第十三話 躍動
突然だが、考えてみて欲しい。
最初に職場や学校を想像してみてくれ。同僚や同級生にはいろんなやつがいる。面白いやつがいれば、つまらんやつもいる。モテるやつがいれば、非モテ道を驀進してるやつもいる。
そんな中で、どうも気に食わないってカテゴリのやつがいることもあるだろう。いわゆる「理由はないけどなんか嫌い」とか、「生理的に受け付けない」とかいったところだな。
決して確たる理由があるわけじゃないんだが、どうにも敬遠してしまう。そういうやつが周りにいないか?
モートルード伯にとっての俺が、それに該当するわけだ。
俺が囮作戦のために同行すると言った時、しかも、出立直前に預かったレオノラ直筆の命令書を持っていた時、かの閣下がどんなリアクションをしたか、想像してみて欲しい。
俺なりの表現でその様を形容するなら、徹夜明けの仕事から帰っている途中、チャラいカップルのクソデカい声での自慢話を聞かされ、それを振り切ろうと早足で帰ってたらゲロを踏んだ。
こんな感じの顔だ。
わかるか?
わからねぇか?
どっちでもいい。表現が汚くて呆れたんなら、それでもいい。その顔が伯爵と同じベクトルだ。
「私に近寄るな!」
出陣後の最初の一言がこれだった。
バカ言え。伝令だぞ、俺は。近づかずにどうしろってんだ。やんごとなき人のように、いちいち伝達役を通じてしか会話できんのか。
それに、こうも嫌われたら、意地でも近づきたくなるのが俺である。
「伯爵、そう言わずに傍においてください」
「寄るな!」
「デュラン・スクルトゥヌスはどこまでもついていきます」
「馬を撫でるな!」
「どんな伝令でもたちどころにこなしてみせましょう。レオノラ様からいただいた秘術の力でもって」
「むあー!」
面白い。
行軍中からこの始末だ。
それでいて、伯爵の側近たちは俺を強引に引き剥がすことができない。軍師レオノラの神通力は彼らにも有効なのだ。下手な真似をして軍師殿の神算を狂わせでもしたら、それこそ軍法違反で処刑ものである。
近くで見てみると、伯爵も美人の部類に入るのだなと思った。いつもは怒鳴られてばかりで、ものすごい形相ばかりだったから、マジマジと見つめる暇がなかったんだ。悪くないぜ、こいつぁ。
そうやって凝視される伯爵はというと、すぐにでも馬にムチをくれて走り出したかったに違いない。それをしないのは、彼女のプライドと作戦に対する使命感が強かったためだろう。
出陣から数日後……。
モートルード軍は予定通り、小規模な街を占領した。
「略奪は禁じる。誉れある帝国の将兵たちよ、気高く行動せよ!」
伯爵は堂々たる宣言とともに、街中を闊歩した。
囮作戦の意味を考えたら、派手に略奪なり何なりした方が良い気がするが、そこは正義感が許さないのだろう。
さて、今のところは俺の仕事も少ない。たまに分隊への伝令として送られたが、伯爵が俺を信頼していないのだろう、あまり重要な役割を預けられなかった。
レオノラの意志を考えれば、モートルード伯の護衛こそが俺の真の任務ということになるのだろう。
乱戦になれば、俺の伝令としての役割も深まるはずだ。今のところはそういう事態になっていないし、ならないに越したことはないが、あまり平穏すぎると囮作戦が失敗したということになる。もどかしい。
さらに数日の後、ついに十三王国軍が現れた。かなりの大軍だった。敵はモートルード伯を討ちに来たのだろう。これほど動員したとなれば、囮作戦は成功だ。決戦のために本当に必要な地を確保することができる。
問題はここから。伯爵を生きて帰らせるよう仕向けねばならない。
「敵は多勢、味方は無勢。どうします?」
平原の彼方よりやってくる敵を眺めながら、俺は馬上の伯爵に尋ねた。
「戦う」
言葉の少なさが彼女の緊張を伝えていた。
俺の見立てでは、伯爵は実戦向きではない。大局的な視野に立って初めて能力を発揮するタイプだ。
前線での実戦経験も数える程しかない。これは伝令として彼女の隊で暮らすうち、おしゃべりな兵士から聞いたものだった。
「皆の者に告ぐ。この戦いは無理に勝つ必要がない戦いである。敵に当たり、思い思いの戦果を挙げたら、本営に向けて落ちよ。無事に戻った者には、格別の褒賞を出す準備がある」
やれるだけのことをやるしかないか。
俺は伯爵の直属の部隊に参加し、情勢を見極めつつ、彼女が生き延びるよう専念することにした。
いざとなれば、フィオナを救った時のような無茶をやるのも視野に入れる。
「全軍展開!」
帝国軍が展開していく。伯爵が取った陣形は、彼女自身を前へと押し出した超攻撃的なものだった。
おいおい、マジで死ぬ気だな。しんどい戦になりそうだ。
「続け!」
突撃。
なんてこった。お前はミシェル・ネイか。いや、「勇者の中の勇者」だって、こんな無茶はしなかったぞ。
敵軍は数に任せて両翼を開いた陣形にしていた。上手くすれば大打撃を与えられるが、下手を打てば包囲される状況だ。
行くしかねえよな!
俺は伯爵の進路をさえぎるように前に出て、狼のような叫び声を上げた。
「おぉラァ!」
あまりにも昂ぶったために、後半が裏返っちまった。
いいだろ。戦争なんだからな。
衝突。敵の歩兵が無残に吹っ飛ぶ。こんな痛みを味わいたくねえよな。ふるさとでさ、幼馴染なんかと結婚しちゃったりしてさ、素朴って形容詞の味付けの足りない飯ばかり食ってさ、ちょっとした愚痴も笑い話にしちゃってさ、そのままゆるやかに歳を取っていくんだ。
そういう生き方ができたはずだろ?
だけど、お前ら、みんな戦場に来ちまったな。誰が悪いんだろうな。
今、お前の頭を剣でぶった切ってる俺にもわかんねぇ。
全くよぉ。戦争なんて非リアなやつらの妄想だけでやってりゃいいんだ。ホントにやるやつがあるか、バカ。
俺はリアルが充実してなかったからな。いろんな戦争を夢に見たよ。そこで大活躍する自分。英雄と褒め称えられ、誰もが無条件に受け入れてくれる世界。
手に入れてみれば、こんなに虚しいもんだったなんてな。
「来いよ、来いよ!」
敵からも剣を奪い、即席の二刀流だ。もう斬るというより鉄棒で叩く意識で、ところ構わずぶん殴っていく。俺に鈍器で殴られりゃ、とてもじゃないが、ただでは済まない。
詳しく言いたかねぇや。人間にはいろんな骨があって、いろんな筋肉があるんだなって感じるだけだ。
「進め、進め!」
伯爵は騎兵を中心に押し通るつもりのようだ。敵の数が多かったからか、先鋒はまだ敵陣を貫通してはいない。
ここは一押しする必要があるな。
「進むさ、進むとも!」
俺は瞬時に駆け出した。
やることに変わりはない。やれることにも変わりはない。力の限り戦う。立っていれば生きてる。寝てれば死んでる。それだけだ。
活路をふさぐは敵の重装歩兵だ。
「どけや!」
俺の渾身の突きが、人間の頭部をこっぱみじんに破壊する。
ドン引きだ。
敵も味方もドン引き。
血しぶきを全身に浴びた俺の姿がそんなに醜いか?
「死にたいやつ、出てこい」
俺が一歩を踏み出す。
槍を構えた兵士が退がる。
十三王国軍は横に展開したことを後悔しているだろう。弓兵も魔導兵も存分な援護ができない。乱戦となった今では大規模な射撃も不可能だ。
だが、乱戦には限りがある。数は敵の方が多く、状況はなおも流動的だ。
ここを押し通り、一気に反転してもう一撃。それから余勢を駆って本営に向けての逃避行に入る。この流れが最も良い。
「次だ!」
俺は二つの剣をそれぞれ別の方向に放った。それらは過たずに敵兵の喉を貫き通し、鮮血の噴水を作り上げる。
素手だ。俺は俺の美学を完遂したかった。たった一人でどんな数の敵さえも捌き通す美麗な戦い。これだ。
「包め!」
「囲め!」
「押し殺せ!」
放心から立ち直った敵兵が、俺に殺到してくる。
いいぜ、メーン。そう来るのを待ってたんだ。
俺は先頭の男の頭を右手で掴み、これをジャムのビンみたいにひねり回しながら、天空に向かって片手で倒立した。
そこから先は体操選手も顔負けの動きだ。片手の勢いで次の標的に飛び移り、蹴りで兜ごと頭を粉砕する。
今度は血を噴き出す死体の肩を蹴り、回転しながら横にいる男の後頭部に肘を食らわせる。ローリングエルボーにしてフライングエルボーだ。
眼球が飛び出したこの兵士の肩を掴みつつ着地し、死体となった彼をぶん回し、揺れ動く足で敵を蹴散らす。
さらに俺の回転は続き、高速で足払いする機械のようになる。
そのまま進め、これぞ人間ネズミ花火。
人間なのかネズミなのかどっちやねんとツッコむ暇もあればこそ。
敵兵は次々に足首やらスネやらを俺に蹴り砕かれて、悲鳴とともに崩れ落ちる。
そうして恐慌が広がったところに、ただ前だけを見て突っ込んでくる伯爵と騎兵団が押し寄せる。
最高だろ、人生。
最低だな、虐殺。
理性と野性とがぶつかりあって、俺の頭ん中はグラッグラに煮立っている。ピカピカドカンで目ん玉ん中に光が散って、世界がスパークしちまったみたいだ。
意味がわからない?
俺にもわからない。
さあ、見ろ。伯爵がとうとう敵の後ろに出たぞ!
「攻撃ィ!」
ビンゴ!
伯爵は部隊の動きを殺さぬままに反転し、再び敵軍に突っ込んでいく。
よっしゃ、俺も援護してやらなきゃな。
傷のふさがりきっていない敵軍はもろく、俺の拳足でなくとも、兵士のへろへろ剣にさえ、バターのように切り裂かれていった。
再突破、完了。
「伯爵!」
俺は叫んだ。
「このまま本営に向かって全速だろう!」
伯爵は、口元を歪ませた。
「何を言う」
その顔は酔っていない酔っていないと繰り返す、居酒屋によくいる迷惑な大学生のようだった。
「突撃だ!」
また反転。三度敵の中へ強引に突き入っていく。
それはねーよ!
俺は声にならぬ声で喉をぶっ壊しかけた。乾燥した口の中に土埃が入って気持ち悪い。まずい。ゲロっちまいてぇ。
勝利の女神が常にデレているとは限らない。時期を逃せば、容易に裏切る。運命とか勝利とか死とか、そういうのを司ってる神様ってのは、どうしてまた揃い揃って性悪ばっかなのかね?
「いいよ、わかったよ。絶対に生かしてやるよ!」
俺は足元にあった剣を蹴りあげてキャッチし、突撃マシーンと化した伯爵の後を追った。




