表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
伝令物語  作者: 真里谷
PR
15/24

第十五話 偽証

 人が負けた姿ってのはどうも辛い。

 甲子園なんか特にそうだ。球児たちが泣きながら礼をして、砂を集めて袋に入れる。熱い夏のドラマの一側面だが、俺はどうもあれが耐えられない。青春のすべてをかけて挑んだ大会で敗れる気持ちってのは、どんなもんなのかね。

 そんな風に思うたびに、ああ、体育会系の部活に入っておけば良かったかもなって感じたもんさ。

 もっとも、俺はなかなかの根性なしだ。楽ができるなら可能な限り楽をしたいと思う。合理精神と言えば聞こえはいいし、「ズルして楽していただきだってーの」と言えば早逝した偉大なプロレスラーだ。俺の場合は単なる怠け根性だから、冗談の通じない顧問にガツンとやられて終わりだろう。

 敗軍となったモートルード伯の軍隊も、三々五々に集まりつつあった。湖のほとりである。走って走って疲れきった末にたどり着く場所としては好都合だったのだろうか。ほとんど散り散りになっていたはずの軍は、そこで小規模ながらに再編成することができた。

 ただ、困ったことがある。伯爵の容体が思わしくない。

 矢が刺さったままの姿は実に痛々しいが、うかつに抜いて致命的な出血に繋がっても問題だ。

 俺が湖で冷やした手ぬぐいをかけてやると、伯爵は睨みつけてきた。

「余計なことをするな……」

 めんどくさい女だね、まったく。

 それに、早く良くなってもらわないといけない。そろそろ生き残った者たちの間にも、伯爵負傷の情報が流れるころだ。湖まで逃れてきて、再編成を行って、と二日ほど浪費している。このままのんびりしていたら、敵の追撃隊と遭遇する可能性が高い。

 何より、この女は高慢な方が魅力的だ。弱った姿も悪くないが、それを見続けているのは辛い。

 ああ、俺のエゴだ。良くなれ。早く良くなれ。

 そう思って拳を握ると、暖かな光が掌中に現れた。

 もしや……?

 同じものを見たことがあった。リンダ・コニガーが使う治癒魔法だ。俺もデュランもやり方は知らなかったが、魔力が高まっている今なら、相手を癒すことができるかもしれない。

「おい、伯爵よ。悪いが、ちょっと触るぞ」

 全然悪いとは思っていないから、わざわざおっぱいに触れてやった。意外といい感触で、思わず口元が緩んじまう。

 おっと、パイタッチばかりしてたら意味がない。

 意識を集中し、彼女が治ることだけを願う。すると手の中の光が強いものになり、伯爵の全身を覆った。

「おお……」

 異変を察知して集まってきた側近や兵士たちが、驚きの声を上げた。

 なんと、伯爵に刺さっていた矢がひとりでに抜け落ち、出血も全くなかったのである。

 どうやら大当たりだ。デュランとの融合と呼ぶべき現象以来、体力だけでなく魔力もあふれている感じだったが、治癒魔法まで使いこなせるようになっていたらしい。これなら俺も「自給自足」できそうだ。

 しかし、こういう魔力の出口は手が多いな。足や他の部位から出ている姿はほとんど見ない。それほど手というのは気や魔力の放出口として優秀なのだろう。

 伯爵の体から矢がすべて抜け落ち、出血も止まったようである。

 あとは携帯食を食べさせて、眠ってもらった。

 その間に、部隊は移動を開始。さらに一昼夜をかけて、本隊への帰還を果たしたのである。

 本営の大天幕が見えてきたころには、伯爵は歩けるまでに回復していた。

「朗報と凶報があります。どちらから聞きたいですか?」

 その大天幕に入った俺と伯爵を出迎えたのは、レオノラからのこの言葉だった。ぼろぼろの俺たちが見えないかのように、淡々とした言葉だった。

 大天幕にはローカリス公と参謀たちもいたが、やはり軍師殿の存在感は別格である。

「朗報から聞かせてくれ」

 俺は言った。伯爵も異議を唱えなかった。

「死ぬ気で帰ってきたんだ。生き返るような良い話を聞きたい」

「囮作戦は成功しました。我々は橋頭堡を確保し、敵軍を殲滅するための第一段階を終了。これから第二段階へ移ることになるでしょう」

「すばらしい」

 俺は手を打ち、素直に喜んだ。

「俺たちの働きが無駄になったとかが悪い知らせかと思った」

「凶報も聞きますか?」

 伯爵を見て、どうするかを彼女に任せた。

「聞かせてもらおう」

 とても深手を負っているとは思えぬ気丈な声で、伯爵は先を促した。

「悪い知らせは何だ」

「伯爵がそのザマになった理由を、我々は知りたいと思っています。徹底的にね」

 そういうことか。

 俺は暗澹たる気分になった。

 作戦の所期の目的は達せられたが、モートルード伯は多大な損害を受けて帰ってきた。敵軍がそれだけ精強だったとも言えるが、あまりにも大きな敗北ではあった。帝国にも余裕があるわけではないのだ。厭戦感情が後背を脅かしている以上、あまり戦死者を増やしたくない実情もあるだろう。

「それは……」

 伯爵が何かを言おうとして、すぐに口をつぐんだ。

 言えないだろう。すべては彼女の酩酊から始まったようなものだ。それでも言わなければならないという職業的倫理が相争って、彼女の頭の中は大混乱になっているに違いない。

 まあ、仕方ないか。

「はい」

 俺は手を上げた。

「俺っす」

「何だ?」

 レオノラが首を傾げた。ローカリス公も渋い顔で見ている。

「責任、俺っす」

 俺はもう一度言った。何度でも言ってやるつもりだった。

「伯爵は戦場を離脱するタイミングを完璧に見計らっていました。ただ、俺が徹底的に叩ける敵を叩くよう進言したんで、こうなったわけで。それでも決断したのは伯爵じゃないかって思うかもしれませんが、俺がこの人の部下を煽り立てたんです。煽るのは昔から得意技でしてね」

 ネットの掲示板だけどな。

「そりゃ、管理監督責任っていうのかな。そーゆー意味では伯爵にも多少の罪はあるかもしれないですけど、作戦の成功でチャラでしょ? 一方、俺がやったことは結構なもんだから、まあ、何らかの罰が必要だと思います。突撃で戦果は上げましたけど、いたずらに損害を増やしちまいましたからね」

「おい、貴様」

 伯爵が何かを言おうとしたので、彼女の矢傷を軽く打ってやった。

 あわれ、伯爵は悶絶してしゃがみこんでしまった。

「伯爵がこんなひどい怪我を負ったのも、俺の責任です」

「本当なのか」

 ローカリス公が口を開いた。

「本当であれば、私は君に懲罰を与えなければならない」

「どんな罰でしょうかね」

「懲罰房に入ってもらう」

 独房で飯抜きか。

 しんどいが、何とかなるだろ。

「レオノラ。君はどう思う」

 ローカリス公がレオノラに話を振った。周りの意見に流されやすい男は、周りの意見をよく聞く男として有名なのだ。

「私はデュランの話が正しいと考えます」

 レオノラは言った。

「モートルード伯は戦争の呼吸を知るお方。無謀な突撃で兵の損耗を増やすのは、よほどの事態が起きたと見るべきでしょう。そうなると、デュランが余計なことをしでかしたと見るべきです」

「ふむ……」

「ただ、デュラン・スクルトゥヌスもまた、伯爵を救った功績があります」

「功績?」

「デュラン、貴方は伯爵を治癒して差し上げたでしょう」

「よくわかりますね」

 俺は驚いた。ここにやってきて、そんな話は一度もしていないのだ。

 治癒魔法は難しいのです、とレオノラは話した。

「看護兵が重宝される理由でもあります。高い魔力が必要な上に、適性までなければならない。最近のデュランは魔力の資質を開花させ始めていましたから……」

 よくもまあ自分の弟子のように語れるものだ。

「伯爵の矢傷はかなりのものだったのでしょう」

 レオノラが伯爵を扇で示す。どこから持ってきた、そんな小道具。

「それらの傷がいずれもふさがっているように見受けられます」

「服もぼろぼろだもんなあ」

 俺はつい言ってしまって、レオノラに厳しい目で見られた。

 はっはっは、笑って許して……くれねぇよなぁ。

「こういう性格にもなってしまいましたが、働きは本物です。裁きには温情があって然るべきかと。彼は今後の軍略にも不可欠な人物です」

「よろしい。デュラン・スクルトゥヌス。君は許しがあるまで懲罰房に入っていること。モートルード伯は不問に処す。以上だ」

「お待ちください!」

 伯爵がようやく立ち上がった。

 なので、俺は彼女の矢傷をつま先でゆるやかに蹴った。

 また悶絶した。

「伯爵をしっかり休ませてあげてください」

 俺はいけしゃあしゃあと言ってのける。

「レオノラ……彼を本当に信じていいのか?」

「信じていいでしょう」

 レオノラも役者である。とうとう自論を押し通してしまった。

 俺は兵士に連れられて、大天幕を後にする。

 懲罰房は独房だ。捕虜を詰め込むのにも使うが、軽微な違反を犯した者に対する罰としても使うことができる。

 俺がウソをついた理由は明快だ。伯爵が罪に問われるようなことがあっては、来るべき決戦にとって悪影響だからだ。レオノラの描く青地図も無に帰してしまう。

 それがわかっていたのだろう。我らが軍師殿は伯爵を全面的に弁護しつつ、俺の罪を認め、ついでに情状酌量の余地があることも示してみせた。

 おかげで、こうして独房に入るだけで済まされるのだ。

 そして、彼女の言う通りに俺をこき使うつもりなら、早いうちに外に出ることができるだろう。外に出た後は独房が懐かしくなるくらいに走り回るハメになりそうだが……。

「着替えもないんだなぁ」

 何しろ遠征明けである。シャワーの一つも浴びて、まっさらな服を着たかった。

 もちろん、それが戦地における最高のぜいたくだということは認識している。

 独房に入る。

 立って入ってもキツキツ。横にはなれず、膝を折り曲げる必要がある。周囲は格子状になっていて、ちょっとした晒し者の気分だ。体から出る大小も垂れ流しとは堪らないぜ。

「少しだけの辛抱ですから」

 俺を連れてきた兵士が鍵を閉めつつ、そう言った。

「ありがとよ」

 英雄扱いされてるのかね。それとも見世物扱いか。

 どちらにしても、俺の望むものではなかった。

 じゃあ、何を望んでいるのか。

 何だろうな……今はとりあえず白米と味噌汁と卵焼きが食べたいな。

 それとも、望むこと自体が間違っているのか?

 欲望の否定。そこから始めるべきなのか。

 どうせ時間はあるんだ。じっくり考えてみようか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ