その4
それはさておき、一行は旅館を目指す。ビルが言うにはもうすでに話がついているとのことだが、いままでのやり取りから、一番新米であるロジーナですら信用していなかった。彼の「言ったか」はお墨付きである。
「ああ、ここですね」
そういってビルがある建物の前に止まった。三人は上にかかっている看板を見上げる。
そこには大きな文字で、
『ようこそ!村唯一の旅館、喜々楽々へ!』
と、書いてあったのである。喜々楽々は旅館名だろう。ずいぶんと幸せそうな名前が、今の村の状況に不相応で、なんとも言いがたい。
ビルを先頭に四人は建物の中に入る。避難勧告を出されているのだから、誰もいないはずなのだが、奥のほうでテレビの音が聞こえていた。避難勧告を無視してまで残っているという割には、なかなか余裕を感じてしまう。
「すみません」
大きな声でビルが言うと、中年の女性が明るい返事をしながら出てきた。が、ビルの姿を見ると、その明るさが吹っ飛んでいった。
――まあ、そうなるよね
ついロジーナはそう、おばさんに共感してしまう。ビルだけならまだピエロといえば通れそうだが、彼女の後ろに立つ仮面と目隠しが、怪しさに拍車をかけている。これを警戒しない人がいたら、きっとその人は前科二十犯とかの殺人鬼を信用できる、死ぬほど心の広い人だ。もしくはとんでもない無用心か。
ビルがおばさんに連絡が行っているはずだからというと、女性は心底嫌そうに宿帳を放り投げた。いくら変人とはいえ、客に対する態度とは言いがたい。とはいえ、一度共感してしまった手前、相手を責めることができない。
ビルが書いている間に、ロジーナは残りの二人に問う。
「なんでそんな怪しまれる格好してるんですか?」
「必要だから」と、仮面は籠もった低めのテノールで言う。当然の話じゃないかといわんばかりの表情だ。不機嫌に聞こえるのは、きっと威圧されたロジーナの偏見だろう。
「じゃなきゃこんな視界悪くなるようなまね、したくねぇよ」と、ケタケタと笑いながら、程よいテノールボイスの目隠しも笑った。変な格好だという自覚はあるらしい。そんな中、ビルがこちらを見てにこにこしていた。いつのまにか、書き終わったらしい。
「え?楽しいじゃないですか?」
「・・・そう、ですか」
理解しがたい感想に、ロジーナは素直に認めることができなかった。それはロジーナだけでなく、残り二人も怪訝な顔でビルを見ている。長年付き合っていても、ビルの性格はつかめるものではないらしい。
ビルが置くに戻ったおばさんを呼んだ。が、彼女は出てこない。少し待っていると、声だけが返ってきた。それも結構乱暴な。
「そこに置いといとくれ」
あまりにも雑な対応に、ロジーナは怒りを覚える。が、相変わらず彼らは各々好きな行動をしていた。なんとも思わないのだろうかと、三人の神経を疑う。感性の違いというよりも、ここは常識への許容範囲がものをいうところだろう。三人の常識度はどこに至っても変装を続ける限り、うかがい知ることはできないものだが。
ロジーナの怒気を感じながら、ビルは万年筆をノートの間に挟んだ。こうすれば転がることはないだろう。
「ペンは挟んでおきますね」
「いいからさっさと行っとくれ。長居はしないでおくれよ」
ビルのほうに、姿の見えないおばさんから何かが投げられる。彼が左手でパシッとつかんだそれは、泊まる部屋の鍵だった。鍵についている大きめのキーホルダーが、すこし危険な気もする。鍵が一瞬止まったことに、ロジーナは気付かなかった。




