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伝令物語  作者: 真里谷
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第七話 移動

 前の俺はデスクワークで働いて働いて、休む暇もなく働いて、ついに死んだ。そんなことは確認しなくたってわかってる。

 だが、今の俺は肉体労働で働いて働いて、休む暇もなく働いて、それでも疲れないものだから奇妙な気分になっている。

 そういうことだ。

 帝国軍の陣地の移動が提案されたのは、俺がレオノラと密談をしてすぐのことだった。といっても、俺自身は大天幕に入らず、お偉い方々だけで話し合ったもんだから、詳しいところまではわからない。全部レオノラから聞いた話だ。

 方針が転換されたとなれば、それを伝えねばならない。伝令の出番だ。

 帝国と十三王国の戦線は伸びきっており、接触点は何ヶ所か存在するが、特に激戦が続いているのがこの地区である。ここで勝つか負けるかは重大な意味を持つため、「かつての英雄」であるローカリス公と、「領地では優しき才媛」とされているモートルード伯と、「小さき大軍師」たるレオノラという、政治的な部分から実務的な部分まで配慮が成された人材配置になっているのである。

 ちきしょう、戦争中にまで自分の保身を考えているやつはどこの誰だ。お前ら責任を取る気がない中間管理職か。

 まあ、レオノラの実力は問題ないし、モートルード伯も猜疑心が強いだけでバカではなく、ローカリス公も体力に心配がある点を除けば悪い人物ではない……ようだ。デュランくんの知識によれば。

 この地区は広い。各地に部隊が点在している。そうした状況で功を焦れば、スーリオス隊のように狙われて全滅することになる。

 俺は走った。

 帝国軍は移動する。急ぎ準備を。

 そんな報告は子どもでもできるって?

 あいにく、そうはいかない。部隊によっては敵が進出してくる地域に陣を構えている。もし敵に狙われたとしたら、ひょろひょろの雑兵では重要事項を味方に伝える前に戦死するハメになる。

 伝令の役割の重要性については、かのナポレオン・ボナパルトも触れている。彼の軍隊はよく歩く軍隊で、機動性と連動性を確保するためにも、部隊間での情報の共有は不可欠だった。

 ところが、皇帝として返り咲きを狙ったワーテルローの戦いで、その伝令の運用にミスが出た。そうした部隊の運用に関して他の追随を許さない参謀長が、ワーテルローの頃にはすでに死んでしまっていたのである。

 このあたりの話は誇張や錯綜もあって判然としない部分もあるが、情報の共有が成されない際の組織のもろさというのは、古代から現代まで、軍隊から会社組織まで、ありとあらゆる点で見受けられるものだ。

 単なる小僧の使いでは務まらない理由は、こうした部分に発する。

 大部隊が移動する時、特にある地域の奪取が最優先課題となっている時、命令は次々に飛ぶ。そのたびに伝令が飛び、各部隊と連携する必要がある。

 レオノラの提案した方針に従って、帝国軍は北へと移動していた。ただ、移動しつつも各隊が陣を構える位置を決めておかなければならない。

 さらに、敵だって黙っているわけではない。こういう動きを察知し、襲撃をかけてくる可能性だってある。そうした動きをこちら側の斥候が見張っていて、本営の面々に伝えられる。本営は戦略を練り直し、布陣場所の変更を行う。変更を行ったからにはこれを各部隊に伝える必要があって……。

 ああ、目まぐるしい。

 そうして何度目かのわずかな休憩をもらった時、俺は再びレオノラに呼ばれた。彼女は輸送隊の状況を確認していたが、俺の姿が入るや否や、砂漠でオアシスを見つけた遭難者のように駆け寄ってきた。

 恋人みたいじゃん?

「ご苦労様です」

「軍師殿こそ」

 お疲れ様ですに直そうかと思ったが、社畜という単語が脳裏をよぎったのでやめた。

「相談に乗って欲しいというか、伝えておきたい事柄があるのですが」

「軍師殿はよくよく俺を買ってくれますね」

「優れた人ですから」

 イケメンですから、じゃなかったね。当然か。

「デュラン、泥を被っていただけますか?」

「というと、何かしろということですね」

「今、私たちは大きく戦力配置を変えようとしています」

「遊牧民族のような慌ただしさですから、敵もご注進に及んでいるでしょうな」

「この戦力移動が意味するところがわかりますか?」

「さあ……」

 推測ならいくらでもできたが、情報が足りない。

「わかりませんな」

「私たちは長く続いた消耗戦から、勝敗を定める決戦へと方針を変えました。地理的に言えば、これまでは森林を両軍の緩衝地帯として利用していましたが、移動後は平野部を境目とすることになります」

 大規模な部隊運用が可能になる。騎兵の活躍も見込めるだろう。騎士団を投入するということは、この地方の大勢を決める戦いに繋がる。

 レオノラは賭けに出たのだ。

「自分ができることはありますか」

「しっかり働いてください」

 酷なことをおっしゃる。俺はもう働くのは御免です。

 こう言ってやりたい面もあった。

 お任せください。すばらしき軍師殿が言うからには、たとえ火の中水の中。

 そう言ってやりたい面もあった。

「数の面では私たちが勝っていますが、こうして現在進行形で再編を行っている以上、敵が見逃すとも思えません」

 レオノラは目を細めた。色っぽい表情に見える。均整のとれた顔立ちの勝利だ。

「また、同時に移動に乗り遅れて脱落する友軍もいるでしょう。貴方にはそうした部隊を可能な限り救援してもらいます」

「一介の伝令がやるには大変な話ですな」

「だって、強いでしょう?」

 軍師殿は俺がかすっかすになるまで力を絞り尽くすおつもりらしい。さすがに長く戦場生活を送ってきているだけある。

「情報は私が集めています。必要あらば、貴方を死地に放り込みます」

「特別ボーナスが欲しいところです」

「給金をケチる帝国軍じゃありませんよ」

 レオノラの薄い笑みが、俺の背後にある事情を看破しているように見えた。

 バレてるよ。いざとなったら逃げるなり裏切るなりすればいいってことが。もっとも、聡明な人間ならば、無思考のうちに組織の歯車になって働くことが、いかにバカらしいかを理解してしまうだろう。

「魔法を効果的に使いなさい」

 生徒に教え諭すように、レオノラは言った。

「多数を相手にする時は武器より魔法が有用です。積極的に活用してください。使い方がわからないわけではありませんね?」

「もちろんです」

 デュランくんは初級段階とはいえ、戦場で有用な魔法の使い方を覚えていてくれた。

「良かったです。何しろ剣を忘れているくらいですから、魔法の使い方を忘れてしまったかと思いました」

 そう来たか。

 俺は今も素手のままで、自分の剣を持っていなかった。いくらなんでも軽装すぎる。日本の戦国時代の母衣衆だって、しっかり鎧兜に刀を差していたはずだ。

 だが、変に弁解を重ねた方が危険な気がした。今は剣を帯びていないことに触れるべきではない。たとえ冗談めいた言い方だとしても、そこから漏れ出る情報から、あらぬ疑いをかける恐れがある。

「指示を待ちます」

「よろしい」

 レオノラは再び自分の仕事に戻った。全軍の頭脳とも言える彼女だ。すぐに別の案件に取り掛かっていた。

 剣をもらいに行くか……。

 そうして新しい胸当てのみならず、剣も支給してもらった。軍師殿の威光はありがたいことだ。

 もちろん素手のままでも充分に戦うことはできただろうが、あまり超人的な部分を見せると都合が悪い。良い武器があったからここまで戦えたんですよと言い訳するためにも、体裁は整えておいた方がいいだろう。

「あぁーっ!」

 聞いた声がした。

 看護師のリンダ・コニガーだった。

「生きてた!」

「生きてるよ、そりゃ……」

「ちょっと。ずっと休みなしでしょ? ダメだってばぁ!」

 完全にわんぱくな子ども扱いだ。

 赤髪のナースに怒られていると思えば気分は良いが、いかんせん子どもっぽさが勝っていて、ストライクゾーンから外れてしまっている。

 気軽に友達付き合いできるタイプと言えば、ポジティブに聞こえるかな?

「そういや全然寝てないな」

「寝れ!」

「いや、今は移動の準備が」

「少しでも寝れ!」

 頑固な娘だ。

「というか、出歩いていいのか?」

「休憩をもらったの」

「なんだ。君だって働き詰めじゃないか」

「そうとも言う」

 実に素直なことだ。レオノラやモートルード伯のようなアクの強さを感じさせない。落ち着く。別に二人を非難するわけじゃないが、ああも裏の意図を隠したやり取りをしていると、単純に疲労する。

「じゃあ、いっしょに寝るか」

「えっ、いっしょに寝るって……」

 リンダが手で頬を押さえて身を引いた。

「たぶん思ってるのとは違う」

「スケベ!」

「違うって言ってるのに」

「そういうのは好きな人としてくださいよねぇ!」

 ダメだこりゃ。

 俺はこの場を離れ、どこか横になれる場所に行くことにした。

「どこへ行くの?」

「仮眠できるところを探す」

「病院においでよ!」

 おや?

「何だ。そっちから誘ってくれるんじゃないか」

「ち、ちがっ、これはちがーう!」

 立場が一瞬で逆転してしまった。良くも悪くも単純な娘だ。話していてキリがなく、ゆえに楽しい。

「わかったわかった。じゃあ、病院のベッドを貸してくれ。もし俺が御用を仰せつかるなら、誰かが呼びにくるはずだ」

 待てよ?

「俺が病院にいることを知らせておかないといけないな」

「大丈夫でしょ。デュランは傷がまだふさがってないんだから」

 それに、ここから医療隊の病院は決して遠くない。

「わかった。行こう。行って寝る」

「よしよし!」

 リンダは実に誇らしげに胸を張った。まるで投げられたおもちゃを咥えて戻ってきた犬のようだ。

「なあ、俺にばかりついて回ってると、他のやつらが困りゃしないか」

「私とデュランが恋人同士に見えるから?」

 どう返せっちゅうんだ。

 リンダか……。

 かわいいと思うよ。分類するなら快活な美少女ってところか。

 あー、バイタリティ足りねぇ。こんなんじゃ魅力がわからんよな。別に誰に教えるわけでもないんだが。

 ただなぁ。昔の俺なら尻尾振ってついてったんだろうが、今は違う。人を超えた力を身につけた余裕があるから、大人になったというか、老成したというか、そういうちゃちな色恋を一歩引いて見ている感じはする。

 性欲が枯れたんじゃないかって?

 そいつはイヤだな。

 ま、俺がやるべきことはまだまだある。今は言われた通りに寝ておくとして、せいぜいもう一人の美少女で美外道な軍師様にこき使われるとしようか。

 これが、案外悪くないんだな。俺ってマゾなのかもしれん。

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