしても否と答えるだろう。そしてそれはアシュフィールド家当主であろうと変わらないはずだ。


「……サイラス様。私は、公爵様とお母様の間でどのような取り決めがあったのかは知りません。ですが、まかり間違っても騎士になってもいいという決まりはないと思います」


 サイラスは容貌もよく、剣の腕もある。公爵家の血筋ということもあり、婿に迎え入れたい家はいくらでも見つかるだろう。

 それらを蹴り、一介の騎士に身を落とすなんて愚行にもほどがある。


「いや……あるかもしれない」

「あるわけがないでしょう!?」


 サイラスが叱られた犬のように眉尻を下げるのを見て、シェリルは自分が声を荒らげてしまったことに気づく。

 父親が後妻を迎えてからこれまで声を張り上げることなどなかった。

 それなのにサイラスのとんでもない発言に翻弄された自分に、シェリルは顔を引きつらせた。


 否と唱えれば甘やかされたからだと言われ、嫌だと喚き散らせばはしたないと言われたことを思い出し、小さく息を吐く。

 付け入る隙は誰であろうと見せてはいけない。それが、シェリルが継母と妹――それから父親から学んだことだった。


「サイラス様。一時の感情で決めず、よく考えてください。今は失敗を悔いているのだとしても、その感情はいずれ薄れます。その時に、どうして忠誠の誓いを立ててしまったのかと後悔されることでしょう」

「それはない。俺は、今も昔も……お前の剣でありたいと思っている」

「……だとしても、公爵様はお認めにならないでしょう」


 サイラスがどう思っていようと関係ない。

 結婚は家と家の繋がりを生むためのものだ。昨今は恋愛結婚だのと騒がれてこそいるが、サイラスとシェリルの関係はそうではない。

 どんな取り決めがあろうと政略結婚であることには変わりない。


「一度立てた誓いを後になって覆すことはできません。よく考えて……ご家族とも相談してください」


 たとえ良縁に恵まれなかったとしても、一度破談になった娘の騎士にするぐらいならアシュフィールド家の騎士にすればいいと考えるかもしれない。

 現当主だけではなく、次期当主であるサイラスの兄の意見も汲んだうえで進退を決めるべきだろう。

 そう思って口にした言葉に、サイラスの視線が悩むように泳ぐ。


「……それでも構わないとなったら、剣を受け取ってくれるか?」


 だがすぐに、視線がシェリルに定まった。向けられた真剣な面持ちに、今度はシェリルが悩む。


 騎士になることを認めるはずがない。だがもしも、アシュフィールド家の人々が納得したら――その可能性を、シェリルは考えていなかった。


「それは……」


 サイラスが騎士となってシェリルに仕えている図がどうしても想像できない。

 月に一度、近況報告をするだけの仲になっていたとはいえ、それでも何年も婚約者として接した相手だ。

 自身の夫にするのと、自身の部下にするのとでは話が違いすぎる。それならまだ赤の他人になるほうがいくらでも想像できる。関わりがなくなるだけなのだから。


「……今は、お答えできません」


 サイラスがシェリルに仕えることになった場合に周囲に与える影響。アシュフィールド家との縁がどうなるのか。そして、父と母がどんな反応を示すのか。

 考えなければならないことは多い。


 破談にした相手に仕えるなんて話をこれまで聞いたことがなかったのだからなおさら。


「そうか……わかった」


 そう言って、サイラスは頷き立ち上がった。

 真っ直ぐに見つめてくる青い瞳に、シェリルは抱いた苦手意識から、そっと目を逸らす。


「だが、どう転ぼうと……俺が君を守りたいと、剣の誓いを立てたいと思ったのは、一時の衝動ではないことはわかっていてほしい」


 外れた視線の先で、サイラスがどんな顔をしているのかはわからない。

 だがきっと、わからないほうがいいだろう。


 サイラスは婚約の破棄を求めた。解消ではなく。

 どんな理由があるにしろ、そこには固い意思がある。

 だから、守りたいと思っているのが本心なら婚約を破棄する必要はないのでは、と思いはしても口にしない。

 言ったところで、どうにもならないことをシェリルは知っているからだ。


 忙しいからとほとんど家に帰ってこない父と、母が亡くなった一年後に現れた継母と妹。

 望んでいない関係を維持したところでいずれ歪が生まれることは、シェリル自身がよくわかっていた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 『サイラスは婚約の破棄を求めた。解消ではなく。  どんな理由があるにしろ、そこには固い意思がある。』 このフレーズが2箇所ありますが、2回同じフレーズを書いた事に何か意味があるのでし…
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