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伝令物語  作者: 真里谷
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第六話 密談

 軍師殿かく語りき。

 伝令デュランには「早く走れるようになる魔法」と「戦闘力を向上させる魔法」を

伝授し、自らも行使した。これまでも似たような魔法はあったが、圧倒的に性能を向上させる強化版である。ただ、現在もまだ試験中のため、おおっぴらに扱うわけにはいかなかった。デュランには同意を得た上で、実験に協力してもらっている。

 レオノラがここまで言うので、モートルード伯はそれ以上の追及ができなくなった。

 結局、俺を解放せざるを得なくなったわけだ。

 それにしても、かの若き軍師殿はなぜあんなことを言い出したのだろう?

 当事者の俺だからこそわかっている。あれはすべてウソだ。体のいい理由を取り繕ったに過ぎない。

 だが、なぜレオノラがそんなことをする?

「着替えてから、私の天幕においで」

 伯爵から解放されて外に出た俺に、軍師殿はそう声をかけ、さっさと歩いていってしまった。

 これがもっと色気のある状況なら、「よもや遠征中で寂しい夜のお相手を?」などという益体もない考えを抱いてしまうのだが、とてもそういう理由とは考えられない。第一、今は朝である。

 俺は兵舎に戻って胸当てを外し、服を着替えた。想像以上に血を被っていた。血の河を泳いできましたと言っても信用されるだろう。屍山血河とはよく言ったものだ。

 血まみれの服は捨てることにした。新しい官給品をもらわねばなるまいが、担当官は良い顔をしないだろうな。経費節減を旨とするのも、古今東西で変わらぬ姿である。

 ところがどっこい、俺が新しい服をもらいにいくと、新型の防具まで提供するという。何があった。

「レオノラ様から話を伺っております」

 どんな話を伺っているのか、俺が伺いたいくらいだった。

 何しろ身分高き騎士が使っているような軽量硬質の防具と、新品の服を何枚も提供されたのだから……。

 狐につままれた気分だが、まさかレオノラが妖怪変化の類というわけではあるまい。それとも西洋風のこの世界では亡霊や吸血鬼と言った方がいいのか。わからない。何もかもがわからない。

 兵舎に戻って着替える。

 出かけようとして、いや待て、と思い直す。

 支給されたばかりの胸当てはつけていくことにした。もちろん「軍師殿と一戦交えに参りました」などというジョークかどうかすら怪しい行動のためではない。彼女が密かに自分を呼んだということは、何か特別な命令を言いつけられる可能性があるのだ。用意しておくに越したことはない。

 それに、限りなく考えられないことだが、レオノラが俺を暗殺しようとしている場合があった。それならどうしてモートルード伯が俺を詰問している時に止めたのかという疑問があるが、説明できる理由がある。つまり、俺がとんでもなく強いと認めていた場合だ。

 俺が本当にザルモニア公を倒し、敵陣から一人で逃げ帰ってきたのだとすれば、伯爵とその側近を斬り捨て、そのまま逃亡することも可能と考えるのは、あながち間違いではない。

 だとするならば、軍師は一度命を助けておき、万全の状態で待ち構え、命を取らんとしてくる……パターンもある。本当に薄い可能性だ。

 何にせよ、行ってみれば答えは出る。あれこれ迷った挙句に何もしない、俺の「生前」には後ろ足で砂をかけなきゃいかん。

 真新しい胸当てをつけ、俺は少し誇らしげに兵舎を出て、レオノラの天幕へ向かった。場所はデュランくんの記憶が覚えていた。頼もしいぞ、デュランくん。どうやらこの場所にはかなりの長滞陣をしているようだ。

「軍師殿」

 目当ての天幕の前で、俺は声を張った。

「デュラン・スクルトゥヌス、参りました」

「入りなさい」

「失礼します」

 職員室か体育教員室みたいだな。

 そんなことを思いながら中に入る。どの天幕と比べても、大きく代わり映えはしない。そりゃあ、軍陣の中にファンシーな女の子の部屋があったらたまげるが。

「御用ですか」

「御用ですよ」

 ん?

 そういう返しをするタイプだったのか、レオノラは……。

 あるいは油断させる罠かもしれないが、天幕の中には兵士が伏せている気配もない。外からの殺気があれば気づきそうなものだが、それもない。

「貴方に御用があるのです。まあ、座って座って」

 もしかすると、十代の天才軍師の真実が目の前にあるのかもしれなかった。

 見極めるためには、現在の状況に従うしかあるまい。

 俺は促された通りに椅子に座り、机を挟んでレオノラと対面した。

「いきなりですけど。貴方、デュランくんじゃありませんね?」

 ぞくり。

 心臓を握られた気持ちになった。

 同時に、今この瞬間に口をふさいでしまうべきかとも考えた。一つは物理的な意味で。もう一つは、あまり好ましくないやり方で。

「どんな魔法を使ったかは知りませんが、デュランくんの体を乗っ取った。いいえ、借りているのか、空いたところに入ったのか……」

 空いたところに入った。

 おそらく、俺はそれだろう。

「詳しいことはわからないとして、とにかく私の知るデュラン・スクルトゥヌスではないと結論づけました」

「詳しいことはわからないって無茶苦茶な」

 俺は胃液が逆流するのを感じた。やめてくれ。こんなにかわいい子に危害を加えたくはない。

 いや、待てよ?

 正体がバレたからといって、相手の口封じをする必要はないんじゃないか?

 危ない危ない。自分がデュランくんの体を能動的に乗っ取った悪人だと思い込んでいた。気がついたら落ちていたビニール傘を拾う気軽さで入っていただけなんだから、罪悪感を持つことなんて全くないんだ。

 もしも罪の意識を感じろというんなら、昨晩のザルモニア公とその一党を心ゆくまで惨殺したことについてが先だろう。

「貴方が何者か、実はどうでもいいのです」

 レオノラは言った。

「私にとって興味があるのは、その戦闘能力です。おそらくここにいる軍まるまる一つを相手取って戦える……それだけの力があるんじゃないですか?」

「さあ、どうでしょう」

「いいんですよ、隠さなくたって。私にはわかるんです。その小さな体には収まりきらないほどの魔力と、いかなる鋼さえも砕きかねない純粋な物理的暴力と……」

「わかった、わかりました。ええ、俺は普通の人間じゃないです。そこは認めます。軍師殿、まるで貴方が新開発の魔法を掛けたようにね」

「モートルード伯に言った話のことを指しているのなら、あれはウソです」

「そうでしょうね。俺は自分の力で一つの陣地をぶっ潰してきたんで」

「きっと、その場にいたら自分の目が信じられなかったと思います」

 レオノラは笑った。

 端的に言えば人殺しの話題だというのに、恋する人の横顔を目撃できたかのような笑顔を浮かべたのだ。

 戦争が少女の心を壊したのか、もともと壊れていたのか、それとも平和な時代の日常を愛する心こそが本当に壊れているのか。俺にはわからねぇ。

「話というのは他でもありません。今後のことについてです」

「はぁ」

 間抜けな返答をした。

 待てよ。ここは間抜けを装っておいた方がいいかもしれないぞ。

 もっとも、英明なる軍師殿を相手としちゃ、どこまで騙し通せるか疑問ではあるが。

「貴方は現在、ローカリス公の直属ということになっています」

「そうですね。ええ、そうです」

「私の直属に転属しませんか?」

「軍師殿の下にですか」

 悪くない提案に思えた。

 この世に夢も希望もないと達観してしまったような爺さんよりは、あらゆる敵を駆逐してみせると不敵に笑う少女の方が、尽くしがいがあるってもんだろう。

「立場としては、公爵閣下の直属から平民出の将軍配下ということになりますから、決して栄転ではありませんが」

 レオノラはこつこつと机を爪で叩いた。その爪がきれいに整えられていることに、俺はようやく気づいた。こいつ、元の世界に生まれていたら、ネイルサロンに通い詰めるんじゃないだろうか。

「しかし、私は貴方に重要な仕事を任せたいと思うのです」

「重要な仕事ですか。それはありがたい」

 口ほどにはありがたく思っちゃいない。やっぱり「仕事」って言葉の感触がイヤでイヤでたまらない。怖気が立つ。

 かといって、重要な「任務」やら重要な「タスク」ならいいのかというと、多少の気分的な面での緩和はあるかもしれないが、実情は結局のところ変わらない。

 あ、働くの本気でイヤになってきたな。適当にハイハイと返事をして、そのまま逃げてやるか。

「デュラン」

 レオノラが俺の心の移ろいを見透かしたように、声のトーンを下げた。呼び方まで変えてやがる。

「有能な人間は、決して放っておかれないものなんです」

「そうですかね。有能なのに芽が出ないやつなんて、世の中には一杯いますよ」

 かわいい子に嫌われるのはイヤだが、一方的に仕事を押し付けられるのはもっとイヤだ。

 そういうわけで、俺はフィーリングに任せて反論も行うことにした。

「結果を出しているのに、不遇なまま死んでいくやつも多いじゃないですか」

「それでも、結果を出す好機は与えられているわけです」

「チャンスを生かし切れないやつの責任だと?」

「それもあるかもしれませんね」

 レオノラの言いたいことはわかっている。彼女の顔にも書いてある気がする。すなわち「お前は超使えるやつなんだから、テキトーこいてないで私のために働け」ということだ。

 誰かの思惑通りに動くのなんて、今の俺にとっては悪夢の再来のように思える。

 とはいえ、考え方を変えてみれば、かわいくて才能のある女の子が偉くなるための手伝いができる、という風にも考えられる。これはちょっと面白いんじゃないか。少なくとも、あっちの頃にいた俺じゃ考えもしなかったし、やろうとしたら法令違反か条例違反でしょっぴかれるようなことになっただろう。

「わかりました。軍師殿のもとでお世話になりたいと思います」

「良かった」

 レオノラがまた効果的に微笑を使っている。テレビタレント並みの使い方だ。説得確率を挙げる「笑顔魔法」を掛けていると言われたら信じるだろう。

「ローカリス公には私から話しておきます」

 唐突に立ち上がり、レオノラが表情に厳しさを戻した。

「早速ですが、お頼みしてもよろしいですか?」

「何なりと」

 姫にかしずくように、俺は深々と礼をしてみせた。

「伝令の仕事をしてもらいます。それもたっぷりと。新型の移動魔法の実験という言い訳を使いますから、貴方は全力で情報の伝達を行ってください」

「何か始める気ですか?」

 さして興味があったわけではないが、わざわざ俺という伝令を使ってまで何をするのかという部分は知っておきたかった。

 レオノラは三歩ほど前に歩いてから振り返った。仲睦まじい彼氏相手にやるような仕草に見えて、不覚にも面映さを感じてしまった。

「みんなでお引っ越しですよ」

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