その12
蒼春院に来てから混乱しっぱなしのロジーナだが、そのタイミングを狙ってとっさに自己紹介をした。
「ロ、ロジーナ・エヴァンスです!本日よりここ、蒼春院に派遣されてまいりました。よろしくお願いします!」
「おや?私の仕事が一つ減りましたね」
ロジーナが自己紹介してくれたのをいいことに、ビルが笑いながら向きを戻す。しかし、再度蒼春院を出ようとするビルは、もう一度仮面に呼び止められた。
「まだ何かありますか?」
「こいつはまだ、俺らの名前知らないだろう」
「そんなに気が回らない人間に見えますか?ねぇ、ロジーナさん?」
「いえ、されてません」
自信満々でロジーナに話をふったビルだったが、否定されたことにより仮面と目隠しの二人から冷たい視線を向けられた。見えていないのに解るほどだから、ビルは刺さるほど痛感できただろう。
コホンと軽くせき払いをしてごまかしてから、仮面の肩に手を置いた。
「仮面の彼はシュールといいます。そして目隠しの彼はイルといいます」
シュールとは違い、イルのときは指で差しての説明だった。誰にでも分かるその失礼さから、イルの顔に不満の色が解りやすく出る。シュールがさげすむようにイルを見た。こんな些細なことで劣等感やら優越感やらが生まれているのだから、呆れたものである。もはやガキの喧嘩だ。
今すぐにでも喧嘩し始めそうな二人の間を、くるくると回りながらビルが割り込んだ。この男の行動は一体どこまでが意図的なのだか。中央で足を止めてため息を一つ吐く。
「大体、あなた達も彼女を見習ったらいかがです?自己紹介くらい自分でもできるでしょうに。年上でしょう?」
なぜかさも仕事をしたかのようなビルに、シュールが割れ目から眉がのぞくほどに怪訝な顔をする。
「貴様がしたと言ったから問題になったんだろうが」
「自己紹介くらい重複したって彼女は怒りませんよ。それに、彼女の状況だってあなた達とイコールでしょう?」
口達者なビルに、文句を言っていたシュールが言葉をつまらせた。