櫛
残暑の収まってきたある日、お父様は輿のようなものに乗られて、政治所の二階に上がられ窓から湖をご覧になったと、カエン様からお聞きした
初めてお目にかかった頃はお粥しか召し上がれなくて、枕から頭を上げることができなかったのに、最近は寝台の上でお体を起こされていることも多い
ずいぶん良くなられたと感じていたのだけど、寝室を出られるようになったなんて!
うれしい、明日伺って湖を見た感想をお聞きしようと、眠りについた
「ハナ」
「ハナ、起きろ」
「父上がお亡くなりになった」
夜中カエン様に起こされた
うそ!そんな…
私はあわててガウンをはおり、灯りを持ってお父様の部屋に向かおうとしたのだけど、カエン様に引き止められた
「ハナ、髪を結え」
こんな…ときに
私は早くお父様のもとに行きたくて急いでカエン様の髪を結うのだけれど、手が震えていつものようにの上手にまとめることが出来ない
「しっかり結え」
私たちがお父様のお部屋に行った時にはユキ様、たちをはじめ国の重鎮の方々、お父様のいとこの方たちが集まっていた
とても静かにお亡くなりになったらしい
安らかなお顔をしている
お父様は最後の力をふりしぼって湖をご覧になったのだ
私はいつも、お父様の綺麗な瞳ばかり見ていたけど、こうして拝見すると、本当に繊細な顔立ちをしている
こんなに美しい唇をしていたんだ…
この唇で私に優しい言葉をかけて下さっていたんだ
私はいつまでもお父様のお顔を拝見していたかったのだけれどカエン様は
「父上、今までありがとうございました」
と言ってお顔に小さな布をおかけになった
ユキ様やリオス様は何も言わずにお父様の側にたたずんでいる
私は初めてリオス様の髪を垂らしている姿を見た
長い前髪が顔半分を隠している
癖でうねった髪もお父様に…似ている
3日後お父様の御葬儀が行われた
ユキ様もリオス様も決して人前ではお泣きにならなかった
当然カエン様も
だから私も泣くわけにはいかない
お父様のご遺体は王族、国の中枢の方々、また多くの国民に見送られ神殿のある小島近くで船ごと湖に沈んで行かれた
お父様は湖の神に迎え入れられたのだ
葬儀が終わった後
糊付けされた封筒をカエン様から渡された
ハナへ、と書いてある
お父様の枕の下にあったそうだ
封を開けると中には携帯用の櫛が入っていた
手のひらに収まる、水牛の角で出来たつやつやとした
形見の品だ
カエン様たちはもうずっと前に形見の品を頂いているそうだ
ほんとうにこんな私を家族として認めて下さっていたんだ
私はお父様に心から詫びた
過去の自分の心持ちを
毒草を求めて山野に分け入った恨みに凝り固まった心の醜い娘であったことを
私を大事にして下さったお父様を過去の私が裏切っていた事を
封筒の封が一度剥がされまた糊付けされたものであるような気がした
もしかしたら他のものを入れてあったのかもしれない




