思いの中で
葉桜になった頃の事、卓達は渡辺邸に向かった。
「茂さん、こんにちは」
茂の横には志保が居て、その胸の中には赤ちゃんが居た。
「産まれたんですね。」
「あぁ…、可愛らしいな。名前はもう決まったんだ。渡辺玲奈、良いだろう?」
優太がその様子を見つめていた。
「そっか…赤ちゃんは梨乃ちゃんを見たきり二回目だな。」
「梨乃ちゃんって従兄弟の?」
「俺は、海星や空をずっと世話してたからな」
「そっか、大地には兄弟が居たっけな。」
その後、四人は玲奈を交代で抱いた。玲奈は優月と同じような髪色だったが、目は父親譲りで黒かった。
「そう考えると、不思議ですね。」
由香がふとそんな事を呟いた。
「私達はちゃんと知ってるのに、この子達は…梨乃ちゃんや玲奈ちゃんはそれを知らない。私達が住んだ志手山を、そこで起こった物語を。」
すると卓は立ち上がってこう言った。
「知らなかったら、語り継げば良いんだ。俺達も最初は志手山の事は全く知らなかった。だけど…色んな話を聞いて、自分も行って、それがとても大切にしなければならないものだって知ったんだ。」
茂もそれに続いた。
「それをするのが私達の役目だろう?私はこれからもこの記憶を永遠のものにする為に、小説を書き続ける。」
「俺達はこれからも行くよ、『死出山』の記憶の為に、この思いを護るためにね。」
人は思いの中で生きている。そして、これからもこの物語が続いていくのだろう。
過去を知らぬ者がそれを知り、新たな世代へと受け継ぐ。
そして、この物語が時代や生死を超えて、永遠のものとなる。