↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄ですか。お好きにどうぞ【アイリスIF7大賞銀賞】  作者: 木崎優


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
15/28

15話 「まったくもって同じじゃないです」

 そうして四週間が経った今、サイラスはアリシアからすべて聞いたのだと、語った。


「――どうしてなのかを聞くべきだったと、今は思っている」


 テーブルを挟んだ先で静かに言うサイラスに、シェリルはわずかに目を伏せる。

 聞かれたとして、答えたかどうかわからなかったからだ。


 家の内情を人に話すのは、貴族社会においてなるべく避けたほうがいい。学園にいる間はそこまで気負わず接することのできる相手でも、外に出れば様々なしがらみが生まれ、他人の足をすくわなければならない事態もありえる。


 できる限り弱みをなくし、隠し、生み出さないようにしなければならない――次期当主になる身としてそう考えた結果、隠していたかもしれない。


「過ぎたことは、構いません。それよりも……このたび贈っていただいたこちらですが、私に受け取る理由はありませんので、お返しいたします」


 だから明言することを避け、サイラスに会いに来た本題に戻した。

 テーブルの上に乗った木箱を少しだけ、サイラスのほうに寄せる。サイラスはそれをちらりと見たあと、首を横に振った。


「それは君に贈ったものだ。……君が奪われたものすべてを把握するのは難しいが、さすがに自分が贈ったものは覚えている。だから……いつかの祝いの品として、君に持っていてほしい」

「……妹と、アリシアと似たようなものを持てとおっしゃるのですか?」

「あいつが奪ったものはすべてこちらに回すように言ってある。……それでも似たものを持ちたくないとか、センスが壊滅的で嫌だとかなら、さらに手を入れて別物にしてもいい」


 机の上に置かれたブローチを頑なに受け取ろうとしないサイラスに、シェリルは小さく息を吐いた。

 これを受け取れない理由は、アリシアのことだけではない。


 もっと根本的な問題がある。


「……婚約を破棄した相手に貢いでいた、だなんて噂が立つのは……私にもサイラス様にもよろしくありません」


 婚約の破棄を宣言したのが前か後かは問題ではない。短い間に貢いだ事実と婚約を破棄した事実が重なれば、よからぬ噂を立てる者も出てくるだろう。


「ですから私は、受け取るわけにはいかないのです」

「……それは、すまなかった。そこまで、考えが回らなかった」


 苦々しい声に、シェリルはふと、アルフの言っていた「目先のにんじんしか見えていない」という言葉を思い出す。

 つまりは、そういうことなのだろう。アリシアから話を聞き、義憤に駆られ、突っ走った。その結果が今なのだと考え、シェリルはため息をこぼす。


「私のことはどうぞお気になさらず。他のものも後日お返しいたしますので……今日はこれで失礼いたします」


 ブローチを机の上に置いたまま席を立つ。一礼し立ち去ろうとした背中に「シェリル」と彼女を呼びかけられた。

 まだ何があるのかとシェリルは振り返り――


「シェリル・アンダーソン。俺は君に、剣を捧げる」


 地面に膝をつき、口早に言うサイラスにシェリルは驚いて目を丸くした。こちらを真っ直ぐに見据える青い瞳と真剣な表情。

 いったい何を考えているのか――シェリルが問いかけるよりも早く、サイラスの口が開かれる。


「俺は昔、君を守ると誓った。だが結局は、この様だ。目も合わせたくなくなるような不甲斐ない俺では、君の婚約者にはふさわしくはないことはわかっている」


 サイラスの青い瞳の中には、顔を強張らせているシェリルが映っている。


 いつからだろうか、サイラスの目を苦手だと思うようになったのは。

 真っ直ぐに見てくるその青い瞳に、家族からないがしろにされている自分が情けなくなり、そんな自分を見透かされたくなくて、目を逸らすようになった。


「それでも、俺は君を守りたいと思う。だからせめて、婚約者ではなくとも、君の剣として、騎士として、守らせてほしい」


 向けられる真剣な眼差しに、シェリルは胸の奥に重いものが落ちるのを感じ、苦笑を浮かべた。


「それは……一時の衝動で口にしてよい言葉ではありません」


 剣を捧げる――それは、剣を扱う者の忠誠の証だ。たとえ自らの失態を悔い、挽回したいと思っているのだとしても、軽々しく口にしてはいけない。


「違う。衝動などではない。今は剣を持っていないから後で、にはなるが――」

「あなたは、ご自分が何をおっしゃっているのかわかっているのですか? 公爵家の方が、私に――侯爵家の娘に剣を捧げるだなんて、あなたの一存で決めてよい問題ではありません」


 婚約に関しては、元よりアシュフィールド家に利のない話だった。だから破棄しようと、たいした問題にはならない。

 だが剣の誓いはそうもいかない。剣を別の女性に捧げた男を、どこの家が婿として受け入れるだろうか。そして生家で働くにしても、当主でない者に忠誠を誓っている騎士を重鎮には置けない。

 そうなると、サイラスはシェリルの――アンダーソン家の騎士になるしかなくなる。婚約がなくなり自由の身となった三男が、格下の家の騎士になることをアシュフィールド家当主は快くは思わないだろう。


「……父上は認めてくれると思うが」

「婚約を破棄したいとおっしゃったのはサイラス様です。それなのに誓いを立てるだなんて、前代未聞です。お認めになるわけがないでしょう」


 地面に膝をついたままシェリルを見上げるサイラスの目が泳ぐ。困惑しているかのようにあてどなくさまよう視線に、シェリルはため息を落とした。


「私は聞かなかったことにします。ですから、サイラス様も言わなかったことにしてください」


 これも、贈り物同様突っ走った結果なのだろう。一時の感情で口にしてしまい、引くに引けなくなったのだろう。

 だからこれで終いにして、すべてなかったことにすればいい。


「……俺と君の婚約は、君を守るためのものだ」


 だがサイラスはさまよわせていた視線をシェリルに定めると、静かな声で言った。


「女当主になれば、よからぬ者が近づいてくることもある。……女は、男に力で負けることが多い。代理権を求めて無理矢理に子を産ませ、謀殺する。……そういった事例が昔には多かった。今も、そうならないとは限らない。だから、父上と君の母君は話し合い、早期に君の婚約を結ぶことに決めた」


 アシュフィールド家当主とシェリルの母親が昔馴染みだったことは、シェリルも知っている。

 そういった縁で結ばれた婚約であることも、知っていた。

 だが、利の少ない婚約なのにどうして結ばれたのか、までは知らなかった。


「容易に排除できず、しかも幼少期からの婚約者となれば、手を出すのは難しくなる。そのうえで俺が選ばれたのは……年が近かったのもあるが、下手な野心を抱くことのない――剣しか能のない男だったからだ」


 そう語ると、サイラスは眉尻を下げ、肩を落とした。


「その結果がどうだったのかは、君が一番よくわかっているだろう。寄り添い支えになり、君の窮地にもいち早く気づける相手のほうが、婚約者としてふさわしい。……だが、その相手が武に優れていて、周囲に対する抑止力になるとは限らない。だから、俺が君の騎士として抑止力になるのなら……騎士になるのも婚約者でいるのも同じことだと、父上は認めてくれるはずだ」


 利が少ない、どころではない。サイラスの話が真実だとするのなら、アシュフィールド家にはまったくといっていいほど、婚約を結ぶ理由がない。

 それなのにどうして自分の息子を使うような真似をして、シェリルを――アンダーソン家次期当主を守ろうとしたのか。母親とアシュフィールド家当主の間でどんな取り決めがあったのか。

 様々な思いがシェリルの頭を駆け巡る。


「まったくもって同じじゃないです」


 だが抱いた疑問より先に出てきたのは別の言葉で、それに対してサイラスはきょとんとした顔で首を傾げる。

 その顔に、シェリルはそういえば、と出会ったばかりの――シェリルの母親が生きていた頃のことを思いだした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=onscript?guid=on
― 新着の感想 ―
[一言] ポンコツと称されている首の皮一枚で繋がっている婚約者をヒーローとは呼びたくない。 お互い違う道を歩んで行くことを望みます。
[一言] お話が進めば進むほど「ぽんこつヒーロー」くんが可哀想になってきます。 彼に救いを! シェリルちゃんが次期当主になるのだけは確定しているのですよね?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。